『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XII・袖擦り合うも多少の縁?

「あ、あの、ここは病室ですから穏便に……」
 などと止めてみるも、夕凪の怒りの矛先が収まる事はなく、お土産をベットの上に落とすや否や、両手で剣心を持ち上げた。
「昨日あれだけ誤解だって言ってたから、まぁ変な奴だけど。なんて思ってたら今度は入院? しかも一度鷹城先生に一緒にいるところ見られたからさ、また呼ばれて『あ〜、相良さん、何か緋村君が入院しちゃったみたいなんだ。だからお見舞いよろしくね〜』なんて語尾に音符をつけそうな勢いで言われたんだよ? 更になにさ! 寮に帰ったら那美さんがアンタの事を知ってるし、那美さんの友達も知ってるし! 何? アンタはマダムキラーか! いや、年増が好きなのは人の趣味だし気にしないけど、それならそれであたしじゃなくて先生を指名してよ! おかげで教室から出てくる時のみんなの目が……。あ〜! ムカツク! そう言えば入学式の時も結局あたしがアンタを背負って入場したんだよ! 変な中年オヤジに指差されて笑われたのも、朝方寝坊したのも、財布忘れたのも全部アンタのせいだ〜!」
 全くもって後半は八つ辺りである。
 一息で言い切った夕凪は、猫が威嚇するようにフーフーと肩で呼吸をしながら、剣心をガクガクと前後に揺すり続ける。
「ちょっと聞いてるの!」
「いや、聞こえないと思うんだが……」
 彼女の迫力に絶句していた恭也がようやく搾り出した一言に、夕凪ははっと手にした物体の様子を初めて凝視した。
 完全に白目を剥いて、口から泡を吐きながら失神している剣心を間近で見つめ、キャアアァ! と外見から想像できない可愛らしい悲鳴を上げながら手を離し、支えのなくなった剣心は床すれすれで何とかフィリスに受け止められた。

