『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXXW・海鳴食い倒れ珍道中

 海鳴は山と海に囲まれた環境の良い街である。
 春には山を桃色に染める桜が咲き乱れ、夏には心地良い潮風が人々に涼を与え、秋には味覚と共に散り逝く紅葉が一年が過ぎていく実感を胸に湧かせ、冬の到来と共に街を白く染めた雪は再度訪れる春へ向けて生命の準備を行う。
 そんな梅雨へと突入した季節には特に特産もなく、穏やかな日々が過ぎていく……のだが、ここ海鳴駅の駅ビルに入ったイタリアンレストランのランチバイキングは穏やかとはまるで反対の雑踏に……もとい、戦場と化していた。
「はぐはぐはぐはぐ……んくんく……ぷはぁ〜。コックさぁ〜ん! パエリア五人前、ナポリタン三人前追加で〜」
 彼女が入店して僅か二十分。
 すでに彼女とその連れである男しか店内には居らず、たった百五十しかない身長のどこにそれだけの食料が入るのかと呆気に取られる他の客は、涙を流しながら料理を運ぶウエイトレスに同情した。
「……なぁ……」
 更に十分は立ち、コックが白旗を上げかけた頃、ようやく彼女の前に座った男はたらりと一筋どころか二筋も三筋も流した冷や汗をフキンで拭いつつ、隣のテーブルに山積みとなった皿の山を横目で見上げた。
「ん? 何ですか〜?」
 しかし彼女はまるで意に介した様子もなく、食後のデザートを選びながら視線をメニューに固定してほぼ条件反射で返事をする。
「いつもこんなに食べるのか?」
「そんな訳ないですよ〜。今日は昨日の分も含めてお腹空いちゃって」
 練習が終った後、昨晩は吸血鬼に襲われ、しかも助けてくれた人が海鳴で用事があり、知り合いと顔見知りとくれば、彼女としてはお礼に案内をかって出るのは当然の行動だった。もちろん助けた男はこれ幸いとお願いするに至ったが一つだけ大きな問題があった。
それが彼女のこのトンでもない食欲だった。元々大食いだったらしいが、専業バスケ選手になって体力を学生時代の三倍使うようになって、食欲は五倍に膨れ上がった。あっという間に男の懐は寂しくなり、彼女は満面の笑みを浮かべる事となった。
「で、これからまずはどうするんだ?」
 完全に看板が傾いてしまったレストランでようやくデザートを食べ終えた彼女に、男は銀行の口座に残っていた残高を数えながら、街の地図をテーブルに広げた。
「ん〜、できればさざなみ寮に戻って耕介さんの御飯を食べたいですね〜」
「まだ食べるんかい!」
「さすがに冗談ですよー。腹八分目って言うじゃないですか」
 でも食べ足りないんだ……。
 周囲から一斉にそんな心の声が聞こえた男だった。
「四乃森さんの目的からでいいですよー」
 彼女――岡本みなみは満足しきった笑顔で、小さく首を傾げた。
 
 その頃高町家居候その一鳳蓮飛は、学校の教室からぼうっと景色を眺めつつ夕飯の献立を組み立てていた。
 昨晩は晶が美味な和食作りよったなぁ。口では何とかまぁまぁ何て言うたけど、メッチャ腕上げてるやんか。アレに対抗するには得意の中華がええねんけど、梅雨どきやし、少しサッパリとしたものがええな。酢を使う……ん〜それじゃ中華になってまうし……これだっていう料理が思い浮かばへんし……。
 授業など単なる雑音と化し、唇を尖らせて上に亀のマスコットを付けたシャープペンシルを乗せてつい唸ってしまう。
「コラ」
 ポン! と、そんな蓮飛の頭を軽い衝撃が走った。シャープペンシルは唇から落ちて真っ白なノートに転がった。
「レン、あたしの授業で余所見〜?」
「あ、鷹城センセ……」
 普段はのんびりとしている唯子だが、何気に授業となると人が変わる。
 やってもうた〜……と心で肩を落とす蓮飛に、唯子の判決が下った。
「放課後、一人で体育準備室の掃除ね」
「あい……」
 放課後と言ってもすでに六時間目の授業であり……。

