放課後、由乃は館へ向かって歩いていると・・・・・・

 

「あら、由乃さん。ごきげんよう、ちょっといいかしら?」

 

礼儀としてなのか、伺いを立ててはいるが、声の主はすでに由乃の腕をつかんでいる。

 

由乃の返答を待たずに、三奈子は質問をした。

 

「真美がもう取材したって本当なの!?」

 

 

 

 

 

『3人とも、ごきげんよう』

 

朝、由乃・祐巳・蔦子が3人で話しているところに、登校してきた真美が声をかけた。

 

3人が挨拶を返すと、真美は由乃の首元を見て表情を変えた。

 

『ちょっと、由乃さん。ついに妹を作ったのね!?』

 

『あ、うん。まあそういうこと』

 

由乃はそう答えながら、内心『ヤバイ』と思った。

 

いずればれるとはいえ、心の準備も出来ていないうちに新聞部に知られるとは・・・・・・。

 

しかし、そんな由乃の表情を読み取ったのか、真美は小声で話しかけた。

 

『ねえ、由乃さん。この件、お姉さまに内緒にしてもよろしくてよ?』

 

『ほ、ホント!?』

 

真美の意外な言葉に、由乃は目を輝かせた。

 

『うん。ただし、私に独占取材をさせてくれるなら、だけど』

 

由乃は、1も2も無く頷いた。あの三奈子から根掘り葉掘り聞かれることを考えると、

これははるかに幸いといえよう。

 

『了解。それじゃお昼休みにさっそくお願いしてもいいかな?』

 

『わかったわ。月咲にはお昼に館へ来るように伝えておくね』

 

由乃は館を選んだのだが、真美はそれを快諾しなかった。

 

『うーん、場所は・・・・・・ここにしない?』

 

『ここって・・・・・・ここ?』

 

由乃は思わず聞き返した。現在、自分は二年松組にいるわけである。

 

すなわち、ここというのは・・・・・・

 

『そう。二年松組の、この教室で』

 

『ちょっと、それじゃまるで公開録音じゃないの』

 

由乃は不服を申し立てるが、真美は由乃の口元に指を立てる。

 

『なら聞くけど・・・・・・館へ行く途中で、お姉さまに出会わない自信ある?』

 

ここでのお姉さまは、由乃のお姉さまではなく、当然真美のお姉さまだ。

 

館へ行く途中で、偶然・・・・・・どころか、張り込んでいる可能性すらありうる。

 

そうなったとき、過去の苦い経験を思い出すだけで頭痛がしてきそうだ。

 

『わかった。月咲には、ロザリオを首に下げずに行動するよう伝えておく』

 

『ありがとう、由乃さん。これで私もようやく独り立ちできるわ』

 

真美は、目を潤ませながら由乃の手を握った。

 

やはり真美も、相当苦労しているのだろう。由乃は素直に同情した。

 

 

 

 

 

 

「はい。昼休みに、教室で公開録音に近い形で取材を受けました」

 

三奈子のこぶしに力がこもった。

 

よもや自分の妹に出し抜かれるとは思わなかったのだろう。

 

新聞部の暗黙の了解で、たとえ姉といえど、他人の記事に口出しするのはご法度となっている。

 

しかし、三奈子はその手を力なく下げて

 

「わかったわ。時間取らせて申し訳無かったわね』

 

元気無く去っていった。

 

去り際に『世代交代なのかしらね』と三奈子が呟いた。

 

由乃が心の中でガッツポーズをしたのは、言うまでも無かった。

 

 

 

 

放課後、今日は花寺のメンバーを加えた合同練習の日だ。

 

この日の演技は、前日と比べて明らかに変わっていた。

 

まず、花寺のメンバーを出迎えに行くとき、あの可南子が自ら向かった。

 

祐巳だけはその理由を知っていたのだが、他のメンバーは当然目を丸くした。

 

そして、リリアンのみんなに活気が戻った。

 

演技自体が上手くなったわけではないが、身が入ったものになっている。

 

休憩時間になると、手芸部の1年生だろうか。何人かが固まってやってきた。

 

真ん中の女の子が、後ろにいる友達に押されるように、花寺のメンバーの下へ来た。

 

小林がそれを見て

 

「おい、ユキチ。お前に何か用があるみたいだぞ?」

 

と、少し離れたところにいる祐麒を呼んだ。

 

その言葉に、後ろにいた女の子たちがそちらを振り向いた。

 

やっぱりな、と小林は思ったが、一番前の女の子だけはそちらを向かなかった。

 

「あれ・・・・・・?あんたはユキチと話がしたいわけじゃ無いのか?」

 

少し不思議そうな顔をした小林に、その女の子はうつむきながらも頷いた。

 

「う〜ん、じゃあ誰と話したいか教えてくれ。連れてきてあげるからさ」

 

にっと笑った小林の顔に、その女の子は少し赤くなった。

 

そしてそれを見ていたアリスは、そんな女の子の仕草を見逃さなかった。

 

「ねえ、小林君。みんな聞いてるから話し辛いんじゃない?」

 

「ああ、そっか。ごめん、俺そういうところに気がつかないからな。ありがとう、アリス」

 

小林はその子を連れて、外へ向かっていった。

 

そのとき、アリスとその子の目が合うと

 

「ありがとう」

 

