『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




V・ようやく入学式

 昨日は本当に疲れた。
 何が悲しくて二回も戦って、しかも警察に連れていかれなければならないのか? で、初日から下宿先の野々村親子に迷惑かけるし……。
 まぁ、栄治さんは心底笑ってたし、小鳥さんは「うわぁ! これ本物の日本刀? ね、ね、見せて!」などと妙に興奮している始末で……。追い出されなかっただけマシか。それとも叔父さんが前もって言ってくれてたのかもしれない。
 とにかく、何とか事無きを得た俺は、野々村親子の説得もあって、ようやく開放された。すでに東の空が白んでいるが、それでも今日は入学式だから、徹夜疲れで重くなった体を引きずって入試依頼二度目となる私立風芽丘学園へと出発したのだった。

「剣君、大丈夫かな?」
 目の下に数ミリの隈を作って、笑顔ではなく薄ら笑いを浮かべたままドアの向こうへと消えた剣心を本当に心配げに見送って、小鳥はまだリビングで寛いでいる栄治へ振りかえった。
「若いんだし、大丈夫だろう。それよりも小鳥は時間は大丈夫か?」
「うん。今日も休みにしてもらったから」
「そうなのか? ……ああ、そうだったな。今日は真一郎君が戻ってくるんだったな」
「そうなの。迎えにいかないとね」

 そんな話がドアの向こうでされているとは露知らず、剣心は鉛のように感じる体を強引に春の日差し厳しい道路へと身を曝け出した。
 四月頭の割に気温が高く、今朝のニュースでは過去最高気温を叩き出したと爽やかに語るお天気キャスターに心の中で毒づいたが、どうやら更に悪態を立て並べたい程の気温だ。 普通であれば徹夜等ものの数にも入らないのだが、如何せん短時間とは言え戦闘を行った反動なのか、思考が通常状態に立ち戻ってからどっと肩に疲労が落ちてきた。
「幽霊に憑かれると肩が重くなるって言うけど、こんな感じなのか?」 
 ぼうっとする頭に、普段なら考えつかない事を浮かべて、剣心は深く溜息をついた。
 通学路は終始住宅街の中を抜けるため、黒のブレザーと茶色ズボンの制服に日差しは容赦無く熱を蓄えさせていく。
 だらだらと垂れてくる汗を拭いもせず、ただ浮かんでくる道順を辿って、気付いた時には風芽丘の正門前に立ち尽くしていた。
 あれ? 何時の間に着いたんだ? まぁそんな事はどうでもいいんだけど、とりあえずさっさと横になりたいなぁ。あ、入学式って座ってるだけだっけ? だったら爆睡するぞ。別にやる事無い筈……だし。
 へらへらと不気味な笑みを浮かべて、登校して来た新入生に避けられている事実を認識もせず、剣心は昇降口へと歩いていった。
 風芽丘学園は正門から校庭を挟んで校舎がある。校舎も中央の共同施設を挟んで左右に広がっており、向かって左側が中等部。右側が高等部になっている。制服も昔は二十八種類の中から生徒がコーディネートできるようになっていたが、今では男女問わず黒のブレザーと茶色のズボン、もしくはスカートだ。学年はそれぞれ学年色が決められており、今年入学の剣心は赤が学年色となる。
 そんな剣心と同じリボンや学年色を制服のどこかに入れた生徒達が、昇降口横の掲示板に集まっているのを発見して、剣心も何事かと近づいた。一度に三百人近い新入生が入学するため掲示板の前は人でごった返していたが、周囲から聞こえてきた言葉に、剣心は得心がいったように呟いた。
「ああ、クラス分けね」
 掲示板には白い紙が貼られており、そこに名前とクラスが記載されていた。
 剣心も自分のクラスを見ようと、人垣をかき分ける。
 こういう時、自分の背が低い事を悩んで、さらに人ごみをスイスイ動けることを動じに実感するのだが、かなり複雑な心境には違いない。
 とりあえず思春期の悩み事は頭の片隅に置いて、剣心は自分の名前を探す事にした。
「A組……違う。B……も違う。Cにもなし。D組も違う」
 一つ一つ確認していき、EかFのどちらかとなって、視線を流しているとE組の出席表に名前を発見した。
「あ、あった」
「E組か」
 と、二つの呟きが重なり、剣心は隣を見た。
 すると隣も驚いたのか、剣心の方に視線を向けていた。
 剣心より頭半分程背が高く、ボブショートに少し目付きは悪いが、整った顔立ちをしている。
 一瞬男かと思ったが、首元につけられたタイと膝上のスカートで女子と理解した。
「アンタもE組?」
 声まで容姿に合ったハスキーボイスで、女子は身長差から剣心を少々見下ろし気味に問い掛けた。
「ああ。そっちもEみたいだな」
「どうやら外部受験組は成績順で分けてるらしいから、下から数えた方が早い成績だったみたいよ」
「なるほど。俺もすごく危ないところにいたんだな」
「お互い様って事ね」
 風芽丘学園は中学から持ち上がってくる地元の生徒が大半を占める。従って高校から風芽丘に入学する者を外部生と呼んでいた。もちろん、外部生には運動部推薦組も含まれるため、一般受験枠はかなりの狭き門となっている。
 下から数えた方が早いと言ってもそれなりにレベルは高いのだ。
「それでアンタ名前は?」
「俺?」
「そ。何時までもアンタなんて呼んでる訳にもいかないし、折角こんなところで同じクラスだってわかったんだから、自己紹介」
「相手の名前を聞く時は自分から。じゃなかったっけ?」
「女に名乗らせるの?」
 その容姿でベル薔薇のような服装したら、間違いなく男だよな。
 と、いう喉元まで出かかった台詞を飲み込んで、御尤も。と頷いた。
「俺は緋村剣心。昨日海鳴に引っ越してきたばかりだ」
「あれ? そっちも? アタシは相楽夕凪。昨日、さざなみ寮に引っ越したばっかり」
「さざなみ寮?」
「えっと、ここからだと……ああ、あの山、国守山って言うんだけど、そこにある女子寮」
 そう言って指差した先に視線を延ばして、思わず剣心は唸った。
「おいおい、めちゃめちゃ遠いな」
「そうでもないよ。ざっと一時間で着くしね」
「遠いって」
「そう? アタシの実家だと一時間は普通だったんだけど」
「実家どこだよ」
「北海道」
 何となく納得してしまった剣心であった。
「何よ?」
「いや、何でも。それよりそろそろ教室に行くか」
「あ、そうね。入学式遅刻なんて情けないったらありゃしないわ」
 すでに周囲の人垣も大半が校舎へと消えており、残っているのは二人を除いて十数人と言ったところだ。
 二人は連れ立って昇降口へと入っていった。

