『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




]Z・ゆうひちゃんとお買い物してたんだけど……。

 ロンドンの夕暮れは明るい。
 いや、日本の夕暮れも明るいのだが、やはり発展の仕方が違うため空気も東京や大阪に比べても綺麗な印象を受ける。
 鮮烈な赤ではなく包み込む赤い夕焼けで体を染めながら、合流した三人は両手に幾つ物買い物袋をぶら下げていた。
「は〜。買った買った。帰ったらアイリーンやフィアッセも混ぜてファッションショーや〜」
「ゆうひちゃんのワンピース、すごい似合ってたから、楽しみ〜」
「そういう知佳ちゃんのすこ〜し大人っぽいミニスカートは、ウチもノックアウトや」
「ゆうひ、あんまり堂々とそういう発言は止めた方がいいと思うよ」
「なんやシェリー。気にしてんのか?」
「あたし達じゃなくて、ゆうひは有名人の癖にそういうところ無神経って言ってるの」
「大丈夫や。CSSの問題東洋人って言ったら、上も下もばっちりOKな事で売ってるんや」
「……日本のお笑い芸人か?」
 まるで説得の効果の無いゆうひに、シェリーはがっくりと肩を落とした。
「と、そろそろ六時か。どうする? 夕飯食べてく?」
「それもいいけど、折角ジェフリーさんの好意でCSSに戻れるんだから、少しお茶してから戻ろっか?」
 本来、研修期間中はAGPOの宿舎に駐屯するのが基本だが、ジェフリーはCSSからの出勤を許可してくれた。
「あ、それええね。ロンドンブリッチの近くに、かっわいいカフェあるんや。そっちに行ってみる?」
「ちょっと遠いなぁ。帰りはバスだし……」
 三人であれこれと今後の短い時間を何に使うか決め兼ねていたその矢先、ふとある店の中に見知った顔があるのにセルフィが気付いた。だがどう考えても店の看板と見知った顔が結びつかず、本来であれば毒物と称される愛と美由希の手料理を口にしたら見た目と味が一致しなかったような、微妙な表情をしている。
「ん? どないした?」
 そんなセルフィに最初に気付いたのはゆうひだった。
 立ち止まって一人百面相している彼女に、ゆうひも疑問符を浮かべながら小首を捻った。数メートル離れたセルフィにとことこと近付き、同じ視点からセルフィの視線の先を確認すると、子供に混じって似つかわしくない大人がゲームソフトを手に真剣な表情をしている。ここは何の店なのか? とTOYHOUSEと書かれている看板を見て玩具屋であるのを認識する。だが大人がゲームを買うのは日本企業の努力のおかげで世界各国珍しい光景ではない。ならば何にセルフィは変な顔をしているのだろうか? そんなゆうひに一人残されていた知佳も寄って来た。
「どうしたの?」
「いや、セルフィは男の人見て変な顔してるんよ」
「変な顔って何よ?」
 どんな状況でも、自分の悪口だけは反応するらしい。
 ゆうひの軽口に再起動したセルフィが、じろりとねめ上げる。
