『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
X・影に蠢く者
「ああ、名前は緋村剣心。東京出身。現在風芽丘学園の新一年生。僕の後輩だね。現在は親戚の伝で野々村栄治宅に居候中。……え? そうだよ。マンションでWINDHILLSって名前だ」
トントンと机の上の書類をボールペンの背でリズムを打ちながら、リスティ=槙原は広げられた資料を再度読み直した。
身長の低さからどこか子供っぽさを感じさせるが、切れ長の瞳と西欧人特有の肌の白さが、独特の色気を醸し出している。
今日は妹であるフィリス=矢沢から借りた薄い水色をしたパンツスーツ姿をしている。 受話器を右手から左手に持ち替え、リスティは目にかかった銀色のショートカットをかきあげて、椅子の背もたれに大して重くない全体重をかけた。
「でも何でこいつの事を? いや容疑事態は晴れてるし、すでに全ての確認も取り終えてるから問題ないんだけどね。でも恭也が気にしてるのをみると、まだ何か……ま、いいか。これは貸しにしておくよ。……ああ、楽しみにしてる。それじゃ」
受話器の向こうで通話が切れる電子音がし、リスティも電話を置いた。
胸のポケットから最近お気に入りのMALBORUという煙草を取り出すと、机の上に転がっていたライターで火をつけて一気に吸い込むと、ぽつりと呟いた。
「情報は本当だった。御神流に恨みを持つものか……。やれやれきな臭くなりそうだ」
同時刻。
世界最強にして非合法ギリギリの『法の守護者』香港特殊警防隊第四部隊隊長の御神美沙斗の元へ、一通の手紙が届けられていた。
鋭いイメージを持たせる雰囲気に、常に刃を連想させる瞳を珍しく丸くして、美沙斗は同じ警防隊の仲間である菟弓華から受け取っていた。
「美由希から?」
「ハイ。たまたま通りかかったら置いてあったので、持ってきました」
黒縁の眼鏡の奥に可愛らしさを残し、髪を左右のお団子にまとめた弓華は普段から変わらぬ微笑を浮かべながら、美沙斗の後ろに回りこむ。
「しかし珍しいな。普通なら電話してくるだろうに」
「美沙斗が忙しいから、時間がある時に読める手紙にしたのよ」
あの文学少女であればその可能性も否定できないな。
時間さえあれば本を読んでいる自分の娘を思い出しながら、母親の表情で手紙の表面を撫でて、机の引出しに入っているペーパーナイフで封を切った。
中には綺麗に折り畳まれたピンク色の便箋が一枚入っており、美沙斗はゆっくりと広げて、そして硬直した。後ろで見ていた弓華も同様に口を抑えて驚愕を浮かべている
「弓華」
「うん」
それだけで二人には十分だった。
恭也と同じく黒一色の服装に、殺気と怒りを滲ませながら、美沙斗は部屋を出ていった。
そんな出来事が起きているとは知らず、海鳴駅では一つの再会が行われていた。
「真く〜ん」
改札付近できょろきょろとしている男性を見つけて、小鳥は満面の笑顔で近づいていった。
男性はそんな小鳥を少し遅れて見つけると、同じく笑顔で駆け寄った。
「小鳥、久しぶり」
「うん。真くんも……なんか雰囲気変わったね」
そうか? と首を傾げて、相川真一郎は再度そうかもな。と、頷いた。
「かれこれ何年ぶりだ?」
「えっと四年……かな」
「そっか。待たせちゃったな」
「そんな事ないよ。でも、やっぱり寂しかった」
瞼には薄らと涙が溜まっていた。
少しだけ伸びた髪の下で困ったように目を動かして、年齢を重ねても女性と見間違えるような顔をした真一郎は、優しく婚約者の頭に手を乗せた。
「ただいま。小鳥」
「……おかえりなさい」
これが彼女の最後の堰を崩した。
小鳥はブローされた髪が乱れるのも構わず、愛しい真一郎の胸に飛び込んだ。
高校卒業後、真一郎はパティシエになるべく専門学校で勉強し、その時知り合った講師の推薦でフランスヘ留学した。その後一旦は帰国したのだが、再度フランスからお声がかかった。
