『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXZ・甦る記憶

「耕介さ〜ん」
 時計もようやく七時になろうかという時刻。
 昨晩から下ごしらえを行って、早朝の市場で食用ハーブを購入してようやく完成に辿り着いた耕介特製あっさりチキンサラダをボールに盛り付けていた耕介の耳に、玄関から夕凪の声が届いた。
 なんだろ?
 そう思いながらも管理人として呼ばれれば出向かなければならない宿命に、エプロンで手を拭きながら玄関に向かう。すると夕凪が胸に白くて丸い物体を抱いて途方に暮れている表情で姿を見せた耕介を見た。
「どうしたの?」
 丸い物体を気にしつつも、まずは話を聞く事を優先して問い掛けてみる。
 夕凪は明らかに迷っている様子で視線を上下させて、口を開いては閉じるを繰り返している。その態度がますます耕介に首を傾げさせた。
「その丸いのが関係している?」
 このままでは埒があかないと、夕凪に抱かれている物体を指差してみる。
 夕凪は恐々と頷いた。
「ふむ……。とりあえずリビングで聞こう。走って汗かいたでしょ? 御風呂に入ってきな」
「は、はい」
 促されるままに夕凪は靴脱いで廊下に入った。
 その時、丸い物体が動いた。
 白くて三十センチはあるかと思われる耳をピンと真っ直ぐに立て、抱いている彼女の胸の中で一回転するとすると、緑色の羽と愛くるしい顔を耕介に向けた。
「うわ! な、なんだ……?」
「あ、ちょ、こら! 動くな!」
 鼻をヒクヒクさせ、何かを感じ取った物体は、必死に抑えている夕凪の胸から飛び出すと、一目散にキッチンへ駆け込んで行く。慌てて夕凪も後を追うが、耕介だけはその場で立ち尽くしていた。
 あれ……? あの生物、どこかで見た事が……。いや、絶対あるんだ。でもどこで……?
 胸の奥に核心はあるものので浮かび上がる記憶に薄い靄がかかったように鮮明としない。記憶にかかった鍵をもぎ取るように胸部の服を握り締める。
 しかし、耕介の苦悩はあっさりと寮全体に轟いた悲鳴によって中断された。
「うわぁぁぁぁ! ダメ! 食べるな! ダメだって言ってるだろ!」
「な、何だ何だ!」
 まだ思考したい思いを必死に押し留めて、大股にキッチンに飛び込む。そしてすぐに悲鳴の原因を発見した耕介は愕然と床に倒れ込んだ。
「ああ……俺の自信作のサラダが……」
「だぁ! 逃げる……わっぷ! 蹴るな! 飛ぶな! そして走るな!」
 作ったばかりのサラダは床に散乱し、その中心で逃げる物体と追う夕凪。そして他にも散乱してしまった朝食の食材と花瓶や装飾品の山を見て、決して仰々しくない涙を流して項垂れた。
 もちろん寮という閉鎖空間で騒げば音が二階まで筒抜けになるのは当たり前で、本来はまだ惰眠を貪っている筈のメンバーも含めて全員がキッチンに顔を見せた。
「耕介! あたしゃ寝るって言っただろ! 折角寝つけたのにガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」
「槙原さん、どうしたの?」
「耕介、煩いのだ!」
「どうしましたか?」
「耕介さん?」
 真雪、さとみ、美緒、舞、奈緒の順に肩を叩かれ……もとい、一番最初は足蹴にされつつも、顔を出した全員が項垂れている耕介を最初に目に止め、続いて奥でようやく物体を捕まえた夕凪を見て、耳が痛くなる沈黙が生まれた。
「ハァハァハァ。ようやく……捕まえた! もう……逃がさない……から……ね……あ」
 こちらも必死だったのだろう。汗だくで暴れまわる物体を必死のダイビングで捕獲した夕凪は、はたと肌に刺さる視線を顔を巡らせ、丸い目、ジト目、白い目、そして何より堪える真雪の怒りの目を確認して、顔から血の気を引かせた。
「……耕介が悪くないのはわかった。とりあえず事情を説明してもらおうか?」
「はい……」
 般若の真雪勝てる程夕凪は兵ではなく、耕介に続いて滝のような涙を流して渋々頷いた。

