『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XLY・四点の闘い〜美由希対劉閻

「あれ? 美由希ちゃんどないしたん?」
 裏口から小麦を取りに出た筈の美由希は正面入り口から戻ってきて、ようやく落ちついた子供達から開放された蓮飛は不思議そうに首を傾げた。
「あ、うん。ちょっとバランス崩して木片が落ちちゃって通れなくなったから小太刀を取りに来たの。荷物の中に入ってるから取ってくれる?」
「うん。え〜っと……はい」
 大学に上がってから学校指定鞄でなくなったため、美由希は毎日製図用肩掛筒に小太刀を入れて持ち歩いている。蓮飛はカウンターに立て掛けてあった筒を手に持つと入り口に歩いて行って美由希に手渡した。
「あれ? 美由希ちゃん、どうかした?」
「え? 何で?」
「ん〜……上手く言えへんけど、ちょう変な感じがー」
「あはは。大丈夫だよ。思ったより外が暑かっただけだよ」
「そう? ならええんやけど、気をつけてな」
「うん。行ってきます」
 やはりどこかぎこちない笑顔で手を振ると、筒を肩にかけてまた出ていった。
「……変な美由希ちゃんや」
 見送った蓮飛は、また騒ぎ出した子供の相手をするために、奥へと駆け足で戻っていった。

