『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XLX・四点の闘い〜一角対兆冶

 空は完全な夜の様相を浮かばせていた。神居古潭は漆黒に近い闇の中で静かに時が過ぎるのを待っている。しかしただ一箇所だけは眠りにつかず、動物達が逃げ出すほどのさっきに満ち溢れていた。
 対峙しているのは雪の上に手をかざして怪しげな呪文を口にしている男と、佐渡島兆冶。そして雪と氷那を助けるために来た一角と耕介、楓の三人。
「ち。神咲と御剣か。相手ではないがそこそこ邪魔だな」
 宝玉を手にしながら、兆冶は舌打した。
「どれくらい時間がかかる?」
「……七分……いや五分でいい」
 呪文の隙間に言葉を挟ませながら、必要な時間だけを告げると、兆冶は厳かに頷いた。
「なら……奴を使うか」
 今は森に腰を降ろしている存在を思い浮かべて、同じく打ち合わせをしているだろう一角達を睨みつけた。
「まさかある程度加減したとはいえ楓陣刃を掻き消されるとは思ってなかったな」
 少々驚きを浮かべながら、耕介は御架月を持ち直した。
「耕介さんの楓陣刃を防ぐのか〜。これはウチの技でも厳しいなぁ」
 元々楓陣刃は楓が使う神咲楓月流という、小太刀や脇差と言った丈の短い刀を用いて、破壊力よりも機動性を重視した技を使用する。そのため同じ技でも一灯流が使った方が威力が大きい。それに十年近く離れてたとはいえ耕介の霊力は衰えるどころか更に巨大になる一方で、加減したと言っても間違いなく神咲楓月流当代の楓の技を越えているだろう。
「元々雪と氷那を助けるのが目的だ。オレと楓であのスーツの男を抑えるから、その間に耕介さんと御架月で助け出してくれ」
 今の一撃を弾いた強さを見る限り、兆冶は霊力を使えるという予測が立つ。ならば耕介と楓をぶつけるのが常等手段なのだろうが、背後で呪文を唱えているローブの男を見る限り、あちらも霊力や魔力等の第六感を基盤とした力を使うようだ。なので一角と楓が兆冶を抑えている間に、耕介の破壊力で一気に片をつけようという作戦だ。
「OK」
「それじゃ……やりますか」
 互いの顔を見合わせて、大きく頷くと特に合図を発する訳でもなく三人同時に動き出した。
 広場になっている頂上は天井や壁がある訳ではないので、必然的に相手を中心に円状に動く事になる。そして一角の精神は一気に熱を失って冷徹な忍としての無感情を表面へと露にしていく。
 敵対数二。うち一人は動けない。そちらへは耕介さんが動いている。実質敵対しているのは一人だけ。絶対にその場から動かせてはいけない。
 状況を再度反芻し、一角は苦無を腰につけたウエストポーチ型のホルスターから三本引きぬくと、頭、胸、足と同時投擲した。苦無は一直線に兆冶へと向かう。しかし兆冶は瞬時に三本の軌道を読んで避けると、宝玉からレーザーのような高密度な光線を発する。だが、光線は神気発勝で身体能力を上げていた楓の小太刀の一振りで弾く。
「真威! 楓陣刃!」
 少し変則型ではあるが、振り下ろした小太刀を振り上げ様に、楓のスピードがある楓陣刃が大地を穿ちながら放たれる。
「ふん!」
 だが、楓陣刃は鼻で笑うような兆冶の宝玉が輝き、先程と同じく宝玉と衝突した瞬間に黄金の一撃は掻き消える。