 後ろではカチャカチャとキッチンの掃除を行っている音が聞こえる。
 それすらも自分に向けて発せられている無言の重圧に感じて、夕凪は物体を抱えたまま横目で向かいに座っている三人を見た。選ばれた三人は片付けに邪魔になると率先して耕介に審問官を拝命したメンバーだ。
 審問官で一番恐ろしい仁村真雪が、少し下がってきた眼鏡を押し上げつつ、被告人に寝不足から毛細血管が浮かび上がった血走った眼で見下ろした。
「で、拾って介抱していて、起きたら懐かれて寮までついてきたと」
「は、はい」
「ん〜……猫ならともかく、これまた変な生物拾ってきたわね〜」
 多分唯一良心的と思われる葛城さとみが、寝癖で爆発した髪を撫でつつ、何が起きているのか把握していない物体は、指で頬をつついてくるさとみとじゃれあっている。
「猫、これ、おまえの仲間か?」
 動いているものにじゃれる姿を見て、真雪が審問官その三である陣内美緒に確認する。
「全然仲間じゃないのだ。それどころか尻尾がピリピリしてるし、多分薫や那美の管轄だと思うんだけど……」
 語尾が自信なさげに消えていく。
 それを聞いて真雪は顎に手を当てた。
「まぁ何となくそっちかなって気もしてたが、やっぱりそうか」
「でもそうなると、那美ちゃん呼んでこないとね」
「那美ちゃんなら、今日は境内の掃除するってもう出かけたよ。ちなみに愛さんは徹夜で病院」
 話が聞こえていた耕介が、那美の所在を補足した。
「……まぁ、朝飯までには帰ってくるから、そろそろ戻ってくるだろ」
 寝巻き代わりのワイシャツのポケットから煙草を取り出すと、火をつけて考えをまとめるように深く吸いこんだ。
 結局夕凪が持ってきた物体が何なのかはわからなかったが、少なくとも生物であるのは確認できた。猫のようで兎にも見えるが、かと思えば背中に緑色の羽まである。同じ出世の秘密すらまるでわかっていない妖怪猫又である美緒には同属である猫であれば意思を通じ合わせられるのだが、そんな彼女ですら会話できず、しかも妖怪に反応する美緒が多少自信なさげながら断言したのだから、この生物は間違いなく妖怪の類なのだろう。
 でも……。
 真雪は生物を見つめて、前に一度どこかで会っている錯覚に陥った。いや、テレビでやっている曇り硝子越しに会話を進めるバラエティ番組のように、記憶に焦点を合わせられない。
「真雪〜」
「ん?」
「何か、前にこいつを見た事ない?」
「猫、おまえもか?」
「二人も? 実は俺もなんだ」
 簡単に朝食を作った耕介が、舞と奈緒に運ぶのを手伝ってもらい、リビングに姿を見せた。
「おお〜。お腹空いてたんだ〜」
「有合わせだけど、フレンチトーストとレタスの千切りにフルーツトマトを合わせたサラダ。それと何とか無事だったコンソメスープ」
 急遽作り上げた朝食をテーブルに並べてる耕介に、真雪がすっきりしない顔を向ける。
「飯はいいけど、耕介も見覚えあるのか?」
「ええ。はっきりしないんですけど、何処かで……」
「うん。どこで見たんだっけ?」
 食事も取らずに腕組してまで眉を八の字にする三人に、残された全員が見回した。さとみなど、さすがさざなみ寮の食欲魔人と言われた現大阪親日生命で活躍するバスケットプレイヤー岡本みなみの先輩だけあり、頬袋に食料を溜めこんだハムスターの状態で瞼をパチクリしている。
「ただいまー」
「くぅん」
 そこに待ちに待った人物が帰宅した。
「は〜い、久遠足拭こうね」
「くぅん!」
 楽しげに時折笑い声を交えながら久遠の足を拭き終えた那美は、朝食を取るためにリビングに向かって、足を踏み入れた瞬間、笑顔とともに固まった。那美に抱かれた久遠もリビングに充満する雰囲気に冷や汗を垂らしている。
「あ、あの、何か……?」
 と、言ってみるが、霊気のような妖気のような不思議な期待感を混ぜ合わせた視線と雰囲気は長くは耐え切れない。すでに久遠はリビングにお尻を向けて震えてしまっている。
「ああ、ちょっと那美を待ってたんだ」
「はぁ……?」
「那美さん、これ、見て欲しいんだけど」
 そう言って生物を抱かえた夕凪が、那美の眼前に突き出した。
「…………」
「美緒さんが言うところだと、どうも妖怪らしいんです」
 愛くるしい小さな瞳が那美を見つめ、つられて久遠も那美を見上げる。
 そしてしばらく生物を見ていて、那美は思い当たりがあるのか、小さく声を漏らした。
「知ってるのか?」
「ええ。と、言っても私も十六夜さんから聞いた話なんですが。国守山に封じられた妖怪がいて、その妖怪を封じた精霊……そうですね。精霊のようなものが池の辺の社に祭られていると」
「そうです! ちょうどそこでコレが目を回して……」
「あれ? その話どこかで……」
「どこだっけな……」
「う〜、何か見に覚えがあるのだ」
 正体がわかりかけて喜ぶ夕凪と、ますます首を傾げる耕介達。そして完全に食事に没頭し始めたさとみ達と、見事に別れたリビング内で那美は寮を揺るがす一言を夕凪に話した。
「確か氷那って名前ですよ」
 氷那?
 途端に耕介と真雪と美緒に共通していた霞が揺らいだ。すうっと視界が晴れる様に浮かんでくる一人の少女とその御供のように側にいた生物。
「お、思い出した〜〜!」
 思わずリビングのテーブルを引っくり返して耕介は寮を揺るがすほどの大きさで甦った記憶を叫んだ。



ゆっくりと、だが確実に事態は進んで行く……。
美姫 「そして、皆の記憶が戻るとき……」
と、まあ、冗談はこの辺にして。
美姫 「それもそうね。実際、この後はどう展開していくのかしら」
とりあえず、氷那が出てきたということは、ざからもそのうち出てくるのかな?
美姫 「徐々に増えていく登場人物…」
大変だね〜。
美姫 「頑張って下さい〜」
じゃあ、次回を楽しみに待つとしよう。
美姫 「そうしましょう、そうしましょう」



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