『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
「やっと着いた……」
大きな溜息をついて、少年は肩に背負ったドラムバックを地面に下ろした。
自然な赤毛を首元で一本にまとめた長髪に、優男と表しても問題ない童顔の額に滲んだ汗を手の甲で拭い取った。
髪の色と正反対の青いシャツに、黒のジーンズをはいて、少しだけ落ちた竹刀入れを背負い直した。
春先とはいえ、太陽が真上に来ている時間だと、どうしても気温は高い。
「で、ここが海鳴駅だから……下宿先はっと……」
バックからメモを取り出し、これからの道順を確認する。
「何々? げ。全部歩きか。きっついなぁ」
別に体力に自信がない訳ではないのだが、やはり慣れない町を、大きな荷物を担いで歩くのは不安が募る。
「でも十五分か。まぁ、どうにかなるか」
そうゴチてバックを担ぎかけた時、少し離れたところから女性の悲鳴が聞こえた。何事かと思い、野次馬根性を丸出しにして近付いていく。と、すでに少年と同じ考えの人々が壁を作っていた。
「暇人が多いなぁ」
自分の暇人の一人なのを棚に上げて呟くと、短身痩躯の体を隙間にねじ込んで、一番前のアリーナまで強引に進む。何度か肘が体に当たるが、力任せなのは少年の方なので、あえて苦悶も洩らさずに一番前に出た。
すると、そこには見るからに柄の悪い男五人と、駅の壁に背をつけて男達に囲まれた二人の女子高生の姿があった。
「いい加減にしてください! 勝手ぶつかって、しかも謝罪した相手に因縁つけるのに恥ずかしいと思わないんですか!」
柔らかいショートカットの黒髪に眼鏡をした整った顔立ちの女子高生が、五人のうちリーダー格と思わしき男をきっと睨みつけた。
「勝手にぶつかった? 謝罪? 何を言ってやがる。ぶつかったのはお前等だし、謝罪なんざ受けてもいねえな」
「那美さんが謝ったじゃないですか」
「誰か聞こえたか?」
「いや、聞いてねぇな」
「同じく」
「ああ、お母さんってのは聞いた気がする」
完全に男達は女子高生を小馬鹿にしていた態度で、一斉に高笑いを上げた。
眼鏡の女子高生は憤慨したと言わんばかりに目付きを更に鋭くし、那美と呼ばれた眼鏡の女子高生の後ろにいる、栗色の色素は薄いが、光に映えるセミロングに、少し気弱そうだが可愛らしい女子高生が、どうしたらいいのかと視線をオロオロさせている。
「ま、謝罪するってんなら、俺達に付き合いな。思う存分謝罪させてやるからよ」
そういってリーダー格の男が眼鏡の女子高生に手を伸ばして……そして壁に叩きつけられた。
「が!」
醜い声を肺から絞り出して、男はずりずりと壁から地面へ体を横たえた。
へぇ。
眼鏡の女子高生の動きに、少年は小さく感嘆した。
無造作に近づいてきた男の手を瞬時に逆手に持ち替え、体制が崩れたところに男の腰に膝を当てて跳ね上げたのだ。一種の合気道に似た投げだが、どちらかと言えば古武術に近いものがある。
あの子、やるな。
感想を心で呟いている最中に、眼鏡の女子高生は残った男達のうち三人を地面に静めていた。
那美も数が減ってきて安心したのか、先程と違って緊張が少しだけ解けている。
だが、それが災いした。
眼鏡の女子高生が最後の一人を倒した時、最初に投げられたリーダー格の男が体を起こしたのだ。まだ女子高生二人を含めて起きあがり、ポケットからバタフライナイフを取り出した男に、気付いたものはいなかった。
少年以外は――。
「あぶない!」
叫んだのは野次馬の一人だった。
「え?」
突然の絶叫に那美は、ぽかんとしたまま最悪の状況で振りかえった。目の前にナイフを振りかぶった男がいるというタイミングで。
「那美さん!」
眼鏡の女子高生が慌てて走り出すが、距離が開いてしまっていたため、間に合いそうもなかった。
その場にいる全員が、これから那美の身に起きる悲劇に目を瞑った。
しかし……。
「ぐ、が、ぁ……」
