『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
XIX・そんな事があったなんて、後で聞いたんだけど。
「何をやってるの……?」
セルフィは声が震えるのも構わず、藤田を凝視した。
今まで様々な凄惨な現場を見てきた。だが、正直言って今目の前に起きている惨劇のレベルは一度も目撃した事は無かった。
藤田の後ろには決して日の下では目も当てられない量の血液が大量に建物の壁やアスファルトに飛び散り、まだ痙攣している内臓が藤田の足元にも転がっている。まるで大量殺人か猟奇殺人、または快楽殺人の現場に踏み込んだようだ。
まだセルフィは産まれていないが、一八九二年にハーマン・ウェブスター・マジェットという医師が凶悪な殺人事件を起こした。彼はある時ホールデン夫人という裕福な女性と薬局を共同経営するが、彼女は忽然と姿を消し、マジェットは単独で薬局を経営するようになった。後に「殺人の館」と呼ばれる建物を薬局の向かいに建てた。殺人の館には、罠を仕掛けたドア、槍を仕掛けた廊下、迷路などがあり、多くの人が命を落とした。巨大な金庫を借金で購入したときは、借金の取立人達は解剖用の死体として医大に25-50ドルで売られたという。さらに動かないエレベーター、上の階につながっていない階段があり、外部に音が漏れない気密構造になっていた。客として訪れた若い女性を自分の寝室におびき寄せ、性交した後、毒を飲ませ、地下室に送るという犯罪を述べ二百人以上繰り返したと言う。
そんな過去に起きた事件ファイルを思い起こさせるような凄惨な状況に、セルフィは胃液が逆流するのを感じて、慌てて口を塞いだ。
藤田はそんな彼女を心配しようともせずに面倒くさそうに髪をかきあげると、刀についた血を振り払った。
「ふん。こいつ等に気付いたのか。中々の反応だ」
語り口調もいつもの優しさを吹くんだ柔和なものから殺伐とした無愛想なものへと変わり、それが更にセルフィの思考を停止させていく。
「何を……やってたの?」
動かない頭は再度同じ質問を投げかけるだけに留まる。
藤田は一瞬何を聞かれているのか理解できないと言った表情を浮かべ、胸の内ポケットから煙草を取り出すと、一緒に出したライターで火をつけた。
「見てわからないか?」
「……見た通りだと、殺人を起こしたように見えるわ」
「その通りだ。わかってるじゃないか」
あっさりと言い放ち、地面に落ちているたった今まで呼吸をしていたであろう人間の首を蹴り飛ばす。
「ちっ、こいつらも違うか。時間の無駄ではないが体力の無駄だったな」
「藤田五郎!」
しゃがみ込んで死体のポケットを漁り始める藤田に、セルフィは悲鳴と聞き間違えそうな大声で銃をつきつけた。だが藤田は町の雑踏を無視するように、彼女の声を聞き流す。
「いいかげんにしろ!」
今度ははっきりと、そして力を入れて銃口が藤田の心臓の真後ろに当てられた。
「藤田五郎! 殺人と強盗の現行犯で民間法に基いて警察が来るまで一時拘束する!」
「……おまえ、もしかして気付いてなかったのか?」
「アンタが殺人鬼というのだけはわかってるわ」
「やはり気付いてないのか」
小さな溜息とともに藤田が肺に溜まった紫煙を吐き出した。それが振り向き様になされたので、煙はまともにセルフィを直撃した。
「わっぷ! 何するのよ!」
「役立たずのHGSの頭を最低限まで冷やしただけだ」
「や、役立たずって!」
「LC−25・トライウイングスΣ。これだとトライウングス・オリジナル……リスティ=槙原の方が使えたか」
「ちょ! 一体何を……!」
役立たずと言われ、しかも突然引き合いで姉であるリスティ=槙原を引き合いに出されて、セルフィは停滞から一気に混乱へと転がり落ちた。
そんな彼女に心底呆れたのか、藤田は再度深深と溜息をついた。
「全く……。HGSにもこれだけレベル差があるとはな……」
HGS――高機能性遺伝子障害。
通常、人間が細胞内に内包しているDNA二重螺旋が何らかの理由で変異し、本来では考えられない能力を有してしまう先天性遺伝子障害である。まだこのレベルであれば単なる優秀な人間として世間に溶け込める。だが更に変異が進んでしまう症例がある。それが変異性遺伝子障害種別XXパターン念動・精神感応という。
藤田が口にしたトライウイングス・オリジナルやΣ。そしてエンジェルブレスと言うのは、変異性遺伝子障害の中でXXに付けられる一種の識別コードだ。
「何よ? あたしがリスティに劣ると?」
「少なくとも今の状況を見れば役立たずだ」
はっきりと言い切られ、眉根をつき合わせて藤田を睨みつける。
「仕方ない。説明してやるから皺のない脳味噌に必死に書き込め」
「あたしの頭はパソコンか!」
「まだパソコンのが使えるか」
何時の間にか藤田のペースに巻き込まれているセルフィであった。
と、そこへサイレンの音が聞こえた。
「……誰かが警察を呼んだみたいね。年貢の納め時よ」
「何でだ?」
「……殺人犯の癖にわからないの?」
しかし藤田は答えず、二本目の煙草に火をつけた。そこへパトカーが五台到着し、合計十二人の警官と数人の刑事が降りてきた。
刑事は制服警官に現場の確保を支持すると路地の奥にいる藤田を見つけると、厳つい顔を更に強面にして、刑事は藤田の前に立った。
まぁこれで掴まっておしまいだろう。
そう考えてほくそえんだセルフィに、刑事は突然敬礼をした。
「遅れました! 斎藤警部補!」
「こいつらも外れだ。今まで通り処理してくれ」
「へ?」
斎藤?
