『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XXW・起きたら病院だったんだ。

「ん……」
 周囲で何か騒がしい音が聞こえた。
(うるさいなぁ……。疲れてるんだから眠らせて……)
 そう心で呟くが、音が収まる訳も無く彼女の意識は眠りと言う暖かな闇から現実へと浮かび上がった。
 瞼を少しだけ開いてみる。
 途端に強い日差しが視神経を刺激し、再度瞼を強く瞑り直した。
「あ、起きた?」
 そんな彼女に気付いたのだろう。
 隣から聞き慣れた声が聞こえ、彼女はもう一度瞼を開くと、そこには病院用ローブを着て、清潔そうなベットで上半身を起こしたセルフィが彼女を見ていた。
「……セルフィ?」
「あたし以外の誰に見えるの?」
「フィリス」
「知佳、それは少し冗談が過ぎるわ」
 呆れるように項垂れるセルフィに、彼女――知佳は小さく笑顔を浮かべた。
「ここは?」
「CSSお抱え、クリステラ記念病院」
 生前、フィアッセの母であるティオレが作った人の役に立つ組織の一つにクリステラ・ホスピタル・アソシエイション(通称:CHA)だ。CHAは病院の少ない地域に最新設備を備えた病院を建築し、運営していくのを目的とされた時期国連組織の一つとして目されているボランティア団体だ。
 その中でCHAの中心として建設されたのがロンドン市内にあるのが、クリステラ記念病院である。
 フィアッセがHGSである事からイギリスのHGS研究の中心を担っており、その関係で知佳とセルフィはここに運ばれたのだと、セルフィが説明した。
「ああ、それで海鳴と設備が似てるんだ」
「こっちのが最新だけどね」
「まぁそれは否定できないけどね」
 ベットの間に置かれた冷蔵庫からコーヒーを取り出し、セルフィが知佳に手渡した。
「あ、ありがと」
「まぁそれ飲んだら全部話すから」
「え? 全部?」
 何を言ってるいるのかわからないと言った様子で知佳が首を捻る。
「……ちょっと記憶が錯乱してるかな? 仕方ないか。あたしも起きぬけはそんなんだったし」
「あ、そういえばなんで私は病院で寝てるの?」
「だから説明してあげるって」
 小さく溜息をつき、知佳がコーヒーを飲み終わるのを待ってセルフィは昨日起きた事を語り出した。

「ぐ……が……あ……」
 クラインは貫通した自分の脇腹を見て、よろよろと体を支えられずに床に倒れ込んだ。
「さて、まだ死んでないだろうな。これから全て吐いてもらう」
 砕け散ったサイコバリアの破片がクラインのフィンと共に消滅していく。その中をしっかりとした足取りで歩き、斎藤は倒れているクラインを髪だけを掴み上げた。
「あ、あ……」
「ち。気を失ってやがるか」
 本当に残念そうに舌打すると、クラインを投げるように捨てて立ち上がった。
「フィアッセ! アイリーン! 無事!」
 そこにエリスが飛び込んできた。
「エリス!」
「二人とも……ってゆうひも?」
「ええ。何か浚われて来たみたいで……」
「はぁ。ウチのスタッフは何やってるのよ……」
 大きく肩を落とすエリスの変わらない様子に、フィアッセ達はようやく張り詰めていた緊張の糸を緩めた。
「ああ、そういえばハジメは?」
「ハジメ?」
「ニホントウを持った危ないICPOの」
「藤田さんならそこに……」
 と、フィアッセの指の先を見て、今度は片手で顔を覆った。
 半年前に起きたフィアッセ誘拐事件の時もそうだったが、エリスは刀の破壊力は認めていても刀を使う人間は理解できないと思っている。特に自分の体を無視しても目的を遂げようとする人種はわからない。
 自分もどちらかと言えば同じ人種に属すのだろうが、半年前の事件以来死んでも守るという意思が少しだけ変わった。死んでも守るのは残された人を悲しませるだけだ。いやどんなに努力しようとも死ぬ時は死ぬ。ならば悔いないように守り抜く。これが正式に言葉にしたエリスの誓いだ。
 だがどうも今の斎藤と同じく身体能力の限界を余裕で超えるやり方しかしないのは別だと思った。
「ハジメ。生徒の非難は完了したわ」
「そうか」
 すでに出血の収まった傷口を破り捨てた制服で巻くと、サイコバリア破壊の反動で刃がぼろぼろになった刀を鞘に収めた。
「後はこのガキから首謀者を聞き出せばいいだけだが、気を失っている」
「……幾ら何でもこの年の子供にはやり過ぎなんじゃない?」
「これでもHGSだ。加減など出来るものか」
 そう言われてエリスも黙ってしまった。
 幼い頃に見たHGSの破壊力を思い出し、加減などしたら間違いなく殺されるのはわかっているからだ。
「今部下に救急車を呼んでる。到着したらハジメは治療を受けて。その間の整理は私がやっておくわ」
「要らん心配だ。俺はこれからガキの尋問に入る」
 その状態でまだ動くんだ。と、冷や汗を浮かべるが、人の意見など聞きはしないだろうと嘆息した。
「OK。それじゃこの子供が死なないように治療するから、その間くらいは休んでてくれない? 血塗れのままじゃ何かと煩いだろうから」
 精一杯の妥協に、今後の調査の方針を考える時間がほしいと考えて、斎藤は打算交じりに頷いた。
「おっとそれは待ってもらおう」
 そこに新しい男性の声が響いた。