周囲に響いたのは絹を切り裂くような悲鳴ではなく、悶絶する太い苦悶だった。それは被害者である那美も同じだった。もうダメ! と、頭を抱えて襲い来る衝撃と痛みに覚悟をしたのに、聞こえたのは頭の上から男の苦痛だったのだ。
恐る恐る閉じていた瞼を開けると、そこには見知らぬ背中があった。
「とと、危なかった。大丈夫か?」
それは少年だった。
「え、あ、はい。大丈夫です」
少年は竹刀袋の柄部分で、男の腹部を突いていた。しかも、微妙に左脇腹に近い部分から右に突き上げるようにめり込ませている。左脇腹には肋骨さえ抜ければ肝臓が存在する。従って人体急所の一つに数えられている。
眼鏡の女子高生はそれを見て小さく眉を動かした。しかし、彼女が口を開く前に少年は柄を男から離して、地面に横たわらせた。
途端に湧きかえる野次馬達。それも仕方ないだろう。悲劇が起きると言うほぼ確信的な未来が一瞬にして覆されたのだ。
周囲のあまりの変貌ぶりに目を白黒させる那美と少年に、眼鏡の女子高生は素早く近寄ると耳元に口を近づけた。
「恥ずかしいから早く移動しよ」
「あ、そうですね」
「同感」
三人は頷くと、脱兎の如く人の環を抜け出すと、そのままわき目も振らずに走り去った。
数分後。
ようやく海鳴海浜公園までやってきた三人は、肩で激しく息をつきながら、ようやく休息を取る運びとなっていた。
中でも那美は体力がないのか、ベンチに腰を下ろして時折咳き込んでいる。
そんな那美を心配そうに見つめていた眼鏡の女子高生は、隣ですでに息を整えた少年に視線を向けた。
「さっきはありがとうございました。貴方がいなかったら那美さんが危なかったです」
「いや、アンタ位の力量があれば必要なかっただろうけど、いらんお節介かけたね」
「とんでもない。まさか起きあがるなんて思わなかったから、つい油断しちゃって」
「ああ、それは俺も思った。結構地味に脳震盪でも起こしたろうなって思ってたら立ちあがるんだもんな」
どうやら少年も男が立ち上がったのは予想外だったらしい。
腕を組んでしきりに頷いている。
「それにしても、アンタ凄いな。合気道か何か習ってるの?」
「いえちょっと家で総合格闘術みたいな事やってまして、そこで習ったんです」
「ほ〜。そりゃすごい」
「貴方も凄いじゃないですか。一撃で急所を決めるのは、的であれば簡単ですけど、動いてる相手に行うのは、普通の技量じゃ難しいじゃないですか」
「いや、大した奴じゃなかったし、楽勝だったよ」
確かに動く的に思い通りの一撃を加えるのはただならぬ実力の差と経験が必要となる。これは射撃に関らず、当てるという技術全てに言える事なのだ。
「で、でも、本当に助かりました」
と、弱々しく声と共に頭を上げたのはベンチにぐったりとしていた那美だ。ようやく復活できたのか、まだ半分整えきれていない息のまま出きるだけ笑顔を少年に向けた。だが、顔色が青かったので、蝋燭の灯火が消えかけている人のように見え、少年は口の端をひくつかせながらも、愛想笑いを浮かべる事に成功した。
「そういえば自己紹介はまだだったね。私は高町美由希」
「神咲那美……です」
那美と美由紀はそれぞれ自己紹介すると、少年は肩の竹刀袋を背負い直して口を開いた。
「俺は緋村剣心。今日海鳴に来たんだ」
これが神速を持つとする二つの流派が出会った瞬間だった。
夜上璃斗さん、ありがとうございます〜。
美姫 「これはひょっとして、とらハとるろ剣のクロス?」
その可能性はあるね〜。
美姫 「ちょっと面白いじゃない!」
どうどう。興奮しない、しない。
美姫 「私は馬か!」
……ふっ。馬の方がまだ可愛気があるよな。
どちらかと言えば、冬眠前の熊……。
嘘です、ごめんなさい。
美姫 「ふー。土下座も大分手馴れてきたわね」
そんな事はないぞ。
美姫 「踏ん反り返って言う事じゃないんだけど」
あ、あははは。
と、とりあえず、夜上璃斗さん面白いSSをありがとうございました。
美姫 「ありがとうね〜」