『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
LU・シェリーの恋物語:1
五月の下旬。
例え海鳴で様々な事が起きようとも、海外で活動しているメンバーにとっては心がざわめき立っても職務を捨てて駆けつける訳にもいかず、仕事をしながらも心配するという日が幾日も続いていた。尤も、校長特権とかぬかしてあっさりと海鳴に帰った世間体の良い某音楽スクールの校長もいるが、 それはそれ、これはこれである。
ニューヨークレスキューのセルフィ=アルバレットは、室内型テーマーパークの記者公開の際に発生した発生した火災のため、黒に黄色のスタイプが入った防火服を着込んで災害地に乗り込んでいた。
「こ、こちらアルバトロス・ワン! 本部聞こえますか!」
『こちらニューヨークレスキュー・シックス! アルバトロス・ワン、今キャシーとアイルが三階と四階の探索を終えて戻った。これ以上は火の勢いが強くなりすぎる。一度戻れ』
「何言ってるんだ! もう少しで五階の探索は終るんだ! それまでは戻らないよ!」
『シェリー! これは命令よ! 戻りな……』
「アルバトロス・ワンはこれより五階最終区画へ移動します。以上!」
ぶつん! と、電波障害と強制電源カットによって無線のスピーカーから聞こえてきて、耳に当てていたインカムからクレアは慌てて離した。あまりに大きな音はマイクの集音装置と反応してインカム内だけの限定されたハウリングを引き起こした。幼い頃から甲高い音が苦手だった彼女は、あからさまに眉を顰めて音が鳴り終わるのを待って忌々しげに付け直した。
「何かありました?」
そんなクレアの後ろから、二人の男が声をかけた。共に東洋人で、ニューヨークレスキューの防火服ではなく、オレンジ色で統一されたものを着ていた。
「ああ、折角来て頂いたのに、うちの一人がまぁ命令違反を……」
「ははは。朝比奈、お前みたいな奴だな」
「うっせい。そんな事より検索はまだ済んでないんっすか?」
「はい。後は五階の最終区画……北側の一番奥だけです」
指揮車のボンネットに広げられた見取り図を見て、朝比奈と呼ばれた男性はにやりと不適に笑い、手を叩いた。
「うっしゃ。これなら行ける! 甘粕!」
「おう!」
同じ防火服を着た数名のメンバーに指示を出して、二人は完全防備のまま燃え盛るビルへと突入して行った。そんな後姿を見送りクレアは祈るように頭を下げた。
進むたびに煙の色は激しくなり、視界が黒一色に染まっていく。
まさかここまで酷いなんて……。
足元と頭上、そして爆発にまで気を使いながら、少しずつ前進してく。
元々は全五階の全てを利用した最新室内型テーマパークだった。一つの階でテーマを持ち、そのテーマにそってアトラクションが設置されている。火の元は三階の西エリアに設置されていた大型バーチャルマシンだった。各室計二十の個室のスクリーンに映し出される映像を立体映像に変換する特殊ゴーグルを装着し、手足に付けられた防具状のモーションキャプチャーで処理した情報を画面上に映し出された、ゲーム前に自分で設定したキャラクターを動かして出てくるモンスターや他のプレイヤーと戦って優勝者を競うゲームだ。
出火はこのスクリーンに投影される映像を配信するプロジェクターの電源コードだった。組み立ての時に傷ついたであろう分厚い電源ケーブルのゴムにできた傷口に付着した埃がフル稼働する電圧によって発生した静電気は、小指の先程にもない埃に火をつけ、それはあっという間に石油を原料としている現代アミューズメント製品に飛び火し、気づいた時は三階を火の海と化していた。マスコミ用公開という事で、報道関係者と抽選で選ばれた子供達が遊んでいた。火の手はすぐに外装に使用していたプラスチックに燃え移り、通気口を伝って上に広がった。が、この時、通気口の場所が悪く、一箇所だけ階段までの通路を塞がれた可能性がある部分が生まれた。それがこれからセルフィが向かおうとしている区画である。
HGSを全開にして、周囲に散らばる酸素を口元に集める。だが一階から階段を昇り、出きるだけ奥まで進めるよう生命維持に力を使い続けていたセルフィは限界寸前であった。
まいったなぁ。これじゃ一昨年のニューヨーク地下街落盤事故みたいじゃないか。
クリスマスを間近に控えた十二月。セルフィはニューヨークの地下街で起きた天井落盤事故のレスキューをしていた。しかし限界を超えて力を使った彼女は要救助者を助ける事に成功したが、自らは常人であれば動けるようになるまで一ヶ月はかかるであろう大怪我を負った。
事故の起きた場所は全然違うが、状況はかなり似ていた。限界に近い能力と体力、そしてぎりぎりの精神。助けを待っている人がいるかもしれないのに、セルフィの口元は歪んでいた。
「うわぁ!」
突然左から機材が爆発した破片をサイコバリアで防ぎながら、一気に一番大きい炎の壁を飛び越えた。
「誰か! 誰かいる? 助けに来ました!」
ただ炎が弾ける音だけが響き渡るホール状になったアトラクション。看板にはロボットによる演劇ショウだ。
誰もいない?
