日曜日・・・・・・恭也は乃梨子の家に向かうため、バスに乗っていた。

 

これは、土曜日の夜のこと・・・・・・

 

 

 

『祥子さん、すまないが日曜は出かけることになる』

 

祥子の家に厄介になっている恭也は、リビングで紅茶を優雅に飲む祥子に断りを入れた。

 

『そうですか。お食事の方はどうされますか?』

 

『昼過ぎに待ち合わせだから、お昼だけいただこうかな』

 

『待ち合わせ・・・・・・?』

 

祥子は、恭也の待ち合わせ、という言葉に顔を上げた。

 

『あら、志摩子とデートですか?』

 

面白そうな顔をして祥子が言った。

 

『いや。乃梨子の家に招待されたんだ』

 

『えっ!?乃梨子ちゃんのお宅にですか?』

 

祥子は驚きで、紅茶のカップを思わず音を立てて置いた。

 

『それに・・・・・・乃梨子って今、呼び捨てに・・・・・・』

 

祥子は顎に手を当てて首を傾げて考え込んでいる。

 

『いや、なんでも乃梨子の家主がな・・・・・・』

 

恭也は、乃梨子が男に絡まれていたことを説明し・・・・・・

 

『で、乃梨子が家に連れてくるように、と家主からの命が下ったそうなんだ』

 

恭也の説明に祥子はこめかみに手を当てて・・・・・・

 

『本当に恭也さんは、いつのまにか女性を引き寄せてるんですね』

 

『何故なんだ・・・・・・』

 

最近、そこのところには自覚したのか、首をかしげるのだが・・・・・・

 

(根本的なところが相変わらず判ってないわね)

 

祥子はくすくす笑って・・・・・・

 

『わかりました。お夕食は外で食べられる、と言うことでしたら伝えておきますね』

 

『ああ、すまない』

 

『いいえ。ごゆっくり楽しんでらしてくださいな』

 

 

 

バスが目的の停留所に到着し、恭也はバスを降りた。

 

予定の時間よりも5分早く到着したのだが、乃梨子は既にバス停にいた。

 

バスから恭也が降りてくると、他の降車する客の邪魔にならない場所で頭を下げた。

 

「こんにちは、恭也くん。せっかくの休みなのにごめんなさい」

 

乃梨子の言葉に恭也は少し笑って

 

「いや。俺は夏休みだからな。毎日日曜みたいなものだ」

 

「うわ、ずるい!」

 

「その代わり、大学の授業は90分授業だ。それが六時間あった日には・・・・・・」

 

ため息を吐く恭也に、乃梨子は思わず笑った。

 

「でも恭也くんって結構、授業中寝てそう」

 

「・・・・・・なんでわかった」

 

やっぱり、と乃梨子は思うが、恭也は当てられた理由がわからないと言う顔をしていた。

 

 

 

そんな恭也にますます笑いを堪えられない乃梨子は、足早にマンションに入った。

 

そして、現在間借りしている菫子さんの家の前に到着し・・・・・・

 

「ただいま〜。菫子さん、恭也さん連れてきたよ」

 

「おかえり。とりあえず上がってもらいな」

 

中から菫子の返事を聞いて、恭也は居間へ通された。

 

すると、居間であぐらをかいて座っていた菫子は、恭也を見て固まり・・・・・・

 

スクッ・・・・・・タタタ・・・・・・ガラガラッ・・・・・・ピシャンッ!

