『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




L・五月の雪

 ザカラに建物が壊された時、実は相川さんに何か食べてもらおうと思ってオニギリと作ってもらって部屋に戻ったところだった。ところが襖に手をかけた直後に大きく揺れて大きな音が聞こえて、そして飛び込んだ部屋には呆然としている相川さんだけがいて、あたしに気付かずに裸足のまま外に飛び出していた。もちろんあたしは今の状態の相川さんを一人にしておくのはマズイのはわかってたから、すぐに追いかけたんだけど、森は思ったより深くて暗くて、正直迷っていた。
 でもちょうど迷っていた山の上の方で色々な音が聞こえ、そっちに行って、ようやく相川さんを見つけたのに……どうして……。

 彼の眼前で、雪が散っていた。
 真っ白でどこまでも純粋であり、それでいて振り向いた瞳には、混じりっけのない真摯な眼差しと彼への愛情で満ち溢れていた。寝巻き代わりに来ていた薄紫の浴衣は、上半身から流れ出る鮮血によって赤く染まり、元々白い素肌から温もりが段々と抜けていく。彼女はゆっくりと軽くなった左半身とがただ紅一色になった視界には、今では自分の体より冷たくなった地面に倒れぬように、十年前に愛し合った男性が抱かかえてくれた。
 トサ。と、力が抜けた手が土の上に横たわった。その反動と重さに負けて、二の腕から下も皮膚が切れて落ちる。
 新鮮な女の肉を口にしたザカラの触手は、彼女の左上半身をクチャクチャと租借しながら、歓喜の雄叫びを上げている真下で、真一郎はただどんどん冷たく重くなっていく彼女の頬を撫でていた。額にかかる数本の髪を直し、突然の出来事に着いていく事ができなかった思考は、無感情な表情に浮かび上がっていた。
 ショックによって断片になった記憶が少しずつ糸で紡がれるように繋がっていく。
 ザカラの触手と目が合った瞬間、飛び出してきた影は左半分を食い千切られて、重心が崩れた体をクルクルと回転させながら、月明かりで髪に虹の輝きを煌かせて倒れる影を、真一郎は必死に手を伸ばして抱き留めた。そしてぎこちなく降ろした先にあった顔は……。
「雪……?」
「し……んいち……ろ……うさ……ん」
 十年前の別れから一時も忘れる事など出来ない大切な彼女は、薄らと力なく瞼を開き、そして本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ああ……ゆ……めみたい……。また……貴方にあえ……るな……んて……」
「しゃ、喋らなくていいよ。うん。こ、ここには薫さんの従姉妹もいるし……十六夜……さんの弟もいるから……すぐに怪我は治るよ」
 そんな筈無いじゃないか!
 笑顔の仮面を張りつけ、心が現実を必死に否定しているのに、口は正反対の無駄な慰めを言葉にした。
 しかし体は視界をぼやけさせ、無理に作った笑顔は端端に軋みを上げる。
 そんな彼の様子に、雪は力が殆ど入らない腕を苦痛に顔を歪めながら持ち上げて、氷のような指先で感情の決壊を必死に耐えて赤くなっている頬に触れた。
「ふふ……。本当に……う……そ……が下手……ですね……」
「嘘なんてつくもんか! 絶対に助かるんだ!」
 思わず声が荒くなる。
 嘘をついている事など誰よりも真一郎本人が一番理解していた。体の左半分を失って生きていられる生命は存在しない。いるとすれば、それは体内の重要器官を思いのまま移動構築できるか、もしくは神がかった回復力を持つものだけだろう。
 頬を撫でていた手を支えるのも辛くなったのか、小刻みに震え始める。それに気付いた真一郎は、力一杯握り締め自分の顔に当てる。
「あ……たたかい……」
「くそ! くそ! ザカラァ! 何でこんな事するんだぁ! 雪だぞ! 氷那だぞ! わかってるのか!」
 どれだけ叫ぼうとも、ザカラは餌を求めて耕介達を襲い続ける。いつしか真一郎は溢れ出す涙を雪の顔に零していた。その感触すら愛おしそうに雪は目を細める。
「キャァァァァァァァァ!」
 そこに新しい悲鳴が響いた。
 聞き覚えのある声に、蒼白になった雪の顔だけが僅かに声の方向に動くと、そこには口を抑えながら膝をつく小鳥と、ようやく追いついた瞳の姿があった。だが彼女もまた雪の姿を確認して絶句した。
「こ……ごぷ!」
 何か言葉を口にしようとして、雪は大量の鮮血を吐血した。吐き出さぬように抑える片手はすでに自分の体から失われ、残った手は真一郎に支えられた彼女はただ悲しげな瞳に薄らしたと涙が頬を流れる。
 思えば十年前。
 小鳥と出会った時、直感的に心からの親友になれると感じた。直感は的中し、紹介されたメンバーの中で一番心を許せる友となった。だが、同時にわかってしまったのは、彼女が雪と同じ男性を心から好きで、幼い頃からどれだけ愛情を注いでいたのかをはっきりと理解できてしまった。だから自分は身を引く決意をした。でも真一郎は雪を選んでくれた。嬉しかった。生まれてからどれだけの時を生き長らえてきたのか覚えていない。だが封印として数えていた四百年間の中で雪女である自分を生涯の連れ合いとして選んでくれた彼の心にどれだけの感謝を言葉にし事か。そして同時に彼女は社に戻る事を決意した。大切で心の底から愛している男性や親友達を危険な目に合わせる訳にはいかなかったから。お腹の中に彼の子種を抱き、また永遠の時を眠りにつくつもりだった。でも、彼等に悲しみを残したくなかったから、私は記憶から私の影を取り除いた。一人だけ……彼だけには私の思い出を残して……。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 私が眠っている間にどれだけの事があったのかわからない。でもその間に小鳥さんは努力して、真一郎さんは私の記憶を持ちながらも幸せになる努力を頑張ったんだよね? 薬指の指輪はその証拠ですよね。
「雪、いいから、もう喋るな!」
 真一郎の声はすでに彼女には届いていなかった。横を見ていた視線はゆっくりとまた戻り、そして血で塗れているのに本当に綺麗な笑顔を浮かべた。
 瞬間、手から力抜け、真一郎の温かな掌からするりと地面に落ちた。
「雪?」
 彼女から流れた血や体は白い光となって一つ一つが粉雪のように小さくなりながら ゆっくりと夜空に溶けこんでいく。
「あ……あ……あ……」
 必死に抱きしめ、雪を逃がさぬように弾力のある体を掻き毟る。だが雪は無常にも体を崩し……その存在すら最初からなかったかのように、世界から消えた。
「雪ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 真一郎の慟哭が神居古潭に木霊した。

