エピローグ 由乃 〜ありのままで〜

 

『支倉令』

 

スール制度でいう私のお姉さま

 

そして、従姉妹でもある令ちゃん

 

剣道部の副部長で、次の黄薔薇さま

 

かっこよくて、料理を始めとして家事全般も出来る

 

そして、とても優しい女性

 

 

 

私は『支倉令』の妹

 

他には・・・・・・何も無い

 

 

 

妹として過ごしてきた今まで、令ちゃんのすごさに気が付かなかった。

 

いつもそばにいて、それがあたりまえだったから、令ちゃんはそういう人くらいにしか思わなかった。

 

でも、いざライバル!として横に並んだとき、令ちゃんのすごさが分かった。

 

そして、自分かいかに薄っぺらい、虚勢だけの人間か・・・・・・。

 

令ちゃんに勝てないのはわかっていた。

 

私は、勇吾さんに何もしてあげることが出来ない。

 

お弁当と作ってあげることも・・・・・・ましてや剣を振ることも・・・・・・

 

 

 

だから、私はカードを探さない。

 

そうだ。今日は薔薇の館でお客様をもてなさなければ。

 

紅薔薇さまが、館の敷居を取り払いたい。この館を一般生徒でいっぱいにしたい。

 

そうおっしゃられていた。

 

今までお世話になった。だから、そのお手伝いをしないと。

 

だから・・・・・・私はカードを探さない。

 

 

 

ゲームが始まった。

 

ピストルの音と同時に祐巳さんは全力疾走で駆けていった。

 

いつもの私なら、こんな風に眺めてないで、同じように走っていたんだろうな・・・・・・。

 

あ〜あ、駄目だ。ここにいたら気持ちが湿ってしまう。

 

早く薔薇の館へ戻ってお茶を用意しないと・・・・・・。

 

 

 

由乃は、館へ引き返していった。

 

館へ向かう由乃の背中を、見ていた人にも気が付かないで・・・・・・。

 

 

 

館では、黄薔薇さまと祥子さまがお茶会の用意をしていた。

 

祥子さまがお茶を淹れようとしているところを交代しようと思ったのだが

 

「由乃ちゃん、お客様も多いから一緒にやりましょう」

 

そうおっしゃられたので、二人でみんなの分を用意した。

 

黄薔薇さまは、私がお茶を置くときに「由乃ちゃんはいいの?」と尋ねられたが

 

「ええ、大丈夫です。ご心配には及びません」

 

そう答えた。黄薔薇さまは少し私の顔を見て「そう・・・・・・」とつぶやいた。

 

それからお茶会を開いたが、私はほとんど参加していなかった。

 

言うなら、いるだけの存在。うわのそらだ。

 

何を話しているのかもまるで耳に入らない。

 

だけど、暗い顔をしていてはお客様に失礼だし、この気持ちを誰にも悟られたくない。

 

だから必死に意地を張って、無理に笑顔を作ってこの場にとどまった。

 

 

 

階段を昇る音がする。

 

私はこの足音にびくっとした。

 

同じように、その足音の主を理解した江利子が由乃に目を向けた。

 

ドアが開かれて、足音の主が一言

 

「由乃・・・・・・ちょっと来なよ」

 

令ちゃんの声は・・・・・・今まで聞いた中でも一番怖かった。

 

 

 

由乃は令について階段を降りて、誰もいないところまで歩いてきた。

 

カードの捜索範囲外のところまで来て、辺りに誰もいないことを確認すると、

 

令は由乃の方を向いた。

 

「由乃・・・・・・あんた、何やってるの?」

 

令は、明らかに怒っていた。

 

「何って・・・・・・お茶だしよ?見てわかったでしょ?」

 

由乃も、令の質問の意図を敢えて取り違えて返した。

 

令の目がきつくなる。

 

「お姉さまに叱られるようなことはしていないと思いますわ。人手が足りないと思われるお茶会に、山百合会の一年生として補佐して何が問題なのですか?」

 

「由乃・・・・・・怒るよ?」

 

「お姉さまがカード探しに興じていられるよう、姉の代役を勤めるのが妹の役目。それを怒るのはおかど違いではございませんか?」

 

「由乃っ!」

 

令は手を振り上げて、由乃の左の頬をめがけて打ち下ろす。

 

由乃は、次に来ると思われる痛みを思い、目をぎゅっとつぶった。

 

 

 

しかし、来るはずの衝撃がいつまで経っても来ることが無い。

 

恐る恐る由乃は目を開けた。

 

目を開けると、令は振り上げた手を下に降ろして大粒の涙を流していた。

 

「由乃・・・・・・私に遠慮なんかしないでよ。いつも向こう見ずで自分勝手な由乃でいてよ!」

 

「・・・・・・にはわからない」

 

「何・・・・・・?」

 

「令ちゃんにはわからない!だって・・・・・・令ちゃんは何でも出来るじゃない!」

 

「何でもできる・・・・・・?」

 

「そうよ!料理だって裁縫だって運動だって・・・・・・勉強だって・・・・・・それに、そのための努力だって何でも出来る・・・・・・」

 

由乃は、自分の中に溜め込んでいたものを爆発させた。

 

「それに比べて私は何?令ちゃんの妹ってだけで何も出来やしない・・・・・・。私は令ちゃんの妹で、黄薔薇さまの蕾の妹で無ければ何者でもないのよ!」

 

もう、体裁も取り繕う余裕も無かった。

 

「そう、だから由乃は勇吾さんから身を引いて私に譲ろう、としたわけ?ふざけないでよ!」

 

「ふざけてなんかない!私より令ちゃんの方が勇吾さんにふさわしい・・・・・・」

 