女の子の目が、そう言っていたような気がしたのだ。

 

 

 

外へ出て、周りに誰もいないことを確認すると

 

「ここなら大丈夫だろ。誰と話したいのか教えてくれるかな?」

 

「えっと、その・・・・・・」

 

小林が尋ねるが、女の子はやはり顔を伏せてしまう。

 

「う〜ん、教えてくれないと分からないな。君だって俺と話してても仕方ないだろ?」

 

「い、いえ!そんなことは無いです!」

 

「そ、そっか・・・・・・。それならいいんだけど・・・・・・」

 

とはいえ、誰か分からないのでは、彼女本来の目的が達成できない。

 

小林は口ではモテる祐麒を冷やかしはするが、実際はこうした仲介ごとも嫌いでは無いのだ。

 

「あの・・・・・・よかったら、みなさんの普段のこととか教えていただけませんか?」

 

「ん?俺たちの花寺での話?そりゃ構わないけれど・・・・・・」

 

もしかしたら、直接話すのが恥ずかしいのかも知れない、小林はそう考えた。

 

それなら直接話せない分、彼女のためにみんなのことを細かく話してあげようと思った。

 

そうすれば誰かは分からないが、彼女も自分の好きな人を知ることが出来るからだ。

 

「・・・・・・でな、ユキチってあだ名は、先代の会長がつけたあだ名だったんだ」

 

「そうなんですか。だから皆さん、ユキチって呼ばれているのですね」

 

「ああ。最初は嫌がっていたが、俺とかがしつこく呼ぶうちに諦めた。今じゃすっかり定着してるよ」

 

「ふふ、小林さんも悪い人ですね」

 

女の子は、小林の話を聞いてコロコロ笑った。

 

そんな彼女は、小林にとってもかなり可愛いと思った。

 

(くそー、これだけの女の子に好かれるなんて、誰だかわからないが幸せな野郎だ・・・・・・)

 

と、ここまで話して小林は、すっかり忘れていたことを思い出した。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだだった。俺は小林正念で、生徒会の会計やってる」

 

「私こそ申し訳ございません。私の名前は・・・・・・明日菜で、一年李組です」

 

「ん?えっと、苗字が聞こえなかったんだけど・・・・・・」

 

小林の質問に、明日菜はうつむいてしまった。

 

そして、小さな声で小林に尋ねた。

 

「あの・・・・・・聞いても笑わないでください」

 

「え?いや、人の苗字で笑うなんて、いくらなんでもそんなことはしないよ」

 

その言葉を聞き、明日菜は顔を上げた。

 

「私の名前は・・・・・・夏目、夏目明日菜です」

 

夏目・・・・・・小林の頭の中でその単語が響く。そして、ある物体と一致した。

 

「・・・・・・漱石!そっか、千円札だ!・・・・・・ははははは!」

 

あろうことか、先ほどの約束はどこへやら、小林は文字通り、腹を抱えて大笑いした。

 

「あーーー!笑わないって言ったじゃないですか!うそつきー!」

 

明日菜は、笑い転げる小林に、真っ赤になって抗議する。

 

「いや、なんかあまりにクリーンヒットだったから・・・・・・ははは」

 

「まだ笑ってるんですか・・・・・・いいです。もう知りません!」

 

明日菜が怒って後ろを向いたので、小林もさすがに慌てた。

 

「わ、ごめん、怒らせるつもりは無かったんだ!本当に悪かった!」

 

あまりに小林が一生懸命なので、明日菜もつい機嫌を直して振り向いた。

 

「もう笑わないですか?」

 

それでも少し拗ねたような顔で、小林に確認をした。

 

「わかった、今度こそ約束する。だけど、夏目だとやっぱり思い出すから、明日菜って呼んでもいいかな?」

 

小林は、あくまで代替案としての意味しかないのだが、明日菜にとっては衝撃的だ。

 

だが、自分の想い人に名前で呼んでもらえる。それは幸せなことだ。

 

だから、明日菜は小林の顔を見てしっかりと答えた。

 

「はい。約束ですよ、正念さま!」

 

 

 

ちなみに、これは休憩時間中であったことをすっかり忘れていた小林。

 

体育館の中ではもちろん・・・・・・

 

「小林に春が来たんだな」

 

「小林は一年中春なんだな」

 

薬師寺兄弟は、真顔でそんなことを言う。

 

しかし、祐麒は二人を比較的冷静に見ながら言う。

 

「だけど、小林自身は気がついてないよな・・・・・・。まったく、あいつは鈍感だな」

 

それを聞いた恭也は、わずかに顔を顰める。

 

「・・・・・・祐麒、君が言う言葉では無いと思うが?」

 

だが、そんな恭也の言葉に当然全員が

 

(あなたが一番、言う資格なんてありません!)

 

心の中で突っ込みを入れたのだ。

 

志摩子、祐巳、乃梨子の恨みがましい視線があったことも、この際追記しておく。




今回は特に大きな出来事もなく、平穏だったな。
美姫 「ええ。こんなのも良いわよね〜」
ああ。でも、まあ、恭也は何処まで行っても恭也という事か…。
美姫 「それは、まあね」
さて、次回がどうなるのか非情に楽しみだな〜。
美姫 「そうよね。次回はどんなお話が待っているのかしらね」
次回も楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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