「挨拶は済ませたか?」
 劉閻は微動だにせず、その場で待っていた。筒から二本の小太刀を取り出すと美由希は腰に二刀差しした。
「逃げるとは考えなかったの?」
「もし逃げれば残された友人や家族がどうなるのか想像できぬほど馬鹿ではあるまい?」
 そう。だからこそ美由希は逃げる事も助けを呼ぶ事もできなかった。昨年闘った巨大な西洋剣を持った青年は、ただ闘い、その中で味わえるギリギリのスリル感だけを求めていた。そして強者と剣を打ち合う喜びを狂喜に変えていた。今目の前で槍を構えている劉閻も彼と同類と理解した瞬間、もし彼女が場を離れた場合や非難を促した場合に取る行動も予測できてしまった。
「……闘えば他の人達には手はださないんですね?」
「無論。弱者を倒して喜ぶような屑ではない」
 それも事実だろう。血が見たいのではなく強さを求めると言い切るのだから。そして補足するかのように殺気の嵐を巻き起こす異常な精神力に、美由希の頬を無意識に一筋の汗が伝う。
 まるで母さんと向き合った時のよう……。
 三年前、まだ裏の世界で殺し屋を中心とした闇の活動をしていた御神美沙斗と初めて対峙したのはフィアッセと今は亡きティオレ=クリステラのコンサート会場となるホテルだった。恭也が一緒に居たおかげで去勢を張る事ができたが、一人ではその場で腰砕けになっていてもおかしくはない剣気と劉閻の放つ殺気は同格のものに感じ取れた。
「では参ろう。究極の高みへの第一歩へ!」
 動き出そうとする劉閻の先手をとり、美由希が先に動いた。と、言っても真っ直ぐ劉閻に向かったのではなく右手にある御茶店に向けてだ。先手を取られ、しかも予想外の行動に踏み出した一歩から力が抜けて、思わず踏鞴を踏んでしまう。槍の穂先が僅かに落ちた。そんな変化を美由希が見逃す筈はなかった。三角飛びの要領で壁に着地すると四歩だけ壁を走ると劉閻に横から斬りかかった。相手の武器は変形ハルバードという超重武器だ。まともに斬り合えば一撃で小太刀は折れ、鋭い切っ先がまだ純粋な胸にナイフを落とすように吸い込まれ、鮮血という花が大地に咲く事になるだろう。そうさせないためには、美由希が恭也や美沙斗に唯一勝てる武器を最大限に利用する事。即ち速度である。それに加えて、槍は刀とは違い構えるとどうしても左右どちらかに無防備な背中を向ける。劉閻は右利きなのか万歳の姿勢から左手で下がっている先を支えて、右手で石突と呼ばれる刀で言う柄尻を持ち上げている宝蔵院流槍術の半冠と呼ばれる構えから相手の攻撃をさばき終えた時に似た状態だ。
 振り向かせる時間を与えない!
 納刀から速度を重視した抜刀術に初撃を定めると、折り畳んだ膝を一気に爆発させた。上半身を半分以上捻り上げた横回転で小太刀を鞘から引きぬく。刃は煌きながら弧を描いて劉閻の背に軌跡を描いていく。
 しかし――。
「甘い」
 劉閻は頭上に槍を構えた姿勢から一番の支えになっている右手を離すと、左手を中心として槍を一回転させた。背中に命中しかけた刃は槍の柄に引っかかり、不快な金属同士の擦れた音が周囲に響き渡る。
「くっ!」
 自分の足りない腕力と勢いをプラスした斬撃でさえ、重い槍を弾く事すら適わずに唇を噛むと、美由希は小太刀の下に体を入れた。随分と変則的だが相手の膝を砕くべく蹴りを放つ。だが、小太刀の一撃を完全に弾き飛ばした槍が続けざま彼女の足に襲いかかった。さすがに小太刀を傷一つなくさばいた槍に蹴りをぶつける訳には行かず、慌てて引っ込める。が、瞬時に飛針を引きぬくと、槍が通過した背中に投射した。飛針が半分程度まで劉閻に突き刺さる。
 よし!
 それを目の端で確認すると、美由希は一度態勢を立て直すために距離をとった。
 劉閻は肩越しに刺さった三本の飛針を見ると、ぎろりと美由希に視線を向けた。
「飛針か。なるほど。刃衛の報告通りか」
「刃衛……? 鵜堂刃衛?」
 まだ記憶に新しい闇を纏った狂剣士を思い出し、意外そうな表情を浮かべる。だが劉閻はまるで意に介さぬ様子で、飛針を抜きもせずに再度槍を腰の高さに構える。
「だが、この程度の児戯は戦いには必要ない」
 再度殺気を噴出させて、今度は躊躇なく劉閻が走り出した。
 速い!
 まるで超重武器を持っているとは思えない速度で美由希との間を詰める。さすがに予測を超えた動きに虚を突かれた美由希の膝は刹那だけ硬直してしまった。刀ではまだ間合いですらない距離から、眼前に急激に突き出される穂先に二刀の小太刀を十字に交差させて受け止める。
体重の軽い彼女は逸らす間もなく後ろへと吹き飛ばされた。しかし、まるで柔らかいタイヤを飛ばした感触に、劉閻の片眉がぴくりと動いた。
 自ら後ろに飛んで威力を殺したか。
 僅かな判断で膝から下の捻りで後方へ飛んだ美由希は、それでも腕の力を限界まで振り絞らなければ槍を抑える事ができなかった。力押しで来る恭也の攻撃よりも重い一撃に、十字の形が打ち崩される。だが何とか槍の距離の外で崩されたため、突き刺さる事だけは免れた。しかし強力は豪腕から繰り出された一撃は、軽い美由希を十メートルもの距離を軽々と吹き飛ばした。
「と……く……」
 何とか後ろに着地する事に成功し、小太刀を逆手に持ち直す。そこへ追撃がやってきた。全体重を乗せた一撃がまるで獣のように低空から襲い来る。
 美由希の頭の中で、かちりとスイッチが入った。途端に世界から色が失われ、モノクロのゼリーの中にいるような圧迫感と動き難さが体を包み込む。自分に向けて突き出された槍が緩やかに動いていく中を、命中点から体を移動させもう一度劉閻の背中に回りこんだ。瞬間、世界に色が戻った。
「何!」
 必殺とはいかなくとも、それなりの痛手を与えられると思っていた劉閻が驚愕する。戦闘思考は口とは反対に敵の気配を探る。
 背後だと!
 頭が確信した方向へと動く。そこには逆手に小太刀を構え、すでに技のモーションへと入った美由希の姿があった。

 小太刀二刀――!

 両手を逆手に持った小太刀が、円を描くように無数に飛びかかる。

 虎乱!