そう思って簡単に捜索をして地上に戻ろうとした時、崩れ落ちたカーテンの奥に白い足がある事に気付いた。
「大丈夫ですか!」
思わず自分が生残るためのスイッチに切り替わりそうになったのを、残った精神力で必死に抑えながら、念動力で要救助者近辺の破片を一気に吹き飛ばす。そうして露になった人を見て、セルフィは反射的に口元に手を当てた。
背の高さは大人だろうから、アトラクションの運営スタッフだろう。しかし彼の肌は焼け爛れ四段階に設定されている火傷のレベルで言うとレベル三から四の間という重傷を負って意識を失っていた。
「ダメ。普通に連れて行ってたら間に合わない」
駆け寄り怪我の状態を確認しながらセルフィは唇を噛んだ。だが問題は残された能力の残量だ。多分一度空間転移を使えば助けられる。だがそれは一人分のエネルギーだ。使えば確実にセルフィは取り残される。
「考えている暇はないってね」
山吹色に輝くトライウイング・Σを展開し、要救助者をサイコバリアで包み込む。
「クレアー! 今から一人飛ばすから受け取りなさいよ!」
叫びと共にフィンが光を強く放つ。そして男性は一瞬で姿を消した。
「よし。これで後はここから脱出す……あ、あれ……?」
一度小さな溜息をついて、頭の中のスイッチが捜索から生還へと切り替わった瞬間、膝から下ががくがくと振るえ、そのまま床に膝頭をついてしまった。
「あ、な、何で……?」
彼女は全開は落盤に合い気付かなかったが、実はHGSを使い続けてある一線を超えると、一気に身体機能が低下する。その低下する箇所は個人差があるが、セルフィの場合は足に症状が発病した。
あ、ダメ……酸素が……。
五階まで到達するのにHGSを使用して二十分。そして五階の探索を行うのに更に二十分。一本約二十分ちょっとしか残量がない酸素ボンベの中は殆ど空に近い状態だった。それまでは気合の一言で乗り切っていたのだが、HGSを失い、神経のスイッチが切り替わった瞬間に薄くなった酸素に、体が悲鳴を上げたのだ。
思わずその場に蹲るセルフィの周辺で、火の手は大きく膨らもうとしていた。
必死に生還するために這いずって出口を目指そうとするが、しかし、酸素を失った脳は生存に必要な機能のみに酸素供給を絞るため、意識はだんだんと薄れていく。
霞んでいく視界で、ただ出口を映しながら、闇の中に沈みこんでいった。
ただ最後に落ちる直前、二つの男の声を聞いた気がした。
「ん……」
涼しい風がゆっくりとセルフィの頬を撫でた。それはどこか湿気を含んでおり、通り過ぎるたびに熱った体から余分な熱を洗い流してくれる気がした。
「こ……こは……?」
まだ熱にやられてぼうっとする頭を揺り動かして、周囲を見回す。すると、そこか今まで炎に包まれていたビルの前に置かれたベンチの上だと言うのがわかり、のそのそと体を起こした。
「起きた?」
「クレア……あたし……」
セルフィが起きたのに気付き、指揮車で指示を出していたクレアが小走りに駆け寄ってきた。普段の鉄面皮のままじっとまだ意識が半分寝ている彼女を見下ろすと、少々力の篭った平手で頬を叩いた。
「命令違反に要救助者を増やしてチームを危険に晒した。それがどれだけ重い事かわかってるな?」
一瞬、いきなり何するんだ! と怒鳴り返してやろうかと思ったが、すぐに上司が言いたい事を理解し、浮きかけた腰を戻した。
「……はい」
「始末書だけじゃ済まない。しばしの停職も覚悟しておけ」
