『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XV・拝啓、お姉ちゃん

 拝啓、仁村真雪様。
 お元気でしょうか?
 私、仁村知佳は現在イギリスに来ています。
 何故って昨年に続いてニューヨークレスキューとAGPO特殊部隊「WED」のジェフリー=レイさんの要望で特殊災害訓練に来たのです。
 ジェフリーさんはシェリーの上司に当たるクレア=ハートウッドさんの叔父さんらしくて、また今年も参加して欲しいと室長とシェリーに打診があったらしくて、五月のイギリス出張と相成ったんだけど……。
 そこでちょっと変な事が起きちゃった。

    ◇            ◇

「シェリー!」
「あ、知佳ー!」
 半年ぶりの再会に、知佳はモスグリーンの制服を違和感なく着こなし、耳横からピンと左右一本ずつ触覚を生やし、腰近くまである長いストレートヘアをリズミカルに揺らして、待ち合わせ相手のセルフィ=アルバレットに駆け寄った。
「久しぶり〜。元気だった?」
 と、黒い制服に黄色の腕章をつけたフィリスと瓜二つのセルフィは、まるで小学生のように跳ね回って再会を体で示した。
「もちろん! また一緒に研修できて嬉しいよ」
「あたしだって。それに今年は有給も合わせて来たから、フィアッセと一緒に一週間のロンドン観光よ」
「いいなぁ。エヴァン室長、使っていい有給は一回につき二日までだって」
「あらら。まぁ、それでも五日間だし、ゆっくりしようか」
「そうね」
 二人はキャリーバックを引きながら、久しぶりに会える友人の元へ行くためにタクシーを捕まえた。

 近代と中世がバランスよく混ざり合うロンドン市外を抜けて、彼女等を乗せたタクシーは郊外に建つ歴史ある建物を目指していた。次第に住宅は少なくなり、途中からは春の花が咲き誇る花畑の真中を通る街道を走った。
 知佳は窓を開けて、流れる風の中を感じた。
 髪を抑えながらも感じられる春の息吹に、どこか懐かしい海鳴を思い出す。常に暖かな家。人。そして町。何処にいても春のような心から安らげる心地良さを兼ね備えた今でも心から宣言できる居場所にしばし心を馳せた。
「お二人さん、そろそろ着くよ」
 そんな一時も終わり、いよいよ親友に会える時が来た。
 大きな両開きの木製の扉の前で降りた二人は、去っていくタクシーを見送って建物内に入った。
「いらっしゃい。知佳さん、セルフィさん」
「あ、イリア!」
 そこには宮殿のように天井の高い廊下に、透き通る金髪をアップにし、冷静な印象を与えるスーツ姿の女性が、笑顔で出迎えていた。
 彼女――イリア=ライソンは普段は滅多に見せない笑顔を称えたまま、懐かしい二人の元気な姿に幾度となく頷いた。
「元気そうですね」
「イリアさんこそ」
「そうそう。相変らずあたしを愛称で呼ばないんだから」
「フフ。こちらで校長がお待ちしてます。どうぞ」
 案内されるまま二人はイリアの後ろを着いて行く。
 建物内はシンと静まり返り、物音一つしない。
「今、授業中ですか?」
「ええ。年少組も増えましたし、アイリーンやマリーが時々手伝ってくれますので」
 若き天才という呼び方をされるシンガーソングライター・アイリーン=ノアと同じく母なる舞姫と言われるマリー・シエラが、時折ここで授業を行ってくれているため、かなりイリアの負担が減ったらしい。
 少々疲労気味に溜息をつく、苦労性のイリアに知佳とセルフィは顔を見合わせた。
「でもそれじゃフィアッセも授業中?」
「いえ今は書類整理をしています。昨日、エレンと一緒にゆうひが来てくれましたから」 愛しき人魚・エレン=コナーズと知佳とさざなみ寮で一つ屋根の下で暮らした事もある天使の歌声椎名ゆうひの名前が出て、知佳が驚いた。
「え? ゆうひちゃん来てるんですか?」
「まさか……教壇に立っているんじゃ……?」
「もう六年も世界をまたに駆けていて、英語が殆ど出来ない人を立たせるほど、危険な賭けはできません」
 さすがにイリアはゆうひの事を心得ているようである。
 そんな話をしながら、三人は一番奥にある扉の前に立った。
 イリアが数度ノックし、扉を開けた。
「知佳! シェリー!」
「フィアッセ!」
「フィアッセ〜! 久しぶり〜」
「ようこそ! クリステラ・ソング・スクールへ!」

