時間は少し戻り、火曜日の放課後、薔薇の館に大声が響いた。
「ちょっと令ちゃん!抜け駆けなんてずるいわよ!」
由乃がいつものように、令に噛み付く。
令は、噛み付かれる理由がわからず
「何、いきなりどうしたのよ由乃」
首をかしげながらも、いきり立つ由乃に少しビビリながら尋ねた。
「だって、チケットを発送するメンバーに、勇吾さんの名前が無いじゃない!」
現在館では、山百合会の関係者各位に送る、チケットのリストを並べていた。
各自、身内に送るチケットを除き、余った分を持ち寄って発送することに決めていた。
『学園祭のチケットは、各自5枚』
これが古くからのリリアンの伝統であり、山百合会といえ例外ではなかった。
勿論教師も、学園長に至るまでそれを忠実に守っていた。
そうでもしないと、部活動関係者という名目でチケットが量産されてしまう。
そうなると、誰でも入れる状態になりかねない。
だから、今こうしてリストを作り、誰のチケットを送るか決めていたのだ。
当然、自分の関係者に自分のチケットを渡したい。
それは思い人となれば尚更・・・・・・
そんな乙女の心など露知らず、恭也は赤星の言葉を思い出して
「ああ、赤星はもうチケット持ってるからいいって言ってたのだが・・・・・・・」
『え!?』
恭也の爆弾発言に、二人の表情が固まる。
「何でも去年仲良くなった1年の子が送ってきたそうだが・・・・・・!?」
「恭也さん、誰?誰なの!?」
由乃が恭也に掴みかかって、揺らし始めた。
「お姉さま、少し落ち着かれては・・・・・・?」
月咲の言葉も耳に入らないようで、月咲はため息を漏らした。
「い、いや、名前まではわからんが・・・・・・」
さすがの恭也も由乃の迫力に押されるが、1年生からもらっているという事実以外は知らないので答えようが無い。
まあ知っていたとしても、口の堅い恭也が答えることは無いのだろうが・・・・・・
「そうですか・・・・・・。・・・・・・?、あれ、月咲、1枚だけで大丈夫なの?」
チケットを4枚提供した月咲を見て、由乃が質問した。
「はい。今お世話になっている方に渡す分だけで大丈夫です」
「んー、実家・・・・・・だよね、お兄さんには渡さないの?」
「はい・・・・・・。兄は、来ることが出来ませんから」
「そっか・・・・・・うりゃっ!」
少し暗い顔をした月咲に、由乃はヘッドロックをかける。
「・・・・・・何をなさるのですか?」
「月咲、リアクション薄い・・・・・・せっかく驚かそうと思ったのに〜」
「いえ、十分驚きましたけど」
驚くというより、呆れたようなリアクションの月咲に、由乃は顔を膨らませた。
だけど、由乃の心から暖かさを感じ、月咲は小さな声で「ありがとうございます」とささやいた。
「乃梨子はご家族にお送りしないの?」
菫子用に1枚確保し、4枚提供した乃梨子に、志摩子が首を傾げる。
「あー、うちは妹と両親の文化祭と重なってて・・・・・・そっちへ行くみたいです。
まさか自分の学校の文化祭を、教師ともあろう者がサボれないでしょうから」
とはいえ、日程が重なって乃梨子は心底ほっとしていた。
妹は何故か水割りより薄いはずの、菫子さんの血を色濃く受け継いでいる。
あんな姿を見られようものなら、しばらく里帰りなど出来そうもない。
「すまないな、俺の関係者の人数が多いために・・・・・・」
恭也は頭を下げるが、祥子がそれにやんわりと首を振った。
「いいえ、お気になさらないでください。私たちもお世話になっていますから」
それに、と祥子は付け加えて
「恭也さんにお任せすると、見られたく無いからとチケットを送らないかもと思いましたわ」
その言葉に恭也は図星なのもあり、罰が悪そうな顔をした。
ちなみに海鳴では、いち早く情報を仕入れていたさざなみのツインデーモンにより、
恭也に近しいメンバーに、彼が舞台に立つことが知れ渡っていたのだった。
「松っちゃん、お願いがあるの」
桃子が神妙な面持ちで、翠屋のもう1人のシェフである松井の前に立った。
「どうしたんですか店長、改まって」
松井はそんな桃子に目を丸くするが、とりあえず話を聞いてみることにした。
「あのね、今週末休みたいんだけれど・・・・・・うちの子供たちと一緒に・・・・・・」
「えっ!?て、店長、それはちょっと・・・・・・」
翠屋の土日は、とにかく忙しい。
常にバイトと二人がフル動員して、なんとかこなしてはいるが・・・・・・
「松っちゃん、無理なのは分かってるんだけど・・・・・・ね、お願い!」
桃子はパンッ、と手を合わせて頼み込む。
「その日に一体何があるんですか?」
桃子も週末に休むことがどれだけ大変か、理解している。
だからこそあえて、頼み込む桃子の理由に松井は興味を持った。
「実はね、うちの息子が劇に出演するのよ・・・・・・しかも女子校の・・・・・・」
松井はその言葉に固まる・・・・・・が、すぐに復活し、桃子の肩に両手を勢いよく乗せた。
「行ってきて下さい!これを逃すと一生見れませんよ!お店は私に任せてください、なんとか乗り切ります!」
松井の勢いに、流石の桃子も少し引き気味だったが、つまりはOK、ということを理解すると
「ありがとう〜、さすが松っちゃん!」
桃子も松井の両肩に手を乗せて、満面の笑みでお礼を言った。
「ですが店長、一つだけ条件があります・・・・・・。バイトの子を納得させるためにも、一つの案として受け取ってください」
桃子は、『なに?』と、突然小声になった松井の声に耳を傾ける。
「その劇、ビデオに収めて来て下さい。バイトの子に、フル回転してもらう原動力として・・・・・・」
「ふふ、何言ってるのよ松っちゃん・・・・・・こんな貴重な場面を保存しないわけ無いじゃない。永久保存版よ」
そのとき、恭也の背筋にぞくっとしたものが走った。
突然ぶるっと震えた恭也を見た乃梨子は
「恭也くん?風邪でも引いたの?」
「いや・・・・・・どうやらうちの家族が良からぬことを考えているようだ」
「あー、わかる!第六感みたいなものだよね・・・・・・え?でも恭也くんに第六感・・・・・・?」
乃梨子が首を傾げるのに、恭也は渋い顔をした。
「何か言いたいことがありそうだな、乃梨子・・・・・・」
「えっ!?嫌だな恭也くん・・・・・・失礼なことなんて考えてないよ」
「そうか、乃梨子は失礼なことを考えていたのか」
その会話を遠巻きに見ていた、館のメンバーは
「乃梨子ちゃん、ボロが出まくりね」
由乃は、いつものクールさが微塵もない乃梨子に笑いをこらえきれないようだ。
「あんな乃梨子さん、初めて見ましたわ・・・・・・」
瞳子は少しご機嫌斜めのご様子である。
「そうね、私にもあんな顔は見せなかったわね。少し妬けるわ」
「あら志摩子、どちらに妬けるの?」
祥子が志摩子に突っ込むと、志摩子は笑顔を浮かべながら
「そうですね・・・・・・両方です」
そう答えるが、二人を見ている志摩子の顔は、すごく暖かい顔だった。
いや〜、温かく見守る志摩子が良いね〜。
美姫 「本当よね〜」
そして、着々と近づく学園祭〜。
美姫 「さてさて、どうなるかな〜」
次回も楽しみに待ってます!
美姫 「待ってますね〜」