『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XLV・錬金/宝石/強奪

「尚護は指揮を取って周囲の警戒! 吾妻は索敵! 江角は空也兄様と火影兄様へ伝令! 急げ!」
 現在任務にて本家を離れている長男空也と次男火影の代わりに、現在本家で一番位の高い位置にいる一角が、目の前に控えていた三人に指示を出した。三人は一度小さく首を振ると、影も残さずに姿を消した。それを見届けると、一角は雪の寝ていた部屋へ急いだ。
「千堂先輩!」
「御剣さん、そっちはもう大丈夫なの?」
「ええ。指示は出したので後は独自の判断で大丈夫です。それより、中はどんな状態ですか?」
「今、耕ちゃん達が見てるわ」
 廊下の壁を背もたれにして室内を険しい表情で見ていた瞳は、駆けて来る一角に小さく手を上げると、矢継ぎ早に投げられる質問を的確に投げ返した。室内では忙しい御剣の忍者の代わりに耕介と楓、そして北斗が内状を確認している最中だった。
「どうですか?」
「あ、一角ちゃん。どうもにわかに信じられないんだけど、外から巨大な何かで切り崩された感じなんだ」
「切り崩された?」
 室内は真中にひかれた布団に覆い被さるように天井や壁に使用していた木片が散らばり、長年掃除しきれなかった埃が、畳の上に降り積もっている。確かに耕介の言う通り、崩れた箇所は内部に向けて破片を散らばらせており、外には僅かなものしか飛んでいない。
「でも、こんな大きな……その……何て言うか……」
「大きな刀で斬られたみたいって言うんだろ?」
「うん」
「それはうちも信じられへんのやけど、間違いないみたいやわ」
 その時、外の様子を調べていたのだろう楓と北斗が、木片を踏みしめながら戻ってきた。
「何か見つけたのか?」
「ええ。信じられないんですが、三メートルはある大きな人の足跡がありました」
 多分自分でも未だ信じられない部分があるのだろう。北斗は多少しどろもどろになりながら、背後を振り返った。同時に一角と耕介も視線を向けると、そこには巨大な二等辺三角形のような巨大な足跡が残されていた。
「見てもいまいち信じられないな……」
「それが正常な反応やと思うよ。あんなのを見て普通に感じる神咲がおかしいんや」
「……俺、神咲だけど見た事ないよ」
「裏の神咲はって意味や」
 そうは言うものの、楓も巨大な妖魔の類を見た事はあるが、巨大な人間の足跡など初めてだ。心の動揺を抑えるのが精一杯なのは、一角と何ら変わらない。
「で、これからどうするの?」
 それまで様子を見ていた瞳も、室内に足を踏み入れて一角に問い掛ける。
「雪が攫われたのなら助けに行かなくちゃいけない。オレは足跡を追う」
「なら俺も行こう。妖魔関係なら神咲が居た方がいいだろ」
「ならウチもやね。北斗はここで警戒してて」
 了解。と、返事して、北斗はすぐに尚護と合流するべく場を後にした。
「あ、そう言えば相川は?」
 確か雪の側に居た筈だが、室内に彼の影はない。
「俺達がここに来た時はすでに居なかったから、多分……」
「追いかけたってか。あんの大バカ野郎!」
「とにかく、三人は相川君を追いかけて。私は小鳥ちゃんの側にいるから」
「わかった。それじゃ瞳、頼む」
 そのまま三人は、瞳を残して一角を先頭に山へと駆け出した。ほんの少しだけ葉が擦れた音を残し、また静寂が包み込む。小さく溜息をついて彼女は鶯を鳴らさずに先程小鳥が通された部屋へと戻る。
「野々村さん、入るわ」
 返事はない。不信に思って今度はノックを交えて声をかけるが反応はない。
「……まさか!」
 慌ててドアを抉じ開け、部屋へと跳び込んだ先には、全開に開け放たれた窓があるだけだった。

 足がもつれる。
 息が切れる。
 突然天井と壁を砕いて出現した巨大な手によって雪は鷲掴みにされ、しかも影から現れたスーツ姿の人間に氷那まで連れ攫われた。気を失う事もなく、大きな傷もなかった彼はすぐさま裸足で後を追った。しかし春先でまだ完全に雪が溶けきっていない水分が凍りついた山肌は、彼の足の裏から感覚を奪い取り、突き出した小石や凍った土が食い込むたびに鮮血を滲ませる。それは弾かれた枝で切り裂かれた頬や額も同じであり、都市から離れた夜深い山の木々達は一斉に常人の方向感覚を狂わせる。それがまた傷の数を増やしていく。だが止まる訳にはいかなかった。二度と会えないと思っていた大切な人と再会して、突然目の前から奪われたのだ。
 絶対に助けるんだ……!
 歯を食いしばり、殆ど使いきった体力に鞭打ち、真一郎は夜の山を走る。まるで何かに導かれるように神居古潭へと向かった。