「そんなん言うたかて、なんや愛さんの料理を食べたらめっちゃ美味しかったわ〜。もう死んでもええわ〜。見たいな変な顔してたで?」
「うそ! そ、そこまでいっちゃってたかな……」
「それで何を見てたの?」
「あ、ああ。あの人……」
 まるで幽霊を選択するように恐る恐る突き出された指の先を見て、知佳も目を丸くした。
 ただ一人指の先の人を知らないゆうひだけが、やはり疑問符を増やしている。
「なぁ、それであの人がどうかしたん?」
「うん。今一緒に研修を受けてる人なんだけど……」
 驚きから開放されたのか、知佳が少し言葉足らずに夕日に説明しようとした時、話題の人物は三人に気付いた。そしてソフトを棚に置き直すと朝見たのと変わらない穏やかな笑みのまま店を出てきた。
「こんにちわ。確か仁村知佳さんとセルフィ=アルバレットさんでしたね」
「こ、こんにちわ。え〜っと……」
 さすがに一度しか自己紹介がされず、しかも一日班が違う上に日本人の名前になれないセルフィが一瞬口篭もる。しかしフォローするように知佳が後を継いだ。
「こんにちわ。藤田さん。こんなところでどうしたんですか?」
 そう藤田五郎が刀を下げたまま、玩具屋で『らぶりーエンジェル☆まじかるさゆりん』という蜂蜜色のロングヘアーと緑と白のチェック柄のリボンをした女の子が主人公のアドベンチャーゲームにするべきか、それとも『ご主人様にお任せ』という割烹着姿の双子の姉とヒロインに当たる寡黙な妹メイドと主人公の妹という三人を育成するメイドシュミレーションゲームにするべきか迷っていた。彼の人格のために補足すると両方とも十八禁ではなくPDXという最新型ゲーム機で遊べる子供向けゲームだ。
「いえ、実はお恥ずかしい話ですがゲームが好きでして……。それでイギリス限定のソフトが無いか見ていたんですよ」
「……あんなゲームが好きなの……?」
 どうやらソフト名まで見えていたらしいセルフィが、疑わしげに藤田を睨みつける。
「あのタイプではなく全般ですね。しばらくBIOHAZARDのような殺伐としたものばかりだったので気分転換をしようかと」
 気分転換にしては百八十度変わり過ぎだよ。と、心の中で呟くも他人の趣味までとやかく言う事もないか。と、思い直す。
「なぁ二人とも、ウチだけ一人、仲間外れなんやけど、道の隅っこで泣いてもええかな?」
 完全にゆうひの存在を失念してしまっていた知佳とセルフィは、あ! と同時に口を抑えた。
 慌てて振り返ると、本当に路地裏に体を隠して畳ではなく石畳に「の」の字を書こうとしているゆうひを取り押さえる。
「後生や〜! もうウチはいらない人間なんや〜!」
「わわわわ! ゆうひちゃん! そういうつもりじゃないよ〜!」
「ゆうひ! 自分が有名人だって事忘れるな〜!」
 すでに三十路だというのにまるで言動が小学生並のゆうひを羽交い締めにして、保護者二人が顔を赤くしながら必死に止めている様を集まってきた野次馬の一人として眺めていた藤田は、こけた頬を指で書きながら聞いた。
「お邪魔でしたか?」
「頼むから手伝って〜!」

