『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
XXX・そんな事もあったけど、とりあえず私は元気です。
「ハジメ」
スコットランドヤードの窓際に急遽作られたデスクで書類に目を通していた斎藤は、呼びかけた本人を一度見て、そのまま視線を戻した。
「ちょっと呼んでおいて無視しないで」
「さっさと頼んだ結果を言え」
斎藤の人柄に慣れたとはいえ、もう少し言い方がないものかと憮然としつつも、エリスは脇に抱えたファイルを広げた。
「世界のHGS研究機関に問い合わせたけど、クライン何て名前の子供は記録に残ってないわ」
「数年前の龍のような人工HGSの線は?」
「そっちも成果無し。龍の失敗で香港警防の取締りが強化されたでしょ? 迂闊な行動ができなくなってるから一日じゃ裏までは探れなかった」
「そうか」
エリスの報告に顎に手を当てて思考の海に入る。
彼女に頼んだのは警察とICPOへの報告で忙しくなる自分の代わりに、香港警防や各国のHGS対策課等への情報収集だ。しかし結果は大したものではなかった。すぐに現実に意識を戻す。
「それじゃ次は日本にいる……」
「ちょっと、あたしはマクガーレン・セキュリティサービスの人間で、貴方の部下じゃないわ」
額に血の滲んだ包帯をして、松葉杖を突きながら情報収集を行おうとする斎藤に、遠巻きながらも当事者の一人となったエリスは、それくらいであれば代わると言いはした。だが、それは斎藤の部下になるという意味ではない。
そんなエリスの考えがわかったのか、斎藤はデスクの上に置かれた煙草を取ると、入れ替わりに一枚の紙をエリスに差し出した。
「……何?」
「読め」
これ以上は説明も無いと溜息をついて、受け取った紙に目を通して常に冷静な彼女にしては珍しく噴出すように口を抑えた。
「そう言う訳だ。しばらくは邪魔にならない程度に付き合え」
「……拒否権は……」
「あると思うか?」
紙に書かれた社長命令と記載のある辞令を受けておいて拒否出来る筈も無い。エリスはICPOへ名目上研修と言う名の斎藤の部下になってしまい、大きく肩を落とした。
その時、デスクに置かれた電話機の内線ランプが点滅しているのに気付き、斎藤は受話器を取った。
「何だ?」
「斎藤警部補、面会の方がいらっしゃってます」
「面会?」
「はい。椎名ゆうひという方です」
警察いう組織は基本的にどの国も殆ど体系に変化は無い。それは建物の作りも同じで、入り口を入ると訪れた人の対応する窓口があり、二階以上にそれぞれ犯罪に対応する課が作られている。
その中でゆうひは日当たりのよい窓際に作られた待合スペースで、外を流れる人を見つめていた。大きなガラス越しに射し込む日差しは春だというのに額に汗を滲ませる。ゆうひはハンドバックから取り出したハンカチで額を拭うと、時計を見上げた。
「う〜、そろそろロンドンを立たんとオーストラリアに行けんやんか〜」
本当であれば昨日一日が休みで、余裕を持って新曲のオーストラリアプロモーションに出かける予定だったが、二日前のCSS襲撃事件で気付いた時には日を跨いでしまっていた。
しかしCSSでの後片付けのあるフィアッセやアイリーン、イリア達から頼まれた事もあるので、そのまま反故にして仕事に行く訳にもいかない。
綺麗に整った髪をぐしゃぐしゃにして呻いているゆうひの耳に、駆けて来る足音が聞こえ、頭を掻き乱したまま首を向けると、そこにエリスの姿があった。
「ゆうひ!」
「お、エリスや〜。どないしたん? こんなとこで?」
「それはこっちの台詞。ハジメに何の用? 取調べは終わってるんでしょ?」
実はCSS襲撃事件の際、イリアはすぐに警察に連絡を入れた。しかしそこで聞かされたのはゆうひの公開録画の現場で大きな爆発があったというものだった。だが怪我人はなく、単なる事故と処理しかけていたところ、ゆうひの姿が確認されなかったのでCSSに連絡を取る算段を整えていた最中だったという。
しかし最終的にゆうひを連れて来たクラインの話と統合し、二つの事件は一つにまとめられ、気を失っていたゆうひはCSSから仕事前に事情聴取を行うために、日の出頃に一度警察を訪れていた。その際に徹夜で斎藤の代理をしていたエリスと顔を合わせている。
