『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
Y・さざなみ寮の人々
今日も一本の山道を大型バイクが中腹目指して走っていた。海鳴に来て三代目となるSUZUKI・GSX1400のスロットルを更に絞って、槙原耕介は山と海の二種類の風を楽しんでいた。特に夕方の風はいい。ひんやりとしていて、且、どこか儚げな心地で全身を包んでくれる。
しかし、前方に見えてきた建物に、耕介は残念そうに息をついた。
「また明日、だな」
語尾が言い終わると同時に建物の駐車スペースに止まったバイクから下りると、リアバックから本日の夕食用の材料を取りだし、台所に近い裏口へ向かった。
「あら、耕介様」
耕介の足音を聞き、裏口の前にしゃがんでいた十六夜は立ち上がると笑顔で会釈した。
少し変形させた白と青の神主衣のような服装と、和紙のリボンでポニーテールにされた金髪に夕日が反射して、薄らと慎ましげな虹を作っている。
「十六夜さん、ただいま。何してたの?」
「ええ。少しこちらの花を観賞しておりました」
すっと体を動かして、足元に咲く小さな花を耕介に見せた。
「シロツメクサですか」
「はい。昔、薫や那美、北斗や和真にも花輪を良く作ったものだと思い出しまして」
「春ですもんね。あ、すいませんけどドア開けてもらえます?」
「ええ。少々お待ち下さい」
十六夜はすっと何気なく鍵のかかった裏口の扉の向こうへ通りぬけると、すぐにかちゃんと鍵の外れる音が聞こえた。
「すいません。ありがとうございます」
「いえいえ」
中から開けられたアルミサッシの扉を潜り、耕介はとたとたとフローリングの床を歩いて台所に入る。
「あ、そういえば薫はどうしました?」
冷蔵庫に食材を分け入れながら、ふわふわと入ってきた十六夜に主の所在を聞いてみる。
「薫なら那美を連れて八束神社へ行きました」
八束神社とはここから道路を歩いて三十分程かかる西町にある神社だ。しかし、森の中を直進すると三分の一程で神社まで出る事が出来る。
那美とその姉である神咲薫は巫女のアルバイトをしていた経緯があるので、神主に挨拶に行ったのだろうと心の中で結論つけた。
「美緒と真雪さんは?」
「美緒様はお友達とツーリングに。真雪様はまだお休みしている筈です」
ここの古株である陣内美緒は、高校の頃から耕介の二代目・BMWを改造してはツーリングに出かけるという事を繰り返している。何度か午前様になったところを、ここの持ち主であり、耕介の従姉妹でもある槙原愛と最古参の一人仁村真雪に見つかり、こってりと絞られたのだが、懲りることなく今も夜な夜な抜け出しているのを耕介も身に覚えるがあるため、苦笑しつつも黙っていた。
「まぁ、美緒は飯時になれば一度戻ってくるか。しっかし、真雪さんは専業になってからますます昼夜逆転生活だな。まだ大学五年生してた時の方がリズムが良かったよ」
「ですが久しぶりにお会いしました真雪様は何も変わっておらず、私も安心しました」
十六夜と薫はすでに五年前にここを出ていた。
しかし、元々家族のような付き合いをモットーとしているここでは、卒業生が時折帰ってくる。今日も薫は妹の那美の様子を兼ねて、遊びに来てた。
「……変わらない、か。いい事だよな」
「はい」
独り言に返事が返って来て、耕介は苦笑を浮かべた。
「さて、これから夕飯の準備するので、十六夜さんは……」
「ただいま〜」
ゆっくりしてて下さい。
そう繋げようとした耕介の台詞は、玄関から響いてきた元気のいい声に中断した。
「すいません、新人さんなんで、那美の部屋に行っててもらえますか?」
「そうですね。ではまた……」
そう言うと、十六夜はふわりと宙に浮かび、そのまま天井を抜けていく。そして丁度つま先が消えると同時に、帰宅者はダイニングへ姿を見せた。
「ただいま、耕介さん」
「おかえり、夕凪ちゃん。おやつは冷蔵庫に入ってるよ」
「お〜。メニューは何ですか?」
「プリン。ノーマル、ゴマ、パンプキンの三種類。好きなの食べてね」
「ん〜……悩むなぁ……」
これが海鳴市にある女子寮、さざなみ寮の平凡な一コマである。
「そういえば、入学式だけっていうのに、帰り遅かったね」
ダイニングのテーブルで着替えもせずにゴマプリンにスプーンを突き刺している夕凪に、本日のメニューのメキシコ風ピリ辛サラダの下拵えをしている耕介が聞いてきた。
「ええ。ちょっと変なクラスメイトと一緒にクラブ見学してて」
「ああ、なるほど」
風芽丘学園のOGで剣道部に所属していた薫が、毎年演舞を行っていたのを思い出す。
「でも変なクラスメイトって?」
「聞いてくださいよ〜!」
余程何か溜まっているのか、スプーンを咥えたまま対面式キッチンのテーブルから身を乗り出した。迂闊にも、材料の混ぜ合わせで下を向いていた耕介は突然眼前に現れた夕凪に背後の調理台まで飛び下がった。
「な、何?」
まだドキドキと鼓動を打っている心臓を抑えながら、とりあえず聞いてみる。
「実はクラス発表の掲示板で……」