え?
ちょっと、何で殺人犯に敬礼してんの? ああ、そう言えばICPOって言ってたっけ。ってそうじゃなくて、刑事だろうがなんだろうが殺人犯は殺人犯でしょ?
「ちょ、ちょっと待って! こいつが殺したんだよ? 何で捕まえないの?」
そう言って敬礼を崩していない刑事にセルフィはつっかかった。
すると、逆に刑事は不思議そうな顔をして彼女を見た。
「斎藤警部補、彼女は?」
「単なるバカだ。気にするな」
「な、なんだと〜!」
「そうですか。では、我々は現場を閉鎖します。では」
「アンタも何か否定していけ!」
まるであたしが本当のバカみたいじゃないか! と、いう彼女の心の声を無視して、藤田は唐突に彼女の頭に手を置いた。
「まぁ話してやる約束だ。宇宙人の出来損ないらしく大人しく聞け」
「……藤田、こっちがアンタの地ね」
「ああ、それから……」
現場から歩き出した藤田の後ろを着いて行きながら呟いた愚痴が聞こえたのかと身構えたが、藤田は気にせずこれまたとんでもない事を口にした。
「藤田というのは偽名だ。名が売れると動き辛いからな。もちろん、災害救助・テロ対策室にも所属していない」
「は?」
「ICPO国際警察機構特殊隠密防衛部隊・新撰組三番隊組長斎藤一。それが俺だ」
最初はただの悪戯だと処理されていた。
新撰組局長であるタクミ=リキュールの元に届けられた手紙は、差出人不明、消印無し、さらにパソコン等の文字入力ソフト利用して打たれた文に誰が信憑性を見出せようか。
しかしそれが多い時には日に数度も投函されれば悪戯にも程があるとタクミは副長の内藤和明に命じて、屋外監視カメラのデータの洗い出しを行わせたが、投函時間に監視カメラに人物はおろか動く者すら映っていなかった。
そこで念ために二番隊と三番隊に調査を命じたところ、最近チンピラを中心におかしな動きがある事実をつき止め、調査と防衛のために斎藤が一人でロンドンまでやってきた。
「これが手紙のコピーだ」
そう言って差し出された手紙を呆然と受け取り、セルフィは視線を落とした。
『クリステラ・ソング・スクールに危機が迫っている』
単純にそれしか記載のされていない手紙。
だが少なくとも手紙に警告され、斎藤はロンドンに来てすでに十は下らない組織やグループを一人で壊滅させている。
「この件に関してはスコットランドヤードの全面協力を受け、更に俺が起こす荒事の後始末を任せている。後、マクガーレン・セキュリティサービスにも俺がいない間の警備を依頼した。今はCSSの周辺を警護している筈だ」
「あたしが一人で空回りしてたって訳か」
「そう言う事だ」
半分程吸い終わった灰を路上に捨て、斎藤は俯く彼女を見た。。
「あれだけ周囲で殺気が撒き散らされていると言うのに反応できない時点で、リスティ=槙原のが使える」
「うう……」
「確かフィリス=矢沢もいたか。だがあれは医療技術があるからな」
三姉妹一使えないレッテルを貼られて落ちこむセルフィ。だが斎藤の言葉通り、情報や戦闘技術はリスティに劣り、後衛に関してもフィリスがいれば必要ない。
「……何をしている?」
少し指示を求める警官と話をして顔を戻すと、一人重苦しい空気を纏ったセルフィが地面にへたり込んでいた。
「いや、自分の非力さに打ちひしがれて……」
「気付くのが遅すぎる」
「うう……慰めてくれても……」
「一銭の特にもならん事をする義理も義務もない」
三本目の煙草を吸いきり、斎藤はやれやれと言わんばかりに嘆息した。
「しかし明日から俺もマクガーレンと合流する。CSSの内部に詳しい奴がいると楽なんだが」
「やる!」
「殺気すら感じ取れない奴は邪魔だ」
「そ、それでも……やる!」
さすがに今までの落ち込みから一辺した勢いに斎藤も気圧されたが、何とか表面に出さずに冷静さを保った。
「……連絡は一時間起き。常に張りつけとは言わないが、視界に入るようにしておけ」
「うん!」
「ならレストランに戻れ。俺はここを離れられないからな」
「わかった! 適当に誤魔化しておくね!」
危険が迫っていると言うのにまるで犬が尻尾を振るように戻っていくセルフィに、斎藤はやれやれ。と、ぼやいた。
おお!遂に藤田の正体が明らかに。
美姫 「これも嘘だったりして」
はははは……。
と、兎も角、少しずつ事態が明らかになっていくね。
美姫 「でも、新たな謎もね。誰が、あの部署に手紙を投函したのかとか…」
確かに。
まあ、それは回を重ねていけば、分かるでしょう。
美姫 「そうね。それじゃあ、また次回ね」
楽しみにしてまーす。