確かにそれだけの事を仕出かした。戻れと命令を受けたのに一人で突っ走り、結果、無残にも助けられてしまった。
これじゃレスキュー失格だ。
俯いて握った拳が己の不甲斐なさに小刻みに震えた。
と、そこでセルフィは重大な事に行きついた。
「あれ? そう言えば、何であたしはここに?」
「ん? ああ、ニューヨークレスキュー本部が、研修に来ていた彼等に支援を依頼した。日本の千国ハイパーレスキューに」
「千国ハイパーレスキュー……」
二十世紀の最後に東京都千国市で発足したレスキュー隊を更に武装と人材を強化した、HGSや能力者を中心とした部隊編成を目指したニューヨークレスキューとは反対に、人の力のみで、発足以来全ての現場で死者零人を貫く、名実ともに世界最高のレスキューチーム。
セルフィも一度は一緒にオレンジ色の制服を着てみたいと思うほどに、彼等の武勇伝は見事で、世界中の憧れとも言える凄みを持っている。
「お? 目が覚めたか」
そこへ残火処理を終えたのか、二人の男が顔についた煤を払いながらやってきた。ちらりとクレアに視線を送ると、小さく頷いたのが見えた。
「俺は朝比奈雄大。こっちは甘粕吾郎。よろしく。ニューヨークレスキューのエースさん」「あ、ええ。あたしはニューヨークレスキューのセルフィ=アルバレット……って朝比奈と甘粕?」
「そうよ。二人があの伝説のレスキュー隊員の朝比奈大吾と甘粕士郎の親戚に当たるわ」
「え、ええ!」
「はは。やっぱり叔父貴は有名だ」
「ふん。いつかは越えるんだ。問題ない」
壊れ易い眼鏡の代わりに度の入ったゴーグルをした甘粕が、じろりとセルフィを見下ろした。
「お前を助けたのは俺達だ。だが、お前のせいで死にかけた。レスキュー隊員は自らを要救助者としながらも人々を助けに行く。いいか? 俺達も死んだら被害者なんだ。今度は無駄な努力はしないでさっさと帰って来い」
「お、おい、甘粕……」
「雄大、俺達の仕事は終りだ。さっさと帰るぞ」
殆ど一息で言いたい事を言い終えると、甘粕はずんずんと歩いていってしまった。その背中が消えてからふつふつと怒りが湧き上がり、セルフィの目は天を向いて逆立っていた。
「な、な、何なのよ! アイツ!」
「でも事実だ。怒る権利はない」
「そうだけど……でも!」
「ま、そんなに怒らない。一番最初に君を見つけたのはあいつなんだ。多分下手に感謝されるのが照れくさいだけなんだよ」
「信じられない!」
完全に怒ってしまった彼女に、小さく溜息をつくと、雄大は視線の高さをセルフィに合わせると、ぼさぼさになった髪を少し掻いてから、本当に心から安心できる笑顔を浮かべた。
見た瞬間、セルフィの胸がドキンと高鳴った。
「でも本当に無事で良かった。また機会があれば一緒にやろう。今度は背中を守ってもらうからさ」
「朝比奈さ〜ん、帰所しますよ〜」
「お〜。それじゃクレアさん、俺達はこれで」
「ええ。本当に助かりました」
互いに敬礼を交わし、雄大は自分達が乗ってきた消防車に向かっていった。そんな彼の後姿を甘粕の時とはまるで違う感情で見送ったセルフィの頬は、炎の熱とは違う別の赤さは広がっていた。
これより一週間後、彼女に辞令が下った。
半年間の千国ハイパーレスキューでの研修だった。
め組の〜、の関係者が出てきた第四部。
美姫 「どんな物語が展開されるのかしらね」
とりあえず、四部はシェリーがメインになるのかな?
美姫 「どうかしら?続きを見てみないとね」
そうだね〜。続きが楽しみ〜♪
美姫 「次回を楽しみにしてますね〜」