幸せは、残酷だ。
それが大きくて、大切なほど・・・・・・
優しい笑顔は、怒りと憎しみに変わり・・・・・・
暖かな思い出は、朱い血へと変わる・・・・・・
全ては、あの日から始まった・・・・・・
西条月咲・・・・・・これが私の本当の名前。
私は、西条グループの長女としてこの世に生を受けた。
西条グループは、世界から戦争を無くすために活動している慈善団体だ。
お父さんは、その会長として・・・・・・お母さんといつも海外を飛び回っていた。
私は少し寂しかったけど、大丈夫だった。
そんな両親を誇りに思っていたし、何よりもお兄ちゃんがいつもそばにいたから・・・・・・
私より5歳年上のお兄ちゃん。優しくて、かっこよくて・・・・・・
お父さんとお母さんの代わりに、私を大事にしてくれる。
そんなお兄ちゃんが・・・・・・私は好きだった。
私たち家族は、都内のマンションに住んでいた。
外から見れば、それこそ普通の家庭と変わらない。
普通のお金持ちのように、贅沢な暮らしはしていなかった。
そのような余分なお金は、全て寄付に回していた。
月咲も、生活に困るわけではないので、むしろそれが素晴らしいことだと思っていた。
だから、お手伝いさんも雇わない。
父と母はいつも仕事なので・・・・・・月咲はいつも兄と二人だけだった。
都内の私立高校にトップの成績で入学し、兄は奨学金を受けていた。
頭が良くて・・・・・・そして、学校から帰ると月咲と一緒に家事をこなす。
洗濯も料理も二人でやった。
そして、ご飯も二人だけで食べる。
ある日兄は、食事をしながら月咲に尋ねた。
『月咲・・・・・・父さんと母さんがいないと寂しいか?』
兄の質問に、月咲は首を振った。
『ううん、寂しくないよ。だって、お兄ちゃんがいるから』
月咲の顔は笑顔だった。寂しさなどかけらも無い。
兄は優しく月咲の頭を撫でた。
月咲は兄に、頭を撫でられるのが好きだった。
あの大きな手・・・・・・そして自分を見つめる優しい目に、胸が熱くなった。
だから、二人だけでも月咲は寂しくなんか無かった。
クリスマスの日・・・・・・月咲は終業式を終えて家に帰ると・・・・・・
『お帰り、月咲。お兄ちゃんと一緒にお出かけしよう?』
『うん!待っててお兄ちゃん、着替えてくる!』
兄と一緒に出かけられる、月咲はすっかりはしゃいでいた。
兄もそんな月咲を嬉しそうに見つめる。
月咲は部屋に飛び込むなり、お気に入りの服を取り出した。
そして、兄のために買ってあったプレゼントを一度隠した。
帰ってきてから渡してあげよう。
忙しい兄のために、便利なものを。
そして、いつも身に着けて欲しいから・・・・・・
私は、プレゼントに腕時計を選んだ。
二人でランチを食べて、ショッピングモールに行った。
クリスマスの影響で、どのお店も色とりどりのイルミネーションが広がっていた。
月咲は、雑貨のお店の前で足を止めた。
黄色いリボン・・・・・・月咲は、そのリボンに目を奪われた。
すると、店員がお店から出てきて、そのリボンを中へ持っていってしまった。
月咲は店員が持っていったリボンを悲しそうに見つめていたが・・・・・・
店の中に、いつの間にか居た兄が、自分のことを呼んでいた。
兄は浮かない顔をしている月咲に苦笑すると、月咲の後ろへ回った。
そして、当時はまだ長くなかった月咲の髪を、そっと結う。
状況が飲み込めない月咲に、店員は月咲を鏡の前に案内した。
鏡に映る自分に、月咲は顔をほころばせた。
月咲の髪に結われていたのは、あの黄色いリボンだった。
振り向くと兄は笑顔だった。
そして一言・・・・・・「メリークリスマス」
それから二人は、大きなホテルにやってきた。
「実はな、父さんと母さん、今ここにいるんだぞ?」
兄は、にっと笑った。来てはいけないとは言われているのだが、
クリスマスくらい家族で過ごさせてあげたい、と彼は思っていた。
ロビーへ行き、両親の部屋の場所を教えてもらった。
エレベーターに乗って、最上階へ向かう。
「お兄ちゃん、お父さんに怒られないかな・・・・・・?」
「う〜ん、そうだな・・・・・・。でも、やっぱり会いたいだろ?」
会いたくない、と言えば嘘になる・・・・・・。
だが、月咲は何故かすごく嫌な予感がした。
きっと、怒られるような気がするからだ、とそう思っていた。
最上階に着き、エレベーターが開いたとき・・・・・・二人の視界にありえない物が飛び込んだ。
・・・・・・悲鳴も出なかった。
黒い服を着た屈強そうな男が、血を流して倒れていた。
エレベーターの開いた音に、男は息も絶え絶えにこちらを見た。
「あ、あなたは・・・・・・父さんたちの護衛の・・・・・・」
「・・・・・・に・・・・・・にげてください・・・・・・かはっ・・・・・・」
彼は、最後の力を振り絞ってそう伝えると、そのままこと切れた。
そして、フロアに女性の叫び声が響いた。
「っ!母さん・・・・・・!?月咲、お前は逃げろ!」
そういうや否や、兄は両親のいる部屋へ向かって駆け出した。
「お兄ちゃん!?」
逃げろ・・・・・・と言われたが、それよりも兄が心配で月咲は追いかけた。
(お兄ちゃんが危ない・・・・・・!)
