エピローグ 令 〜姉と妹とあなた〜

 

ピストルの音と同時にまずは武道館へ直行した。

 

体力には自信があるので、真っ先にに到着することが出来た。

 

赤星はかなりストレートな性格をしているので、うっかり畳の上とかに置きかねない。

 

だが、さすがにそこには無く、武道館にある様子は無かった。

 

他にも、赤星がよく行く場所を選んで捜索をしてみたが、一向に見つからない。

 

令は、誰よりも赤星と一緒にいたという自負があった為に、この状況に少しあせっていた。

 

だが、自分が見つけられないということは他の人に見つけられるとは思えない。

 

はやる気持ちを抑えて、校舎の中を捜そうと昇降口へ向かった。

 

すると、昇降口に由乃が立っていた。

 

由乃は令の姿を見つけると、顔を下に向けて言った。

 

「よかった・・・・・・。令ちゃんが私に遠慮してたらロザリオ突き返そうと思った」

 

なんて、怖いことを言う。

 

「由乃・・・・・・それは冗談になってないからやめて」

 

「そうね、ごめん・・・・・・」

 

「それに、由乃だって勇吾さんのことを好きなのは知ってるけど・・・・・・いくら由乃でも譲れない」

 

令は、はっきりとそう言った。

 

「そっか。勇吾さんとデートするときは、私がコーディネートするから覚悟してね」

 

由乃はそう言うと、昇降口から去っていく。

 

「ちょっ・・・・・・由乃?」

 

由乃の口ぶりを令は疑問に感じたのだが、今はカードを探すことが先決だ。

 

校舎内を探そうと下駄箱を開くと、いつものとおりラブレターが落ちてきた。

 

そのままにしていきたかったが、それでも散乱させたままにするのは良心がさいなまれる。

 

仕方なく手紙を整理していると、急いでいたはずの手が止まった。

 

それと同時に由乃の口ぶりと態度は氷解した。

 

おそらく由乃は知っていたのだ。

 

下駄箱の中に、この青いカードが入っていることを。

 

令が、カードを探すために校内に入るのを待っていたのだ。

 

そして、このカードが令の下駄箱に入っていることの意味するところを理解して・・・・・・

 

令は青いカードを手にすると、イベント会場へ走っていった。

 

 

 

壇上で姉妹の儀式をする。

 

この場合は兄妹の儀式になるのだろうか。

 

令がカードを持ってきたとき、会場は「ああ、やっぱり」といった雰囲気に包まれた。

 

赤星からロザリオを受け取ると、会場は大きな拍手に包まれた。

 

 

 

「これで、晴れて二人は兄妹となったわけね」

 

江利子は楽しそうに言った。

 

「令、口元が緩んでるわよ?」

 

祥子が面白そうにからかうと、令と赤星は赤くなってしまった。

 

「これで妹は令ちゃんに決まったけど、次は恋人の座をかけて勝負よね」

 

由乃が不敵な顔をして言った。

 

その言葉に、赤星と令は唖然とした顔になる。

 

「え?よ、由乃・・・・・・その、恋人って・・・・・・?」

 

「さすが由乃ちゃん。そうよね、妹は決まったけど恋人が決まったわけじゃないものね」

 

江利子も由乃の言葉に楽しそうに乗る。

 

「あ、いや俺は・・・・・・もがっ・・・・・・」

 

「勇吾さん、少し待ってください。四六時中令ちゃんと一緒にいるわけですから、私たちにはチャンスが少なすぎます」

 

「そうですわね。私たちのことをもっと知ってもらってから決めてもいいんじゃなくて?」

 

赤星の口を由乃と令が塞いで、結論を出させないようにする。

 

令はそれにただオロオロしている。

 

「あ〜あ勇吾くん、江利子に完全に気に入られたみたいね。こうなったらもう諦めたほうがいいよ」

 

「ちょっと、白薔薇さま!」

 

「そうね、江利子に食いつかれたらちょっとやそっとじゃ離れないし・・・・・・それは由乃ちゃんもそうよね」

 

「はい。由乃さんは一度信号が青になったら・・・・・・いえ、なんでもないです」

 

聖、蓉子、そして蓉子に振られた祐巳の発言には、由乃の視線が飛んだ。

 

「それで勇吾さん・・・・・・答えが聞きたいですわ」

 

二人が赤星にプレッシャーをかけた。

 

幾度となく試合を経験してきた赤星にとっても、このプレッシャーは未知のものだった。

 

結局赤星は、このプレッシャーに耐え切れず首を縦に振り、令はがっくりとうなだれた。

 

 

 

翌日、赤星と令はデートに行くためにM駅へ集合することになった。

 

由乃は朝の7時から令の家に来て、令のデートに着ていく服を選んでいる。

 

「令ちゃん!なんでジーパンにセーターなのよ!それじゃいつもと同じじゃないの!」

 