 かりかりとチョークが黒板に少し丸い文字が四つの漢字を残した。書き終えると、チョークの粉のついた手を二回叩き落とし、その女性はトレードマークであるポニーテールをふわりと回転させて、着席した三十五人の生徒の顔を見回した。
「は〜い。唯……じゃなかった。私がE組担任の鷹城唯子です。一年間、よろしくお願いします」
 小鳥に負けないくらい大きな団栗眼と童顔に、どこか可愛らしい行動が余計に年齢を判別不能なものにしているが、唯子は大して気にも留めず、入学式用の卸したてのスーツ姿を教卓からさらした。大き目のパンツスーツなのだが、包み込まれているボディは存在感を失わず、男子生徒から思わず感嘆と歓声が上がった。
「先生、彼氏いるの〜?」
「スリーサイズいくつ〜?」
 等々、お決まりな質問が飛び交う中、唯子は笑みを絶やさずざわめきを抑えるべく手を叩いた。
「スリーサイズは秘密だけど、彼氏はいないよ」
 途端、先程より上をいく歓声が湧きあがった。
「先生への質問はまた後にして、今は入学式に行くよ」
 唯子の号令を合図に、全員が立ちあがった。
「あ、そうだ。緋村君」
 ぞろぞろと廊下へ整列していく中、唯子は夕凪と一緒の剣心を呼び止めた。
「はい?」
「小鳥から聞いたんだけど、あなた昨日警察に捕まったんだって?」
 予想外な一撃を食らい、思わずコケてしまう剣心に、夕凪は隣で目を丸くした。
「剣心、アンタ……」
「違う! あれは誤解が産んだ不運なんだ!」
 必死の弁明も虚しく、夕凪の視線は半眼になって、しかもすす〜っと離れていく。
「だぁ! 本当の本当に誤解なんだ!」
「あの〜、先生の話していいかな?」
「あ、す、すいません」
 どうやら大分抜けたが、徹夜疲れはまだ引きずっているようだ。
 顔を真っ赤にして俯いた剣心に、唯子は更なる追い討ちをかける。
「小鳥から聞いたんだけど、真剣を持ってるんだって?」
「ええ、まぁ……って小鳥? 小鳥って野々村小鳥さん?」
「そうだよ〜。小鳥と唯子は幼馴染なのだ」
 これまた意外な追撃に、かくんと大きく顎を落とす剣心に、唯子はぽんと肩に手を乗せた。
「お願いだから学校に真剣は持ってこないでね」
 そんな一言など聞こえる筈も無く、剣心はある一つの事だけに驚愕していた。
 幼馴染って事は、先生は小鳥さんと同い年? み、見えない……。

 この後、固まっていた剣心は夕凪が仕方なく背負われてそのまま入場し、ビデオを回していた栄治に死ぬほど笑われたのは、また別の話である。  


投稿ありがとう〜。
さて、新キャラも出てきたね。
美姫 「出てきたわね。名前からして、彼女は」
多分…。
美姫 「さて、次回から学校生活が始まるのかな?」
美由希たちとの再会があるのかどうか、それも楽しみー。
美姫 「とても面白いわ」
続きを楽しみに待っています〜。
美姫 「じゃあね〜」



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