M駅近くの商店街。

 

季節も本格的に秋に突入し、各店舗とも秋の食材、衣料などのセールも真っ盛り。

 

いつもは静かな本屋でさえ、『読書の秋』と銘打ってこの商戦に参加している。

 

先ほどから八百屋・魚屋・肉屋など、ひっきりなしに声をかけられていた二条乃梨子は、いつもならうっとおしいと思うこの状況も、全く気にならなかった。

 

それどころか、鼻歌を歌いながら歩いていた。

 

その理由は、自分の姉である藤堂志摩子が今日一週間ぶりに、修学旅行から帰ってくるからだった。

 

(一週間ぶりの志摩子さん・・・・・・ああ、早く会いたい!)

 

由乃曰く、『脳みそが溶けている』状態になった乃梨子は、今日の朝の会話を思い出していた。

 

 

 

『もしもし、二条さんのお宅でしょうか。私はリリアン女学園の・・・・・・』

 

『志摩子さん!?』

 

『乃梨子なの?ごきげんよう。そっちだと朝なのかしら?』

 

金曜の朝、乃梨子は寝ぼけ眼で電話を取ったのだが、相手が志摩子と分かると一気に脳が覚醒した。

 

『うん。志摩子さんの方は夜なのかな?』

 

『ええ、そうよ。寝る前に乃梨子の声が聞きたくて電話したのよ』

 

その言葉に乃梨子の顔がボッと真っ赤になった。

 

『し、志摩子さん・・・・・・うれしいんだけど、ちょっと恥ずかしいよ』

 

『あら、そうなの?ふふふ・・・・・・』

 

楽しそうに笑う志摩子の声を聞いて、乃梨子もなんだかうれしくなった。

 

『志摩子さん、どのくらいに帰ってくるの?』

 

迎えに行きたいから、と言って志摩子に帰国予定時間を聞いた。

 

さすがに空港まで行くのは大変でしょう、と志摩子はやんわりと言って

 

結局M駅へ乃梨子が迎えにいく、と言うことで手を打った。

 

 

 

それで乃梨子は、志摩子に会うべくM駅に向かっていたのだった。

 

乃梨子は普段仏頂面と言われるくらい表情を表に出さない。

 

だが、今は志摩子のことで頭がいっぱいで、自然と笑顔がこぼれる。

 

元々は整った顔をしている乃梨子なので、道行く男性が視線を奪われる。

 

そう、場合によっては余計なリスクも発生する・・・・・・

 

「ねえ君、今暇かな?俺とドライブに行かない?」

 

見るからに軽そうな男が、乃梨子の前に立ちふさがってナンパをしてきた。

 

乃梨子は、それまで楽しかった気分を一気に台無しにされた上に、そのテの馬鹿は大嫌いな部類に入る。

 

乃梨子は男を一瞥すると、そのまま無視して脇を通り過ぎようとする。

 

「おいおい、やっぱお前じゃ無理だって」

 

前と後ろから二人の男が現れて、再度乃梨子の前を塞いだ。

 

「あーあ、俺は出来れば合意の上の方が良かったんだけどな」

 

「いいじゃねーか。別にやれれば何でもいいんだろ?」

 

ヘラヘラ笑う男たちに、乃梨子は強い危険を感じた。

 

隙を見て逃げようとした瞬間、腕を掴まれてしまった。

 

「へへ、安心しろよ。することをしたらすぐ帰してやるよ」

 

「そうそう、抵抗さえしなきゃ怪我もしなくて済むぜ。でも抵抗したら・・・・・・」

 

卑下た視線で乃梨子を見て、懐に手を伸ばした。

 

だが、男は懐で掴んだその獲物を晒すことは出来なかった。

 

その腕は、突然横から伸びた手によってねじりあげられていた。

 

「んだぁ!?邪魔すんじゃねぇ!」

 

乃梨子の腕を掴んでいた男が、邪魔をしてきた青年に殴りかかった。

 

だがそれを軽く交わすと、その男は青年に足を払われてコンクリートに自分から飛び込む羽目になった。

 

