「ご覧ください。この人、人、人!」

 

 テレビに映るのは溢れかえる人の群。

 リポーターはその熱狂的なまでに盛り上がりを見せる人達に負けないぐらいに声を張り上げた。

 

「ものすごい人だかりです! 道路が完全に埋め尽くされています!」

 

 カメラが映像をまわすと、そこには人がひしめく姿しか映らなかった。

 その人の群の中、学生服を着た男子がいたことに注目する人はいない。

 

「そして! 私の後ろにいますのがこの騒ぎの中心、

 全米チャートの頂点に君臨するアメリカの歌姫、セシリア・ローズです!」

 

 映像が切り替わり、人々に笑顔で手を振る女性の姿が映る。

 今回ハリウッド映画のPRのため、緊急来日したセシリアだ。

 両脇にはボディガードが立ち、そこだけが場違いなまでに物々しい雰囲気を醸している。

 

「今回彼女は、命を脅かす脅迫状が送られてきても尚、ご覧のように来日しています。

 そして今もファン達に囲まれながら笑顔を振りまき、握手とサインまでしています。

 なんという度胸! なんという勇気!」

 

 テレビに映る映像は、そのボディガードさえいなければ極めて平和なものであった。

 そのボディガードもファンサービスが旺盛な彼女の行動に翻弄され、可愛くもあるかもしれないが。

 

 

 

 

──その一方で

『奴は上手くやれそうか?』

『問題はないはずだ』

 

 不穏な動きもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其は楯なり、其は刃なり

プロローグ

【会うことのない邂逅】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと知らず、騒ぎは動いていく。

 

「ミス・セシリア! ウェルカムトゥジャパーン!」

「ハァイ!」

 

ワァーーー!

 

「すごい大歓声です!

 私の声がスタジオに届いているかわかりませんが……ミス・セシリア! 日本のファンに何かメッセージを!」

 

 大歓声に押されながらも、リポーターは必死に役目を果たそうとセシリアにマイクを向けた。

 セシリアは当然のようにマイクに向かうと、

 

「日本の皆さんに会えて、うれしいデース。私の初主演映画、ぜひひとつおねがいシマス」

 

 そうにこやかに答えてくれた。

 全てがただの祭り騒ぎ。

 そう思えるこの場だが、彼女の命は危機にさらされている。

 そう、一通の強迫状によって。

 

 

 それは過激なファンが、ストーカーとなって住居侵入で捕まったことに端を発す。

 それによりセシリアに半径5km以上近づいてはならない、という判決をそのストーカーは頂戴したのだが、

 そのストーカーはさらに過激な考えを持った。

 

「キミを殺してボクも死ぬ。二人が永遠に結ばれるには、もうそれしか方法がない」

 

 それがそのストーカーの妄想であり、脅迫状の内容でもあった。

 その脅迫状が送られてきたのが数日前。

 周りの人間は大層慌て、彼女の来日を取りやめるよう動いたが、彼女自身がこの来日を敢行した。

 

「だって隠れたら、ファンの皆に会えなくなるでしょ」

 

 それが彼女の言い分だった。

 神戸ビーフが食べられなくなるなんて我慢できない、との言もあったらしいが。

 

 

「セシリアさーん、サインを、プリーズサイン!」

 

 若い男性がサインを求めセシリアに腕を伸ばす。

 その手には色紙とペンが握られていた。

 セシリアは嫌な顔一つせず、にこやかにその色紙にサインをしていく。

 

「セシリアは本当に優しいですね」

 

 彼女の後ろであたふたしているガードを見ながら、リポーターはのんきにそう言った。

 その先ではそのサインを皮切りに次々とサインの申し出され、応えられる範囲全てに彼女はサインをしている。

 

 そのようにして歩みを進めている彼女が、ふと足を止めた。

 その視線の先には学生服をきた男子。

 