「扉が!」
「ザカラの肉体を取り出すのに妖気だけを宝石に移したのがまずかったか……」
 触手の攻撃は熾烈を極めていた。兆冶の反転宝珠の膜の中で真一郎の叫びを聞いた二人は、同時にザカラの失敗を悟った。
「しかしどうする? ザカラを失ったとなれば計画に支障をきたす」
「それはどうにかするしかあるまい。今は如何に早くこの場を離れるか? という事が先決だ」
 至る部分からザカラの触手との接触による火花を散らしながらも、何とか内部への攻撃を防いでいた。触手に触れるとどういう事になるのかは、雪が食い千切られた瞬間を目撃したのではっきりしている。だが三百六十度の全方位から襲ってくる触手は、元来前衛型ではない二人にはまともに戦うのは厳しいものだった。
 兆冶はちらりと反転宝珠の外で自らの身体能力だけで闘っている耕介達を見た。何とか視界だけ血を拭い去って確保しながら、真一郎を庇うようにして無尽流を使っている。しかも彼の場合は霊力の使えない一角までサポートしている。兆冶は霊力は使わずに魔力を使用するので細かい技の力配分はわからないが、ザカラの妖力を両断する程の大技を使った直後で素人二人を背にしているのだから、正直まともにやりあわなくてよかったと内心で安堵した。だが、よくよく触手の動きを分析しようと視線を巡らせて、人数的に多いのを除いても触手は攻めている耕介達に多く集まっている。
「……石鶴。少しずつ後退するぞ」
「何か見つけたか?」
「守りに徹していたのが功を奏したらしい。このまま森ぎりぎりまで下がって反転する。その隙に中腹まで下がって転移する」
 話ながらすでに二人はゆっくりと下がり始めていた。兆冶の予測通り、触手は次第に耕介達に集中していく。
「なるほど。本能だけで動いているため、攻撃をしてくる対象を執拗に狙うか」
 僅か数メートル移動しただけで触手の数がたった三本に減少したのを見て、石鶴は得心して頷いた。
「そろそろ行くぞ」
 触手の攻撃速度を測っていた兆冶が、脱出の合図を送ると同時に全ての触手へ向けて今まで溜めこんでいた衝撃を放出した。すでに数千発にも達していた衝撃は一瞬にして三本の触手を粉微塵にする。それに合わせるように石鶴はローブのポケットから一個のエメラルドを取り出すと、叩き割るように地面へと投げ付けた。瞬間、翠色の光が宝石から溢れだし、奇怪な生物が生まれた。表面は両生類特有のぬめりを持ち、四肢にかけては白い綿毛が生え揃っている。尻尾は無いが背中は手摺がついたゴンドラとなっており、ぎょろりと三百六十度動く目を覆う瞼から蝙蝠の羽のような皮膜だけの長い耳がゴンドラをすっぽりと隠していた。それは一言で言うなら兎と蛙を足し合わせたような生物だった。
「耕介さん! あいつら!」
 そんな化け物の出現に、すぐに楓が反応した。
「くそ! 自分で被害だしといて逃げる気か!」
 舌打しながら逃げるのを防ごうと、そちらへ移動を変更しようとしたが、数の増えた触手はそれを許さず、一角は踏鞴を踏みながら苦無を振り撒いた。
「宝石召還魔獣Kaninchen!」
 独逸語で兎と命名された生物は、主である石鶴と兆冶をゴンドラに乗せた。突然姿を見せたKaninchenに触手は驚いて瞬間的に躊躇したものの、すぐさま新しい獲物に顎を開いた。しかしKaninchenはちらりとザカラを見遣ると、徐に跳ねた。普通の蛙であればたった数十センチ程度の移動距離だろう。もしくは高く飛び、捕食者から逃れる。Kaninchenは後者だった。三匹の触手が捕える前に二人を乗せたKaninchenは高さ十数メートルまで一気に跳躍した。百八十度に開かれた口は空を切り、冷たい地面を削り取るに至るが、そんな触手を嘲笑うようにKaninchenは夜の森の中に姿を消した。
 しかし高く飛ぶという事は距離が伸びないという事であり、案の定兆冶達は山頂から余り離れていない森の中に着地した。石鶴はKaninchenを宝石の中に戻すと、首を上げて山頂を見た。そこにはまだ金色の光が飛び交い、必死に闘っている姿を想像するのは容易い。
「少々罪悪感があるな」
「……また貴公には悪いが、我々には目的がある。貴公もまたそのために動いている。今は振り返る時ではないだろう」