つまりゆうひはもう警察には用が無い筈なのだ。
「いや、そういう用事じゃないんや。フィアッセ達からちょう用事を言い付かってん」
「ハジメに?」
頷いているゆうひに、眉を寄せるがCSSの代表としてならば無碍に断る訳もいかず、ゆうひを連れて斎藤のいる三階HGS対策課のオフィスへ案内した。
オフィスは突然降って湧いたHGS事件に課は激しく人が出入りしており、初めて見る警察オフィス内部に、ゆうひは物珍しく室内を見学している。
「ハジメ、ゆうひを連れてきたわ」
「ご苦労」
本当に怪我をしているとは思えない目付きでエリスを一瞥するだけで仕事に戻らせると、視線を隣で待っているゆうひに移動させた。
「はえ〜。なんや前と雰囲気ちゃうね」
「もう演技をする必要がないからな。それで何の用だ?」
「あ、え〜っと斎藤……さんやったっけ?」
フィアッセから本名を聞きはしたが本人から直接聞いた訳ではないので、確認を交えつつとりあえず用件を切り出してみる。
しかし斎藤は仕事片手間といった様子で、話の先を流そうともしない。
どうしようかと悩んでいるゆうひに、同情してしまったエリスが後ろからデスクの上に置かれた名札を指差した。
「あ、エリスありがと〜。えと、実は斎藤さんにCSSからお礼がありまして」
「いらん。さっさと帰れ」
即答。さすがに斎藤の態度にオフィスで話が聞こえていた刑事達も唖然としている。
一言でばっさりと切られて、さすがのゆうひも口をぱくぱくと無意味に動かすしかできない。
「ハジメ。折角お礼に来てるのに……」
心の中で涙を流しながらエリスが意見を述べるが……。
「俺は自分の仕事をしているだけだ。礼などいらん」
全く効果がなかった。
「あ、あはは〜。そ、そうやねぇ。斎藤さんは自分のお仕事をしただけやもんなぁ。でも折角やからもらうだけ貰っといて」
藤田と名乗っていた時の優しげな雰囲気とまるで違う斎藤に、さすがのゆうひも居心地を悪くしたのか、ハンドバックから一枚の封筒をデスクに置いた。
「うちらCSSの毎年恒例合同チャリティコンサートの特別席のチケットや。恋人とでも見に来てくれたら嬉しいわ」
「そんな人間などいない。持って帰れ」
うわぁ。最低だ……。
そんな感想が成り行きを見守っていた全員の感想が重なった。
だが、生粋の関西人であるゆうひに三度目は鬼門であった。途端に眉が釣り上がり、わざと斎藤の目の前でデスクを叩いた。
「捨てるなら捨てるで好きにしたらええ! うちもフィアッセ達に渡してくれって頼まれただけや。でもな、いくら邪魔やろうても愛想の一つも言ったらええんちゃう?」
「一銭の得もないのに何故振りまく必要がある?」
「愛想一つで人付き合いが上手くいくんやったら万万歳やないか!」
「他人は邪魔なだけだ。目的のために割り当てをこなすだけで十分だ」
「藤田って名乗った時も目的のための愛想か!」
「それ以外に何がある?」
「あ〜、わかったわ! あんたはそういう人間だってみんなに言うとくわ!」
「好きにしろ」
警察署全体が激しさに揺れてしまったのではないかと錯覚するくらいに激しくドアを叩きつけて、ゆうひはオフィスを出ていった。
「ハジメ……」
エリスがジト目で睨む。だが斎藤は置かれたチケットを丁寧にデスクに仕舞い込むとそのまま何事もなかったかの如く書類を読み耽った。
「あ、来た来……た」
ロンドンの入り口と言われるヒースロー空港の入り口で、お土産を選んでいるセルフィに聞こえるように、知佳が荷物片手に姿を見せたゆうひに手を振って、そして固まった。声を詰まらせた彼女を不信に思い、セルフィも知佳の視線の先を見て、目を丸くした。
「あの……ゆうひちゃん?」
しばらく停止していた頭を復活させて、空港に入ってきた人物に恐る恐る声をかけた。
「ああ、知佳ちゃん、セルフィ、待たせたわね……」
背中に鬼を背負って来たゆうひに、驚いていた二人は同時に首を横に振った。
(ちょっと、あのゆうひどうしたのよ?)
(わかる訳ないよ。ああ、でもふじ……違った斎藤さんのところ寄ってくるって言ってたけど)
(じゃ、斎藤と何かあったって事?)