「あ〜……何となく思い出した」
「それは良かった」
 同時に一度体験してしまった幻覚を思い出して、知佳は小さく身震いした。
「それで、その男性の声って?」
「うん。あたしはよく知らないんだけど……」
「そこから先は私が説明するわ」
 部屋のノックと一緒に柔らかい女性の声に、二人は一斉に入り口を見て、セルフィは普通に、知佳は目を丸くして入室してきた人物を出迎えた。
「こんにちは。フィアッセ達はどう?」
「落ちてるわ。今警察で事情聴取を受けてるところよ」
 ピンク色のスーツ姿に同じ色合いの明るく見ただけでわかる柔らかな質感を持ったウェーブヘアを持つ女性は、セルフィ側のベットに立て掛けてあった折り畳み椅子に優雅に腰を落ちつけた。
「お久しぶりね。知佳さん」
「な、何でさくらさんがここに?」
 その女性、綺堂さくらは驚く知佳を楽しげに眺めて、上品な微笑を浮かべた。
「それは今のセルフィの話に関係あるんだけどね……」

「おっとそれは待ってもらおう」
 新しく響いた男の声に、斎藤は刀を抜き、エリスは銃を構えた。
「ああ、別に今は君達と戦うつもりはない」
 室内を注意深く見回す前に、男は言葉を肯定するように両手を上げたまま、廊下から入室してきた。
 深緑と茶色のサマーセーターに灰色のメンパンと言うシックな格好に茶色の髪とフィアブルーの瞳を持つ、間違いなく綺麗と形容される部類に分けられる男性だった。
「貴様……」
「ICPOの斎藤一。言っただろう? 今は闘うつもりはないって。最もボクの相手にならないんだから歯向かっても無駄だけどね」
 クラインよりも高圧的で他人の神経を逆撫でする物言いに、エリスが容赦無く銃口を合わせる。
「ハジメ、アイツを知ってるの?」
 意識と視界を広げて、点ではなく面を見るようにしながらエリスは目の端に映っている斎藤に問い掛けた。
「ああ。奴は氷村遊。おまえも裏に多少なりとも関るなら知っているだろうが、夜の一族で世界指名手配犯の男だ」
 夜の一族。
 人類の創世の頃から存在する遺伝子変化を定着させた特殊な一族だ。元々闇の世界から発生したためか、現代科学では解明されていない魔力や、オーパーツと言った卓越した知識力を代々伝えている。ただ問題があり、夜の一族は定期的に人間の血液を補充しなければならず、その行動から吸血種とも呼ばれている。だが民話や神話に語られているように必ずしも血を吸われた人間は吸血鬼になる訳ではなく、血を吸った夜の一族の意志でコントロールできる。
「あれ? そんなに大きな事はやっていない筈なんだけどな」
「……四年前のペンタゴン襲撃事件。更に半年後の中東石油ジャック。三年前のイギリス王室立て篭もり事件。二年前の中南米での人種差別に対する大規模な暴動。それに昨年の東・東南・南アジアの人口増加政策の一環として個人企業が起こした年少者大量虐殺。その全てに貴様が関っているのは調査済みだ」
 斎藤が口にした事件に、氷村以外の人間の顔が青ざめた。
 その全てが世界規模の混乱を招き、そして幾つかに知佳やセルフィは出動していたのだ。
「いやだなぁ。ボクはただ一言呟いただけさ。今我慢したっていい事ないさってね」
「血で操った男が何を言う」
「ふん……。下等種族の癖に頭は回るようだね」
 その言い草はあからさまに皮肉を交えているが、斎藤は相手の口車に乗らずに牙突を構える。