 確かに兆冶の言う通りだった。
 絶対に立ち止まる訳にはいかない。立ち止まってしまえば何故今まで手を血に染めてきたのか意味が無くなるのだから。
「ここならばザカラも襲ってはくるまい。一気に京都まで転移するぞ」
「ああ……む? 誰だ!」
 反転宝珠から転移宝珠へと持ち替えようとする兆冶に近付こうとして、石鶴は左手の一番直径の太い大木の陰に、動くものを見つけて胸にしたザカラの妖気を復活させた時の乳白色の宝石を突き付けた。すぐに兆冶も気配に気付き、反転宝珠を突き出した。しかし、しばしの間の後に出てきた人物に二人は目を大きく見開いた。
「女の子?」
 それは夕凪だった。
 呆然とした血の気の少ない顔色で、ジーンズパンツと白い長袖のトレーナーの半分を土の茶色に変色させながら、彼女はゆっくりと体を全部晒した。
 何故こんな時間に軽装の女の子が?
 石鶴は不思議に思いながらも宝石から手を離した。
「何だ小娘。驚かせるな」
 驚いて胸に溜めこんだ緊張を吐き出して、兆冶は夕凪に向けていた反転宝珠を降ろした。
「……たの?」
「何?」
 風に掻き消えるかと思えるほど細々とした声を、石鶴は聞き逃さなかった。
「……した癖に……たの?」
 前髪が口が動くたびに目にかかり、俯いたように覆い隠す。
「何だ? はっきり言え」
 今度は兆冶にも聞こえ、全てはっきりとさせなければ気の済まない性格が、語尾を荒げさせる。
「アンタ達が……雪さんを殺した癖に……何で逃げたの?」
 何時の間にか握られていた拳が小刻みに震えている。
「こいつ?」
「神咲の仲間か」
 夕凪の言葉に再度二人に緊張が走った。だが、ただの高校生かそこらの年齢の子供に錬金術と宝石魔術の使い手を相手にできるような力などないと思い直した。
「何故逃げただと? 決まっている。すでにあの場に留まる意味が無いからだ」
「意味が……ない?」
「そうだ。我等の目的はザカラの妖気と量であって、あくまで合成獣は副生物だ。使い物にならなければ捨てる。それだけだろう」
 何故そんな簡単な事がわからない? と、さも当然と言わんばかりに鼻を鳴らした兆冶に、夕凪は――。
「アンタ等ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 
 キレた。
 涙を流しながら激昂し、そして般若のように釣り上がった瞳一杯に兆冶を映して一直線に右拳を振るった。急激な性格の変化に反応が遅れる。何か疑問を残していた石鶴ですらあまりの急変ぶりに宝石に手をかける事すら一瞬忘れてしまった。
 そりゃまだ会って……しかも相手は寝っぱなしだけど、あんな綺麗な人は初めて見て起きたら色々ありそうだけど、仲良くなれるんならって楽しみだった。でもこの人達はそんな小さな空想も、まるで壊れた玩具を捨てるように!
「これでも――!」
 素人のようなテレフォンパンチではなくしっかりと基礎のある拳打が、何の迷いも無く兆冶の顔面に向かう。声など上げている暇など無い。後は真っ直ぐに拳を打ち抜くだけだった。が、そこに丸い物体が挟まった。拳と物体が衝突する。瞬間、夕凪は激しく後ろに吹き飛ばされていた。
 あまり刹那の邂逅で動いた状況に呆然としたが、兆冶は無意識に体を庇うように動いていた右手を見て全てを悟った。
「は、ははは。反転宝珠……」
 京都へ帰るために転移宝珠と持ち替えようとしてそのまま手にしていた宝玉は、触手から身を守るために自動反転モードにしていたため、夕凪の拳打を受けて条件反射の如く衝撃を反転させたのだ。
同じく何が起きたのか悟った石鶴もほっと息をつきながら、固い地面に叩き付けられた夕凪を見て、吐いた分の息を飲み込んだ。
「絶対……絶対許さない……」
 打ち所が悪かったのだろう。
 だらりと動かなくなった右手の指先から血に雫を滴らせて、夕凪は立っていた。
 あの子も……また自分の信じる道を行くのだな……。
 怒りの炎を燃やしながら左手を持ち上げる姿に、どこか修羅の道を歩み始めた己の姿が重なった。
「諦めろ。反転宝珠は衝撃を吸収して打ち返す錬金術の産物。小娘程度の拳打で打ち崩せるものか」
「そんなの関係無い! アンタ達は絶対に雪さんに謝らせてやる!」
