『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
T・出会う二人
「ここがそうです」
高町美由希が指差した先を見て、剣心は小さく呻いた。
「えっと、本当にここ?」
「見せてもらったメモだと間違いないですよ」
確認を含めて聞いた直後に、剣心が持っていたメモと電柱に貼ってある住所と、マンション名であるWINDHILLSを見比べて、神咲那美は肯定した。
「まさかこんな立派なマンションだとは思ってなかったな」
ぽつりと呟きながら後頭部を掻いて、目の前にでんと構えている十五階建てのマンションを呆れながら見上げた。
「ああ、よく来たね。井上さんから話は聞いてるよ」
オートロックの玄関まで出迎えてくれた、白髪が半分程混じっているがまだ精力的ですらりとした中年の男性が、マンションの中に剣心を招き入れながら、笑顔で頷いた。
地元人である美由希と那美に案内してもらい、下宿先である野々村宅が入っているマンションに案内してもらったのだが、これまた今まで剣心が育った地域では五階を超えるような建物はなく、あまつさえオートロック等テレビの中の世界であった。なので笑顔で対応している野々村に向けるのは愛想笑いと気のない頷きだけで、頭の八割は物珍しいマンション内部に向けられていた。
「しかし高校に入るのを機に一人暮しとは大変だろう」
ポーンという軽いチャイム音と同時にエレベーターのドアが開き、二人は野々村家のある七階に降りた。
「いえ、まぁ、元々両親とは意見が合ってなかったんで、互いに距離を取ろうって感じになったんですよ」
「そうなのかい? 井上からは家出少年を預かってくれと聞いていたんだが」
「ははははは……。それは叔父さんの冗談ですよ」
満更間違ってはいないが、別に家出をしてきたのではないし、勘当された訳でもない。心の中で相談を持ちかけた叔父に悪態をつきつつ、剣心は野々村家のドアの中へ足を踏み入れた。
「お帰りなさい」
途端、柔らかい声と共に目の前に女の子が姿を見せた。
身長百六十センチより少し高めな剣心より十センチは背が低く、カチューシャでショートカットの綺麗な髪にアクセントをつけている。団栗眼でかなり幼く見える丸顔に、満面の笑みを浮かべている。室内着なのだろう春に似合う薄いパステルカラーのセーターと、ハーフパンツの上に家事をしていたのだろうピンク色のエプロンを身につけて、手を拭いている。
野々村の娘なのだろう女の子に、野々村は二、三会話を交わす。
「もう少しで夕食できるから、リビングで寛いでて」
「ああ。紹介は夕食の時でいいだろう。緋村君もそれでいいかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
剣心より一足先に玄関に上がった野々村は、入ってすぐのところにある部屋が剣心の部屋だと言って、リビングへと消えていった。
「それじゃお邪魔します」
「あ、ダメだよ」
「へ?」
確かに厄介になるが、野々村家とは全くの赤の他人。しかも親戚の知り合いと言うだけの完全無欠な赤の他人の家に上がりこむのに、ダメと言われるとは思っていなかった剣心は、目をぱちくりとしてしまった。
「これからは三年間でもここが貴方のお家になるんだから」
女の子の言葉で、剣心もようやく合点がいった。
つまりは……。
「ただいま」
「おかえりなさい」
こういう事である。
「ではいただきます」
「いただきます」
「頂きます」
六畳でベットや勉強机、本棚と言った一般的な部屋に荷物を置いて、十分もしないうちに、出来あがった夕飯に、ダイニングのテーブルに三人が着くとすぐさま食事となった。
昼から何も口にせず、しかも人助けと言う運動までしてきた剣心には、目の前に並ぶ中華一式と呼べる料理の団体に、思わず涎を飲み込むのが精一杯だったので、野々村の音頭とほぼ一緒に目の前に置かれた青椒牛肉に箸を伸ばした。
とろみのついた餡が程よく混ざり合い、飴色の輝きを放つ青椒牛肉を口に運んで、すぐに口元を抑えてしまった。
「……口に合わなかった?」
剣心の反応に、女の子は心配そうに眉を顰めた。
「う……」
「それとも辛かった?」
野々村も箸を止めて剣心を見つめている。
「美味い……」
だが口から出てきた一言に、二人ともほっと息をついた。
牛肉とピーマンと筍を同一の厚さに切り分け、歯応えを重視して油通しをした食材をほんの少し濃くした餡が見事に全てを纏め上げていた。
「良かった。急に口を抑えるから心配しちゃった」
「いや、こんな美味しいもの初めてです」
少々興奮気味だが、他のものにも手を伸ばし始めた剣心に、親子二人も一度顔を見合わせて、自分達も料理に手を伸ばし始めた。
「お? この海老チリは美味いな」
「それさざなみ寮の槙原さんに教えてもらった隠し味を加えてみたの」
「本当に寮の管理人だけじゃなくて、店も持てばいいのにな。私が毎月雑誌に掲載してあげるのに」
「お父さん、それはすごい身内贔屓だね」
たらりと頬に一筋の汗を流しつつ、女の子も予想以上の完成度に満足げに頷いた。もちろん、剣心は話など一切せずに次から次へと皿から取り皿へ取り皿から口へと箸を往復させている。
そんな調子であらかた料理が三人の胃の中へ消えたところで、野々村が思い出したように箸を止めた。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
「あ、そうだね」
女の子もすっかり忘れていたのだろう。
父親の言葉に同意を示した。
「私は野々村栄治。井上から聞いていると思うが料理評論家なんて仕事をしている」
「私は野々村小鳥。近くのフランス料理店でシェフしてるよ」
「俺……自分は緋村剣心です。私立風芽丘の新一年生……ってシェフ?」
勢いで自己紹介をして、ふと女の子――小鳥の紹介にあった疑問点に、首を傾げた。
身長が百五十もない女の子がシェフ?