「由乃・・・・・・朝から大声出さないでよ・・・・・・」

 

令の格好にご不満の由乃は、あれでもないこれでもない、と令の服を選ぶ。

 

「もう!なんで私に買ってくれるような服が無いのよ!」

 

「だって、似合わないじゃないのよ」

 

「着ないからそう思うだけよ!令ちゃんは美人なんだから絶対似合うわよ」

 

「うー、そうかな・・・・・・」

 

そんな会話をしていると、ノックする音が聞こえて令の父親と母親が顔を見せた。

 

「あら、由乃ちゃんも大変ねぇ・・・・・・」

 

その後ろで父親が腕を組んでいる。

 

実はロザリオを受け取ったあと、もっとも難関だったのがこの父だと思っていた。

 

令の父親は、とても厳しい人で恋愛沙汰などもっての他、と言いそうなのだ。

 

だが、相手が勇吾とわかると

 

『ふむ、勇吾くんか。彼ならば私も信用できる・・・・・・。令、大事にしてもらいなさい』

 

と、なんとも意外な返事が返ってきたのだった。

 

その理由は、支倉家の道場に赤星を呼んだとき・・・・・・

 

 

 

『お父さん、彼が赤星勇吾さんで彼女が藤代由紀さん』

 

令の父親は、赤星を見てびっくりした。

 

何せ、留学生とは聞いていたが、男だとは思わなかったからだ。

 

不埒な気持ちで令に近づくのならば、この竹刀で叩き伏せてやろう、と思ったのだ。

 

だが、彼の人となりを見るとこれがなかなかの好青年だった。

 

何より、彼と打ち合ったときは、若さと力、そしてその強い目に令の父親は思わず嘆息した。

 

『君は、その年齢で信じられないほどの強さだな・・・・・・。それなのに向上心がある』

 

『はい。自分よりも強い男が身近にいますから。俺はいつかそいつを超えることが目標です』

 

そう言ったときの目は、忘れることが出来なかった。

 

それほどまでに大きな男を、娘が射止めたことがとても誇らしかった。

 

 

 

厳しい父親というものは、それだけ子供を大事にしていると言うことだ。

 

だから、それだけの人物が相手となれば当然寛容にもなる。

 

「令、あまり遅くならないようにな。それと、今度うちにも来てもらうようにしなさい」

 

「うん、わかったよお父さん」

 

令の答えに父は満足すると、居間へ引き返していった。

 

父が引き返したのを見て母は

 

「令、せっかくだからあの服を着ていったらどう?」

 

その言葉に令ばビクンっと反応した。

 

それを見て由乃が母に聞き返す。

 

「伯母さん、あの服って・・・・・・?」

 

「由乃ちゃん、実はね・・・・・・令ったら一着だけ可愛い服持ってるのよ」

 

「ちょっと、お母さん・・・・・・」

 

「あ、そうなんですか。よかった、令ちゃん。着ていく服あるじゃない」

 

「でもそれは・・・・・・」

 

「あーもう、うだうだ言わない!伯母さん、その服を出していただけますか?」

 

「了解、由乃ちゃん」

 

「ね、ねえ・・・・・・ほんとにそれだけは無理だって」

 

「なによー、着てみなくちゃわからないじゃないの」

 

「はい、由乃ちゃん。これがその服よ」

 

由乃はその服を見て、思わず目を輝かせた。

 

「うわぁ・・・・・・すっごくいいじゃないですか。令ちゃん、決まり」

 

「決まりって・・・・・・」

 

「令ちゃんの着ていく服よ。こんなにいい服あるんじゃないの」

 

「えー!由乃、まさかこれを着て行けっていうの!?」

 

「そうよ。たまには女の子らしい格好しないと駄目よ」

 

「で、でも・・・・・・」

 

「そういえば勇吾さん、かわいらしい服を着た女性がいいって言っていたのよね」

 

「う、うそ!?」

 

「本当よ。だから由紀さんがあんなにかわいらしくなったんじゃないの」

 

「・・・・・・」

 

令は、写真のことを思い出していた。

 

赤星の昔話でも、確かに「もっと女の子らしく」とか言っていた記憶があった。

 

令は、しばらく悩んでから

 

「由乃・・・・・・似合うようにコーディネートお願い」

 

決心した。

 

 

 

 

 

駅で赤星は令を待っていた。

 

時間前行動をする習性があるのと、楽しみにしていることもあり、三十分も前に来てしまった。

 

駅前では、赤星に女性の視線が集まっていた。

 

もうすぐ待ち合わせ、という時間に女の子から声をかけられた。

 

「あの・・・・・・誰かと待ち合わせしてます?」

 

「ええ。・・・・・・って、令か」

 

「ゆ、勇吾さん、なんで分かったの?」

 