「やっぱりアカンかったか」
「でも耕介さんが雪達を助けるまでの時間稼ぎだ……?」
 その時、頭上に覆った僅かな枝を折りながら、何かが二人の真横に大きな物体が落ちた。反射的に身の危険があるのかどうかを判断するために視線を巡らせ、驚愕した。
「耕介さん!」
「な、何で?」
 今が戦闘中であるのを承知しているとしても、まるで戦闘とはかけ離れてローブの男から友を奪還するべく作戦を行っていた耕介が突然頭上から振ってきた事に、二人は驚きを隠せなかった。
「ぐぅ……」
 ぼろぼろになった服と浅いが見える範囲の多数の切り傷から血を流している彼に、それほどローブの男が張っている魔力障壁は固いのかと思った。
 魔力障壁とは魔術や魔法、もしくはそれに類似する祝詞や呪文を紡ぐ事によって発言させられる力を使う時、自らの身を守るために張られる全方位型のバリアである。その強度は使用者の実力に比例するため、耕介のように人間離れした力を持っていたとしても破れないと言う事は多々有り得る。
 そう考えてローブの男へと顔を向けて、楓はそこに本来はないであろう物体を目撃し、思わず目を瞬いた。隣では一角も忍にあるまじき意識が飛んだように同じ物体を凝視している。
 それは巨大な手だった。
 森の木々を押し倒して突き出した、掌だけで有に二メートルはある腕が、ローブの男を守るように地面に十数センチ沈めて存在していた。
「な、何あれ……?」
 今まで楓も様々な妖魔と闘ってきた。姿形は様々で巨大な蚯蚓のような生理的に受け付けないタイプのものとも戦闘経験がある。しかし、そんな中でも完全に人型という妖魔とは闘った事はなかった。だがしかし、今森からのっそりといった表現が一番似合う動きで出現した存在は、全てを圧倒していた。五メートルはある森の木々が腰より低く、剥き出しになった肌は浅黒い色をしている。局部を申し訳程度に包む褌と一緒になった肩の鎧も一つが家のようなサイズだ。そして顔は精悍で武人と言って過言ではない整った顔つきをしているのだが、瞬きをしない瞳には理性の光は浮かんでいない。それを裏付けるようにただ無造作に伸ばされた白髪はぼさぼさのまま垂らすように腰まで落ちている。
 別に一角や楓の目がおかしくなったのではなかった。ただ目の前に巨大としか言いようがない人間が聳え立っている以外は。
「くくくく……クハハハハハハハハハハ! どうだ! かつて屯田兵として存在していた化け物と、ザカラの合成獣を!」
 かつて明治がようやく軌道に乗った頃、京都で闇に消えた反乱があった。その時、精鋭部隊の一人として活動した男は、建物を見下ろす巨躯を活かして様々な破壊活動を行った。だが、一人の男と出会い、闘い破れた事で全てを洗い流した彼は、北海道でまだ未開発だった土地を耕し、後に続く人々のために尽力した。
 その遺伝子を探し当てたのが兆冶だった。何かに使えると思い自らの魔術理論で更に巨大化させた合成人間を眠らせていた時、ローブの男と今は海鳴にいるセルゲイと劉閻の合同作戦のメンバーに選ばれ、それならばと眠らせていた彼を使う事に決めた。
 まさかそれがここまで私の脳を刺激する実験体になるとは思いもしなかった!