そんな剣心に気付いたのか、栄治はぽんと手を打った。
「こう見えて小鳥は二十八だ。見た目は小学生でも通じるがな」
「お父さん!」
「ついこの間も中学生に間違われて補導されかけたのは誰だった?」
どうやら何度も前歴があるらしい。頬を膨らませて栄治に文句を言っている小鳥を見て、剣心は小さく溜息をついた。
「えっと、じゃあ栄治さんと小鳥さんって呼んでいいですか?」
「ああ構わんよ」
「私は呼び捨てでいいよ」
「でも……」
「何か敬語とかって凄く苦手なの。だから、私も剣ちゃんって呼ぶね」
「いや、それは勘弁を……」
さすがに実家で唯一味方だった、何故か五十過ぎていたにも関らず、二十代に見える母親と同じ呼び方をするのだけは遠慮してもらい、とりあえず野々村親子には剣心と呼び捨てか「君」と付けてもらう事となった。
食後、風芽丘には何分程かかる。とか、大体の学食の位置や、注意するべき先生への対策等を小鳥から伝授してもらっている間に、時刻は九時を回っていた。
「あ、もう九時だね」
小鳥も時間に気付き、呟いた。
「剣君、明日から学校だったっけ?」
「うん。でも、ちょっとノートとか足りないから、今のうちにコンビニ行ってきます」
「これから? そろそろお父さんもお風呂から上がってくるよ?」
「でも今行っておかないと後で忘れちゃいそうで」
「あ、剣君も? 私もよくど忘れしちゃうんだ〜」
貴方は見た目からやりそうだね。
と、いう感想は心の奥底にしまいこんで、部屋に財布と竹刀袋を取りに戻った。
「それも持っていくの?」
見送りをすると玄関まで来た小鳥は、部屋から出てきた剣心の荷物に、小首を傾げた。「ええ。ないと落ちつかなくて」
「剣道やってたの?」
「うちの実家が剣術道場なんですよ」
「へぇ〜。知り合いに剣道やってる人がいるから、話合うかもね」
「今度紹介してください。それじゃ行ってきます」
いってらっしゃい。と、背中越しに見送りの言葉を聞いて、剣心は部屋を後にした。
まだ馴れない廊下を歩き、馴れないエントランスを抜けて、初めて見る建物が立ち並ぶ海鳴の夜の町へと剣心は歩き出した。
いくら初めての町とはいえ、コンビニがどこにあるか? 程度であれば美由希達に案内された時に目星を付けて来た。
往復で十五分といったところだ。
少し表通りから奥まったところにあるため、少々周囲の明かりが足りないが、住宅地の夜のオアシスとしては十分だった。
マンションから右手に曲がり、真っ直ぐ歩いて五分もしないうちにコンビニへとついた。
まだ微暖房のコンビニで数冊のノートとシャープペンシル。それとお風呂上り用に内緒で一本のチューハイを購入し、また少し肌寒い道路へと戻る。
「肉まんも買ってきたら良かったな」
夜の冷え込みにそんな感想を零しながら、野々村家へ帰宅しようとした最中、
「キャァァァァァァ!」
またしても女性の悲鳴が聞こえた。
「……この町は俺に休むなって言ってるのかね?」
ごちながら、剣心は竹刀袋を片手に持ちながら、声の方へと走り出した。
建物の配置から方向がコンビニの裏手だと推測し、一気に煉瓦塀に沿って角を曲がっていく。
その時、二度目の悲鳴が聞こえた。
さらに速度を上げて角を曲がろうとして――。
「!」
剣心はそのまま立ち止まった。
しかしそれも仕方ない。
今目の前に広がった風景を目の当たりにすれば、どんな人間でも言葉を失うだろう。
両手に一本ずつ小太刀をぶら下げて、上下黒い服を着た男が背中と腹部から血を流した女性を見下ろしていた。
投稿ありがとう〜。
美姫 「物語がゆっくりと動き始めたわね」
最後に登場したあの人物は、彼だよな…。
美姫 「多分、そうに違いないわよ」
そして、小鳥ちゃんの登場だね。
美姫 「……」
さて、最後に出てきた人物も含め、次がどんな展開か楽しみだな〜。
という訳で、連続投稿ありがとう。すぐに次の話へ行くぞ、美姫!
美姫 「……はいはい」
……って、何読んでるの?
美姫 「うん?続き」
……さきに読むなー!