『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




]Y・それでね。

 ロンドンと言っても経度も緯度も日本とさほど変わらない。
 確かに気候差はあるが大きく変化する事もなく、それが春となれば更に僅差はない。
 キングサイズのベットの上で、知佳は少し研修が面倒くさいなぁと心の中でぼやきながら、昨日のパーティで疲れた体を起こした。昨日はフィアッセの進めで三階にあるゲストルームに泊めてもらった。隣ではワイシャツ一枚という姿のセルフィがまだ寝ている。知佳も同じ格好なのだが、胸のボタンが殆ど外れかけたセルフィを見て、だらしないと手を伸ばした。時計を見るとまだ五時だ。ロンドンへは八時半までに到着していれば問題ないので、二時間ほど余裕がある。
 そんな事を考えながらセルフィのボタンをかけていて、むにょ。と柔らかいものを握ってしまった。
「うひゃぁ!」
 握られた被害者ではなく握った加害者が小さく悲鳴を上げて、知佳は慌てて手を離した。しかし、セルフィは起きる気配がないので、少しだけ息をついた。
 知佳はそのまま手を引っ込めるのではなく、じっと見詰めると徐に自分の胸を握ってみる。そしてセルフィの胸を触った時と感触の違いを思い浮かべ、朝から気分が急転直下してしまった。
「うう……。もしかしてお姉ちゃんの言った通りなのかな? 揉まれれば大きくなるって」 そんな事は絶対にないのだが、高校からあまりに成長しなかったスレンダーな体に大きく項垂れてしまう。
 遠く海鳴にいる医者の友人の気持ちを知った一瞬だった。

「クシュン!」
「何だ? 風邪でも引いたか?」
「そんな事ないけど……。何だろ?」
「春だし、まぁ、今日は無理せず定時で上がれ」
「うん。そうする」
 そんなやり取りがあったとかなかったとか……。

 六時になり、セルフィも目覚めたので二人はそのまま朝の支度をし、一階の食堂へ降りた。
「お? おはようさん」
 すると、そこにはさざなみ寮で一、二を争う寝坊の天才である椎名ゆうひが、お気に入りのフランスパンを咥えつつ、二人に手を上げた。
 彼女独特のピンクハウスのようなふわりとした質感を持つスカートに、イギリスセーラーをモチーフにした半袖パーカーの下に横縞の長袖Tシャツを着ている。
「あれ〜? ゆうひちゃん、こんなに早くどうしたの?」
「これからロンドンでちょっとした催し物があってな。それに出席するんや」
「それにしても早いじゃない」
「昨日、こっちに居たからリハーサルやってないんや」
 昨日エレンと一緒に戻ったCSSで、ゆうひは実演指導を中心に行っていた。しかし、あまりに熱中してしまい、気付いた時にはリハーサル時間を超えてしまった。あくまで前日リハーサルであったと言う事と、いつも世界を一緒に回っているスタッフが担当だったという幸運も手伝い、何とか当日リハーサル前に時間を取り、音合わせをする段取りとなったのだ。
「それじゃ私達と一緒だね」
「そうやね。知佳ちゃん達は帰り何時頃?」
「確か……五時には終わるかな」
「んじゃランチェスター通りのオープンカフェで待ってるから、買い物でもしてこか」
 オープンカフェとはCSSが集合や遊びに行く時の待ち合わせによく使う、日本にも支店があるエクシオールカフェだ。知佳達が遊びに来たり、フィアッセが高町家と合流する時によく使用される。
「あ、いいね。最近休みなくて春物買いに行けてなくて」
「ウチもや。だからこの機会にパパ〜っと買ってしまお〜」
「お〜」
 ゆうひと知佳が元気よく手を突き上げる。
 しかし、セルフィは無言で二人を抜いていくと、誰も座っていない真っ白なテラスに置かれていそうな丸テーブルに腰を下ろすというか、腰を落とすとそのまま前に倒れ込んだ。完全につからが抜かれている上半身は重力加速度を自重に加えて、ゴチン! と派手な音を立てた。
「……シェリーは相変らずやな」
「あれでよくレスキューできるのか、実はちょっと不思議……」
 セルフィ=アルバレット。
 さざなみ寮で最強の寝起きの悪さを持つ寮生であった。
 しかし頭をぶつけても全く起動しないセルフィに、そろそろとゆうひと知佳が近づき……。
「ふが!」
 電池を入れられた玩具のように、置き上がりながら奇声を発する彼女に、近付いた二人がびくりと体を震わせた。そのまま時が止まったように沈黙が食堂を支配して……。
「くかー」
 健やかな寝息が聞こえ、ゆうひと知佳は思わずこけてしまった。

