『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
XXU・必死に戦ったんだよ!
「ゆうひに何をしたの!」
フィアッセが爆風でダメージの残る体を立ち上がらせ、知佳やアイリーンですら初めて見る怒りの炎を浮かばせて少年を睨みつけた。
「別に。ただ少し眠ってもらってるだけだよ」
「本当なの……?」
「ああ。こう見えて僕はフェミニストなのさ」
誰もが信じられない一言をぼやいて、少年はゆうひを比較的破片の少ないところへ横たえた。
少しこっちが近い……。
ゆうひと少年の距離を冷静に測り、知佳の影にいたセルフィは脇に吊るしたホルダーから銃を取り出すと、まだほんの少しだけ視界を塞いでいる爆煙と吹き飛ばされた机や破片に紛れて移動した。大きく動けないためほんの数十センチだが、それでも少年に比べてゆうひとの距離は近い。
(これなら念動力を使えってもこっちが先に辿り着く)
HGSにはリアーフィンと一緒に有名な病状がある。それが念動力と精神感応だ。基本的に世間一般で認識されている念動力(サイコキネシス)と精神感応(テレパス)と殆ど変わらないのだが、それぞれ能力の派生が存在する。瞬間移動(テレポート)と物質瞬間移動(アポート)、そしてサイコバリアだ。両方とも念動力から派生している。
上記に記した計四種類の超能力を使い、リアーフィンと呼ばれる羽を広げる。それがHGSの特徴だ。
もちろんセルフィも知佳も使える。しかし今は知佳はアイリーンやフィアッセと一緒に少年と面を向けている。隠れて動くにはセルフィしかいなかった。
「で、どうする? こっちも頼まれてるからSEENAを返す事はできないけど、来てくれるなら決して危険な目に合わせない事を約束しよう」
「本当?」
「ああ。さっきも言ったがフェミニストなんだよ」
まだ……。
タイミングは一度だけ。
「でも頼んだ相手に渡して、終了って意味じゃないでしょうね?」
「くどいね。そこまで言うなら戻っても近くに僕が張りつこう」
少しでも気取られれば物質瞬間移動を行う前にサイコバリアを張られてしまう。
「わかったわ」
「フィアッセ!」
「知佳、悪いけどイリアに説明しておいてくれる?」
「そ、そんな!」
「早くしてよ。待たされるのは嫌いなんだ」
止めようとする知佳に申し訳なさそうに笑顔を見せ、フィアッセとアイリーンが一歩前に出た。
少年が手を伸ばし、完全に意識がゆうひから外れた。
「今だ!」
セルフィのフィンが眩く刹那だけ輝くと、ゆうひの周辺で突然風が舞い上がった。
「しまった!」
少年も声を焦らせてフィンを輝かせるが、彼の放った念動力はすぐにセルフィの動きに気付いた知佳が張り巡らせたサイコバリアによって弾き返した。
ゆうひはセルフィの念動力でゆっくりとフィアッセとアイリーンの手元へと移動した。瞬間移動では能力を持っていない一般人には心臓への負担が激しく、使用した瞬間に発作を起こす可能性がある。
同じ事を考慮してだろう。
少年は憎らしげに歯を食いしばり、セルフィと知佳に視線を向けた。
「……やってくれるね」
「アンタのような子供が来るとは思ってなかったけど、情報は入ってたからね」
すでに隠す必要は無いと、セルフィは金色に輝く六枚の蜻蛉のような羽を展開した。そしてフィアッセ達の前に瞬間移動した知佳も四枚の白鳥のようなリアーフィンを展開する。
「シェリー、襲撃があるって知ってたの?」
「まぁ話だけね。でも半分ガセって思ってたから」
隙を見せずに少年を見詰めるHGS二人に、少年は動こうともせずに眉を吊り上げた。
「そうか。僕が手配した連中をつぶして回ってっていうICPOか」
どうやらかなり斎藤は有名らしい。
「ま、想像にお任せするわ」