フランスのパティシエコンクールで金賞を受賞した経歴もある有名な人物からのお呼びに、真一郎だけでなく小鳥や唯子も大いに喜んだが、一つだけ問題があった。
それが小鳥である。
最初の留学の後、真一郎と小鳥は長年の思いを実らせて結婚する予定だった。元々真一郎の我侭で留学後まで待たせたので、これ以上は待たせられないと、断ろうとした時、小鳥がこう言った。
『いいの? 真君の目標にしてる人でしょ? 私は大丈夫。今までだって待ってたんだもん。もう少し……待ってるられるよ』
こうして真一郎は改めて留学を決意し、ようやく長かった留学から帰国した。
「そういや唯子は?」
いつもなら何も言わなくても煩くしているもう一人の幼馴染の姿がない事に気付き、真一郎は珍しく周囲の目も気にせず、まだ自分を抱きしめている小鳥に聞いてみた。
「唯子は今日は学校。入学式なんだって。剣君もそうだし」
「入学式か。そんな時期なんだなぁ……。ん? 剣君?」
「そう。可愛いんだよ。昔の真君みたいで」
「……男?」
「うん。一緒に住んでるの」
「なぁ!」
「……もしかして気になるの?」
「そ、そんな事はない」
「ふふ。大丈夫だよ。お父さんのお友達から下宿探してるって子を預かっただけ」
「あ、な、なんだ」
その態度だけで十分に全てを物語っている真一郎だった。
二人はとりあえず落ちつける場所へ行こうと、駅を後にした。
「で、どこへ行く?」
「折角だし、ライバルの偵察はどうかな?」
「ライバル……? ああ、なるほど」
高校の頃は週に一度は通っていた喫茶店を思い出し、苦笑した。
確かに真一郎は海鳴に店を構えるつもりでいる。
だが、あの店をライバルと言い切っていいものかどうかは、どう考えても立場が違いすぎる。
「ま、帰って来たらあそこのシュークリームっていうのはありだな」
「でしょ?」
少し帰りが遠回りになるが、時間を差し引いても口に広がるクリームの魅惑には勝てず、結構乗り気で真一郎も小鳥に続いて、懐かしく思える道を踏みしめていく。海岸線から流れてくる潮風と脇を駆けて行く子供達の背に昔の自分が重なる。
そんな年になっちまったんだなぁ。
そんな何処か焦燥と邂逅を感じながら、前を行く小鳥の後ろをのんびりとついていく。 駅から海浜公園と平行している国道を進み、そのまま商店街へと入っていく。
少し店の種類が変わっている事に寂しさを感じながら、一軒の喫茶店へと到着した。
外観はヨーロッパの田舎町に建っていそうな煉瓦と木材、そしてシックな白の外壁をしている。建物の真中に緑色の扉があり、その上に同じ色で「翠屋」と温かみのある看板が扉をくぐる様々な人々を出迎えていた。
「いらっしゃいませ〜」
ちりんとカウベルの音が店内に響き、光の加減で紫に見える腰までのストレートヘアを乱さずにウエイトレスが二人を笑顔で出迎えた。
「あ、小鳥さんだ」
「忍ちゃん、お久しぶり」
時々八重歯の見える朗らかな笑顔の月村忍は、新しい客が友人とわかると、途端に営業スマイルから親しい者にしか見せない人懐っこい笑みに切り替えた。
「この間、オジさんが書いた店の記事、店長すっごく喜んでたよ」
「あ、あははははは……お父さん……」
身内贔屓な父親の豪快な笑いを思い出し、小さく溜息をついた。
そんな小鳥の後ろにいる真一郎に気付き、忍は上から顔を覗きこんだ。
「あれ? 相川さん?」
「そうだけど……、どこかで会ったっけ?」
「真君、月村忍ちゃん。さくらちゃんの……」
小鳥に言われて、高校時代に何度か遊びに行った一つ下の後輩を思い出す。かなり大きな一族で、唯子も含めて三人で伺った際に見たさくらの自宅の余りの大きさに絶句した記憶がある。物静かで本当に楽しい時はたんぽぽのように優しく微笑む印象が強い女の子だった。
「あ、姪っ子の」