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
と、そこへ更に二人分の声が聞こえた。
すぐに楽しげに笑い合いながら、ようやくセーラー服から開放された那美と、青く見えるロングヘアーに紺色のタンクトップの上にスカイブルーのジャケット、そしてジーンズという姿の薫がリビングへ入ってきた。
「お帰り」
「お帰りなさい」
「あ、耕介さん。ただいま戻りました」
「あれ? 夕凪ちゃん、まだ制服?」
「うん。今帰って来て……って二人も聞いてくださいよ〜」
またもや瞬間移動の如く詰め寄る夕凪に、思わず冷や汗を垂らしつつ頷く二人であった。
「で、入学式まで何がショックだったのか起動しなかったから、先生命令で仕方なくあたしが背負って入場」
「あ、あはははは……それは災難……」
見ると耕介も薫も何と言っていいのかわからずに、ただ愛想笑いを浮かべている。
「でも鷹城って瞳の後輩の子だろ? 確か海鳴中の先生じゃなかったっけ?」
「何でも鷹城の持っている教員免許は高校用のもので、中学にも適用できるタイプだったみたいです。それで学校の方針で、ゆくゆくは単位取得型にして中学、高校の隔てをなくしたいらしいです。で、まず手始めとして、教員でどちらにも立てる人には高等部や中等部関係なく担任になるようです」
「なんかアメリカみたいだね」
「飛び級制度はまだ日本じゃ無理だけど、興味のある勉強できるのはいい事だな」
アルミ包み焼きシチューハンバーグのタネ作りをしながら、耕介も感想を洩らした。確かに一般教養以外は単位制を適用している欧米諸国では自分の進むべき道を選べるシステムになっており、努力さえ行えば小学校卒業までに博士号を取得する事も可能なのだ。
「俺の時はひたすらつまらない授業ばかりだったなぁ」
「……耕介さんに得意な科目あったとですか?」
「…………」
わざとらしく視線を逸らして、ハンバーグタネの形を整える姿に、薫が嘆息した。
「でも、初日から楽しいお友達出来て良かったね」
「よかないです。何であんな恥ずかしい思いを、夢と希望が満ち溢れる高校初日でしなきゃならんのか全く理解できないですよ」
中でも指差して大笑いしながら、写真だけではなくビデオまで使って撮っていた、黙っていれば精悍なオジサマで通る中年を思い出し、半分近く残っているプリンを一口で飲み込んだ。
「で、でも、鷹城先生に相談したら保健室とか……」
「その鷹城先生の命令です!」
もはやかける言葉もない。
「あ、そういえば何て名前の人?」
夕凪の話には「あいつ」とか「変なの」とか名前が出てきてない。
那美にとって、話しの矛先を変えようと必死に口にした言葉だが、如何せん火に油を注いでしまった。途端に怒りの形相に変わる夕凪を見て顔に漫画の表現で言えば縦線をいれた様に青くなる。
しかし夕凪も恥ずかしさが表立っただけで、それほど怒っている訳ではないのだろう。すぐに小さく息をつくと、後頭部を掻きながら、クラスメイトの顔を思い浮かべる。
「えっと、緋村剣心って奴。男の癖にあたしより背が低いし、地毛だろうけど赤毛で髪の長い奴」
「まるで夕凪ちゃんの正反対……いや、なんでもないです」
危うく地雷を踏みかけ、首を引っ込める耕介に、姉妹共々溜息をついて、ふと那美は緋村剣心という名前にひっかかりを覚えた。
「あれ? 緋村剣心?」
「どうした那美?」
「ん〜……どっかで聞いたような……」
しばし首を捻る。しかし一向に浮かんでこない答えに、思わず知恵熱を発しそうになった那美に、救いの手が伸ばされた。
「昨日引っ越してきたばかりの外部生だって」
昨日引越し?
夕凪の言葉に、ようやく頭に花が咲いたように答えが飛び出た。
「思い出した。その人、昨日不良の人に絡まれちゃった時に助けてくれた人だ」
だがしかし、その一言は剣心の話題から反れるだけではなく、薫と耕介から事のあらましを聞き出されると言う地獄へ突入したのだった。
(きょろきょろ)
えっと、投稿ありがとうございます〜。
美姫 「ありがとう〜」
うぎゃー!出たー!
美姫 「何よ、人をお化けみたいに」
…………えっと、美姫?
美姫 「だから何よ!」
お、お、おおおおおおおお!
いつも通りの美姫だ!(ガシ)
美姫 「ちょっ、何よ。お、落ち着きなさい。って言うか、いきなり抱きつくな!」
うぅー。この反応だよ。あー、やっぱり美姫はこうでないと…。
美姫 「何気にムカツク発言をされているような」
そんな事はないぞー。嬉しさのあまり、もう涙が出るほどだ。
美姫 「それは良いから、いい加減離して欲しいんだけど」
おっと、悪い悪い。いやー、しかしこの間はビックリしたぞ。
美姫 「まあ、あれに懲りたら、無闇な事は口にしない事ね」
うぅー。俺が悪いみたいだな。
美姫 「何か文句でも?」
いえ、何にもありませんよ。
美姫 「さて、今回は舞台をさざなみに移してのお話だったわね」
だな。一本一本の糸が出会い、次第に絡み合っていく。
さて、次はどんな糸が紡がれるのでしょうか。
美姫 「次回を楽しみにしつつ、今回はこの辺で」
さようなら〜。