 全く身を守る事など歯牙にもかけず、夕凪は再度兆冶に向かって走り出した。一切何も考えていない。ただ目の前にいて友人を汚した人を一発殴り飛ばすという心だけで、彼女は動いていた。
「馬鹿め! 通用しないとわかっただろう!」
 何で神咲の連中と言うのは頭が悪いのだ。山頂にいた蔡雅も無意味と知りながらも体を省みずにかかって来たし、所詮は体で動く下等知能者なんだ! 私の発案した道具を壊すなど無理無意味無駄! 
 夕凪の左拳が勢いをつけるために引かれた瞬間、反転宝珠が膜を展開した。今度ははっきりと視認できるそこへ、夕凪の拳が命中した。
「はぁっははははははははは……はぁ!」
 そして今まで一度も変わらなかった相手が吹き飛ぶ景色を想像して高笑いを上げたその時、ぶわん。と何処か間の抜けた音を立てて、膜が破れた。
「な、な、な、な、な、何だと!」
 し、信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん信じられん! 何故だ何故だ何故だ何故だ何故何故だ何故だ何故だ何故だ何故だぁ!
「……衝撃が来るなら、同じタイミングでもう一度叩いて打ち消せばいい。これがウチに伝わる秘伝・二重の極み……」
 すぅっと再度手が引かれた。
 自信の品をいとも容易く攻略した彼女の感情剥き出しの顔を正面から見つめて、兆冶は絶叫した。
「私が、私が私が私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「二重の……極み」
 女性独特の何処か軽さのある一撃が兆冶の腹部に当たった。が、次の瞬間体の中心から揺さぶられる波が全身に襲い掛かる。
「か、はぁア……」
 波は確実に彼の五臓六腑を駆け巡り、それが脳に到達した時、瞳はぐるんと白目を見せ兆冶は不恰好に唾液を垂れ流しながら気絶した。
「佐渡島殿!」
 さすがに石鶴も反転宝珠が破られるとは思ってなかったため、簡単に兆冶が破れた事に動揺が抑えられない。だが夕凪の視線はゆらりと揺れながら、次なる標的を探し当てた。「アンタも……」
 すでに怒りと一人倒した事で、半分程正気が失われている。このまま闘えば間違いなく石鶴が勝ち、彼女は彼の魔獣によって食されるだろう。それは命を賭して己が目的を達成するまで、絶対に立ち止まらないと心に決めた今では正しき選択だ。だが、彼にはその判断を下す事などできなかった。
 一度重ねてしまったからな。
「少女よ」
「何?」
「扉に対しての佐渡島殿行い、心より謝罪しよう。しかし、我も彼もまた少女と同じく目的があり、心思うことが合って起こした行動だった。修羅となってでも目的を達成するために……」
「そのために周囲が犠牲になってもいいと?」
「然り」
「ふざけないで! そのために相川さんや小鳥さんだけじゃなくて、山頂で戦ってるみんなも傷ついて!」
「だからこそ、謝罪なのだ」
 そう言うと、石鶴は胸に下げた乳白色の宝石を外し、夕凪に差し出した。
「何これ?」
「これはザカラの肉体を復活させるために扉から奪い取った妖気を封じたものだ。妖気を失ったせいで鍵は眠りについたが、これを使えば山頂にいる者達を助けられる」
 それまで怒りと戦闘しか興味を映さなかった瞳に理性が戻り、少しうろたえながら差し出された宝石を手に取った。それはまるで生まれたての真珠のように艶やかな輝きを放っていた。
「どうやって使うの?」
「砕けば良い」
 ただ簡潔に必要事項を語ると、石鶴は兆冶を肩に担いだ。
「信じる信じないは勝手だ。だが宝石の魔術師石鶴幸嗣の名の元に真実は述べた」
 兆冶と違い、一心に全てを見通すように真摯な眼差しを向けてくる石鶴に、夕凪はどこか懐かしさと悲しみを感じながらゆっくりと首を縦に振った。
「……わかった」
 手にした宝石の冷ややかな感触を一度確かめて、近場の石の上に乗せた。冷静になっ足脊髄が痛覚を脳から運んでくる。しかし頭の片隅にそれを押し留めると、ただ無心に左拳を振り下ろした。
 僅かな抵抗が彼女の拳を裂いた。だが衝撃はその後に続く粉々に砕けた感触へと変わった。
「……これでいいの?」
 やり終えた夕凪が振り返った時、そこには石鶴達の姿はなかった。

