「遅えな・・・・・・」
ここは廃ビルの一室。
この地区でかつて集合住宅地として建設された、マンション群の成れの果てだ。
都内とはいえ、都下でさらに駅から遠い。値段も高く、交通の便も悪いのだ。
そのために、今度は企業側が当初の30%で販売という投売りを始めたのだが、これが仇となる。
先住者はこれに怒り、住民同士の仲がどんどん悪くなっていった。
そして仕舞いには誰もいなくなり・・・・・・今に至るわけである。
このビルは、そんなゴーストタウン化した町に建てられた、哀れな元デパートだ。
もっとも、荒廃してしまった現在の状況は、彼らにとって最高の条件となるのだが・・・・・・。
「あやつ、まさか勝手に行動を起こしてるのか?」
窓際でつぶやいていた金髪を立てた上半身裸の男に、迷彩服を着た初老の男が答えた。
「けっ・・・・・・そんなら今頃、どっかで血ぃ流してくたばってるんじゃねーか?」
初老の男性の答えにけけけ、と笑い飛ばしながら裸の男は答えた。
「お前さんはどう思う?」
初老の男性は、その長身を壁に寄りかける無言の男に話を振った。
「ふん・・・・・・そんなことはどうでもいい。それよりもこれからどうするかだ」
自分よりはるか年下であろう男に、無礼な物言いを受けた初老の男の顔がゆがむ。
「くっくっく、ジイさん、そんなカリカリしてたら血管キレるぜ?ボスが来るまで頭冷やしとけ」
「ぐ・・・・・・貴様ら・・・・・・」
すると、入り口にコツッ・・・・・・と足音がして全員の視線が集中した。
「みんな揃っているようだね」
この荒廃した場に似つかわしく無い、さわやかな声が響いた。
「いや、それがまだ」
初老の男の答えを、彼は手で制した。
「彼は死んだよ。後ろから首筋を一突きさ」
まいったね、と両手を竦めておどけるが、目はまったく笑っていなかった。
「まあこれで分かったと思うけど、勝手な行動は慎むべきだね」
ひそかに抜け駆けしよう、と思っていた2人は、彼の少しだけ強い言葉に竦み上がる。
しかし長身の男だけは、彼を見据えて問いかける。
「アンタの目的は何だ?」
彼は笑って答える。
「ふっ、君たちのように、自分のいた組織を潰されたことに我慢が行かない、と言う理由でどうだい?」
あくまで人をおちょくったような物言いに、長身の男は忌々しげに舌打ちをする。
「まあよい。それで、これからどうする気だ?見たところ、お前さんも相当な実力を持っておるようだが」
「はっ!そりゃそうだろうよ。なんたって『龍』の元幹部なんだからな」
初老の男性の問いかけに、金髪の男は皮肉交じりに代弁した。
とはいえ、階段を昇る音・・・・・・その気配まで無いのは3人とも驚きを隠せなかった。
「正確には幹部ではない、まあ忘れてくれ。今は我々が仲間だろ?」
ここの人間は1ヶ月ほど前に潰された、各組織の生き残りで構成されていた。
運よく物資調達や仕事によって遠出していたところに、組織が襲撃を受けたのだ。
戻って唖然としたところに、現在ここのボスとなった彼によって集められた、寄せ集めである。
とはいえ、目的は同じ。自分の組織を潰した少女へ復讐することだ。
少なくとも、3人にとっては・・・・・・。
「今日殺されたあの男が、身を持って証明してくれたように、彼女には不意打ちの類ですら一切通用しない。
彼女はなんと言ってもHGSだからね・・・・・・」
『HGS』・・・・・・その言葉に3人の顔に戦慄が走る。
HGSとは、『先天性高機能性遺伝子障害』と呼ばれる病気の一つだ。
一般には認知度のとても低い、きわめて幼児死亡率の高い病気なのだ。
この病気には副作用があり、言うなら超能力と呼ばれるような力が使える場合もある。
瞬間移動、念動力など・・・・・・自然の力が使える場合は、雷を呼ぶことすらも出来る場合がある。
そこまでの力を持つ人間は少数だが・・・・・・国や組織の重要人物として、屋台骨を支えている。
そんな人間離れした相手では、例え最凶と謳われた『龍』といえど、赤子の手をひねる様なものだ。
さらに言うと彼らがいたような、軍の一個小隊にも満たないような組織など、文字通り秒殺だ。
「だが・・・・・・まるで勝ち目が無いわけではない。HGSの能力には、必ず源泉が存在する。
確かに、大気中の物質などを源泉にしていたら、まずどうにもならないが・・・・・・
幸運なことに、彼女の源泉は『心の力』だ」
「心の力・・・・・・だぁ?」
金髪の男が冗談だろ、といった顔をしている。
「心の力が何になるってんだ?何か?真心が癒しの力にでもなるっていうのか?」
金髪の男の言葉もあんまりではあるが、他の二人も馬鹿馬鹿しいとため息をつく。
「知識のない君たちには分からないだろうけど・・・・・・そんな力もあるってことだ。