 御神流で逆手から繰り出す乱撃術の一つだ。幾つもの三日月を穿ちながら縦横無尽に劉閻の背に傷を作り上げていく。それはまるで虎が獲物を捕えるように、容赦なく振り下ろされた牙が食い込んだようだった。
 しかし、五撃目を放ち終えた瞬間、何か手に伝わる感触が普通ではないのに気付いた。 まるで鋼鉄を強引に切り裂こうとしているような、強靭な感触……。
 その一瞬、六撃目の速度が緩んだ。劉閻が石突から手を離すと、文字通り石をも突き崩せるそれを美由希の太股にめり込ませた。
「キャウ!」
 戦闘に似つかわしくない悲鳴が上がった。だが槍は動きを止めない。めり込ませた石突に捻りを加えて肌を毟るようにして肉を露出させると、上半身の回転でハルバードの刃の側面で美由希の頭部をはたいた。頭蓋が軋む音を耳の中から聞き、急激な圧力が鼓膜を破り鮮血をほとばらせる。下を向いていた刃はそのまま彼女の左肩から右脇にかけて切り裂いた。
 精神的に驚きを持っている間に受けた一撃に、美由希の思考は停止した。斬られた傷も太股に穿たれた一撃も深くはない。骨は軋みはしているが折れていない。強いて言うなら鼓膜が破れてしまったためにバランスを司る三半規管が未だに揺れているが、見た目より大した事はない。倒れていく間に体の状態を確認しながら、しかし美由希の思考は斬った筈の劉閻の背中に注がれていた。
「くぅ!」
 思考はそこで中断した。
 地面に倒れた体は、想像以上に状況が厳しいのかすぐに起き上がろうとする意思に反して、中々立ち上がらない。頭部の側面を叩かれた時に切ってしまった口内に溜まった血液が悲鳴と同時に吐き出された。
「今のが神速か。確かに話を聞いていなければ対応すらできなかった」
 それでも少しは堪えたか。と、何ら変化の見えない言葉で呟くと、ぐるりと顔で美由希を見下ろした。
「な、何で……?」
 自分とは違いまるでダメージを負った様に見えない劉閻に、崩れた文房具屋の柱を支えにようやく立ち上がった美由希は、闘う意思を衰えさせていない瞳で彼の背中を見て、目を見開いた。
「何……それ……」
 そこには刀で作られた衣服の切れた跡は残っていたが、その下に見える肌に傷はついていなかった。
「硬気功を知らないのか?」
「こう……きこう?」
「鍛錬によって肉体を鋼の如く強靭なものへと変化させる秘術だ。尤も、これでもまだ完成ではないがな」
 冗談じゃない。
 想像を絶する秘技を見せつけながらも、今だ完成に至っていないと言う劉閻に、美由希は恐ろしさを感じた。
 話を総合すると瞬間的に筋肉の膨張を利用して身体の耐久性を上げるものだろうが、乱撃の虎乱や飛針を受けても傷一つ付かない時点ですでに人間の域を越えている。美沙斗の射抜や恭也の薙旋ならば打ち崩す事も可能だろうが、如何せん今の美由希にそれらと対等に闘える技は持ち合わせていなかった。
 だけど負ける訳にはいかない……。私は御神だから……。
 心はそう叫んでいた。
 だが、反して本能は悟っていた。一切のダメージを与えられないと言う事は、何時かは体力が切れた自分が殺されるという事を。どれだけ必死に斬りつけようとも、無駄に終る――。
 それでも戦いを捨てる訳にはいかなかったが、三半規管はバランスだけではなく乗り物酔いをしたように視界を回転させ、あまりの心地悪さにからん。と、音を立てて美由希の手から小太刀が落ちた。
「ふん。闘わずして運命を悟ったか。運命を切り開く事すらしないとは……。所詮はこの程度か」
 拍子抜けしたと言わんばかりに嘆息し、劉閻は瞳から力を抜いた。
「だがカイゼルの命令だ。その首は貰いうける」
 美由希の悟りきって疲れた表情が、目の前に立った劉閻を見上げた。すでに彼の瞳には殺気は無く、ただ見下げる色が浮かんでいるだけだ。
 ゆっくりと槍が持ち上げられる。
 本当は諦めてしまってはいけない。それを痛いほど知っているのは美由希だ。恭也から毎日の鍛錬でそれは教え込まれている。だが、全てが徒労に終ると核心してしまったらどうしたらいいのか? 守るべきものはある。しかし思いだけでは理想は貫けない。
 恭ちゃん、ゴメン。みんな……ごめんなさい……。
 瞼を閉じて、悔しさから唇が破けるのも構わず噛み締める美由希に、一片の同情をかけずに、槍が振り下ろされた。
 ガギィィィィ!
 だが、まだ美由希は運命に流されてはいなかった。
 耳元で激しい金属音が響き、慌てて閉じていた瞼を開くと、そこにはかつて恭也が見たものと同じ態勢の、まだ一ヶ月しか知り合ってから時間が過ぎていない男性の姿があった。
「前は兄さんで今度は妹か……。ま、別にいいけどな」
 槍を逆刃刀で受け止めて、緋村剣心はおどけるように美由希に微笑んだ。 



剣心登場〜〜〜!!
美姫 「美由希のピンチに現われるなんて、おいしい所を」
次は剣心対劉閻かな?
美姫 「多分、そうじゃないかしら」
どんな対決が繰り広げられるのか。
美姫 「期待して待ちましょう」
ではでは。



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