 クリステラ・ソング・スクール。通称CSS。
 世紀の歌姫と言われたティオレ=クリステラが設立した少数精鋭で行われる次世代の歌手を育成する音楽専門学校だ。
 昨年の春にティオレ=クリステラは亡くなったが、彼女が生涯持っていた思いは確実に生徒に受け継がれ、現在のCSS校長で娘でもあるフィアッセ=クリステラが更なる思いと歌を紡ぐために指導している。
 先に出てきたアイリーン、マリー、エレン、ゆうひは四人ともティオレから認められた歌手であり、直接指導を受けた最後の生徒と言っても過言ではない。
 知佳はゆうひとの関係で、セルフィは更に高町家との関係でフィアッセとは親しい仲となっており、教頭であるイリアも彼女等の訪問は楽しみの一つとなっていた。
 校長席で書類の整理をしていたフィアッセは、イリアの後ろにいる二人を見て、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。すぐに歩み寄ろうとして机に躓いてしまったが、何とか彼女は照れ隠しに頭を掻きながら知佳とセルフィの手を握り締めた。
「元気だった? 怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ。大きな戦争も災害もなかったから」
「あたしも。フィアッセこそ、全然メールくれないんだもん。失敗してたんだよ」
「ゴメンゴメン。イリアがメール打つ暇もくれなくて……」
「私の所為にしないでください。校長が抜け出さなければいいだけの事です」
「うう……。ちょっと息抜きに庭で歌っていただけじゃない」
「授業を忘れて歌っているのを息抜きとは言いません。全くそういうところは前校長に似てしまって……」
 またまた苦労を感じさせる溜息に、フィアッセは視線を逸らすだけだった。
 イリアはお茶の準備に一度退室し、三人は来客用の高級ソファに腰を卸した。
 元々馴れているセルフィはいいのだが、根っからの庶民派である知佳は想像以上の沈み具合に、わたわたと手を振って態勢を整えた。
「知佳、何遊んでるの」
「う〜……遊んでないよ」
 まるで変わらず頬を膨らませる知佳に、フィアッセがころころと笑った。
「そういえば、今年は有給を合わせたんだって?」
「あ、うん。クレアに思いっきり嫌味言われたけど、研修レポート二倍とフィアッセのサインで大人しくさせた」
「シェリー……。本人に無断で勝手な……」
「アハハハハハ。それくらい別にいいよ。知佳にも書く?」
「わ、私は室長にちゃんと! 正式に! もらってきたから大丈夫」
「なぁんか棘を感じるけど、とりあえずあたしも知佳も研修終わったらまた戻ってくるわ」
「うん! その時はエリスも呼んで騒いじゃおう!」
 マクガーレン・セキュリティサービスに所属しているプロのボディガードでフィアッセや高町兄妹の幼馴染であるエリス=マクガーレンを思い出し、フィアッセはそれはいい考えだ! と、満面の笑みを浮かべた。
「……フィアッセってだんだんティオレさんに似てくるね」
「あ、あははははは」
 こうして、短いようで長くなる知佳のロンドン研修が始まった。