「あら、キュートなボーイ。貴方もサインが欲しいの?」

「へ? え、いや……俺は別に……」

「日本人エンリョする。コレよくない。もっとコドモはワガママにね」

「いやー……子供じゃない」

 

 男子は苦笑いしながら、小さい声で反論した。

 当然歓声にかき消され、彼女の耳に届くことはないのだが。

 

「微笑ましい光景ですね。彼女が学生服の可愛い男子にサインをしています」

「ドウゾ、サインです。映画にはステディなガールと見に来てネ」

 

 

 

 茶目っ気たっぷりに笑う彼女に、そう、危機は迫っているのだった。

 そこから50mほど離れているビル、そこに脅威は迫っていた。

 

 

 

「……や、やめろ……セシリア」

 

 あまりの怒りか、はたまた恐怖か。その指は震えていた。

 そしてその震える手は、男の持つライフルのトリガーにかかっている。

 

「やめるんだ……僕以外の男に微笑みかけるなんて……」

 

 スコープ越しに映る彼女の顔を見れば見るほど、男の精神は狂っていく。

 吐く息は荒く、今にもその震える指がトリガーを引きそうである。

 

「大丈夫だ……セシリア。すぐに天国におくってあげる」

 

 男はそう呟くと、少しだけ気持ちを落ち着け、トリガーにかけている指に力を込めた。

 

「セシリア……天国で会おう」

 

ダンッ!

 

 

 

『奴がそろそろ撃つころか』

『そうだな、外すことはないだろうが、念の為……』

『ああ、構えてるさ』

 

 

 

ピュゥン

 

 空気を裂いて弾丸がセシリアに迫る。

 しかし男に目には、先ほどまでなかったはずの黒い物体が映っていた。

 それは本来セシリアに当たるはずの弾丸に当たり、

 

ガギッ!

 

 弾くに至る。

 

「キャー!」

「ッ!」

 

 その場は突然の出来事に騒然となる。

 セシリアや周りの人間が悲鳴を上げ、ガードの人間は慌てて緊張を高め警護に当たる。

 そして弾丸を防いだ黒い物体、学生鞄を持つ少年は狙撃された方向を睨んでいた。

 

「なっ……なっ!?」

 

 リポーターも口をパクパクとして、唖然としている。

 周りの人間もパニック状態だ。

 

「狙撃だ! セシリアが狙われた!」

「どこだ! どこから撃ってきた!」

 

 周りのガードもパニックではないが、相当に慌てていた。

 

「M700、ボルトアクションライフルか」

 

 その中、最初の脅威を防いだ少年はそう呟くと、その鞄を手にセシリアを狙撃の方向から隠していた。

 

「なっ、なんと言うことでしょう! セシリアが狙撃されたようです!

 そして先ほどの少年がその銃弾を鞄で防いだ模様です」

 

 先ほど以上に興奮した様子で状況を伝えるリポーター。

 ただ興奮しすぎているのか、その体は震えていた。

 

「信じられません! 信じられない光景です! 一体何がどうなっているのでしょう!」

 

 そんな言葉を耳にしながら、少年は冷静に構えている。

 そしてすぐに、

 

「シールド9、こちら本部。狙撃手の無効化に成功した。対象の安否を報告せよ」

「こちらシールド9。対象は無事だ」

「よくやった。ミッションはこれで終了だ。すぐに帰還しろ」

「了解。シールド9、帰還します。」

 

 インカム越しに相手にそう伝えると、少年はその場を離れようとする。

 が、その前に少年に近づく影があった。

 

「た……助かったの?」

 

 狙撃されたセシリアだ。

 先ほどまでの笑顔と違い、困惑した表情を浮かべている。

 

「ええ、もう大丈夫ですよ。ミス・セシリア。犯人は捕まえました」

 

 少年が可愛らしい笑みを浮かべそう答える。

 