 十分後。

「あははははは。楽しかった〜」
 何故か一人ご満悦なゆうひ嬢に、友人二人と付き合わされた一人は同時に溜息をついた。
 途中で藤田も含めた騒ぎは集まった野次馬に好評で、一種のストリートダンサーの如くお金が投げこまれて集めたらこれまた一財産と言える金額が手元に入ってしまった。
「でも宜しいのですか?」
「何が?」
「さっきのお金を自分が頂いてしまって」
「ああ、ええんよ。藤田さんは巻き込まれただけやし、迷惑料や」
 迷惑はこっちにもかけられたよ。
 そんな哀愁が藤田の後ろから漂ってくるが、当の本人は何処吹く風。けらけらと笑っている。
 四人は今CSS前まで行くバス停の前にあるカフェで話している。もちろん元気なのはゆうひと藤田だけであり、知佳とセルフィは疲労にてぐったりとしている。
「そう言えばまだ自己紹介してへんかったね。ウチは椎名ゆうひ。一応シンガーソングライターや」
「自分は藤田五郎と言います。ICPO災害救助・テロ対策室に勤務しています。失礼ですが、椎名さんはもしかしてあの?」
「ええ。SEENAと言うんが芸名や」
「いや、芸名違うでしょ」
 ジト目でツッコム当たり、まだ余裕があるセルフィであった。
「でもICPOって?」
 しかも、これまた世界で活躍する人物は思えない質問をする。正式名称を口にしかけて止めると、知佳は再考した答えをゆうひにした。
「わかりやすくするとインターポール」
「インターポール? あの世界的大怪盗の孫を年がら年中追いかけてる銭形平次の子孫が入っとるとこか?」
「……なんでわざわざそんな遠回りに答えるのよ」
「ん〜さざなみ漫才コンビの血やね」
 ちなみに相方はさざなみ寮管理人槙原耕介であったりする。
 しかし藤田はそんな三人を気にせず、ゆうひが世界的歌手である事実にしきりに感心していた。
「まさかSEENAさんにお会いできるとは思ってませんでした。あ、妹が貴方のファンなんです。良ければサインでも書いて頂けませんか?」
「藤田さん、以外とミーハー?」
「はは。すいません」
 恐縮しきっている藤田に、何時の間に書いたのかゆうひが色紙を差し出した。
「妹さんの名前何て言うん?」
「燕と言います」
「燕ちゃんね。カキカキ……っと」
「でも椎名さん、一度DVDを見せてもらった時の雰囲気と違いますね」
「良く言われるわ。でもこっちが地やで」
「でしょうね。すごく自然だ。特に先程の路上のやり取りは面白かった」
「そうそう。いっつもどこいってもウチは笑われ者や〜」
「しかし、それが快感になってると?」
「ああ、笑いがウチの最大の賛辞……ってちゃうやんか! ウチは歌い手やで!」
 楽しそうに鋭いツッコミを入れるゆうひと、にこにこと待っている藤田。
 そんな二人をじ〜っと見て、知佳はぽつりと呟いた。
「何か仲いい……」
 まるで耕介と会話しているような自然な流れに、知佳が意外そうな表情で色紙のやり取りをしているさざなみ漫才コンビボケ担当を見る。前に本人から聞いたが、表面は笑顔を張りつけていても男性と一度も付き合った事が無いほど男性恐怖症を抱えている。容姿端麗スタイル抜群のため近寄ってくる男がエッチな目をしているのが原因だ。大学時代など十秒でナンパしてくる男をフリ続けたと言う伝説さえ作っている。しかし、そんな彼女が唯一心を開いたのは耕介だった。外見を認めつつも内面を把握して一人の女性として見てくれた彼だけが異性の親友だった。だが今目の前のゆうひは初対面の藤田に耕介と同様、いや、それ以上に心を開いているように感じるのだ。
「ねえ」
「あ、シェリーも気付いた?」
「うん。普段と変わらないけど、ゆうひ、耕介さんと話してるみたい」
 どこか優しい雰囲気を出しながら会話しているゆうひと、同じく笑顔を絶やさない藤田。
 表面は普段と変わらない。
 だがどこか違う。それが何なのかまではわからなず、二人は首を捻った。
 藤田は注文していたカフェラテを口に運ぼうとし、ぴたりと動きを止めた。
「藤田さん?」
「ああ、すいません。携帯に電話のようです。少し席を外させてもらいますね」
 吹くの内ポケットから世界八十カ国以上で使用可能な国際携帯電話を取り出すと、店を出ていった。
「なぁ、ゆうひ」
「ん?」
「珍しいね。あんなに初対面から仲良くしているの」
 知佳の一言に、二人で何が聞きたかったのかを理解したゆうひは、手にしたホットココアをテーブルに戻すとすらりと形の良い指を顎に当てて天井を見上げた。
「……そんなに仲良くした覚えないんやけど……。そういう風に見えた?」
「うん。まるでお兄ちゃんと話してるみたいだった」
「あたしもそう見えた」
 同時に肯定されてさすがのゆうひもはなじろむ。
「あんまりそんなつもりは無かったんやけど……ただ……」
「ただ?」
 そう言うとゆうひは口をつぐんだ。腕を組み頭を左右に振っている。どうやら上手い形容が出てこないらしい。しばし待つ事数十秒。
「あかん。わからんわ」
 やはりゆうひだった。

