『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
XLU・血鬼/剛槍/強襲
時刻はそろそろ夜へと変化していく時間だった。
空は紫色で染まり、次第に橙色から群青色へとグラデーションしていく。藤見町の商店街はそんな中で夕飯の食材を求める人達で一日の中で一番活気ついていた。野菜や魚を中心に食材を扱う店先には買い物篭を下げた主婦が談話し、子供は玩具屋のウインドウに顔を張り付かせている。学生は放課後の開放された一時に友人達とのおしゃべりに興じていた。そこへ、突然大きなブレーキ音を響かせて巨大なタンクローリーが道を走ってきた。商店街の入り口にいた人々は、何事かと首を捻らせた時、タンクローリーは横転した。中に摘めた何百トンもの石油と一緒に――。
翠屋の窓ガラスは爆風の煽りを受けて全てが粉々に吹き飛ばされていた。店外から吹きこむ灼熱と暴風の嵐は破片を壁や床に突き刺していく。
勇吾達はある程度収まったのを確認すると、徐に頭を挙げた。店内は炎に巻かれてはいないが、それでも多少進入した炎に窓枠や壁の一部が煤こけている。だがそんな事など些細な出来事でしかなく、四人は一斉に身を隠せないカウンターに座っていた桃子達を探した。しかしあった筈の場所に彼等の姿はなかった。爆風で吹き飛ばされたのか? そう思い勇吾は入り口とは反対側の壁に視線を向ける。だがそこにも誰もいなかった。一瞬だが脳裏を掠めた、ガラスの破片で血塗れになった友人達の姿がない事に安堵を覚えるが、同時にどこへいったのか? と言う疑問が浮かんでくる。
「げほげほ……ふえぇぇぇ……。口の中がじゃりじゃりする〜」
その時、カウンターの奥から聞き慣れた試合以外はぼんやりしているバスケット選手の半泣き声が聞こえてきて、一様に全員がほっと胸を撫で下ろした。
「あいたたたたた……。美由希〜。助けるならもうちょっと優しく〜。頭に瘤ができちゃったわ」
「ゴメン。ちょっとそんな余裕なかったから」
半分涙目にしながら後頭部を抑えている桃子に、両手を合わせて謝っている美由希の頭がカウンター越しに飛び出す。みなみは元々が小さいので肩まで出してすでに立っている。
「あれ? あの四乃森って人いねーぞ?」
爆風を避けるためにカウンターの奥へと避難したのは四人の筈なのだが、そこに操の姿がなかった。しかし店内にも人が倒れているような形跡はなく、テーブル席の四人はキョロキョロと首を巡らせ……なくとも、すぐに彼を確認した。
「何時の間に外にでたのかな?」
操はすでに炎の収まった外へと飛び出していた。
きっと炎が走った元を睨むようにしばし見つめると、踵を鳴らしながら小走りに店内に戻ってきた。
「どうやら商店街の入り口でガソリン満載のタンク車が横転したらしい」
まだ熱気が引いていない外から戻ると、額に浮かんだ玉のような汗を袖で拭いながら、操は比較的無事だった椅子に座った。
「横転で爆発ですか。それは大惨事や」
「周囲の建物も崩れちゃって、あれは復旧までに時間がかかると思う」
爆発は近隣の建物を巻きこみ、分厚い瓦礫の山を形成していた。あの状態では商店街の反対から出るしか手がないだろう。
「とにかく、俺は周辺の状態を見てきます。逃げ遅れた人もいるかもしれないので。高町さん達は早く非難してください」
「あ、だったらあたしも手伝います。これでもさざなみ寮で人間削岩機って呼ばれてたんです」
嬉しそうに決して名誉ではないあだ名を語ってくれるみなみに、操はしばし考えてから頷いた。
「だったら頼む」
「うんー!」
「あ、ならオレも行く。二人で運べる人数ならいいけど、多かったら誰かが呼びに行かなくちゃいけないだろ?」
「そういう役は男の俺だろう? 四乃森さん、俺もつれてって下さい」
すぐに晶と勇吾も操の手助けを名乗り出た。しかしこれにはさすがに困惑した。
「ちょ、ちょっと待って。確かに岡本は良いけどそんなに大勢だと……」
「ねえ、四乃森君」
その様子に、店内の状態を確認してきた桃子がウインクした。
「こう言う時は人手は多く合っていいんじゃない?」
「へ?」
「うん。そうねー。四乃森君とみなみちゃん、晶、赤星君は怪我人の救出。残りは翠屋の掃除と救急セットの準備―!」
「い、いや、あの……」
「それじゃ行こう晶ちゃん、赤星君」
「おー!」
「一応包帯は持っていこう」
「だから……その……ね」
「忍さん、私箒持ってきます」
「じゃ、あたしは救急セットね。レンは塵取宜しく」
「は〜い」
どうやら操の話など誰も聞いてくれないようである。一人寂しく涙を流しているところを、彼はみなみに引きずられるように店を飛び出して行った。