「あ、あなたファンのボーイじゃ、ない?」

「ええ、貴女が依頼した『アイギス』のガーディアンです」

「えっ! あなたのようなキュートなボーイがガーディアンだなんて!」

 

 意外とばかりに声をあげるセシリア。

 一方言われた少年は、

 

「……キュートって。これでも成人してるのに。この学生服だってただの変装なのに……」

 

 もとい、青年は小さい声でそう愚痴る。

 そんな少年をセシリアはパチクリと瞬きをして見た。

 ボディガードもまさかこんな少年が、という表情を浮かべ困惑している。

 

「ありがとう」

 

 そうセシリアが声をかけると、少し不機嫌そうだった少年も表情を和らげるのだった。

 

「アナタがいてくれて良かった」

「い、いえ……任務ですから」

 

 照れているのか真っ直ぐ彼女の顔を見ずに答える。

 

「あは、ボーイなのにクールなのね」

「成人男性です!」

 

 今度ははっきりと反論した。

 しかしセシリアは全く気にせず、

 

「でもワタシ、とってもドキドキしちゃった」

「えっ?」

 

 突然少年の腕を掴むと、

 

「ありがと、んっ」

「んんんぐぅぅぅ!」

 

 そのまま感謝の気持ち、ディープキッスをするのであった。

 少年の意識は瞬間的にとんでいく。

 そのまま、

 

「あっ、英雄の少年がこちらにっ」

 

 鼻血を出して、倒れるのだった。

 

 

 

 

 スコープ越しに少年が倒れていくのを男が見ている。

 場所は先ほどのストーカーがいた地点とはセシリアを挟んで反対側にあるビル。

 そう、既にセシリアが通り過ぎた場所にあるビルだ。

 

『失敗か』

『そのようだ、ではやるぞ』

『ああ、頼むぞ』

 

 男はそれで通信を切ると、改めてトリガーに指をかける。

 ストーカーと違い、その指にふるえはなく、迷いもない。

 既に脅威が去っていると思っている現場に、その凶行を防ぐ手だてはなかった。

 そのスコープの中心に笑っているセシリアが映り、その指に力を……

 

スッ

「ガハッ!」

 

 入れようとした瞬間、男は気を失った、その首に強烈な一撃をもらって。

 倒れている男の傍らには、いつの間にか黒服の青年が立っている。

 この青年が男の凶行を止めたらしい。

 気を失っている男を細い糸のようなもので縛ると、

 

「これで現場は終わりか……」

 

 青年は静かに呟き、内ポケットから携帯電話を取り出して連絡を取った。

 

「もしもし」

「あぁ、何だ。もう終わったの?」

「えぇ。対象から200m後方、日津賀屋ビルで狙撃手を捕らえました」

「へぇ、そんな所に隠れてたんだ。わかった、すぐに人を寄こすよ」

「お願いします」

 

 連絡を取り終わると、青年は連絡先の人が寄こす人を窓辺に立って待った。

 その視線の先には、全ての危機が去ったであろう人々の群がただ映る。

 この時点ではまだ、楯と刃は交わることはない。

 

 


 

あとがき

 

 初めまして。

 いつかは二次創作を書こうと思ってはや4年の夢想士と申します。

 結局まともに書いた作品はなく、これが処女作となります。

 拙い文章ですが楽しんでいただければ幸いです。

 「恋する乙女と守護の楯」をやって、これはと思い書いてみました。

 特に uppers さんの作品に触発されて、ということはありません。(いや、いくらかは影響ありますけど)

 どうにか続けますので、温かい目で見てくださるとありがたいです。

 

 最後にこんな文章を載せてくださる氷瀬浩様に多大な感謝を。




投稿ありがとうございます。
美姫 「始まりの事件は同じくして、未だ刃と盾は交わらず」
うわー、すっごく面白そう。
どうなるんだろう。
美姫 「とっても楽しみね」
うんうん。次回も楽しみです。
美姫 「気になる次回はこの後すぐ!」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る