(それこそ何があるのかわかったもんじゃないよ〜)
「そこの二人、何をこそこそ話しとるんや?」
「な、な、何でもないよ」
「そ、そうそう。折角の休暇が思いがけない終わり方して残念だなって話をしてただけ」
「そか。なら飛行機の時間まで少しあるし、お茶でもいこか」
今日のゆうひには絶対に逆らうまい。
そう心に誓う知佳とセルフィだった。
「でな、斎藤はさっさと帰れって。酷いやろ〜」
飛行機の離着陸がはっきりと見学できるファミリーレストランで、お茶ではなく分厚いステーキにフォークを力一杯突き刺しながら、留まるところを知らない愚痴のマシンガントークに、マンゴープリンをスプーンで細かく口に運びながら知佳は「あう」と漏らし、セルフィはダージリンのミルクティを飲みつつ視線を窓の外に向けている。
「ま、まぁ、斎藤さんも本当に忙しかっただけかも」
「言い方が気にいらないんや!」
フォークにステーキを刺したまま知佳の鼻先につき付ける。
勢いに飲まれて仕方なく肯定を示す動きに、ゆうひは世界的に有名な歌手にあるまじき食べっぷりでステーキを胃に流し込んだ。
「それじゃゆうひちゃんが忙しい事を……いえ、なんでもないです」
あわや二度目の地雷を踏みかけて、知佳はすぐに言葉を飲み込んだ。
「はぁ。ほんまに嫌な奴やった〜」
何個目のサイコロ型に切った肉を口にして、ようやく頭が冷めたのかゆうひが背中を反らせて溜息混じりに呟いた。そのまま残りのステーキを全部口に放りこむ。その様子を顔を戻したセルフィがじっと見つめる。
「何?」
「いや、いつもなら嫌な奴とか、嫌いな奴はさっさと忘れるのに、珍しく長く愚痴るなって」
ゆうひは生粋の関西人だ。欧米人に通じる好き嫌いのはっきりさせるのは日本一厳しい。そんなゆうひが一時間立っても愚痴を零しているのがセルフィには珍しかった。
指摘されて自分でも意識したのだろう。ゆうひは形のいい指先を唇に当て、天井を見上げた。
そうだ。いつもであればナンパしてきた馬鹿な男達と同じレベルでさっさと頭から放り出している筈なのに、なんでこんなに斎藤に拘るの? わからない。あそこまで嫌な言い方をして、他人を怒らせる事しかしない男なのに。何で? どうして? ああ気持ち悪い。答えが出ないのが本当にイライラする。
「うがぁ! やっぱりわからないんや〜!」
「うわぁ! ゆうひが壊れた!」
「わわ! ゆうひちゃん! じ、時間だよ! そろそろ飛行機の時間!」
このゆうひの疑問が解消されるのは、更に数ヶ月の時間を要する事に、誰も気付いていなかった。
◇ ◇
そんなこんなで、ロンドン出張は終わったんだよ。
一度入院なんてしちゃったけど、別に怪我した訳でもないし、心配しないでね。
あ、それと今年は夏には帰れません。次に会えるのは冬だけど、お姉ちゃんもお兄ちゃんも愛お姉ちゃんも美緒ちゃんも那美ちゃんもさとみお姉ちゃんも舞ちゃんも奈緒ちゃんも、みんなとまた会える日を楽しみにしています。
かしこ 仁村知佳
「……こんな手紙をよこされて心配するなってか? しかも拝啓で始めたら敬具だろうが!」
「真雪さ〜ん、熱燗できたよ〜」
「うらぁ! 耕介! 今日は付き合え!」
「え? あ、ちょ、ちょっと〜!」
タイミング悪く知佳の手紙を読み終えた耕介が、真雪の毒牙にかかり、しかも呼び出されたリスティによって翌日は再起不能となっていた。合唱。
<オマケ……というなの弁解>
うっし。ロンドン編も終了〜。
ゆうひ「お疲れ様やね〜」
うん。まぁ書きたい事が溢れてる時は、その作品だけを一気に書くタイプだからね。
ゆうひ「そかそか。そういえばうち、こっちに居たから一部の内容知らないにゃ」
あ、そっか。じゃ、これ読んで。
ゆうひ「ありがと。(読書中)」
さて、そんじゃ三部を書いて……。
ゆうひ「なぁ……」
ほえ?
ゆうひ「誤字発見」
はぁ!!??ど、どこ!?
ゆうひ「十三話の真中付近。恭也くんのお父さんの名前、司郎やのうて士郎や」
え……?
ゆうひ「それと、確か耕介君と愛さんが結婚してたら、子供いるはずやない?」
あ“……。
ゆうひ「……言い訳は?」
……できません……。さ、みなさん、マジックを持って誤字の修正を……。そしてまだ槙原夫妻には子供がいないという設定に……。
ゆうひ「それでもSS作家か〜!」
シクシクシクシク。
<オマケ……と言う名のNG劇場>
〔その1〕
クライン「斎藤ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
斎藤「ふん。逆ギレか。見苦しいな」
クライン「ファイヤブラスター!」
斎藤「……いや、この場合はシャイン○パークの方が良くないか?」
クライン「え? そうかな?」
〔その2〕
クライン「な、なんだ……。今のは……」
斎藤「今から約二百年前、日本は動乱の中にあった。当時の国をまとめる江戸幕府と幕府を倒して世界に目を向けるべきと考える維新志士。二つの勢力がぶつかりあい、様々な組織が生まれた。そして、これは当時の京都を守護した新撰組・近藤勇が発案した平刺突を、俺の先祖が必殺まで昇華させた技――牙……!」
ガツン!
クライン「…………」
フィアッセ「…………」
アイリーン「…………」
斎藤「…………」
クライン「まぁ、無理しなくていいと思うよ? コンクリの破片に小指ぶつけたら……」
斎藤「……す、すまない」
13話、修正しました〜。
一応、誤字だと分かる部分は修正してるつもりなんだけどね。
美姫 「これは見逃したみたいね」
あ、あはははは。
とりあえず、ロンドン編は終了したみたいだね。
美姫 「次回は再び海鳴に戻るのかしら?」
さあ、それはどうだろうね。
美姫 「では、次回を楽しみに待ちましょうか」
だね〜。では、また。