 ちょうど同時刻。
「な、何だ?」
 耕介は突然の変化に驚きを隠せずにいた。
「急に動きが止まった?」
 それは一角も楓も、できるだけ真一郎と小鳥を守ろうと動いていた瞳も同じだった。それまでは、まるで世界の全てを食らいつくさんとする勢いで触手を振るっていたザカラが、唐突に動きを止め、ただ空を見上げていた。元々ザカラを含めて助けるつもりだった耕介達は自分から攻撃を加える筈にもいかず、呆然と動きがあるまでザカラを見つめていた。
『ユキ……ユキガ逝ッタカ……』
 その時、ザカラに腹部を食い破られた巨人の口は言葉を紡いでいた。
「何?」
『封印サレテイタトハイエ、一度誓ッタ決意ヲコノヨウナ形デ破ル羽目ニナルトハナ……。コレモ全テ我ノ不徳ノ為ストコロカ』
 どこか悲しみを含んだ金属を噛み続ける少し聞き取り難い発音をしながら、閉じられた瞼の隙間から涙を零した。
「ザカラか?」
 特に確信があった訳ではない。
 だが何処か遠くから呆然と感想を呟くような語り口調に、耕介が気づいた時には名を呼んでいた。
『神咲ノ退魔士カ。久方ブリノ再会ガコノヨウナ形デ申シ訳ナイ』
「やっぱりか。でも、どうして今頃?」
『何処カデ雪ノ妖気ガ解キ放タレタ。オカゲデ僅カナ雪ガ解ケルマデノ時ダケ、意識ヲ取リ戻セタ』
 それは夕凪のおかげだ。
 一番外側に立って、一番心を痛めた彼女が体を傷つけながらも苦心した結果だ。しかし、今この場にそれを理解する者は存在しない。
 ザカラの言葉を肯定するように、触手はのろのろと活動を開始し始めている。会話をしている耕介の邪魔をさせないように、楓と一角が合間に体を挟んでいく。
「それでわざわざ俺と話すのは何だ?」
『……我ヲ殺セ』
「!」
 それは全てを悟った者の頼みだった。
『雪ヲ殺シ、氷那ヲ傷ツケ、ソシテ……』
 ちらりと触手の目を使い、大木に持たれながら放心している真一郎と、そしてそんな彼を見つめながら泣き続ける小鳥を見た。
『ソレニ我トコノ体ヲ持ツ者モ限界ナノダ』
 つまりそれは死をもってでしか救われる事のない最悪の救い。
 新たに二本の触手が活動を開始させる。
「でも……俺は……」
『退魔ノ青年ヨ。最後ノ……頼ミダ……』
 呟いて触手の目が耕介に微笑んだ。そして瞬間、耕介は自らの力不足を実感した。どれだけ膨大な力があろうとも、本当に救いを求める存在を助ける事などできないでいる。それがとても情けなくて、高校時代の薫がどれだけ苦悩していたのかを、十年経ってから実感できるとは思ってなかった。
「神我……封滅……」
 残された霊力が一気に噴出す。金色の光は天に届くかと思えるほど高く上がり、御架月に金色の刃がコーティングしていく。
「神咲無尽流・奥義・月光・弧月剣舞断」
 まるでそれは風のない穏やかな昼下がり。湖の上にたった一羽の水鳥もない鏡のような水面に、初めて瑞々しい木葉から落ちる一滴で波紋が広がるように、静かにザカラを貫いていた。
『アリガトウ。神咲ノ青年ヨ……』
 そして骸の子孫よ……。我を許せとは言わぬ。我を罵り、我を貶し、我を冒涜しても構わぬ。ただ心穏やかに……。幸せに……。
「ザカラ……?」
 何処からともなく、ただの空耳のように風に溶け消えた声は、真一郎の凍り付いた心をほんの少しだけ動かした。
 ザカラの体は雪と同じく光の綿雪となり、神聖な大気の中に消えていく。彼を見送りながら楓は耕介の隣に立って、ただ黙って見送っている。と、足を引きずりながら楓の反対に立った一角は、止めど無く涙を流す耕介を見た。
「俺は……一人も助けられなかったよ」
「耕介さん」
「ハハ。大きい事言って、薫にも同じようにでっかい事言って。これだけ大きな力あったって、結局誰も救ってない」
「そんな事あらへん。耕介さんはいつも精一杯や。ホントは今回の件は神咲が引きうけなあかん仕事や」
「いっつも心を痛めて、それでもいっつも笑っていられるから寮のみんなは笑顔なんだ。十分耕介さんは救ってるよ」
 しかし、それ以上彼は何も語らなかった。ただ一心に天に昇って行くザカラを見送って……。と、その時、何か冷たいものが一角の頬に落ちた。
「え?」
 すぐに消えた白いそれは、一つだけはなく、雲一つない空からちらほらと舞っていた。
「雪?」
「こんな季節に……?」
 純白の雪は、まるで涙を流しているようにただゆっくりと舞い降りていく。初夏と言っても過言ではない季節なのに、雪は溶けずに積もっていく。それは全ての悲しみを包み隠すようにも思えた。
 少し離れた場所で、木にもたれながら、夕凪も白い贈り物をしてくれている天を見上げた。
「わた……あたし……まだ挨拶もしてないのに……。友達になりたかった……のに……でも……でも……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 彼女の慟哭もまた雪は静かに包み込んでくれた。
 そして真一郎もまた一滴の涙も流し尽くして渇ききった瞳で空を見上げていた。
 そこに雪が微笑んでいるかのように、そこに幸せの図式が存在するように……。彼等はただ静かに空を見ていた。