「そりゃ、令ならわかるさ。それにしても、今日はすごく可愛いな」

 

「えっ!?」

 

赤星は何気なく言った言葉に令はぼっと顔が赤くなった。

 

「で、でもこの服、変じゃないですか?」

 

「いや。そんなことはないよ。令ならどの服を着ても似合うさ」

 

「ゆ、勇吾さん・・・・・・お世辞を言っても何もでませんよ?」

 

「お世辞じゃないんだけどな・・・・・・まあいいか。それじゃどこから行く?」

 

「そうですね・・・・・・それじゃあ・・・・・・」

 

 

 

映画を見て、ランチを食べ、洋服を見て回り・・・・・・

 

二人は公園に来ていた。

 

「勇吾さん、今日はとても楽しかったです」

 

「俺もだよ。令が喜んでくれてよかった」

 

二人に沈黙が訪れた。その沈黙に耐えられずに令が口を開く。

 

「あの・・・・・・勇吾さん、本当に私でよかったのですか?」

 

「ははは、そのために下駄箱に入れたんだけどな」

 

赤星は笑ってそう言うが、令はまだ俯いたままだった。

 

「令・・・・・・俺の言葉が信じられないか?」

 

「そ、そんなこと無いです・・・・・・。無いですけれど、でも私に自信が・・・・・・」

 

「令、俺は令が好きなんだ。ひたむきで・・・・・・そして、とても優しい令が好きなんだ」

 

「勇吾さん・・・・・・」

 

二人がみつめあう。

 

互いの距離がだんだん近づいて行き・・・・・・

 

 

 

『危ない!』

 

誰かの声が響いて顔を上げると、白いボールが飛んできていた。

 

赤星はすんでのところでそれをキャッチすると、ボールを追いかけてきたグローブを持った少年がいた。

 

「お、お姉ちゃん・・・・・・大丈夫だった?」

 

心配そうな顔で令たちを見ているのに、赤星は苦笑して

 

「ああ、大丈夫だ。でも、広いところでやらないとだめだぞ?」

 

「うん。ありがとう、お兄ちゃん、美人のお姉ちゃんを大事にしなよ」

 

無事だとわかって少年は赤星を冷やかして、ボールを受け取り去っていった。

 

「ふぅ・・・・・・危なかったな。でも、令に怪我が無くてよかった」

 

「ありがとうございました・・・・・・。由乃に感謝しないといけないですね」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「いいえ、何でもないですよ」

 

首を捻る赤星に、令は苦笑した。

 

 

 

 

家に帰ると、まず由乃の家に報告へ行った。

 

「あ、お帰り令ちゃん。デートどうだった?」

 

「うん。おかげさまで怪我しないで済んだ」

 

「あ、やっぱばれちゃった?」

 

あはははは、と笑いながらそう言う由乃を見て思わず笑みがこぼれた。

 

「でも、ちょうどいいタイミングでボール飛んできたよね。危なかったな」

 

「危なかったって、由乃はどっちの心配してるのよ」

 

「ん〜、全部かな」

 

「全部、ねぇ・・・・・・」

 

令は、由乃の言葉にため息が出たのだが・・・・・・

 

「でも、令ちゃんが勇吾さんと結婚してもいいかもしれない」

 

「え?」

 

「そうすれば、私が一緒にそこに転がり込んで・・・・・・」

 

「ちょっと、由乃?」

 

「それなら料理の心配も要らないし・・・・・・なんだ、そっちの方がいいじゃない。令ちゃん、早いところ勇吾さんと結婚してね」

 

「ちょっと、何勝手に一人で暴走してるのよ!」

 

「だって、その予定なんでしょ?早いところ付き合っておかないと、黄薔薇さまに取られるわよ?」

 

「うっ・・・・・・」

 

いくらなんでもそれは・・・・・・と一瞬思うのだが、相手は江利子。いくらなんでも、と思えば思うほどそうする人だ。

 

 

 

 

どうやら、令の受難はまだまだ続きそうである。

 

 

 

 

End

 

 

 

 


あとがき

 

『赤星編』突入しました。

まずは令エンドです〜。

令は、縦の関係での苦労人ですよね。ちなみに横の関係は蓉子です。

可愛い妹に、憎めない姉。そして、両方からアタックされて困りながらも顔がほころぶ。

そんな令が書きたくて、このようなエンドにしてみました。

あ、ちなみに令の可愛い服・・・・・・みなさんのご想像ではどんな姿だったでしょうか。

 

では、また別の未来でお会いしましょう。

ごきげんよう・・・・・・。




今回は令編〜。
美姫 「普段とは少し違った一面を見せる令」
可愛い格好をあまりしないからな。
美姫 「似合うのにね〜」
うんうん。さて、こちらは赤星ルートのエンディングの一つ。
美姫 「さて、次は誰かしら〜」



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