「ま、いいや。ボクも頼まれただけなんだ。そこでやられている子供を回収してきてくれって」
「出来ると思うのか?」
 斎藤の刀とエリスの銃が同時に持ち直した時の金属音を鳴らす。しかし氷村はそんな様子を鼻で嘲笑った。
「決まっているじゃないか。君達程度でボクをどうにかしようなんて……」
 しかし氷村は言葉を全部言い終える前に、顔をクラインが空けた巨大な穴に向けた。そこにまた新しい男が侵入してきた。
 腰まである白く長い髪をそのままにしっかりと閉じられた瞼と同じくきつく結ばれた唇を整った顔立ちに乗せ、パティシエ服にによく似た赤いコートのような服で上半身を包み、手には同じ色のグローブをはめている。ゆとりのある太目の黒いズボンを作業ブーツのようなしっかりとした作りの靴で裾が暴れぬようにしっかりと固定している。
「どうした?」
「さすがにあの二人を相手に一人は厳しい。頃合を見て退避してきた」
「下等生物の中で珍しく認めても良いと思える君が逃げた? そうじゃないんだろ?」
「いや、中々の手前だった」
 唇をほんの少しだけ動かすだけの微笑を浮かべてどこか楽しげに語る男に、氷村はそれ以上追求しなかった。
「だけど、そうなると彼女達もこっちに来るか。そろそろ退散しようか」
「させないと言っ……え?」
 一人無傷であるエリスが重要な証人であるクラインを渡さないと一歩後ろに退った瞬間、クラインは氷村の手に抱かかえられていた。
 間違いなくたった今まで後ろに倒れていた存在が、唐突に目の前へ移動した事実にエリスは恐怖に近い感情を抱いた。
「それじゃまた会おう。フィアッセ=クイステラ、アイリーン=ノア。それと君みたいなのには会いたくないね。斎藤一」
「待ちなさい!」
 エリスがクラインを抱えて背を向けた二人に、威嚇を込めて発砲した。
だが次の瞬間、床に崩れ落ちていたのはエリスだった。太股の中心部分から僅かな出血をしているのを見て、斎藤は腱が撃ち抜かれたと悟った。
 何故撃ち抜かれたと断言できるのか? それはエリスの銃砲と重なるように白髪の男が見た事もない銃身から硝煙を上げている姿があるからだ。
黒く約五十センチ程の長さを持ち、ベレッタに代表されるオートマティック型と酷似するスタイルを持っているのだが、撃鉄の下方部にはリボルバーが備え付けられている。だが斎藤ですら何時の間に銃を手にしたのか見破れなかった。
だがそれでも謎は残る。
エリスが撃った銃弾はどこへ消えたのか?
その答えは、フィアッセの足元に転がってきた二つの銃弾が導き出した。それぞれ鉛の先端部分が潰れた二つの銃弾。手に取ってみるとまだ少しだけ熱が残っている。そして硝煙を吐き出している二つの銃。
頭の片隅に浮かび上がった想像に、フィアッセの体が急激に熱を失っていく感覚に囚われる。
「まさか……エリスが撃った弾を……空中で撃ち落した?」
 そんな……出来る訳無い……。でも、それ以外にエリスが倒れてる理由が……。
 しかし想像以外に理由が思いつかない。
 呆然としているフィアッセをそのままに、氷村は満足げに頷いた。
「うん。最初からここまで大人しくしてくれていると助かったんだけどね。それじゃさよなら。また会おう」
 そして氷村達は全員が注目しているその目の前で、文字通り消えた。