連載五十回!
夕凪「到達おめでと〜〜! って言うと思ったか!」
そ、そんな! 誉めてくれないの!?
夕凪「他人のサーバーを圧迫しておいて誉めるか!」
う〜……苛めだ苛めだ〜
夕凪「いや、それは正直キモいから止めて……」
何か普通に傷ついたが、まぁ、いいか。とにかく! 五十回だよ!
夕凪「本当ね〜。他の連載は全部三十話前後なのに」
それは言わないで……。
夕凪「そうね。それは後でじっくりと話す事にしてと」
逃げ場なし?
夕凪「ある訳ないじゃない。そんなのはいいから、本当にこんな駄作で筆が遅いSSで五十回も続いたね」
それはボクも思う。でも、多分頭の中にキャラボイスを設定してやってるから何とか早く書けてるだけだよ。
夕凪「そんな事してんの?」
してるよ。
夕凪「とらハメンバーは大体ゲーム?」
そ。まぁ主人公チームは真一郎はゲームで残りの二人はOVA。
夕凪「つまり真一郎:春野日和さん 耕介:浜田登さん 恭也さん:緑川光さんって事か」
うん。他にも出てる男性陣は大体そうかな? OVAにも出てなくてもCDに出てるのはCDに。色々代わってしまってる人は初出で置いてます。で、オリジナル(ネタはるろ剣だけど、キャラは名前以外オリジナルみたいなもんだから)とDVDでもボイスついてなかった人のもあるけど、聞く?
夕凪「もちろん。あ、あたしに変な人当ててたら、また美姫さんに空送するから」
……やっぱ止めていい?
夕凪「ダメ。言わなかったら二重の……」
わ〜〜〜〜〜! わかったから! たっく……脅迫だもんなぁ。ぶつぶつ。
夕凪「何か言った?」
いえいえ! 決して浩さんの美姫さんや、アハトさんのフィーネ、フィーラみたいに後書アシスタントは暴力って相場が決まっているなぁ。何て思ってません!
夕凪「……空送決定ね」
Nooooooooooooooooooo!
夕凪「挽回できるかどうかわかんないけど、とりあえずイメージボイスを聞かせて」
アイアイサー! まぁ、つらつらっと書き並べるね