 

およそ、二秒くらいの間に席を立ち、早足で自分の部屋へ行ってしまった。

 

「す、菫子さん!」

 

乃梨子は菫子の行動に困惑するが、恭也は

 

「まずいな・・・・・・嫌われてしまったか」

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない、恭也くん・・・・・・ねえちょっと、菫子さんってば!」

 

乃梨子が声を上げて、菫子の部屋の前へくると、静かにふすまが開いた。

 

「どうも失礼致しました。いらっしゃい、恭也さん」

 

乃梨子は思わず石化した。

 

二条菫子は、乃梨子の見てきた『いたずら好きな半世紀年上の大叔母』ではなく、

リリアンの卒業生としての、まさに淑女な二条菫子であった。

 

 

 

「先ほどは、驚かせて申し訳ございませんでした」

 

頬に手を当ててそういう菫子に、恭也はいいえ、と首を振る。

 

「その節は、乃梨子がお世話になったようで・・・・・・そして、現在もお世話になっているようで・・・・・・」

 

「あ、いえいえ。こちらこそ乃梨子さんには・・・・・・」

 

乃梨子は、菫子の変貌振りに正直頭が回らなかった。

 

どうなっているのだろうか。

 

まさか、年甲斐もなく恭也に惚れたのではないか。

 

そんな心配がよぎってきた。

 

「乃梨子は、帰ってくるなり志摩子さん志摩子さんで、いつも枯れていまして・・・・・・」

 

おいおい、余計なお世話だよ菫子さん

 

っていうか、アンタ誰だよ

 

乃梨子は、菫子の言葉にいちいち突っ込みを入れていた。

 

「それで、恭也さんはご趣味とかはおありなのですか?」

 

うわ・・・・・・こんなの絶対菫子さんじゃない

 

乃梨子は心のそこからそう思っているのだが、恭也の趣味は気になった。

 

「趣味ですか・・・・・・。自分の趣味は、盆栽と釣りですね」

 

その言葉に、菫子と乃梨子は石化した。

 

菫子は、危うく地が出そうになるのを抑えて、落ち着いて聞きなおした。

 

「あの、趣味が盆栽、と聞こえたのですが・・・・・・」

 

「ええ。盆栽です。始めて9年になりますね・・・・・・」

 

9年ってあんた、10歳のころからやってたのか!

 

あー、でも・・・・・・盆栽って少しいいかも・・・・・・

 

そんなことを乃梨子が考えていると、菫子が下を向いて震えている。

 

それに恭也も乃梨子も菫子から目が離せなくなり・・・・・・

 

「くっくっく・・・・・・うははははははは!ぼ、盆栽かい・・・・・・ふふっ・・・・・・!」

 

菫子は、我慢できずに、地で笑い始めてしまった。

 

突然火のついたように笑う菫子に、恭也は固まっている。

 

「菫子さん、笑ったら失礼だよ」

 

乃梨子の言葉に、菫子はふと我に返ると

 

「いや、ごめんごめん。この枯れきった乃梨子が連れてくる男の子がどんな人かと思ってたんだけどねぇ」

 

最初はかっこいい、昔ながらの雰囲気をもついい男だと思ってたら、

中身まで昔かたぎだったから思わず笑ってしまった、と。

 

「乃梨子にしてこの人か、と思ったら・・・・・・ふふふ」

 

すっかり置いていかれている恭也に菫子が

 

「いやいや、あんたを馬鹿にしてるわけじゃないんだ。悪く思わないでちょうだい」

 

「はあ・・・・・・」

 

生返事の恭也は、未だに事態が飲み込めていないようだった。

 

「さてリコ。そろそろ行って来るよ。夕食は二人で食べなさいな」

 

財布から、お金を置いて、菫子は席を立つ。

 

「え?ちょっと菫子さん!?」

 

「あら、言ってなかった?今日は寄り合いがあるから出かけるって・・・・・・」

 

言ってなーい!絶対言ってなーい!