そう言ってみるが、多分調べはついているのだろう。そう検討をつけてセルフィも守るために知佳の隣に移動した。
「あたし達二人を相手にするのは無理。大人しく捕まりなさい」
「ゆうひちゃんやフィアッセ達を連れていかせないんだから!」
平和な日本では考えられないが、欧米ではどんな状況でも反撃してくるタイプの犯罪者がいる。それを身を持って知っている二人はセルフィは手に念動力で作り上げた雷を纏わせ、知佳は風を胸の前に渦巻かせた。
ここまで見せればHGSであろうと大抵は負けを悟る。
だが少年は、怒りで天を向いていた眉を、爆発を起こした時と同じように温厚な状態まで戻すと、まるで教会に置かれているマリア像のように慈愛に溢れた似つかわしくない微笑を称えた。
「フィアッセ=クリステラ、アイリーン=ノア。SEENAと一緒にこちらに来たなら、トライウイングスΣとエンジェルブレスの命は保証するよ」
「え?」
「なっ!」
さすがにそれには二人を良く知っているフィアッセとアイリーンまでも驚きを浮かべた。どう考えても今世界で有数のHGS能力の使い手である二人を相手にするというのに、信じられないような自信だったからだ。
しかし少年はそんな反応すら楽しげに頷くと、己のフィンを大きく広げた。
「知っているさ。だが、この程度なら余裕なんだよ」
「……ふざけてると本当に怪我しちゃうよ?」
「そうだね。但し、怪我するのはそっちさ。エンジェルブレス」
あくまで大胆な態度に、セルフィは前に出た。
「ま、信じられないみたいだから少し力を見せてあげるよ」
少年の体が宙に舞い上がる。
「このZD−00パピヨンソーサー・クライン=K=サーザインの力をね!」
少年――クラインの両手が念動力を集中させたせいで起きた摩擦熱で炎が立ち上がる。
目に見える炎と言う本能を刺激する掴めない自然摂理の物質によってようやく無事だった生徒達が悲鳴を上げながら逃げ出した。それでも負傷者を廊下に出すために動くところはCSSの生徒と言うべきだろう。
しかしフィアッセとアイリーンは部屋の隅に移動し、激しく動かすことを躊躇わせるゆうひの体をしっかりと抱きしめた。
そんな中で、HGS同士の戦闘は始められた。
「サンダーブレイク!」
最初に念動力を打ち出したのはセルフィだった。
高密度まで圧縮した念動力が周囲の静電気を巻きこんで、激しい雷を撃ち出した。大気を焦がしながら突き進む雷は普通であれば一撃で人間一人程度は黒焦げにできるが、クラインはサンダーブレイクをマントを翻すような仕草で生み出したサイコバリアで消滅させる。そこへ背後にテレポートした知佳が風を解き放つ。
「ウインドスラッシュ!」
極限まで真空状態を保たれた大気が鎌鼬となってクラインを襲う。
だがマントを振るジェスチャーは見た目の騙しも含んでいたのか、サイコバリアは背面まで包み込んだおり、あっさりとウインドスラッシュは掻き消された。
さすがに時間差には少しかけ過ぎたかとセルフィが舌打した。しかし知佳はすぐに二手目を発動させる。
「物質瞬間移動!」
サイコバリアは使った能力者の任意の場所に念動力による壁を作り上げる技だ。だが人や生物の肌に張り付かせるようなバリアを張る事はできない。従ってどんなバリアでも隙間ができる。
知佳はその隙間に、クライン自体が作ってしまった教室の破片を移動させたのだ。
さすがにまともに受ける訳にはいかないのか、クラインも少々表情を歪ませて空中へ退避する。しかし、そんなチャンスを逃すわけが無い。セルフィが瞬間移動で直接クラインの右側に移動する。
「くっ!」
焦りが言葉となって漏れる。
「まだまだ!」
「えぇ!」
だがセルフィと今度は間違い無くコンマ数秒のずれもなく知佳が彼の左側に移動していた。
「サンダーブレイク!」
