『祐巳さまなんて好きじゃない!』
言われたことは、初めてではない。
かつて、祥子とすれ違ったときにも『最低』と言われた。
それでも、瞳子は嫌な顔をしながらでも、自分についてきてくれた。
瞳子は、祥子が大好き。
祐巳も、祥子が大好き。
同じ人を好きになったのだから、多分分かり合えると思っていた。
それに、きつい口調だが、それが自分を心配したり叱咤してくれている、裏に隠れた心遣いもうれしかった。
だけど今・・・・・・はっきりと『好きではない』と口にされ・・・・・・
瞳子と仲良くなれた、と思っていた自分は、ここまで打ちのめされていた。
これ以上瞳子の言葉を聞くと、自分が壊れてしまいそうで・・・・・・
だから祐巳は、瞳子の声から逃げるように館へ来ていた。
階段を昇って扉を開くと、祥子は紅茶を入れて祐巳を待っていた。
「待っていたわよ、祐巳。お座りなさいな」
祥子は、いつもと変わらない優しい言葉で祐巳を迎えた。
本当は言いたいことがあるはずなのに・・・・・・
「お姉さま・・・・・・」
「ほら、紅茶が冷めてしまうわ」
祐巳は、席について紅茶を一口飲んだ。
自分好みの甘さになっていて、そこに祥子の優しさが伺えた。
それから祥子は、まるで子供に物語を聞かせるように語り始めた。
「祐巳・・・・・・あなたが私の妹になってからもう一年になるのね」
しみじみ、といった様子で祥子は微笑む。
「最初、あなたとスールになったとき・・・・・・少し不安だったわ」
その言葉に、祐巳はがくっとした。
「だって、少し抜けていて・・・・・・それでいて、走り出すと止まらないんですもの・・・・・・。いつもはらはらしてたわ」
決して誉めてはいない、と思われるのだが、祥子の顔はとても穏やかだ。
「でも、そんな祐巳なのは今でも変わらないけれど・・・・・・あなたの持っている良さも輝いたままだったわ」
祥子は、紅茶のカップを口元に寄せ、一口飲んだ。
「最初、妹なんて・・・・・・と思ったけど、あなたを見るたびに私は癒されたのよ」
「お姉さま・・・・・・」
「祐巳。妹は・・・・・・大事よ。あなたは今、苦しくてたまらないと思うけれど・・・・・・私は手を貸すことはできないわ」
それに俯いてしまった祐巳の手に、祥子はそっと触れる。
「あなたの妹は、あなたが選ぶの。自分にとって、そばにいて欲しい人を」
私があなたを選んだように・・・・・・
祥子は、そう言葉を紡いだ。
「もし、泣きたいときや辛いことがあったら私のところへ来なさい。そして、私のところで泣いたら、今度はあなたが大事な人を包んであげなさい」
祐巳は、顔を上げた。
目に力が戻っているのをみて、祥子は満足そうに微笑んだ。
「お姉さま・・・・・・ありがとうございます」
祐巳は祥子に頭を下げて、ビスケット扉を開けて走っていった。
「本当に・・・・・・良かったの?」
祐巳が去ったあと、祥子は階段を昇ってきた可南子に問い掛けた。
「はい。祐巳さまには・・・・・・瞳子さんが必要だと思いますから」
「そうじゃなくて・・・・・・あなたのことよ。あなたも祐巳のことが好きじゃないの?」
祥子の言葉に、可南子は首を振ると
「私は祐巳さまが好きです。ですが、妹になる気はありませんから・・・・・・」
「そう・・・・・・」
祥子は、既にぬるくなってしまった紅茶に口をつけて、飲み干した。
「紅薔薇さま、お代わりはいかがですか?」
可南子は、空になった祐巳のカップを片付けつつ聞いた。
「そうね。お願いしていいかしら?」
自分のカップを差し出すと「砂糖は二本つけてね」と付け加えた。
可南子は、祥子の意図することを理解し
「かしこまりました」
と、自分にも砂糖を二本入れて紅茶を淹れた。
二人でその紅茶を一口飲んで・・・・・・
「やっぱり・・・・・・甘いわね」
祥子がそう言うと可南子も
「そうですね」
二人はくすくす笑いながら、自分達にとって少し甘い紅茶を飲んでいた。
祐巳が、館から出ると瞳子はいた。
館を前に、うろうろして入ろうか止めようか迷っているようだった。
祐巳は瞳子の前に歩いていくと、瞳子は祐巳の姿に気がついた。
「瞳子ちゃん」
祐巳は、瞳子の名前を呼んだ。
瞳子はそれにびくっとするが、「はい・・・・・・」と、俯いたまま返事をする。
次に発せられると思われる、祐巳の言葉に身をこわばらせながら。
「私はね、瞳子ちゃんのことが好きだよ」
てっきり、拒絶・・・・・・または訣別の言葉が来ると思っていたのに・・・・・・
祐巳の言葉に瞳子は恐る恐る顔を上げた。
祐巳は・・・・・・笑顔だった。
「瞳子ちゃんが私のこと好きじゃなくても、私は瞳子ちゃんのことが好き」
祐巳は、瞳子をそっと抱き寄せた。
瞳子はびくっと震えたが、抵抗はしなかった。
「瞳子ちゃんは私のこと嫌いかも知れないけど・・・・・・学園祭が終わるまでは、一緒にいて欲しいな」
「・・・・・・ですわ」
瞳子が、祐巳の中で何かをつぶやいた。
だが、小さな声だったのでよく聞こえない。
祐巳は、瞳子を離して瞳子の顔を見た。
すると、瞳子は目に涙を浮かべてもう一度言った。
「嫌いだなんて・・・・・・言ってないですわ」
祐巳は、そういう瞳子をまっすぐに見据えると
「そっか、それじゃ私のことをどう思ってるの?」
祐巳はにっこりと笑って瞳子に言う。
瞳子はその言葉に顔を赤くする。
「そ、それは・・・・・・。祐巳さまが思ってらっしゃる通りだと」
「えー?瞳子ちゃんの口から聞きたいよ」
そんなことを言った祐巳の顔は、明らかに楽しそうだ。
「もうっ!そんなところだけ薔薇さまらしくならないでくださいっ!」
祐巳は、真っ赤になって拗ねる瞳子が可愛く思えた。
そういえば自分は、瞳子の言葉一つに傷ついたり仕草一つに喜んだり・・・・・・
ああ、そう言うことなのか・・・・・・
「瞳子ちゃん、行こ?」
祐巳は瞳子の手を繋いで館へ引っ張っていく。
「ちょっと祐巳さま!勝手に人の手を・・・・・・」
「あれ?嫌じゃないんでしょ?」
祐巳は、確信犯的な顔を瞳子に向ける。
瞳子は、すでにバレバレな顔を横に向けると
「もうっ・・・・・・!勝手にしてください!」
そんな憎まれ口を叩くが、祐巳はしっかりと握り返す瞳子の手に苦笑していた。
とりあえず、瞳子と祐巳の仲は元通り。
美姫 「前よりも良くなったかもね」
うんうん。雨降って地固まる、だな。
美姫 「可南子ちゃん、いい子よね〜」
ああ、いい子だな〜。
美姫 「さて、次回はどんなお話が待っているのかしらね」
いやー、楽しみだな。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。