 

乃梨子はこの破天荒な行動をする菫子に、もう突っ込む気力も起きなかった。

 

「まあせっかくだから、リコ。あんた、料理作ってあげなさい。それじゃごゆっくり」

 

菫子は、そのまま家を出て行った。

 

がっくりと脱力する乃梨子に、恭也は同情の目を向けた。

 

「まあ・・・・・・あんな大叔母でして・・・・・・。半世紀以上年下の人間をからかうのを生きがいにしているんです」

 

すると、ガチャッとドアが開いて

 

「リコ・・・・・・夜には帰ってくるから・・・・・・行き過ぎは駄目よ?」

 

「もうっ!菫子さん!!」

 

「はいはい、それじゃ行ってくるね。・・・・・・リコ、さっきの聞こえたよ?」

 

バタン

 

ドアが閉まり、台風は再上陸を終えて去っていった。

 

「苦労・・・・・・してるんだな、乃梨子」

 

「今日は特に大変だったかも」

 

力なく笑う乃梨子に、恭也は改めて同情するとともに

 

「かーさんと真雪さんを足して2で・・・・・・割らなくてちょうどいいか」

 

恭也の菫子に対する印象は、おおよそそんな感じで固まった。

 

 

 

「ところで恭也くん・・・・・・ジャガイモは入れなくても平気?」

 

「ああ。乃梨子が普段入れないならそれでいいぞ」

 

「わかった。ニンニクはどうする?」

 

「乃梨子はどうしてるんだ?」

 

「う〜ん、うちは下味つけたら取ってますね」

 

「そうか。じゃあそうしてくれ」

 

結局、乃梨子はカレーを作ることにした。

 

煮物とかも作れることは作れるが、志摩子のお弁当を食べたという恭也に対し、

自分の作る煮物を口に入れさせるのは少々憚られた。

 

その結果、和食以外でまともに作れるのはカレーだけだった。

 

そして今、恭也と乃梨子は、近所の商店街へ出向いていた。

 

菫子さんの家に下宿している手前、乃梨子も台所に立つことは多々ある。

 

そのために、買い物にもよく出向いているのが災いした・・・・・・。

 

 

 

『お、ノリちゃん・・・・・・今日は彼氏連れかい?おめでとう、おまけしとくよ』

 

『かっこいい彼氏にサービスだ』

 

『いいわね、ノリちゃん。彼氏に腕を振るうのね。オバさん安くしちゃうわよ!』

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

『顔から火が出る』とはこういうことを言うのだろうか。

 

「なんというか・・・・・・すまん、乃梨子」

 

「いえ、恭也くんが謝るようなことじゃ・・・・・・」

 

最後に肉屋を乃梨子たちは訪れた。

 

いつものとおり、豚肉のバラを注文すると

 

「お、リコちゃんいらっしゃい・・・・・・ん?その人、リコちゃんの兄貴かい?」

 

なんか雰囲気似てるんだよなー、と、肉屋の親父さんが笑う。

 

「違います!恭也くんは兄じゃないです!」

 

乃梨子は力いっぱい訂正した。

 

そんなに似ているのかな、と思う反面、兄、と言われたことに少し落胆する自分がいた。

 

「・・・・・・乃梨子、そんなに嫌がるなんて、もしかして俺のことが嫌いなのか?」

 

恭也は、少し困ったような顔で聞いてきた。

 

「ちょっ・・・・・・恭也くん、嫌いなわけないじゃない!」

 

そして・・・・・・

 

「おお、リコちゃん・・・・・・ごめんよ、彼氏だったのか。おーい、お前、リコちゃんが彼氏連れてきたぞーーーーー!!」

 

 

 

その声は、商店街中に響き渡った・・・・・・。

 

 

 

その夜・・・・・・。

 

「あらリコ・・・・・・ずいぶんとたくさん冷蔵庫にあるけど・・・・・・」

 

「聞かないで、菫子さん・・・・・・」

 

疲れきった表情でがっくりとしている乃梨子。

 

隣にいる恭也も、なんだか顔がやつれている感じがする。

 

だが、二人の視線が合うたびに互いの顔は赤くなる。

 

それを見て菫子は、明日の買い物が楽しみになったのだった。

 

 




いやー、恭也一人のせいで大騒ぎとは、中々楽しいな。
美姫 「明日の買い物で菫子がどんな反応をするのか、とかね」
いやいや、まさに次回も楽しみですな。
美姫 「うんうん。次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