     緋村剣心         :鈴村健一
     相楽夕凪         :桑島法子
     斎藤一          :鈴置洋孝
     四乃森操         :久川綾
     桂木さとみ  :川上とも子
     マリー・シエラ      :千葉妙子
     エレン=コナーズ     :田中理恵
     柏崎念慈(翁)      :立木文彦
     黒木一光         :小野坂昌也
     白鷺賢          :斎賀みつき
     御剣尚護  :皆川純子
     野々村栄治        :青野武
     鵜堂刃衛  :檜山修之
     クライン=K=サーザイン :真田あさみ
     佐渡島兆冶        :西村智博
     セルゲイ=デュッセルドルフ:津久井 教生
     石鶴幸嗣         :石川英郎
     蒼劉閻 :神奈延年

こんな感じかな? あ、名前だけとか、逆に台詞あるけど名前出てないとか、そういうのは全部省いたよ。先に出して面白みがかけてもダメだしね〜。それと、OVA、CD、その他にボイスが出てない人も、載せてます。それと、敬称略させて頂きました〜。
夕凪「……あたし桑島さんなの?」
うん。最初は折笠富美子さんってのも考えたけど、桑島さんで落ちつきました。
夕凪「能登麻美子さんて案もあったんでしょ?」
それを言っちゃクラインは釘宮さんとかこおろぎさんとか色々あったよ。でも最終的にこうなった。
夕凪「で、美姫さんは?」
は? 
夕凪「は? じゃなくて、出演オファーかけてるんでしょ? だったら誰にするのよ?」
い、いや、美姫さんは浩さんが決めているでしょうから……。
夕凪「いいから! アンタは、誰だと、思うの?
桑谷夏子さんかな?
夕凪「シスプリ?」
んなもん、正反対のイメージだろ〜。ボクはラブひなagainのカナコの方だよ〜……は!?
夕凪「さて、久しぶりに空飛んでこようか?」
ひ、卑怯だ! 最低だ! 誘導尋問だ! 
夕凪「勝手にくっちゃべっておいて、説得力なし! 成敗!」
ギャァァァァァァァァァァァァァァ!
夕凪「さて、あんな重苦しい本編とのギャップ激しいけど、こんなイメージで読んでくれたら嬉しいです(はぁと)それでは、また〜」

