『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXX\・再会と際会

 初めて御剣家を訪れる人は、大体が広大な敷地に驚く。そして次に目の前に用件あるもの以外の一切を排除するように巨大としか形容のしようがない尊大な木製の門が鎮座し、奥に入ると最後に純和風の平や作りの家屋の優雅さに圧倒されるだろう。
 その厳かな御剣家を前にして、知り合いにこんな大きな家に住む人間がいない夕凪は女の子らしからぬ大口をポカンと開けて、高級料亭と見間違う玄関口を見上げた。
「夕凪ちゃん行くよ〜」
 結構な時間呆けていたらしく、呼ばれた夕凪がはっとすると、他のメンバーはすでに靴を脱いで中へ入っていた。耕介や北斗は神咲本家で慣れているし、真一郎達は和洋の違いはあれどさくらの自宅で大きな家は見慣れている。一人だけ雰囲気に飲まれていたと自覚した夕凪は、顔を赤くして慌てて玄関に飛び込んだ。

「くそ……またか……」
 自室のベットの上でうたた寝をしていた一角は、ここ三回の睡眠で毎回見る夢に悪態つきながら起き上がった。夢を見始めたのは操が少女を助けてから見始めたので原因は一目瞭然なのだが、何か胸につっかえるものがあり、毎日眠り続ける少女の顔を見ては溜息をついている。
 そして毎回夢の後に、ある事が起きた。
「はぁ。結局今回も名前を忘れちゃったか」
 毎回思い出しては起きた直後にメモを取る暇も無く指の隙間から零れ落ちる水のように忘れていく。何時も掌に残る一滴が少女の事を知っているという核心を一角に持たせていた。しかし確実であるにも関らず思い出せない自分に、大きな苛立ちを募らせていた。一度確信してしまったもやもやとした感じは、今まで頭を埋めていた枕を投げさせた。だが今回はタイミングと方向が悪かった。いつも通りの冷静な彼女であれば間違いなく廊下の鶯が鳴き、近付いてくる人間の気配に反応したのだが、気付いた時には枕は宙に投げ出され、その先にある障子の引き戸に影が映り、簡単な木枠を叩くノックの後で返事を待たずに開けた。
「一角姉〜。北斗が来……わぷ!」
 そして見事に枕は入ってきた人物の顔面にクリーンヒットした。
「あ……」
 思わずまずい! と感情の篭った呟きが零れる。さすがに全ての非が己にあるので同時にタラリと一筋の汗が頬を伝った。
「か、楓、その程度避けられないと、これからが大変だぞ」
「……それが折角呼びに来た人間に、こんな事した相手に対する第一声?」
 どうやら思わず漏れた一言ははっきりと聞こえてしまっていたらしい。重力に引かれて落ちていく枕の奥から、額に青筋を作った楓の顔が露になる。
「オ、オレは楓の成長を願ってだな……」
 すでに何の効果すら持たない言い訳を必死に繋げて、体を少し引いて弁明を図る。
「だ〜か〜ら〜! そうじゃないやろうがぁ!」
「わー! ゴメン! 悪かった! だから神気発勝しないでー!」
 部屋に向かって黄金に輝いた霊気を放ち始める彼女に、必死に謝って普段は滅多に見せない慌て振りを披露しながら、何とか宥め透かした楓を伴って一角はゼーゼーと激しく脈打つ胸を抑えて部屋を後にした。まだ背中越しにぶつぶつと怒りの矛先を愚痴に変えている楓に冷や汗を隠しつつ、玄関に程近い和室の障子をゆっくりと開けた。
「あ、御剣さん」
 最初に気付いたのは小鳥であった。
 特に出かける予定もなかった一角は、青のスリムジーンズに青緑の薄いパーカーという姿で入室すると、懐かしい海鳴の親友の元気そうな様子に破顔一笑した。
「野々村元気そうだな。相川との結婚式には出るけど、まさかその前に会えるとは思わなかった」
「私も。唯子も来れたら良かったんだけどお仕事だから」
「野々村は仕事大丈夫なのか?」
「うん。店長が『おまえは普段が働き過ぎだから、たまにはドカンと休め』って」
 さすがに長い留学期間の間に慣れてしまったが、真一郎の留学当初、彼女は寂しさを紛らわせるように仕事に没頭し、一度は過労で倒れた事がある。それ以来友人や店の仲間、それに父親からも強制的に休みを作る状態になった事がある。一角もその話を他の友人達から聞いており、一時期は心配であわや任務に支障をきたすところだった。
「ハハ。野々村はたまには休んで正解だな」
 そこで一旦話を打ち切ると、片手を上げるだけで声を上げない真一郎の表情に違和感を感じながら、一角は瞳と小鳥の間、楓は北斗と御架月の間に座った。
「千堂先輩もお久しぶりです。何か、見た感じまた強くなってますね」
「お久しぶり。私だって大会のために頑張ってるんだから」
「え〜っと……槙原さんを見るとそうみたいですね」
 瞳の隣で青白くなって床に突っ伏している耕介に苦笑いしながら、続いて北斗と御架月に視線を移す。
「二人とは……何年ぶりかな?」
「彼此五年でしょうか。北斗様が海鳴で迷子になった時ですから」
「こら、御架月、一言多い」