「……本気で死ぬかと思った……」
 ちょっと首元に青痣を残しながらフィリスに、背中を擦られている剣心は時折咳き込みながら、窓際で我関せずを決め込んでいる夕凪の背に剣心の尖った視線が刺さる。
「まぁ……身から出た錆びと言う事で」
「明らかに不満はあるが、話の一部は俺の責任というのは認めるから、これ以上追求する事は止めておくが……首の痣に関しては者座が欲しいところだ」
「う……」
 呻いて肩を動かすのは、多少なりとも責任を感じているようだ。
 とりあえずこれ以上藪を突つく事だけは避けようと無意味に牽制しあっている二人を見比べて、無表情で成り行きを恭也ともう何がなにやらわからなくなっているフィリスに剣心が説明をする。
「え〜、まぁ、同じ風校のクラスメイトの相楽夕凪って言う、今見た通り乱暴と暴力の塊を三倍にしたような……いえ、なんでもありません」
「たった二日した会ってないのにそこまで言われる筋合いは……」
 突如背後に感じた殺気に、即座に無抵抗を示すために諸手を上げる剣心を恭也とフィリスが楽しそうに笑った。
「それで、那美さんというのは神咲那美さんですか?」
 恭也から聞かれた質問に夕凪が少しだけ瞳に警戒を強めた。
「そうですけど……どちらさまです?」
「あ、失礼。自分は高町恭也と言います。那美さんは自分と妹の友人です」
「高町……ああ、一昨日来ていた」
「そう言えば用事があって伺ったと言ってたな」
 おかげで一日セーラー服を着ると言う罰ゲームを受ける羽目になった妹を思うと、溜息が出てしまう。
 しかしそれは夕凪も同じ気持ちだったのか、どこか遠いところを見るように視線を動かして、がっくりと肩を落とした。
「でもそうなるとフィリス先生の後輩になりますね」
 何気なく呟いて、恭也はフィリスに顔を向けると少し照れたように、それでいて嬉しそうに頷いた。
「え? そうなんですか?」
「はい。養父の家に行くまで数ヶ月ですけどね」
 フィリスは三人姉妹である。余り大きな声で言えない理由があって、それぞれ別れ別れになった。だが例え別れていても絆は全く衰えない。いや、衰える筈もないのだ。それだけ深くそして様々な体験をしてきた。
 余談だが、リスティ=槙原は彼女の姉になる。
 しかし胸のサイズまで似ずに、毎夜努力するフィリスであった。
「あ、そういえばリスティさんに似てる」
「姉なんですよ。あれでも……」
「あ、あ〜……、そうですか」
 どうやらすでに心当たりがあるのか、たらりと一筋の汗を流した。
 一昨日の歓迎会と称して行われた宴会で、真雪の次に大騒ぎをしていたリスティが頭を過る。
「と、とにかく! 元気そうで安心したわ」
 話についていけずにぼけ〜っとしていた剣心は、引きつった笑みを浮かべて背中を力の限り叩いてくる夕凪に負けて、少々咽た咳をする。
「少し力の加減しろって……」
「気にしない! 折角来てくれた美人なお姉様に感謝してほしいわ」
「美人?」
「何?」
「お姉様?」
「…………」
「感謝……ってお願いですから無言で指関節を鳴らさないで下さい」
 条件反射の如く指を鳴らす夕凪に心の底から頭を下げる様子に、何度目かの苦笑を浮かべて仲の良いクラスメイト二人を見守っていると、またドアがノックされる音が聞こえた。「どうぞ」
 今度は恭也が返事をする。
 再度軽い滑車が回り、今度は落ち付いた茶色を基本にしたロングスカートとジャケットを着た女性が入室してきた。
「あ、那美さん」
「こんにちわ〜」
「失礼します」
「薫さんまで」
 続いて珍しくスーツスカート姿の薫も入ってきた。
 那美の手にはお見舞いの品であろう小型のバケット、薫の手には竹刀袋が握られている。「いらっしゃい」
「いえいえ、昨日はあまりお役に立てませんでしたから」
 思ったより元気な恭也の様子に、嬉しそうに笑顔を振りまきながら、フィリスとはベットを挟んで反対の椅子に腰を下ろした。挨拶もそこそこに恭也の側に駆け寄った妹に苦笑しながら、薫はフィリスにしっかりと頭を下げた。
「お騒がせしてすいません」
「いえ、心配されるお気持ちはわかりますから」
 勧められてフィリスの隣に座る薫に、夕凪と剣心が頭を下げた。
「昨日は助かりました」
「ああ、君か。怪我の方はどうだ?」
「ええ、退院は日曜日にはできそうです」
 まだ固いところはあるものの、親しげに話を進める二人に、夕凪がぽかんを交互に視線を動かしていく。
「あの……知り合い?」
 顔を寄せて薫との事を聞く夕凪に、剣心は頷いた。
「ん? ああ、怪我した時に助けてくれたんだ」
「確か高町さんと協力して通り魔を捕まえたってやつ?」
 学校の届は小鳥がやってくれる手筈になっており、どんな事情を説明したのかわからなかったが、とりあえず肯定しておくに限ると考えて、無言で首を縦に振っておく。
「そ、そう。で、その時に助けてくれたのが仕事帰りの神咲……」
「薫でよかよ。那美もいるから」
「あ、ども。え〜っとそれで薫さんが助けてくれたんだ」
 嘘は言ってない。脚色はしたが。もちろんバレたらさっきの例があるので恐くてとてもではないが語れない。
「ふ〜ん。情けないね」
「ほっとけ!」
「夕凪ちゃんと緋村君は知り合い?」
「クラスメイトだそうですよ」
「あ、じゃあ、昨日話してた変なクラスメイトって……」
「わぁ! 薫さん! ストップ!」
「……おまえ、一体何を言ったんだ?」
 思わずジト目になる剣心に、そっぽを向く夕凪のやり取りに見ていた四人は声を上げて笑い、一頻り笑い終えると、急に薫が真面目な目付きになった。
「さて、少し時間をもらう事になるけど、昨日の事を詳しく聞かせてもらえるかな?」



投稿ありがと〜。
美姫 「一気に3話も」
ありがたやー、ありがたやー。
美姫 「誰かさんもこのペースで書いてくれたら、私も楽なんだけどな〜」
誰の事だろうな、それは。
美姫 「あのね〜」
おっと、後2話あるから、早速読むか。
美姫 「あ、こら、私も読むってば」



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