 キンコーンキンコーン。

 と、タイミングよくチャイムが終了を告げた。
「む〜。レンを叱って終っちゃったよ。仕方ない。今日はこれまで〜」
 男女共学の保健の授業が終り、各人が思い思いに担任を待つ。もちろん、蓮飛を除いて、であるが、教室は放課後の賑わいに包まれていた。
「みんな揃って殺生や〜。ウチは一人で掃除やってのに〜」
「それはレンが悪いんでしょ。つまんない保健だって、鷹城センセが教科担任ってだけでロシアンルーレット並だもの」
「う〜ウチは友達を作り間違えたんや〜。後ろの席にマブ達だと思っとった他人が座ってるのに教えてもくれへんかった〜」
「……レン、何かノリが椎名さんに似てきたよ?」
「はう! ちょ、ちょう、それは堪忍して〜」
 中学進学よりの親友雛村ひなこに指摘され、知り合いの関西人の歌姫を思い浮かべて、あのノリに似てるという意見に本気で溜息をついた。
「学食で待っててあげるから、早くしてよね」
「了解や」
 担任の登場にお開きになった会話に合わせて、レンは前に向き直った。
 その後、別段変わった事もなく夕飯を思い浮かべながら体育準備室の掃除をし、別クラスの親友奥井加代子とひなこの三人で駅前までおしゃべりをして、電車通学の二人と別れて商店街に向かったところで、レンの携帯が鳴った。
 液晶に表示されている名前を一瞬で確認すると、レンは迷いなく電話に出た。
「はい。桃子さんどないしました?」
『ああ、レン? ちょっと今日はとんでもなく懐かしいお客さん来ちゃって大変なの。晶が入ってくれてるんだけど追いつかなくて〜。バイト代弾むからすぐにヘルプに来て〜』
 かって知ったる何とやら。
 夕方前の時間帯に桃子から電話があると、大体時間がないので名乗りもせずに用件を聞いた蓮飛に、桃子はこれ以上なく忙しいと言った様子を電話口で上げた。
「や、バイト代云々はいつももらってへんのでいいんやけど……どないしたんですか?」
『松っちゃ〜ん! それは右の……そう! 悪いけど早く……』
 どうやら蓮飛の話など聞いている暇などないらしい。
 携帯電話の無線受話器のスピーカーの奥で、あのベテランの松尾さんですらまともに仕事をこなせていないのは理解した蓮飛は、急ぎ足で翠屋へ向かう。
「あ、鯛が安い。ん〜……オッチャン! この鯛買うからこっちの小鯵マケて〜」
「おうレンちゃん! 相変らずいい目をしてるね! 今日は鯛のお頭付きかい?」
「アハハ〜。何にするか迷っとったら鯛が安かったんや。で、マケてくれるん?」
「ん〜仕方ねぇ! 小鯵五匹でどうだ!」
「買った!」
 途中で結局鯛の揚げ物中華風小鯵付きという中華料理に夕飯を決めた蓮飛は、魚源のマスオさんから購入し、再度商店街を駆けていく。
 翠屋は藤見町の中でも駅前に近い位置にあるため、ものの二分もかからない内に店の前に到着したのだが、そこで想像もしない光景を目の当たりにする事ととなった。
「何でお客さんがお店に入らないで窓に張りついてるんやろ?」
 翠屋の四つの窓に老若男女問わず二重、三重の人壁が窓から店内をのぞきこんでいる。もちろん入り口も同様で、時折歓声や拍手まで聞こえる。
「あ、あの、ちょうすいません〜。通して下さい〜」
 三年前の心臓病の手術以来それなりに成長を始めた体だったが、まだまだ学年でも前から数えて二番目の身長の低さだ。時々人波に押し潰されかけるのを必死に堪えて、蓮飛はようやく店内に足を踏み入れた。
「レン〜! 来てくれたのか〜!」
 途端、腹部に強烈な頭突きを食らい、危なく卒倒しかけた。
 しかし、こんな出頭に攻撃をかます相手など蓮飛には一人しか思い浮かばず、途端に怒りのスーパーモードへと表情を変化させた。
「このおサル! いきなり何してんねん!」
 と、怒鳴り終えて、ようやく一つ上の居候その二・城島晶が滝のように涙を流しながら、自分を見上げている事に気付いた。
 さすがに普段は喧嘩ばかりしているマブ達の、生まれて二度目の泣き顔を見て、一気に怒りがうろたえに変わった。
「ちょ、ど、どないしたんや。晶!」
「うう〜……。も、もうオレだけじゃ持たないんだ〜。美由希ちゃんは何とか連絡ついたけどまだ時間かかるし、師匠は用事があるから手伝えないって来てくれないし、もうオマエしかあてにできなくて〜」
 蓮飛の制服にすがって泣き続ける晶を宥めながら店内の光景を見て、思わず目が点になった。
 山のように重ねられた皿の山。
 置き場を無くしてコップに刺さっているフォークとスプーン。
 乱雑に転がるパフェグラス。
 そしてその前には惨状を作り上げた一人の女性が入ってきた蓮飛に気付き、笑顔で力いっぱい手を振った。
「あ、レンちゃんだ〜。久しぶり〜」
「み、みなみさん……」
 数年前に作った翠屋限界食の祭典で店の食べ物を胃に納めた岡本タイフーンの異名を持つ彼女はもう満足を通り越して恍惚とした笑顔で、引き攣った笑みを張りつけてしまった蓮飛は奥から聞こえてくる桃子の叫びを呆然と聞き流してしまった。

「あの……料金はいくらに……?」
「まぁ、今日の仕入れプラス人件費でゆうにこれくらいですか」
「……領収書お願いします」
 たった一日で破産寸前まで追いこまれた操であった。




は、ははははは。今回はみなみちゃんが大活躍だね〜。
美姫 「活躍といえば、大活躍よね」
しかし、操も可哀相に。
美姫 「確かにね。危ないところを助けたのに、自分の財布が危なくなるなんて」
今回はほのぼのとした感じだったな。
美姫 「そうね。とりあえず、事件とは離れてと…」
さて、それでも気になってしまう次回の内容。
美姫 「一体、全体どうなるのでしょうか」
では、今回はこの辺にして。
美姫 「次回を待ってます〜」



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