「ウインドスラッシュ!」
左右同時からの雷風がクラインが張り巡らせたサイコバリアを両方から押し潰していく。
「ぐぅぅぅぅぅ!」
少年にはあるまじき低い呻きを上げ、両手を必死にはって少年の顔が苦痛に歪む。だがセルフィ渾身の一撃と知佳会心の一撃は容赦をかける事無く一気に畳みかける。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
二人の気合にサイコバリアが限界点を超える。
軽いピシピシと言う音を立てながら、サイコバリアに皹が入っていく。
「まさか……まさか……」
クラインが驚愕の悲鳴を喉から搾り出す。だがバリアは無常にも氷が割れたような音を立てて砕け散った。
「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“!」
風が皮膚を切り裂き、雷が十代特有のみずみずしい肌を無残にも焦がしていく。部屋には途端に人肉と人毛が焼ける生理的に嫌悪してしまう匂いが立ち込め、三人の闘いを見ていたアイリーンが口元を抑えた。
羽をもがれた一匹の蝶が力無く落ちていく。
緑色をした羽が次第に小さくなり、少年の小さな体が床に叩きつけられたと同時に、羽は消えた。
ぴくりとも反応を示さない小さな死体を見下ろし、二人の天使が静かに着地した。
「……死ん……じゃった……?」
「うん……」
「でも……倒さなかったら……私達が……」
「フィアッセもアイリーンもゆうひも、どうなってたかわからない」
「わかってる……。けど……」
耐えられない。
ウインドスラッシュが決まった瞬間、少年を切り刻んだだけ、知佳の心にも傷がついた。一生消えず、そして時が立つに連れて大きく広がっていく人殺しという烙印。成り行きとはいえ、ただお仕置きをするだけのつもりだったのに、気付いた時には全力で戦っていた。一切の加減は無く、ただ相手の息の根を潰すだけを頭に置いていた。
この力で人を助けるって決めたのに……。
消してしまった命の灯火の大きさがじわじわと真綿を締めるように感じられ、知佳は震え始めた膝で体重を支えられずにその場に崩れ落ちた。
「私は……私は……」
手まで震えて、必死に逃れるように体を抱きしめる。
寒い……寒いよ……。お姉ちゃん……。お兄ちゃん……。私は……。
「人殺し」
不意に呟かれた一言に、知佳の肩が反応した。
「知佳ちゃん……アンタは人殺しや」
「ゆ、ゆうひちゃん……?」
何時の間に移動したのだろう。そして何時の間に意識を取り戻したのだろう。気がつくと、知佳の前にゆうひとフィアッセトセルフィとアイリーンが冷たく感情を凍らせた目で彼女を見下していた。
「確か……一緒に海に行った時に偉そうな事言っとったな。確かまた同じ事があったら、またやると思うだったっけ」
「でも実際は人殺し……。何で? そんな白い翼を持ってるのに……何で中身は私と同じ黒い翼なの?」
「やっぱりHGSって人を殺すしかないんだね。フィアッセは司郎を殺し、セルフィは昔HGSの殺人機械。そして知佳も仲間入り」
「所詮はHGSは殺すしか能が無いんだ。それはリスティもフィリスも知っている。自分を偽ってるけど、それが真実」
冷たい。いや、そんな表現など比較にならない程の言葉の氷雪が知佳の心を少しずつ殺ぎ落としていく。
「ちが、違う……。私は……私は……!」
冷たくなった指で頭を抱え、顔色が青から白へ変化する。
「違わないよ」
背後から聞こえる筈の無い声が聞こえ、知佳はゆっくりと振りかえり、そして絶叫した。
「だって僕を殺したじゃない」
そこには首の皮一枚で胴体と繋がったクラインが血走った眼で逆様のまま知佳を見上げていた。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
