『可南子さんって・・・・・・ロザリオ受け取ったのかな』
昼休み、乃梨子さんがいなくなってしまったので、一人で食事を取っていたところへクラスメイトの声が聞こえた。
月咲さんは既に由乃さまに攫われ、可南子さんは・・・・・・知らない。
少し前まで、敦子さんと美幸さんがいつも一緒だったのだが、今はもう一緒ではない。
本人達は、『聖書朗読部』が忙しくて・・・・・・と言ってはいたが、瞳子にはそれがごまかしであることは判っていた。
原因は、過去に遡る。
ミルクホールで・・・・・・祐巳さまを罵倒したこと。
一年の間では・・・・・・すでに神聖化されている祐巳さまを罵倒したとなれば・・・・・・当然反感を買う。
その上、未だに祐巳さまと一緒にいるのだから、もし自分が外の立場だったとしたら同じ行動を取っていたかもしれない。
瞳子がそんなことを考えていると、クラスメイトの話し声は続いた。
『いえ、まだ可南子さんはロザリオをつけてらっしゃらなかったわ』
『そう・・・・・・。でも、時間の問題ね』
『そうね。瞳子さんが脱落されたのだから・・・・・・』
『くすくす・・・・・・あまり大きな声だと聞こえるんじゃなくて?』
そのグループから、自分を嘲笑する声が聞こえる。
瞳子はその声を、冷静に聞き流すよう努めた。
第一、反論できる立場ではない。彼女らに何か言われる筋合いなど無いのだが、原因は自分にあるからだ。
だが、そんな嘲笑は突然黄色い声に取って代わった。
「きゃっ・・・・・・祐巳さまよ!」
「ああ、祐巳さま・・・・・・」
廊下に、祐巳さまが現れてからクラス内部がざわついた。
そして祐巳さまは教室をのぞいて・・・・・・
「あ、瞳子ちゃ〜ん。良かったらお昼一緒しない〜?」
なんて、大声で私のことをお呼びになられた。
それから、教室中の目がいっせいに私の方へ向いた。
その目は・・・・・・決して気持ちいい視線ではなかった。
だけど私は、その視線に気がつかない振りをして教室を出た。
すると・・・・・・
「あれ、可南子ちゃんは今いないの?」
「さあ、存じませんが」
「そっか〜、残念」
祐巳さまは、落胆の色を顔に浮かべた。
この人は、本当に人を逆なでするお人だ。
「それで、それが用件でしたら失礼しますわ」
私がそう言うと、祐巳さまは慌てて
「わ、待ってよ。ご飯一緒に食べよう、って言ったじゃない!」
なんて、私の腕を掴んだ。
「祐巳さま、離して下さい!」
「やだよ、離したら瞳子ちゃん逃げちゃうでしょ?」
私は、ため息を吐いて、力を抜いた。
それで祐巳さまはようやく、掴んでいた手を離す。
「それじゃ、行こっか」
祐巳さまは、今度は私の手を繋いで引っ張っていく。
「ちょっと祐巳さま!何をされるのですか!」
「何って・・・・・・手を繋いでるんだよ?」
「それは見れば判ります!私が言いたいのは・・・・・・」
そこまで言ったところで、自分達を取り巻く視線に気が付いた。
主に・・・・・・自分に向けられた、絡みつくような視線。
居心地が悪くなって、私は祐巳さまの手を振りほどいて駆け出した。
外へ出て、とにかく走っていた。
何故そこに行ったのかは判らない。
古ぼけた、温室・・・・・・だろうか。そこを見つけて中へ入った。
すると・・・・・・
「瞳子・・・・・・さん?」
中には、可南子さんがいた。
私は可南子さんを見つけて、きびすを返そうとすると
「逃げること無いんじゃありません?」
なんて、挑発的な言葉を口にしてきた。
「逃げる・・・・・・?この私が?」
「ええ、そうよ。今あなた、私から逃げようとしたわ」
その言葉にカチンときて、私は言い返す。
「何で私が可南子さんから逃げないといけないのかしら?」
「何で・・・・・・かしらね?」
可南子さんはふっと笑って私を見据える。
ますます気に入らない・・・・・・
「逃げなければいけない理由なんて・・・・・・ありませんわ」
言葉ではそう言ったが・・・・・・自分の足は前に進まない。
そんな私の様子を感じ取ったのか、可南子さんはふぅん、と相槌を打った。