 呆然としている煩い小蝿を見て、兆冶は薄らとほくそえんだ。まるで周囲が持っていない玩具を自慢しているように見えるのだが、今の耕介達にはそこまでの余裕はなかった。「一角ちゃん、作戦変更だ」
「耕介さん?」
「あれがザカラとの合成獣……だって言うなら、俺と楓ちゃんで相手しなくちゃいけない。いや、対応できない。だから……」
「……わかりました。安心してください。二人があれを倒す前にオレが雪達を助け出すさ」
 ようやく叩きつけられた痺れが抜けた体を起こして、耕介は不適に微笑んだ一角に寮で御飯を出すときのような笑顔を、気合を入れている楓と一角に向けると刀を肩にかけるように構えた。
「よぉぉぉし! いくぞ! 御架月! 無尽流全開だぁ!」
 金色を身に纏った二つの戦士は、一気にザカラへと飛んでいった。
 二人を見送ると、一角は再び一人の忍として冷徹に心を凍りつかせた。
「お前等を倒して雪達を取り戻す」
「できない事は口にするものではないな」
 まだ相手は自分と違って手の内を見せていない。
 一角は生粋の忍者であり、攻撃方法は得意とする脇差で斬る、苦無や手裏剣で撃つ、幻術を交えた忍術で隙を作る。この三つしか手段はない。しかし、相手は謎の宝玉で耕介や楓の楓陣刃を掻き消すという人間離れした技を見せている。だがたった数度の応酬で一つわかったのは兆冶が一度も攻撃をしかけていないと言う事だ。確かに責めなければならない一角と違って守りを固めればいい違いはあれど、攻められるだけではなく反撃して殉滅させた方が効率はいい。
 ならばそれでもしないのは……。
「一気にカタをつける!」
 右太股の外側に括り付けてあった愛刀を抜くと、一角は左右に稲妻の如く高速移動しながら一拍の間を持って兆冶の左手に接近した。元々戦闘行為に向いていない彼は、一角の動きに着いていけずに、唸りながら必死に視線を動かしたが、最後の六メートルを一瞬で零に変えた彼女が左脇に立つのに気付いた時にはすでに脇差は一閃していた。
 だが――。
 ガギィィィィ!
 脇差の刃は兆冶に命中する直前、乳白色に輝いた障壁が闇に浮かび上がった。
 これが楓陣刃を打ち消した?
 しかしそんなに硬くはない。このまま押し切るべく力を入れ直した瞬間、障壁の表面が変化した。衝突箇所から沸騰する水のように泡立ち、次第に渦を巻くように脇差に向けて泡が集中していく。
「な……!」
 余りの急激な変化に一角が呻いた。それを聞いて、兆冶の少々焦っていた表情に余裕が生まれる。
「反転!」
 衝突面が一角を押し戻すように膨れ上がる。そして泡はアメーバ状に広がると開け広げた口から黄金色の光を撃ち出した。
「ぐわぁ!」
 幾ら忍者と言えども力のベクトルを無視した動きなどできない。
 密着状態だった彼女は、避ける事も出来ずに背中を離れた大木に叩きつけた。悲鳴を上げられずに肺に残った酸素が吐き出される。酸素供給を瞬間だけ切断された脳が刹那の時間だけブラックアウトした。ずるずると力が抜けた腰が冷えた雪の上に落ちる。
「どうだ? 私が作り上げた反転宝珠は!」
 須く全ての活動には等しく加えられた力とほぼ同数の反力がかかる。これを反発と呼ぶが、兆冶は宝玉の中で薄い膜に包まれた平行世界へと繋がる特殊空間を包み込むと同時に平行世界とも現実世界からも切り離された空間をループ状に固定し、外部から加えられた力を任意で解き放つ技術を開発した。おかげで反力など発生せず、加えられた力をそのまま弾き返す芸当が可能になった。だが、宝玉のままでは意味がないため、半径一メートルに擬似液体種膜を張り巡らせる事で、種膜が受けた打撃をそのまま宝玉内の並列固定空間に転移させたのだ。
 兆冶の自慢げな笑いの合間に戻った意識の中で、無意識に直撃した胸部に触れる。
 肋骨が……五番と六番、それに十一番が持ってかれた……。
 骨の硬い感触ではなく腫れ上がったぶにぶにとした深いな感触に苦痛を噛み締めながら、戦意をなくさぬように兆冶だけを睨んだ。
「まだやるかね?」
「ああ……。友人を助けるんだ。止まってなんかいられない」
 落としかけていた脇差を握り直し、残った手に苦無を数本取り出す。だが、兆冶は花で笑い飛ばすと、すうと腕をローブの男へ向けた。
「助けるか……。無理だな。すでに術は完成した」
 魔法陣は空高く雪色をした光の柱を建てていた。



一角たちピンチ!
美姫 「ハラハラドキドキね」
ああ〜。無事に雪たちを取り返せるのか〜。
美姫 「耕介たち頑張れ〜」
では、また次回〜。
美姫 「待ってま〜〜す」



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