町は一時期の静寂から打って変わり、激しい混乱に巻き込まれていた。やはり通常の状態で口にした事と現実とでは心情が極限まで変わる。その中で素直に助けると言い切れるみなみ達に素直に感心する。
爆発の影響は膨大なものであり、翠屋のように爆風によって壁は窓ガラスが無残な姿に変わった店は、入り口に向かうに連れて目を覆いたくなる状況を浮き彫りにしていく。途中でガラスが足に刺さり動けなくなった人や、重度の火傷を負った人々を細かく店に運びながら、操と勇吾は半壊した洋品店や肉屋を検索していく。
「こっちには誰もいないー!」
「こっちにもいないですー!」
怪我人の搬送を終えて、通りを探していた晶とみなみの大声が響き、大体の建物内を調べ終えていた二人は、外壁が砕け散ってできた穴から返事をすると、足場を気にしながら外へと戻る。
「四乃森さん、どうやら怪我人はいないみたいですね」
「ああ。店もここで最後だし、戻ろうか……よっと」
大きな天井の破片を飛び越えて、比較的歩きやすい通りに出る。まだ爆発したタンクローリーは炎上しており、そばに居るだけで肌が焼けていく感覚が建物から出た瞬間に二人に突き刺さる。
晶とみなみはそんな炎の近くで、出来るだけ熱を避ける様に建物の影になる場所で待っていた。
「もう誰もいないみたいだし、翠屋に戻ろう」
額に浮かんだ汗を拭いながら、最後のチェックとして周囲に視線を走らせた操は、その時炎の中から大きくなっていく影を見つけた。最初は逃げ送れた一般人かと思ったが、次第にはっきりしてくる人影に、手に持っていた棒の両端を握り締めた。
「ふふ。どうだったかな? 私からのプレゼントは?」
「セルゲイ……デュッセルドルフ……」
火傷一つない指を鳴らした瞬間、周囲から彼の手下と成り果てた人々が、新鮮な血を求めて姿を現した。
「そっちはどう?」
「大丈夫です。見た目より大きな怪我の人もいないし、これなら救急車が来るまで持ち応えられます」
翠屋は怪我人や親とはぐれてしまった子供達でごった返していた。テーブルを並べて作った簡易ベットの上に火傷患者を乗せて、氷結機で作った細かい氷を布に包んで氷嚢として宛がい、椅子をどかして作ったスペースにはガラスで怪我を負った人々が消毒液で応急処置を受けている。子供は出来るだけ奥の固定テーブルに座らせ、蓮飛がジュースを運びながら相手をしていた。
「これなら何とか持ちそうですね」
近くの店から落ちつかせるために失敬してきた小麦粉でクッキーを作っている桃子に、忍は落ち着きを取り戻している店内に小さく嘆息しながらも、優しく疲れを称える眼差しを向けている。
「そうね。子供達も落ちついてるし、大丈夫そうね……ってあら? 御塩が切れちゃったわ。美由希―! 御隣の北川さんのところから取ってきて〜」
「……母よ、それって火事場泥棒……」
正論を述べるが、彼女としても確かにこの状況で色々とつっこむつもりもないらしく、手伝いで付けていたエプロンを外すと、裏口から外に出た。
比較的爆発場所から距離を持っている翠屋だが、やはり表に出ると熱気が充満している。
砂漠ってこんな感じなのかな?
と、少し場違いだと自分でも感じる感想を抱きながら、美由希は通りに出て……充満した殺気に神経が自然と戦闘状態に切り替わる。
男は、巨大な槍を持って佇んでいた。
「……どなたですか?」
「御神……美由希だな……」
槍はハルバードと呼ばれる西洋槍だが、半月刃部分の大きさが通常の五倍はある。そんな超重武器を見つめながら、美由希は服の下に隠した武器を確認した。
まずは太股に小刀が四本。それと肩から袖口まで伸ばした鋼糸。飛針は何時でもスロットをポケットに忍ばせているから問題がないとして、しかしそれだけでは男に対抗できるとは思えなかった。
「武器を取りに戻る時間を与えてやる」
しかし男は意外な一言口にした。
「何故?」
「……目的は刃衛と同じく御神への復讐。だがそれ以上に……」
男は巨大な槍を片手で軽々と振り上げると、頭の上で構えた。
「強者と闘い、究極の強さを極めるのが我が使命! 我、蒼劉閻は御神流との決闘を希望する!」
修羅へと落ちた地獄の業火を瞳に浮かべ、劉閻は美由希へと一歩を踏み出した。
遂に美由希の前に姿を現した敵。
果たして、美由希に勝機はあるのだろうか。
美姫 「バトルの予感をひしひしと感じつつ、次回ね」
うむ。楽しみである!
美姫 「次回まで、私は浩相手にバトルして待っているわ!」
えっ!いや、ちょっと待って…。
美姫 「待てなーい」
ま、ま…ぷろぐろばぁ〜!