     夕凪が去った後、荷物は飛行機に乗って飛び去った……。



桑谷夏子さんか、成る程。
美姫 「喜久子姉さんとかは?」
お前はあんなにおっとりしてないだろう。
ってか、イメージに合わない。
桑谷夏子さんなら、おお!って感じだな。
後は、氷上恭子さんとか。
美姫 「優しいお嬢さま?」
いや、そっちじゃなくて元気娘。
美姫 「言うと思ったわよ!」
あははは。まあまあ。
そこが美姫の魅力でもある訳だし。
美姫 「…………」
何だ、その疑いの眼差しは。
美姫 「過去に、何度その手で騙されてきたか」
あ、あはははは。そんな事もあったなー。
それはさておき、出演?
美姫 「そうよ、出演よ」
くれぐれも迷惑だけは掛けるなよ。
美姫 「それは私の台詞よ」
どういう意味だ?
美姫 「だって、アンタ…」
こらこら。それはまだオフレコだ。
美姫 「そうね。気になる人は、これから先のとら剣をお楽しみに〜♪」
ちゃっかり余所様の宣伝もしつつ、さっきから気になっていたんだが、これ何だろう?
美姫 「箱」
身も蓋もないな。そんなのは分かってるよ。
美姫 「えっと…、何々。品目:生物」
ま、まさか、夜上さん……?

ガタガタガタ

えっと、肯定なのかな?
美姫 「まさか、だってここに来るはずが。第一、出演のオファーしてないんでしょう」
おう!しかし、夕凪ちゃんが送ってきたとか。
美姫 「否定できないわね。こうなったら…」
どうする気だ?
美姫 「ここに取りいだしましたるは、種も仕掛けもない剣十数本」
ふんふん。
美姫 「そして、目の前の箱にも種も仕掛けもございません」
確かに、そんなのはなさそうだ。
美姫 「では、この剣を…」

ブスブスブス。

おお!三本も刺さった。

ガタガタガタガタッ!

美姫 「さらに、さらに〜」

ブスブスブスブス。

ガタタタタッ!

ブスブスブス。

ガタガタ…………シーン。

お、おい。静かになったぞ。
し。しかも、何か赤い液体が。
おい、美姫、本当に大丈夫なんだろうな。
は、早くその箱を開けて、ジャーンって感じで無事な所を見せてくれ!
美姫 「はい?何を言ってるの」
いや、何って、その手品の結末をだな…。
美姫 「いつ、手品なんて言った?」
いや、だってさっき種も仕掛けもって。
美姫 「だから、種も仕掛けもありませんってちゃんと言ったじゃない」
おいおいおい…。まさか…。
美姫 「当然、種も仕掛けもないんだから、中は…。開ける」
や、止めろ。とてつもなく嫌な予感がする。
美姫 「じゃあ、これどうするの?」
えっと、夕凪ちゃんに送り返しておこうか。
美姫 「意外とえげつないわね」
いや、だってこの中に夜上さんがいるとは限らないだろう。
出演の許可も貰ってないんだし。
と、言う訳で今回は中身は謎のままという事で…。
美姫 「仕方がないわね。まあ、恐らく無事でしょうから」
本当か?
美姫 「私を誰だと思っているのよ。幾ら見えないからって、手応えで分かるわよ。
     全部掠っているだけだから、大丈夫よ」
……掠っただけって、アレだけ刺さってたら。
美姫 「大丈夫だって。それじゃあ、また次回を待ってますね〜」
ではでは……。(良いのか、本当に)



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