「それがふざけてるって言ってるの!それを決めるのは私でも、由乃でもない。勇吾さんでしょ?由乃は勇吾さんの気持ちを確かめたことがあるの!?」

 

「そんなこと確かめるまでも・・・・・・」

 

無い、そのはずだった。

 

しかし、そこで疑問が生まれた。

 

なんで令がここにいるのだろうか。

 

何故カードを探していないのだろうか。

 

本来なら、真っ先にカードを探しに行っているはずなのに・・・・・・

 

「私ね・・・・・・勇吾さんに告白したんだ」

 

「えっ・・・・・・?」

 

「でもね、振られたよ。好きな人がいる、そう言われちゃった」

 

令が、泣き笑いの顔を浮かべて言った。

 

「勇吾さんね、告白したときに私の右下をみたの」

 

「右下?」

 

それにどういう意味があるのだろうか。由乃にはわからなかった。

 

「お姉さまはね、いつも私の左にいるのよ。どういうことかわかる?」

 

その言葉で由乃は理解できた。

 

黄薔薇さまと由乃は、言わば令を争うライバル関係にある。

 

だから、お互いに暗黙の了解で左右で令を挟んで歩くようになっていた。

 

その江利子がいつも左に位置していると言うことは・・・・・・

 

「わかったでしょ?だからね、由乃・・・・・・」

 

「令ちゃん・・・・・・いいよ、それ以上言わなくて・・・・・・ごめんね・・・・・・ごめんね、令ちゃん」

 

「いいよ・・・・・・だから、早く探しに行きなさい」

 

「うん・・・・・・」

 

由乃は、カードを探しに走っていった。

 

令は、由乃の後姿を見送って館へ行こうと振り返ると

 

「令、お疲れさま・・・・・・おいで」

 

江利子は、優しく令に声をかけて両手を広げた。

 

令はその中にすっぽりと顔をうずめると、江利子の胸で泣き出した。

 

「令がこうして甘えてくれたのは初めてよね・・・・・・よかったわ、最後に姉らしいことが出来て」

 

そう言って江利子は、令の頭を泣き止むまで撫でていた。

 

令がようやく顔を上げたとき、青いカードを手にして会場へ走っていく由乃が見えた。

 

その光景を、二人はいとおしそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

「あー、もう令ちゃん!少しは大人しく見ててよ!」

 

「でも由乃・・・・・・包丁の持ち方が違うのよ」

 

「それなら早く言ってよ!」

 

「言おうとしたら、黙っててって言ったのは由乃じゃないの・・・・・・」

 

連休の間、由乃は赤星の家に訪れていた。

 

令に料理を習ったので、ぜひとも赤星に食べてもらいたい、そう言って上がりこんだのだ。

 

習った、とは言え今日は2月16日。

 

たった1日だけで料理を作りに行こうとした由乃に、令は慌ててついていった。

 

「な、なあ・・・・・・令。由乃は大丈夫なのか・・・・・・?」

 

赤星も、敢えて由乃には聞かない。

 

「はい・・・・・・。あまりに酷いようでしたら、私がなんとか・・・・・・」

 

「何よ令ちゃんもお兄さまも!私だって立派な女の子なんですから料理くらいできます!」

 

由乃を猫に例えたら、まさにフーッ!と逆毛を立てているような感じで言った。

 

それを二人は苦笑して眺めていた。

 

そして、出てきたものは・・・・・・

 

 

 

「由乃・・・・・・あのね、もっと簡単なものからはじめよう?」

 

「う・・・・・・」

 

「そうだな。時間はあるんだし・・・・・・ゆっくり学んでいけばいいさ」

 

赤星は、由乃の頭を撫でた。

 

それからおもむろに、そのおかずと思われる物体に箸を伸ばして口に入れる。

 

「あっ!」

 

思わず由乃は声をあげるが、赤星はそれを飲み込むと

 

「思ったよりおいしいじゃないか。これならすぐ上達すると思うぞ」

 

にっと笑って赤星が言った。

 

同じように由乃が口をつけるが、とても笑える味ではなかったのだが、赤星の気持ちがうれしかった。

 

 

 

ありのままの自分を受け入れてくれる

 

無理に背伸びをしなくてもいいと言ってくれるようで、心地良かった。

 

今度は編物を教えてもらおう。

 

私の作ったマフラーを、勇吾さんにつけてもらいたい。

 

もちろん令ちゃんにも作ってあげる。

 

だから、いっぱい勉強していかないと。

 

 

 

 

 

3人で家へ帰る道を歩いている。

 

左には令ちゃん、右には勇吾さん。

 

どちらも自慢の兄姉。

 

由乃の首には二つのロザリオ。

 

『二人とも・・・・・・大好きだよっ!』

 

二人の腕にぶら下がって、由乃はそう言った。

 

 

 

 

 

 

夕日が、三人を照らして長い影を作っていた。

 

いつまでも一緒に・・・・・・。

 

三人の物語は、まだ始まったばかりなのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

End

 

 

 

 


あとがき

 

いかがだったでしょうか、由乃エンドでございます。

今回、令の姉としての立派な姿を書きました。

由乃が常に青信号で突っ走る理由を考えたときに、この作品が出来ました。

令と由乃は僕の中では半分セットに近い感覚なので、一緒に考えました。

白薔薇姉妹が深い部分で依存しているとすれば、この黄薔薇姉妹は深くまで依存しているといえます。

 

では、また別の未来でお会いしましょう。

ごきげんよう・・・・・・。




うんうん。由乃と令のやり取りが凄く良いです。
美姫 「本当よね〜」
いやー、次が楽しみだな〜。
美姫 「うんうん。投稿ありがとうございました」
ございました〜。
美姫 「それじゃ、この辺で」
ではでは。



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