危険なのは判っているが、兄を置いて逃げることなんて出来ない。
走るのは兄の方が何倍も早いので、どんどん離される。
だが、離されている分兄は、月咲のことには気がつかない。
兄が部屋へ飛び込み、続いて月咲も部屋の前まで来た。
そして・・・・・・
首を斬られて倒れている母・・・・・・
兄は、父に向かって走っていく・・・・・・
そこへ向かって、刀のようなもので突進していく女・・・・・・
兄は父の前に立ち、両手を広げ・・・・・・
刀が二人を貫いて・・・・・・
「あ・・・・・・・」
女の、少し間の抜けたような声が響いた・・・・・・
「おにい・・・・・・ちゃん・・・・・・」
ゆっくりと女が刀を引き抜くと、二人の身体から朱い血が流れ出した・・・・・・
「お兄ちゃん!!」
私は、走った。
目の前にいる女は視界に無かった。
父と母は・・・・・・既に死んでいた。
「つかさ・・・・・・にげろ・・・・・・」
兄の胸からは、止め処無く血が流れている。
「お兄ちゃん・・・・・・死んじゃやだ・・・・・・嫌だよ・・・・・・」
「おれは・・・・・・もうだめだ・・・・・・」
しゃべるたびに、咳き込んで血を吐き出す。
「なあつかさ・・・・・・最期に・・・・・・お前の笑顔を見せてくれ・・・・・・」
「やだよ、最期なんていわないでよ!」
兄は、震える手で月咲の髪を撫でた。
「すま・・・・・・な・・・い・・・・・・つ・・・・・・か・・・さ・・・・・・」
月咲を撫でた腕が・・・・・・力なく落ちる。
兄の眼が閉じていき・・・・・・彼の目から一筋の涙がこぼれた。
「お兄ちゃん・・・・・・嘘だよね、起きてよお兄ちゃん・・・・・・」
だが、兄が目を開けることは無い・・・・・・おそらく、永遠に・・・・・・
「やだよ・・・・・・置いていかないでよ・・・・・・お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
揺らしても揺らしても・・・・・・表情一つ変えることはない。
やがて月咲の動きが止まる・・・・・・。
そして、ゆっくりと女に振り向いた。
女は呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
月咲が立ち上がり、女は月咲の顔を見て・・・・・・そして悔やむような顔になる。
「あなたが・・・・・・殺した・・・・・・」
女は月咲の言葉に・・・・・・そして纏った空気に目を逸らした。
月咲は、女を射るような目で睨んだ。
とても11歳の少女とは思えない・・・・・・壮絶な目だった。
「お兄ちゃんを殺した・・・・・・たった一人・・・・・・私の大好きなお兄ちゃん・・・・・・」
女は、そんな月咲を見ることが出来ない。
なぜなら、今の月咲の気持ちが・・・・・・痛いほどに理解できるから・・・・・・
「お前が殺した・・・・・・殺した・・・・・・お前が殺したんだ!」
心の底から湧き出る、全ての負の感情をぶつける。
決して癒されることのない・・・・・・熱風のような怒りが女に襲い掛かった。
そして女は・・・・・・ただ一言
「すまない・・・・・・」
そう言い残して、部屋から駆け出していった・・・・・・。
(こんなはずでは・・・・・・!)
女にとって・・・・・・対象はあの二人だけだった。
初めて手にかけることになった、善良な人間たち・・・・・・
この仕事に対し抵抗があったことが、女の意識を散漫にした。
父を守ろうと飛び込んでくる少年にすら、気がつかなかったのだから・・・・・・
家族を殺されて・・・・・・少女の纏った空気・・・・・・
自分の復讐のために・・・・・・同じ人間を作ってしまった・・・・・・
そして女は、この仕事以来『人喰い鴉』として、全ての感情を殺した。
うわっ。やっぱり月咲の両親を襲ったのは…。
美姫 「だとしたら、今後の展開がどうなるのか、非常に気になるわね」
うぅぅ、一体、どうなるんだろうか。
美姫 「次回がとっても気になるわ」
次回も非常に楽しみにしてます。
美姫 「それじゃーねー」