知佳とセルフィの悲鳴が同時に上がった。
「知佳! セルフィ!」
瞳の色が失われ、二つの小さな体が意識の途切れとともに後ろに倒れた。
「い、今、何が……?」
焦点の合わない瞳を閉じようともせずに意識を失った二人の間を視線が右往左往し、そして中心に立つ人物――クラインに理由がわからないと言った視線を向けた。
その恐怖と疑問が入り混じった瞳が気に入ったのか、彼は満面の笑みを浮かべた。
「別に直接僕が何かした訳じゃないさ。ただ、このままだとこうなるよって言う予知夢を見せてあげただけ」
「予知夢?」
「フフ! ヒントはここまで。さて、フィアッセ=クリステラ、アイリーン=ノア。どうする? このまま二人に予知夢を見せ続けると、発狂しちゃうかもね」
漫画や小説であれば語尾にハートマークでもつけてしまいそうな純粋な微笑みだが、それは強制力を含んだ脅迫だった。
断れば二人の命はない。
闘いが始まる前にクラインは言った。
『フィアッセ=クリステラ、アイリーン=ノア。SEENAと一緒にこちらに来たなら、トライウイングスΣとエンジェルブレスの命は保証するよ』
と。
「アイリーン……」
「言わなくてもわかってるわ。ゆうひもきっとわかってくれる」
申し訳無そうに眉を八の字にしている親友の肩を気軽に叩いて、アイリーンは気性の強さを瞳に取り戻してクラインを見た。
「アタシ達は君に着いていく。だから二人を解放して」
「ようぅぅぅぅやく、決断してくれたんだ。僕、もう疲れちゃったよ」
どこまで余裕があり、そして他人を馬鹿にした態度に、アイリーンは文句の一つも言いかけたが、フィアッセに止められて言葉を飲み込んだ。
「じゃSEENAを連れてこっちに来てくれる?」
口調はお願いだが、絶対服従の命令に二人はゆうひを担いで立ち上がった。
破片の散らばる室内をゆっくりと移動し、倒れている二人の合間に立つ。白目を剥いて口からは唾液が零れるのも気付かないほどの状態に、フィアッセが唇を噛んだ。
「さてそれじゃお待ちかねの海外旅行だ。準備はいいかい?」
ダメって言ってやろうかしら?
最悪心を読まれるのを念頭に置いた上で、アイリーンが心の中で毒ついた。
「良いみたいだから、早速……」
クラインの両手が指揮者のように持ち上げられる。そして覚悟を決めた二人も瞼を閉じた。
「準備? おまえにできるのは一人で負け犬になる準備だけだ」
男の声が響いた。
「誰だ?」
動きを止めて周囲を見回すが、ここには彼女等以外に人はいない。
廊下か?
と、思いすぐに指向性精神感応で廊下にいる人間の心を読むがそこには女しか居ず、男など存在していない。
その時、床が揺れた。
小さな地震ほどある揺れはだんだんと大きくなり、ある一点を中心に縦横無尽に皹が走った。
即ち、クラインの足元から。
「ま、まさか!」
慌てて宙に舞い上がるクラインと同時に、床は瓦解して一本の銀刃と一緒に狼のような男が天を貫くように姿を現した。
クラインは一羽ばたきで安全なフィアッセ達の背後に飛ぶと、出現した生物を睨みつけた。
「おまえ……!」
「ふん。餓鬼の遊びにしては度が過ぎたな」
刃についた埃を振り払い、狼と称されてもおかしくない鋭い瞳でクラインを射抜いた男がクラインに刀の切っ先を突き付けていた。
「新撰組三番隊組長……斎藤一!」
「お仕置きの時間だ」
あくまで感情に波を立てず、斎藤は静かにエリスが驚嘆した突きの構えを取った。
おおー。いよいよ斎藤と少年の戦いだね。
美姫 「物凄くいい所で次回なのね…」
まあ、それは仕方がないさ。
次回を首を長くして待とうではないか。
美姫 「そうね。ああー、斎藤がどんな戦いを見せるのか楽しみ♪」
本当だね〜。それじゃあ…。
美姫 「次回を待ってますね〜」