「くっ、お前、この土地で俺達にこんなことをしてただで済むと・・・・・・」

 

そこまで言ったところで、最初に声をかけてきた男の顔が凍りついた。

 

それから、顔に突然恐怖の色が浮かび上がって、ガタガタ震えだした。

 

その間に、攻撃されていた男たちが立ち上がって

 

「この野郎!」

 

と、再び青年に掴みかかろうとするが・・・・・・

 

「や、やめろ!そいつとは関わるな!殺される!」

 

その言葉に、二人も青年の顔を見て・・・・・・

 

『あ、あんたは・・・・・・あ、あ、あ、あの時の・・・・・・!?』

 

思い出したようにそう言った後、やはり恐怖に顔を引きつらせて・・・・・・

 

「や、やめて・・・・・・こ、殺さないで・・・・・・」

 

一人が腰を抜かして、後ずさっていく。

 

その三人に青年は鋭い目で睨みつける。

 

それだけで十分だった。

 

男たちは、三人とも腰を抜かして動けなくなってしまった。

 

乃梨子は恐怖を通り越して、頭の中が真っ白になっていた。

 

だが、青年が振り返って乃梨子を見た瞬間、乃梨子の頭は別の意味で真っ白になっていた。

 

「大丈夫でしたか?」

 

青年は先ほどとはまるで違う、優しい顔をして乃梨子を見た。

 

乃梨子は青年の顔に魅入ってしまい、何も考えられないでいた。

 

それを何かあったのか、と取った青年は、乃梨子の顔を覗き込むように見た。

 

ボンッ

 

瞬間湯沸し器のように真っ赤になった乃梨子は、慌てて恭也から離れた。

 

「だ、大丈夫です・・・・・・あの、ありがとうございました・・・・・・」

 

それまで忘れていた言葉で、やっと思い出したようなお礼を述べると

 

「そうか。大事ないようで何よりです」

 

少し古風な話し方に一瞬、頭のなかで引っかかりを覚えたが

 

 

『ピピーッ』

 

 

警官がこちらに走ってきたのをみて、男たちが動き出した。

 

警官の方へ・・・・・・。

 

「お、お願いします、助けて・・・・・・」

 

「な、何だお前ら・・・・・・!?」

 

「こ、殺される・・・・・・頼む、早く俺を逮捕してくれ!」

 

騒ぎを聞きつけて、犯人を捕まえようと走ってきた警官は、

 

取り押さえるはずの男たちに、逆に保護を求められて明らかに動揺していた。

 

だが、すぐ冷静さを取り戻して男たちを連行すると、

 

「えっと、君はあいつらに襲われていたって聞いたけど、助けてくれた方は・・・・・・?」

 

そう聞かれて、青年のいたところを向くが、既に青年の姿は無かった。

 

乃梨子は二三話を聞かれたあと、連行されていく男たちを見ずに、

 

青年が立っていた方を見ていたのだが・・・・・・

 

 

(あーーーーー!しまった、待ち合わせ!!!)

 

 

志摩子との待ち合わせを思い出して、全力疾走で駅へ走っていった。

 

待ち合わせ時間から30分過ぎて、せっかく整えてきた身だしなみがめちゃくちゃの状態で息を切らせて走ってきた乃梨子に、志摩子は目を丸くしていた。

 

 

 

 

遅刻してきた理由ではなく、その状態になっている理由を尋ねた志摩子は、乃梨子からの話を聞いて

 

「ねえ、乃梨子・・・・・・本当に大丈夫だったの?」

 

すごく心配そうな顔をして乃梨子に問い掛けていた。

 

「う〜ん、まあ、平気と言えば嘘になりますけど・・・・・・」

 

乃梨子が難しい顔をしたかと思うと、少しうれしそうな顔をしているのに志摩子が首をかしげた。

 

「そんなに、何から何まで最悪、ってことも無かったかなって」

 

そう言って、顔がほころぶ乃梨子に、志摩子はますます首をかしげていた。

 

 




果たして、乃梨子を助けた謎の青年は一体、何者なのか!?
美姫 「果たして、二人は再会する事があるのか?」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それでは〜」



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