『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XX\・懐かしき先輩

 海鳴駅前は今日も沢山の人手で賑わっていた。土曜日と言う事も手伝ってか親子連れも多々見受けられる。デパートは気の早い夏物を探す女子高生を中心に会話が咲き乱れ、喫茶店では子供達が御目当てのスイーツを強請っている。もちろん、少し離れた翠屋ではあまりの忙しさに高町家と居候陣が額に汗して手伝っている。
 そんな梅雨前の五月晴れの中で、奇異な三人組が大きなビニール袋を両手に幾つも抱えて、えっちらおっちら駅前を行進していた。
「こ、耕介さん! も、もうダメ……」
「頑張れ! 剣心君! 帰ったら那美の手料理が待ってるぞ!」
「耕介さん、それは逆効果……」
「真一郎さん、那美さんってそんなに?」
「いやまだ食べられるからマシだよ」
 何やら恐ろしい言葉を強制的に耳から放り出して、剣心は大きな溜息とともにがっくりと肩を落とした。
 先月の鵜堂刃衛の事件より一ヶ月が過ぎていた。
 リスティのおかげで容疑から完全に外れた剣心だったが、男性密度の少ない海鳴の男性連中の一人となった彼は事ある毎に呼び出される状態となってしまった。特に呼び出しが多いのはさざなみ寮のセクハラ大魔王こと仁村真雪で、フローラで御世話になった編集が今度少年誌へ移動となり、彼から四十ページの読み切りを頼まれたらしい。だが、いくら人外魔境の巣窟さざなみ寮とはいえ、大体のネタは少女漫画で使い果たし、さとみは舞、奈緒では少々インパクトに欠ける。
 そこで白羽の矢が立ったのが剣心を含む海鳴新人達だった。
 最初は夕凪をネタに連載作品を提出し、しっかり通ってしまった。そうなると新人は剣心しかいない訳で、真雪は頻繁に野々村家へコンタクトを図っている。
 最も、裏で野々村家長野々村栄治が暗躍しているなど剣心が知る筈もない。
「で、緋村君が呼ばれるのはわかるとして、何で俺まで?」
 自分の店を開くための資金はしっかり溜め込み終えている真一郎は、急ではあるが夏場までに店を開く計画を立てていた。物件を選ぶ時間が惜しいので帰国が決まった当日から栄治に頼み、物件の候補を見繕ってもらい何とか先週までに契約を取り付けた。今は店内の改装工事のために暇と言えば暇なのだが、剣心のように必要とされる理由に行き当たらない。単なる荷物持ちかとも思ったが、それだと車の免許保持者がさざなみ保有のセダンかミニが出動させている。
「真一郎君は……ちょっと見てもらいたい生物が居てね……」
「生物ですか?」
「うん。……ちょっと電話や話だけだと……色々問題のある内容なんだよ」
 途端に歯切れが悪くなる耕介に、頭の上に疑問符を多く浮かべた真一郎だったが、それ以上はツッコンでも意味がないと思い、ビニールが食い込む掌を開放するために、片手で全ての荷物を持ち直す。
 圧迫感から開放された手は鈍い痛みと、真っ赤になった痕をくっきりと柔らかい肌に残し、そこへ通り過ぎる微風が思いの他気持ち良い。
 さざなみ寮までは駅前ターミナルから一度藤見町のターミナルまで移動し、そこから月守台方面へ行くバスに乗り換えになる。時間でおよそ一時間程度の道のりだ。しかしバスに乗れば少なくとも椅子に座っていられるので、掌を酷使する必要性がなくなる。それだけでも大助かりだ。
 早くバス乗り場に着かないかなぁと、疲労で剣心も真一郎も、そして道先案内人となった耕介も思考より先の長い目的地しか頭に思い浮かべなくなった時、懐かしい露天を見つけた。
「あ」
 呟いて真一郎の足が無意識に止まる。
「どうした?」
 完全にグロッキー状態の剣心に比べてまだ体力はある耕介が額の汗を拭いながら、止まった真一郎に近付いた。
「あ、いえ、懐かしいもの見つけたなって」
「懐かしいもの?」
「ええ。高校の時に流行ったんですよ」
 答えながら視線が並べられた品物から離れない。
 耕介も露天の品物に目を落とすと、そこにはフォーチュンリングと書かれた札と、様々な色合いの指輪が並べられていた。
「ああ、懐かしいな。俺の時もこういうの流行ったよ」
「何だかんだで世代に影響されないんでしょうね」
 アクセサリ系の流行は過去の歴史を紐解くと大体十年に一度の割合で復活を果たしているものが多い。
「高校の時に、俺、この指輪の事何にも知らなくて、ただ唯子に似合いそうだからって誕生日プレゼントした事あるんですよ」
「それはまた……」
「もう案の定唯子は怒るし、小鳥は拗ねるし、御剣は唯子怒らせたって襲ってくるし、さくらには無視されちゃうし、散々な目にあいましたよ」
「真一郎君はモテるからね。聞いたよ。何でもファンクラブがあったとか」
「……本人非公認ですが」
 そんな懐かしい話を思い出しながら耕介の時代にも見受けられた指輪を手にして、小鳥に買っていこうかなと思案する真一郎の隣で、露天を見つけた一人の女性が小さく溜息をついた。
「懐かしいわね……。まだこの指輪売ってたんだ……」
 真一郎と同じ感想を呟いた女性に、露天前の男二人は同時に声の方向を見て、そして文字通り飛び跳ねるように驚きを上げた。
「あ、あ、あ、……せ、千堂……」
「ひ、ひ、ひ、瞳!」
「御久しぶりね! 相川君、耕ちゃん!」
 濃密な黒緑色したボリュームのある髪をポニーテールでまとめ、白のパンツスーツ姿の千堂瞳は、横に居たのが懐かしい幼馴染と高校の後輩という二人の男性に、猫科特有の春の日溜りを感じる笑顔に悪戯っぽさを交えて小さく手を振った。
「お、俺の事忘れてないですか〜……」
 遠くで完全に沈んだ剣心など、案の定存在すら頭になかったりする。