「何かおでこが痛いんだけど……」
 まだ少し寝ぼけているセルフィと知佳は、研修場所にあたるAGPO特殊訓練施設で、開始の時を待っていた。
 しかし食堂での一撃が効いているのか、未だにセルフィはひりひりするおでこを擦っていた。
「ど、どうしてだろね?」
 言葉を濁すしかない知佳であった。
「おらぁ! 席に着け!」
 そんな独特のざわめきを持っていた研修室に、長い間戦場を居場所にしていた独特の雰囲気を持った男が入室してきた。
 身の丈二メートル近くあるがっちりとした筋肉の鎧を纏い、口元に蓄えた髭は初見の人には威圧感を与えるだろう。さらに身に着けた迷彩色の服装が、相乗効果を与えている。 彼がWED教官であるジェフリー=レイだ。
 大股でホワイトボードがある教壇まで歩み寄ると、ジェフリーはじろりと室内を見回した。
「今日から三日間、災害救助を中心とした特殊訓練を開始する! 昨年に続いてニューヨークレスキュー・セルフィ=アルバレット、国際救助隊・仁村知佳にも御出で願った! 昨年以上に訓練に励んでもらいたい!」
 毎年これが訓練の開始合図となる。
 ジェフリーの号令とも言える合図に、知佳は周囲のAGPO隊員の雰囲気が本番さながらの緊迫したものに変化していくのを感じた。
 と、普段であればここですぐにカリキュラムに従って各自所定の場所で準備となるのだが、ジェフリーは移動の指示を出さずに再度室内を見回した。
「で、だ。実はもう一人、今回特別に参加する奴がいる。おい! 入って来い!」
 ざわめく隊員と知佳、セルフィを無視し、ジェフリーは入り口に居る人物に手で招き寄せた。途端に静まり返って手の先に集中した。
 そしてタイミングを計ったように、人物は姿を見せた。
「彼はICPO国際刑事警察機構から災害時の動き方を学ぶために来た、ICPO特殊災害・テロ対策室の藤田五郎だ」
 学生服のような顎までぴったりと締めた服に、オールバックの短髪。そして人の良い糸目ながら柔和なカーブを描いている。
 しかし、全員の瞳は彼の腰にに注がれていた。欧米だけではなく日本ですら見かけなくなった刀に。
「ICPOから派遣されました藤田五郎です。三日間という短い期間ですが、よろしくお願いします」
 日本人気質の几帳面なお辞儀をし、藤田は微笑を浮かべた。
「隊長、質問宜しいですか?」
「なんだ、アレフ」
「何故、彼は日本刀を持っているのですか?」
「聞かれると思っていたが、特殊災害・テロ対策室と言うのは今年できたばかりの部署で、そこには流れ弾による死も排除するために、飛び道具の一切を使用しないセクションらしい」
「自分は特別な許可を頂いて、日本刀の帯刀を許可して頂いています」
 テロと銘打ってはいるが、実際は世界規模異常気象による災害に中心を置く部署なので、飛び道具。特に銃器の使用は完全にテロと結論をだしていなければ使用許可すら降りる事も無い。従って藤田だけではなく、全ての人員が接近戦を重視した装備を終日する許可が下りているのだ。
「とにかく! 藤田を含めてこのメンバーで三日間を乗り切る! 心してかかれ! 五分後にA班は屋内災害、B班は屋外災害研修場に集合! 解散!」
 号令と共に一斉にAGPO隊員は退室していく。一秒でも遅れたらどんな罰が待っているのかわからない。それがジェフリーのやり方だと知っているからだ。
「知佳ちゃん、あたし達も早く行こう」
「うん」
 必要なファイルを手に持ち、互いに班割を確認する。
「あ、私はA班だ」
「こっちはBか。別々になっちゃったね」
「仕方ないよ。それより、早くしないと罰ゲームが待ってるよ」
「あはは。ゲームじゃないけどね」
 そんな苦笑いを浮かべた時、知佳は自分に向けられた視線を感じ、きょろきょろと周囲を見回した。
「どしたの?」
「え? ううん、何でも無い」
 気のせい……だよね。
 そうして知佳は急かすセルフィに着いて行き、視線を忘れてしまった。

「あれがTE-01エンジェルブレスか」
「あまりHGSのコードで呼ぶな。彼女は仁村知佳だ」
「わかってるさ。だがCSSに近付くには彼女とセルフィ=アルバレットを利用するのが一番なんでな」
「……相変らずだな」
「目的のために手段を選ばない。それが俺だ」
「あまり研修中に派手に動くなよ? 実質、今のおまえは単なるゲストだ」
「ああ。こっちに協力してくれる分には感謝するさ」
「ヤレヤレ。ま、事が起きるまでは研修生として扱うからな。そのつもりでいろ」
「ええ、わかってますよ。ジェフリー教官」
「たっく。そんな嘘臭い笑顔ばっかり上手くなりやがって」
「では、自分はこれで」
「待て。自分の班はわかってるのか?」
「ふん。今日は仁村知佳につく。明日はセルフィ=アルバレットだ」
「っとにわがままだな。わかった。事情が事情だ。手配しておこう」
「頼む」
 そうして廊下を歩いていく背中を見送り、ジェフリーは小さく嘆息した。



やっぱり彼だったか。
美姫 「しかし、CSSに近づくって」
うーん。前回から考えるに、CSSに再び危害を加えようとしている者がいるって事だろうね。
美姫 「多分そうでしょうね。益々目が離せない展開へとなっていく無想剣客浪漫譚」
一体、どうなるのか!
美姫 「次回も楽しみ〜」
ではでは。



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