「な、なんでばれたんだ!」
 一昔前の映画に出てきそうな典型的なマフィアの服装をした男が、サングラスが胸ポケットから落ちるのも気にせずデスクで頭を抱えている部下に叫び声同然に噛みついた。
「わかる訳ないでしょう! お、俺は死にたくない!」
 部下も混乱しているのか、最後は悲鳴混じりだ。
 荒れ果てたビルの一室で、男達はただ悲壮感に暮れていた。
 最初はただ唐突に届いたファックスだった。
 内容は世界的歌手CSSの現在ロンドンに集まっているメンバー全員の誘拐。しかしフィアッセ=クリステラ一人ですら、WEDとマクガーレン・セキュリティサービス、そして民間のSPの手によって失敗に終わり、政界にもパイプのある人物が逮捕された。
 それ以来、裏の世界ではCSSに手を出す事は禁忌に近いものとなり、誰も手出ししないようになった。もちろん、三年前の龍が壊滅したのが発端ではあるが、トドメはこの事件でついた。
 だがファックスはそんな禁忌の内容であり、受け取った男達のグループは何故自分たちの手元にこんなものが送られてきたのか? と、首を捻った。
 しかし、ファックスに記載されていた内容を読み進めて行くうちに、計画の錬度が高く、実行に移すべきだと部下の声が高まったため、計画は後一歩のところまで準備を進めていたのだ。
「どうして! どうして漏れたんだ! それに、あの男は!」
 口を開けば出てくるのは悲鳴と愚痴だけだ。
 最終準備のために襲撃場所のチェックをしにグループ全員で市外に出ていたのだが、三十分置きにいれる手筈になっている連絡が途切れた。最初は一つ。そして二つと数は増えていき、男二人は急いで人数を集めるために決めていた集合場所に着いた時、そこには血塗れになって蛋白質の塊となった仲間達と、血溜まりの中心で煙草を吸っている狼のような男が一人立っていた。
 その後、どうやってグループの溜まり場まで戻ってきたのか覚えていない。
 気がつけば部下が一人しか残っていなかった。
「と、とにかく、俺はこの件から手を引く! 二度とクリステラ何かに関るもんか!」
「お、俺だって同じです! はやく逃げましょう」
 金と大まかな荷物だけを持ち、部下は頭を抱えている男に叫んだ。
 男もそれには賛成なので、すぐにパスポートや貴重品をまとめた。
「それじゃ行くぞ」
「は、はい!」
 一刻の猶予もない。
 バレていないだろうが、あの男の顔は二度と見たくない一心で、二人はドアを開けて……。
 地獄が口を開いた。
 扉を開けた男の顔が突如廊下から突き出した刃が刺さり、首から下を引き千切られ、頭が串刺しの状態となった。
 強引に繊維を引き千切られた血管は体液を吐き出しながら部下の体を濡らしていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 部下は目の前から消えた男の頭を探し、刃に串刺しになった頭を目撃し、更に絶叫を上げた。そこに首を刺したまま刃が部下の太股を貫通した。
「げ、げひぃぃぃぃ!」
 穴と言う穴から体液を垂れ流し、ズボンの股間部に黒いシミを滲ませる部下の前に、冷酷の中に氷を持つ鋭い瞳を持ったオールバックの男が火のついた煙草を咥えながら室内に踏み入った。血で輝きを失った刃は日本刀であり、男はどこか学生服を思わせるような喉元までしっかりとしまる紺色の長袖の服を着ている。
「言った筈だ。逃がさんと」
「ま、待って……! お、お、お、お願いだから殺さないで……」
 すでに体裁などない。
 ただあるのはこのままだと間違いなく殺されるという本能が発する警鐘だけだ。
 オールバックの男は、煙草を中指と薬指で挟み、大きく煙を吸いこんだ。そして考えるように瞳を閉じると、吐き出す煙と共に開いた。
「ダメだ」
 そして判決が下された。
「お、お願いだぁ! し、死にたく……」
「俺はある信念に基いて動いている」
 懇願して、体を必死にオールバックの男から離そうとする部下に、まるで関係ない言葉を口にした。
 部下は一瞬何を言っているのか理解できずに呆けたようにオールバックの男を見上げた。
「悪は即座に斬り捨てる。即ち、悪・即・斬」
 それはつまり――。
「おまえは悪だ」
 部下の死を意味した。



最後のオールバックの男。
美姫 「そして、日本刀に煙草」
そして、悪・即・斬と来れば…。
美姫 「彼の登場ね」
いやー。てっきり次はお庭番辺りが出てくるかな〜、とか思ってたんだけど」
美姫 「はずれね」
あははは。とりあえず、最後に出てきた人物が本当に彼なのか確かめなければ。
美姫 「そうね。親切に、こうなる事を予想して次の話も送ってきてくれてるし」
おおー!ありがたや〜。
では、早速。



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