「ターゲット補足。これから確保に向かう」
「周囲の二人はどうする?」
「邪魔するなら殺せばいい」
 路地裏で二人の男がカフェで談笑している知佳達を監視しつつ、無線で連絡を取っている。
 すでに夕日も落ち、路地裏に光は射し込まない。
 あるのは何処まで吸いこまれそうな闇だけだ。昔であれば様々な魑魅魍魎を恐れ人が近付かなかったが、今では裏に生きる者には格好の隠れ家だ。
「ラルフとケインは裏口から。ジョシュアとウェンは正面から。マイケルとジョンは表で騒ぎを起こせ」
 彼等は昨晩ある計画書を買った。
 いつも通り繁華街で女を襲い、影に連れこんで楽しむと言う快楽を楽しんでいたところに、見た目が十歳程度の少年が現れた。
 少年は報酬として百万イギリスドルと無線機、そして計画書を見せると、計画書の代金だけ貰い受けて去っていった。もちろん途中で男色が好みである仲間が背後から襲うとしたが、彼は突然背後へ吹き飛び首の骨を折って死亡した。
 何故少年がこんな事を頼むのか? そして何故自分で動かないのかわからなかったが、彼等は気に留めることも無く実行に移す事にした。
「しかし、何でCSSの連中を誘うなんて計画なんだろな?」
「知るか。ま、金になるってだけで十分だ」
 そう言うと男は腕時計を見た。
 そろそろ決行の時間だった。
「よし、時間だ。突入だ!」
 無線に男が大声で合図を出した。
 だが……。
「おい、どうした!」
 返答が戻ってこない。
 砂嵐の音だけが延々と無線機から垂れ流される。
「どうした?」
 カフェを見張っている男が、無線を操作している男に振り向いた。
「いや、返事がないんだ」
「無線機が壊れたんじゃないのか?」
「携帯にかけてみる」
 いつも使っている折り畳み式携帯を取り出して、短縮ダイヤルからラルフにダイヤルする。
「ん? 何か近いな」
 繋がった瞬間、着信音が聞こえた。最初は通りの誰かがタイミングよく鳴ったのかと思ったが、毎日聞いている音楽に聞き間違いは無い。
「後ろから?」
 携帯を操作している男は振り返り、そして何かが煌いた。そして胸に生まれた小さな振動に彼はゆっくりと自分を見下ろして口から血を吐き出した。
 それが彼の最後だった。
「どうし……ひぃ!」
 突然何か大きなものが倒れる音が聞こえ、見張っていた男が振り返った。そしてそこにあるすでに魂の抜けた仲間を見て悲鳴を上げた。だが何が起きたのか把握して逃げ出そうとした瞬間、彼の喉に痛みが走った。
「おい」
 一瞬だった。
 気付いた時、男の目の前にオールバックにし、見ただけで殺されてしまいそうな殺気を撒き散らした人物が立っていた。
「聞きたい事がある」
「な、何でしょう……?」
「おまえ達に指示を出したのは誰だ?」
「が、ガキだ! 一人の……」
「どんな奴だ?」
「た、頼む! 殺さないで……」
「どんな奴だと聞いている」
「金髪の……透かしたガキだ! 触りもしないで仲間を吹き飛ばして……」
「そうか」
 それが彼の最後になった。
 ごとりと頭蓋骨が地面に叩きつけられる音を聞きながら。

「あ、藤田さん。遅かったですね」
 知佳が二杯目のアイスキャラメルマキアートを半分まで飲んだ時、ようやく藤田は戻ってきた。
「すいません。まだ発足したての部署なものですからトラブルが多くて」
「あ〜、わかるわ。ウチも新しいジャンルに飛びこむと苦労ばっかで……」
「ゆうひちゃん、それはちょっと違う……」
 いや、そこまで極端に違わなくもないかも……。
 そう内心呟いて、セルフィはアメリカンを飲もうとして、そして気付いた。
 こいつ……!
 藤田の靴に血痕がついている事を。
 しかし気付いたのはセルフィだけだった。



何やらきな臭い動きが水面下で動いてますな〜。
美姫 「当分はイギリスを舞台にしてのお話かな?」
そうかも。しかし、藤田さん強いね。
美姫 「金髪の少年も気になる所」
次回が待ち遠しいね。
美姫 「ええ。続きを楽しみにしつつ、浩でも殴っておくわ」
何故?
美姫 「何となくよ、何となく」
何となくで殴られる方はたまったもんじゃないぞ。
美姫 「細かい事は気にしない、気にしない」
いや、気にしろよ。
美姫 「とりあえず、また次回でね〜」
ではでは。って、逃げる!
美姫 「無駄よ♪」
い、いやぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜。



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