同じ心の力でも、怒りや憎しみなどは、大きな糧となるのさ」
「ふん・・・・・・仮にそれがそうだとしても、言うまでも無くまだ半分だ。肝心の話はどうなんだ?」
そう。仮にその力の源泉が心にあると分かっても、それをどう崩すのか。
問題はそこだったのだ。
「人間というのは、大事にしているものを失うと、冷静さを大きく欠くのさ」
彼は3人を一瞥し、今の君たちのようにね、と言わんばかりの視線を送る。
「物は新しく買えばいい。だが、それが人間となるとそうはいかない」
彼は胸から写真を取り出した。
「大事な人間に危機が訪れたとき、彼女の心は大きく揺れることだろう」
(それが、君たちの望む事態には為らないだろうけどね)
3人に分からない、そんな薄い笑みを彼は浮かべたのだった。
翌日、二年松組の教室。
祐巳は、朝から頭を抱えている友人の、武嶋蔦子に声をかけた。
「ごきげんよう、蔦子さん。どうしたの?」
蔦子は、声をかけてきた祐巳を教室の端に連れて行くと、小声で話した。
「祐巳さん?それがね・・・・・・部室が誰かに荒らされたみたいなの」
「えーーーーー!?それって大変じゃない!」
祐巳が大声を上げるが、蔦子は祐巳の口を慌てて押さえた。
「祐巳さん、ちょっと声が大きい!他の人に知られたりしたら・・・・・・」
「ごめんごめん。でも、写真部ってカメラとか高いんじゃ・・・・・・」
祐巳は、まるで自分のことのようにしょげてしまう。
だが、蔦子から帰ってきた言葉は少し意外なものだった。
「それがね、カメラとか機材は全部無事なの。ドアとか窓、鍵すら壊されてない」
「はい?」
祐巳は、それが信じられなかった。普通、写真部に忍び込んですることは、カメラを盗むことだろう。
いや待て、ドアも窓も、鍵も壊されていないのに荒らされたって・・・・・・
「蔦子さん、鍵を閉め忘れただけじゃない?」
「あのね、写真に命をかけているこの私が、そんなヘマすると思う?」
「・・・・・・思わない」
そうなると、一体なんのためにわざわざ忍び込んだのか。そもそも忍び込んだのか?
祐巳は、まずその話自体が疑わしくなった。
「でも、荒らされたってことは、何かが無くなったりしてるわけだよね?」
「そう、そうなのよ!」
蔦子の顔が、祐巳にドアップで迫ってきた。
そりゃあもう、キスでもなんでも出来そうなくらい・・・・・・
「つ、蔦子さん落ち着いて・・・・・・。何がなくなったの?」
「写真よ・・・・・・。私のベストショットがなくなってたの」
「ベストショット・・・・・・?」
「うん。実はね、私はうまく取れた写真は特別にファイリングしているんだけど・・・・・・」
蔦子さんは、『自慢のファイル』と豪語する、そのアルバムを祐巳に見せる。
そして、不自然に抜け落ちている、3枚分の写真のスペースを指した。
「ここって、何が入ってたの?」
「これよ」
蔦子さんは、ポケットから写真を3枚取り出した。
その3枚の写真は、祐巳にとって初めて見る写真だった。
1枚目は、月咲と由乃、それに乃梨子だ。お弁当の包みが見えるので、これから昼食といったところか。
2枚目は、月咲と恭也だ。大和撫子のような月咲と、昔気質の恭也がお似合いである。
「ん?祐巳さん、その顔いただき!」
パシャッ
不覚にも2枚目の写真を前に、百面相をしているところを取られてしまった。
「あれ?でも写真って無くなったんじゃないの?」
「ふふふ、蔦子さんは、しっかりネガを保存しているのよ」
なんだ、それじゃあ落ち込むこと無いじゃないか。
あ、それでも誰か進入したって言うなら、やっぱり不気味か・・・・・・。
そんなことを考えていると、蔦子は3枚目の写真を祐巳に渡す。
祐巳は、その写真を見て思わず目を細めた。
蔦子はその顔をカメラに収めようと再び構えるが、無粋だと思いカメラを下ろした。
「ごきげんよう、祐巳さん、蔦子さん」
教室の入り口に、登校してきた由乃が祐巳たちに向かって挨拶をした。
それに蔦子は慌てて写真を仕舞うと、由乃がそれを怪しんだ。
「あ、蔦子さん。その写真は何?」
「なんでもないわ。ねえ祐巳さん?」
「そうだね、何でも無いよね蔦子さん」
二人が含みのある笑いをしているのに、由乃のほっぺが膨らむ。
「む〜、何よ朝から二人とも。感じ悪い〜」
そんな由乃に、二人はますます破顔した。
3枚目の写真は、月咲の首にロザリオをかける、由乃の写真が写っていたのだった。
盗まれた写真。
それはつまり…。
美姫 「新たな幕が今、開くのね」
いやー、益々面白くなっていくね〜。
美姫 「本当に。一体、今後どうなるのかしらね」
続きが速く読みたいな。
美姫 「ええ。それじゃあ、次回も楽しみに待ってましょうか」
だな。ではでは。