 足がもつれる。
 息が切れる。
 友人達の中で一番小さな体を大きく揺らしながら、小鳥は夜の森をさ迷っていた。突然の揺れの中で廊下から聞こえてきた言葉に、彼女は本能的にわかってしまった。攫われたのなら真一郎は間違いなく追いかけている。幼い頃から知っている彼ならば間違いなくそうしている筈だ。だから必死に彼女は走る。その結果、心が拒み続けている答えを見てしまおうとも、動かずにはいられなかった。
 それは彼女の思い。
 それは彼女の業。
 それは彼女の罪。
 どれだけ詰られようとも、雪から大切な存在を奪い去ったのは事実であり、大切な友人を裏切ったのも事実なのだ。
 だから……だから……私は……。
 流し続けていた涙は、何時しか乾いていた。
 そして彼女も神居古潭へと何かに導かれるまま、歩き続けていた。

 神居古潭とは昔北海道の地で穏やかに生活していたアイヌと言う人々が「神の住まう地」として崇めていた聖域である。アイヌの人々は周囲にある自然、作り上げた物、感情、そのたありとあらゆる名を付けられる存在には神が宿っていると考えていた。それから時は流れ、神居古潭は他に類を見ない自然からキャンプ場として開かれた。夏場は家族連れが訪れる観光地ではあるが、反面、もう一つの噂で有名でもあった。即ち、人在らざる者が住まう土地として。それが幽霊と一般的に呼ばれる存在なのか、それともアイヌの人々が言うように神なのかはわからない。しかし一つだけ言えるのは、日本を支える龍脈の中でも北を守護していると言っても過言ではない霊場である、と、いう事だ。
 そんな神居古潭にある山の山頂には、木々のないぽっかりと開いた広場がある。まだ雪深いその場に、ローブの男は静かに座禅を組んでいた。しかし寒さに身を震わせる事もなく、静かに瞼を閉じていた。
「持ってきたぞ」
 と、不意に何の気配もなくローブの男は声をかけられた。
 ゆっくりと目を開けると、そこには手に気を失った氷那と雪を抱かかえた兆冶が立っていた。
 雪の上に投げ捨てるように二人を置くと、小さく鼻を鳴らした。
「済まなかったな。手間を取らせた」
「いや、こいつの性能テストも計れた。これでザカラが開放されればどれだけの力を有するか予測もたたん」
 洞窟の中の時の様に背後で静かに佇む影を見上げて、兆冶は満足げに口を歪めた。
「かつて北海道に居たと言う巨人の遺伝子と妖怪との融合か。さすがに我にも制御できるかわからん」
「出来なければ出来ないで改良すればいいだけの事よ。戦力があるだけで十分だからな」
 それは一理ある意見だ。
 暴走しようとも、暴れ出す場所が敵地であればそれは戦力として確保できる。しかも今回は人間との妖怪の合成獣だ。まるで予測は立たないが、代わりに膨大なデータを得る。あくまで今回は実験がメインなのだ。
 ローブの男は雪の冷たくなった頬を撫でると、隣に落ちていた氷那を彼女の胸の上に乗せた。
「それでは始めよう。大妖ザカラの復活の儀を!」
 男が宣言した瞬間、彼と雪達を中心にして、古代ラテン語とヘブライ語を混ぜ合わせたような文字列が並ぶ円形の魔法陣が、まっさらな雪面に浮かび上がった。
 訥々と男から言葉が零れていく。それに合わせる様に、魔法陣の文字が一つ一つ青く光り出す。
「これであの御方の願いがまた一歩近付く……。いや! 一気に突き進むのだ! ……む!」
 その時、森の木々を縫って金色の光が男に突き進んだ。兆冶は光と男の間に体を入れるとポケットから取り出した宝玉で掻き消した。
「今の技は……」
 しかし答えは兆冶からではなく、森の奥から姿を見せた。
「雪と氷那、返してもらうよ!」
 忍び装束に身を包んだ一角を筆頭に、すでに神気発勝した楓と耕介は自らの刀を構えた。



ざからの復活。
そして、それを阻まんとする耕介たち。
美姫 「いよいよ北海道編も終盤かしら?」
さあ、どうなんだろう。でも、結構山場ではないかな?
美姫 「事態が終息へと向う今、益々目が離せませんね」
うんうん。次回を楽しみに待つべし、待つべし。
美姫 「それじゃあ、次回を待ってます〜」



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