「そこに私達が到着したの。遊はあまりの危険思想に、一族から抹殺命令が出ていたわ。頭首である伯母・マリス=フォルトナーからの命令で、私は遊を追いかけていた」
 そこまで一気に話し終えると、さくらは小さく息をついた。
 知佳は冷蔵庫から缶の紅茶を取り出すと彼女に差し出した。
「ありがとう」
「いえ。それで私達って、さくらさん以外に誰が……?」
「私ですよ。知佳さん」
 部屋のドアがまた開き、再度知佳の見覚えのある顔が覗き込まれた。
「は、葉弓さん!」
 長い髪を和紙でまとめ、さくらとはまた違うお淑やかな物腰を持った女性が入室した。今まで警察で取調べを受けていたのか、彼女は仕事で使用する巫女服を着て手には弓を携えている。
「こんにちは。知佳さん。お加減は如何ですか?」
「え、うん。大丈夫なんだけど……どうして葉弓さんが?」
「ええ。私は仕事。神咲の仕事です」
 葉弓は薫のはとこに当たり青森で弓を使用する退魔を生業としている。正式名神咲真鳴流正統伝承者だ。だが正統伝承者であるが故に、日本から離れる事など考え難い。
「ですけど、葉弓さんが日本を離れるなんて……」
 退魔に携わる人間であれば知っている事だが、世界には様々な魔を滅する仕事を行っている機関がある。有名なところではバチカンの埋葬機関。錬金術のアトラス魔術学院。アメリカ諜報部。ドイツのエイシェンシュタイン家。少し毛色は変わるがイギリスの大英図書館が存在している。
 これら退魔の組織は他の力が関与するのを極端に嫌う。
 日本では有名だが世界的に見てまだ小さい神咲とは言え、他の組織から見れば何ら変わりはない。そんな神咲の頭首の一人である葉弓がイギリスにいる事が不思議なのだ。
「それは私達夜の一族が依頼したから」
「夜の一族が?」
「と、言っても私が個人的に頼んだんです」
 さくらは風芽丘学園のOGだ。一つ上に薫がおり、薫とは唯子の先輩を通じて知り合っていた。その関係でさくらは本来は対立するべき神咲と親しい仲になっている。
「今日本では私達夜の一族が総動員しなければならない程吸血鬼がはびこってしまっています。その原因が遊であるのも抹殺命令の一つに入っています」
「ですが神咲も総動員するほど人手がある訳ではないので、薫と相談して真鳴流が夜の一族に協力する事になったのです」
「それで追い掛けていたら、CSSに到着して、逃げられちゃったと」
「ええ。まさか仲間がいるとは思いもしませんでしたから」
 さくらが意外そうに呟いた。
 実は氷村遊もさくらと同じ風芽丘学園出身だ。と、言っても人間を単なる食料としか見ず、殆ど手当たり次第に女生徒の血を吸うという暴挙を行った。その中に鷹城唯子が巻き込まれ、さくらと唯子の先輩そして心配した真一郎の手で被害の拡大を防がれたと言った経緯がある。それ以外でも遊は事件を起こしたが、全て人間は下等であり、仲間と群れを為す事を嫌っていた。
「でも、フィアッセ達の話だと、かなり仲間がいるみたいだね」
「はい。昨日私達を足ト止めした銃を持った青年もその一人でしょう」
「それにクラインというHGS……」
 少なくとも三人は存在する強大な影に、病室には大きな沈黙が降り立った。

 そこは薄暗い部屋だった。
 床には見た事も無いコードが縦横無尽に走り、十台を超えるパソコンが常に光を発している。
そんな中に三人の人影があった。
彼等は部屋の中央に置かれたフラスコのような形をした巨大なガラスの造形物が床から天井まで繋がり、中には衣服を全て脱がされたクラインが眠るようにたゆたっている。
「これでいいのかい?」
 人影の一つ、氷村遊は隣で同じくフラスコを見上げている人物をちらりと見た。
「ああ。悪かったな。人間の頼みなんか強引に聞かせちまって」
「いや、君のように同等に見ても遜色無い人間の頼みであれば聞いてもいいさ」
 そこに、残った一人が人影に話しかける。
「――様、カイゼルがお呼びです」
「ん? そうか。めんどいな」
「そう言うな。彼がいなければ君はここにはいないんだから」
「そうだな。ま、時期が来るまでは使われてやるか」
 人影は口の中で反芻するように笑いを堪えると、遊を残して部屋を後にした。



解決したと思ったら、また次が…。
美姫 「まさに目白押しの展開」
一体、敵の本当の目的は?そして、正体は。
美姫 「とても気になりつつもまた次回」
楽しみに待ってます〜。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