「……翁?」
 京都烏丸通りから少し奥まった場所にある江戸時代から続いている老舗旅館「葵屋スーパー!」の一室で、北海道から帰宅した操は呆然と包帯で体の至る箇所を巻かれた柏崎念慈を見下ろして、力なく膝とついた。
「操……」
「みさ吉……」
 店の板前服を着た黒木一光と白鷺賢は、感情を失い呆然としている操に悲痛な表情を浮かべた。しかし悲しみの深さなど味わっている本人以外に理解などできない。だからこそ二人は声をかけるなどという残虐な行為をできなかった。
「誰が……」
 操の口から無感情に言葉が漏れていく。
「誰が翁をこんな目に!」
 言葉が止まっていた感情を呼び覚まし、小さいながらもはっきりと怒りを瞳に宿らせる。
「みさ吉、翁は無事だ。まぁ、現役復帰は難しいかもしれないけど、命は大丈夫だ」
「……本当か?」
「ああ。内臓まで斬られている傷が計六箇所。粉砕、完全皹等の骨の異常が計百七十箇所。これだけの重傷を負っても生きている」
 これは江戸時代から懇意にしている医者高荷の言だ。幼い頃の修行時代に幾度とな操も世話になっている。
「それと、これは翁が持っていたメモだ」
 すっと差し出されたクシャクシャになった紙を黒木から受け取ると、操はメモに視線を走らせた。
「海鳴……御神……?」
「それに関しちゃ増が調べた。海鳴にある高町という家があるんだが、そこに御神流という流派が残っているらしい」
「そいつが?」
「そこまでは。でも翁は関東地方の調査に赴いていたし、海鳴も関東の町だ。可能性はある」
「なら俺が行く」
 すぐに部屋を出ていこうとする操を、白鷺が引きとめた。
「操、早合点するな。あくまで可能性があるだけなんだ」
「……わかってる。全部まとめて俺が確認してやる」
 親と言っても過言ではない翁の姿に背を向け、操は静かに障子を閉めた。



おおー。
様々な事が海鳴へと集約していく。
美姫 「そして、真一郎とあの小動物の再会も…」
全くもって目が離せない展開へ〜。
美姫 「次回も楽しみに待ってまーす」



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