頭に来る・・・・・・
「気に入らないですわね・・・・・・私を馬鹿にしてますわ!」
「あら、瞳子さんでもお分かりになったのね」
ブチン・・・・・・何かがキレた。
「何なんですか!私に何か文句でもありまして!?何の言われがあって可南子さんにそんなこと言われなきゃならないの!?」
真っ赤になって怒って、私は可南子さんに詰め寄った。
「おっしゃってください!私の何が気に入らないの!?」
掴みかかる勢いで、可南子さんの目の前まで来て言葉をぶつける。
すると、可南子さんは私を見下ろしたまま・・・・・・
「その、芝居臭い行動が気に入らないわ」
冷ややかに、だけどはっきりと言った。
「芝居臭い・・・・・・!?」
「ええ、そう。瞳子さんはさっき、人のことを馬鹿にして、と言ってたけれど、私にとってはあなたの行動の方が人を馬鹿にしてると思うわ」
「何であなたにそんなこと・・・・・・!」
「あなたが、祐巳さまを好きだからよ」
祐巳は、突然駆け出した瞳子を追いかけていた。
だけど、途中で見失い、どこへ行ったのかが判らなくなっていた。
それで祐巳は、あても無く外を歩いていたのだが、温室の近くを通ったときに
誰かの話し声がした。
何やら、怒鳴っているような・・・・・・そんな声で、聞き覚えもあったので温室へ向かった。
温室の前まで来たところで、声の主が瞳子と可南子だとわかった。
そして、声が響いた。
『なんで何であなたにそんなこと・・・・・・!』
『あなたが、祐巳さまを好きだからよ』
祐巳は、二人の会話に少し戸惑った。
すぐにでも止めよう、と思ったのだが、会話の続きが気になったのだ。
なので、二人から死角になる場所に身を隠し、事態を見守った。
「私が・・・・・・祐巳さまを好き・・・・・・ですって?」
私は、自分に向けられた言葉に耳を疑った。
「可南子さん、別に私は・・・・・・」
「瞳子さん、あなたいい加減素直になったらどう?」
言い返そうとする私の言葉を、可南子さんはさえぎった。
「そうやって、いつも演技して本心を隠しつづけて・・・・・・見ている方が痛いわ」
「何故そんなことが言い切れるの?言いがかりは止していただけないかしら」
「そう・・・・・・わかったわ」
可南子さんは一息ついてそう言うと、温室の出口へ向かって歩き始めた。
「それなら・・・・・・私が祐巳さまの妹になってもいいのよね?」
振り向かないまま、可南子さんは私に尋ねてきた。
私は言葉に詰まった。思わず出てきそうになった言葉を抑えると・・・・・・
「私は・・・・・・」
必死に言葉を探す。そして、声を張り上げた。
「私は、祐巳さまなんて好きじゃない!可南子さんがなりたいなら、どうぞ勝手にしたらいいですわ!」
ガサッ・・・・・・
温室の外から、音が聞こえた。
私は、音の方へ目を向けた。
私に向けたその顔は、とても悲しそうで・・・・・・
そして、後ろを向いて、とぼとぼと歩いていってしまった。
私は、あの人の姿が見えなくなるまで、目を離すことが出来なかった。
可南子さんは、出口のところから動かないで立っていた。
「まだ何か・・・・・・言いたいことあるの?」
私は、もう演技をすることも出来なかった。
「何も無いわ・・・・・・。その方が堪える事だってあるでしょう」
そう言い残し、可南子さんは温室を後にした。
瞳子は予鈴が鳴って我に返るまで、『ロサ・キネンシス』を見ていた。
咲き誇る華の方ではなく・・・・・・華の『予備軍』であるつぼみを・・・・・・。
今回は瞳子ちゃん〜。
美姫 「一年生たちにも色々とあるのね〜」
うんうん。こうして人は成長していくんだよ。
美姫 「で、成長しなかった例がコレと」
コレとか言うな! って、その前に成長ぐらいはしてるわい。
美姫 「何処が?」
いや、そんな真剣に聞き返されても…。
えっと、えっと…。一人でトイレにも行けるし。
美姫 「いや、そんなギャグはいらないから」
……う、うわぁ〜ん。
美姫 「それじゃあ、次回も待ってますね〜」
って、少しは心配しろよ!