そこまでさくらの事を思い出して、ようやく時々見かけた小さな女の子が居たのを思い出した。唯子に懐いていて、二人でゲームをして良く遊んでいた。
「正解!」
「でも翠屋で何してるんだ?」
「あたしはここのチーフウエイトレスなのだ」
黒のワンピースエプロンの胸元にある翠屋のロゴを突き出すように胸を張る忍に、小鳥もすごいよね〜。と、同意する。
あの小さかった子がチーフか。俺も年を取る訳だよなぁ。
何やらしみじみしてしまう真一郎であった。
「今ちょうど奥の席空いてるから座ってて」
「うん。ありがと」
窓際の奥の席を指差し、忍は水を取りに厨房へ入っていった。
残された二人は天井でフィンの回る落ちついた雰囲気の店内を移動し、窓際の席に腰を下ろした。
窓ガラスを挟んで柔らかくなった日差しに、店内に流れる一昔前の恋愛映画のサントラが、それぞれの席に座る人達の会話に彩りを与え、真一郎は長い旅路で溜まっていた疲れを一気に吐き出した。
「ごめんね。疲れてるのに誘っちゃって」
そんな真一郎の様子に、小鳥は申し訳なさそうに俯いた。
「大丈夫だよ。小鳥だって休みの中来てくれたんだ。悪いな」
「ううん。私は早く会いたかったから……」
頬を染める小鳥に、知らず知らず真一郎も優しく微笑んでいた。
「目標点Bに新しいターゲット接触。至急応援を請う」
そんな昼下がりの翠屋を双眼鏡で見つめる男の姿があった。
男は双眼鏡で厨房の桃子、フロアの忍にそれぞれ視線を向けながら、耳に当てたインカムか聞こえる指示に何度も頷いていた。
何やら怪しい人影が最後の方に出てきたけど……。
美姫 「そうですわね」
……。
えっと、美沙斗に届いた手紙も少し気になるな〜。
美姫 「ええ」
……。
こ、今回は真一郎と小鳥がメインだったね。
美姫 「仰られるとおりですわ」
……。
ど、どうしたんだ!お前。
一体、何を食べた!
美姫 「まあ、そんな大声を出されて。はしたのうございますわよ。
それに、何も特別な物など食してなどいませんが…」
……だぁーー!
お、お前、一体誰だ!美姫じゃないな。
美姫 「まあ、酷い。長い間一緒にやってきたというのに、そのように仰られるなんて……。
私、とても悲しいですわ…」
うがぁぁぁぁぁ!
ゆ、夢だー!幻聴だー!
美姫 「まあまあ。浩様、落ち着いてください」
ひ、浩様ー?
お、お前熱でもあるのか?
美姫 「きゃっ。そんないきなり額を触られるなんて…(ぽっ)」
………………………………(石化)
美姫 「如何なされましたか」
……あ、あははははは〜。
そうか、これは夢なんだ。俺はまだ寝ているんだな。
は、早く起きないと。えっと……。
と、とりあえず、夢の中で寝れば、現実に戻れるのかな?(ゴソゴソ)
美姫 「あら?お布団を出されてどうなさいましたの?
もしかして、何処かお体の具合でも…。まあ、それは大変ですわ。私が看病を致します故、ごゆっくりとお休みください」
……一体、何の真似だよう。新手の虐めか?
美姫 「まあ、酷いですわ。私はただ、浩様を心配して」
うぐぁぁー!余計、体調が悪くなるわー!
いい加減にやめい!
美姫 「きゃっ!お、お願い叩かないでください…」
ぐっ!ぬぬぬぬぅぅぅぅぅ。
うっ!そ、そんな潤んだ瞳で見上げてくるなー!
何だ、その澄み切った瞳は。いつもの闘争心を宿した瞳はどうしたんだ!
美姫 「そ、そんな事言われましても…(うるうる)」
う。だ、騙されるな俺。た、確かに可愛いかもしれんが、これはあの美姫だぞ。
きっと何か裏があるに決まっている…。
美姫 「ひ、酷い。シクシク」
ぐぬぬぬぬ!だぁーーーーー!
こ、今回はこの辺で!さらば!
ダダダダダダダッ!
美姫 「…………あー、疲れた。ふぅー。前回、淑やかにしろなんて言っておいて、これだもんね。
まあ、これに懲りて、二度とあんな事は言わないでしょう。ふふっ。
それじゃあ、また次回でね♪」