 普段は燐としていて、兄である和真のように遠くを見つめる精悍な顔立ちをしているが、さすが那美の双子の弟で、彼は重度の方向音痴である。夏休みを使って遊びに行った海鳴で、駅前の地図を見ていてもどのバスに乗れば良いのかわからず、更に那美と同じ人見知りで訪ねられなかった彼は、一角に発見されてさざなみ寮まで連れて行ってもらった事がある。もちろん、落ちついた後に一番のドジである那美に「何で電話しなかったの?」と言われてショックを受けたのは秘密である。
 北斗に叱られている御架月を見て微笑みながら、最後に一人だけ取り残されているような夕凪を見た。
「初めましてだね?」
「あ、はい。相楽夕凪と言います。風芽丘学園の一年です」
「オレの後輩か。よろしく。蔡雅御剣流上位三忍御剣一角だ。でも一年って今日は平日だろ?」
「まぁ何と言うか担任が鷹城先生なもので……」
「ああ、わかった。何となく」
 どうせ唯子の事だから、小鳥と一緒に行けないから代わりにしっかり守ってきてね〜。お土産宜しく〜なんて軽い感じで送り出したんだろうな。
 そう思い浮かべて笑みを浮かべる彼女に、言葉使いとは裏腹の女性らしさを感じて胸をどきりとさせながら、夕凪は差し出されたすらりとまるで忍者には見えない傷一つない手を握り返した。と、途端に一角は怪訝そうな顔をして問いかけた。
「えっと夕凪って呼ばせてもらっていいかな? 夕凪、何か格闘技やってる?」
 手を握った時、一角の親指が手の甲にある拳部分に触れた。そこには見た目にはわからないが、固くタコに整形された肌があった。
「実家が神社なんですが、何故か変な格闘技というか技がありまして、それを叩きこまれただけです」
「でも拳がこんなになるまでなんて、普通じゃないわ」
 格闘技と言う言葉に反応して、瞳も夕凪の拳に魅入る。
「や、あんまり見ないでください……。恥ずかしいんで」
「でも綺麗だと思うよ」
 そう感想を述べたのは一角でも瞳でもなく、なんと北斗だった。
 彼としては純粋に感想を口にしただけなのだが、思いもしなかった方向から飛んできた感想に、みるみる夕凪の顔が赤くなる。近くに剣心がいたとしたら間違いなくからかわれているだろう。それ程に急激な反応を示した彼女に、今度は全く邪気の無い様子で北斗が心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 大丈夫?」
 またもや不意打ちの如く予想外な行動を取られた被害者は、たまらず何度も頷きながら少しだけ体を後退させた。実家の風習ではないのだが、あまり男性と面識が無い彼女にとっては限界寸前まで追いこまれていた。
 その様子を眺めて、楓は隣に座っている北斗をじろりと睨み上げた。
「アンタ……思ったより女たらしなんやねぇ」
「へ?」
「しかも恭也君並に鈍いか」
「ええと?」
「北斗、責任取れよ」
「はぁ。夕凪ちゃん可哀想だよ」
 楓の溜息を皮切りに女性陣から一斉に上がった非難に身じろぎする北斗の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「ま、北斗の責任を追及するのは置いておいて、詳しくは聞いてないんだけど何か探して欲しい人がいるって?」
 一角はこれから北海道に向かう五人の手助けをして欲しいと真雪に頼まれただけであって、探し人がいるというのは北斗から楓経由で聞いた情報だ。
 ようやく話題が自己紹介から本題に移ると、そこでようやく真一郎が重くなった口を開いた。
「その前に見てもらいたい動物がいるんだ」
「動物?」
 真一郎は隣で頬の熱を手団扇で取っている夕凪に目配りした。
「あ、はい。こっちおいで」
 まだ完全に収まっていない顔の赤みをそのままに、夕凪は背後にいた動物を抱き上げると、それを一角の前に置いた。
「これ……は……」
 動物を見た瞬間、一角の脳裏に今まで見てきた夢が一気に思い出される。そして操が助けた少女と、動物の名前を呼んだ。
「雪と……氷那……」
「思い出したか?」
「私達、今雪さんを探してるの。彼女と氷那がここにいるって事は、ザカラも表に出て来てしまっている可能性も高いし」
 だが真一郎と瞳の言葉に反応する容量は、この時の一角には存在しなかった。彼女はゆっくりと多少血の気の引いた青い顔を氷那から上げると、ぽつりとこう行った。
「今……ウチに雪がいる」



おおー!つ、遂に雪と真一郎たちの再会とさるのか。
美姫 「一角も雪を思い出したみたいだしね」
そして、事件は一気に解決へ。
美姫 「って、そんな訳ないでしょうが!」
ぐげぇ!そ、そうでした……。
美姫 「さて、この馬鹿は放っておいて。次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは〜。



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