エピローグ 静 〜半欠けのロザリオ〜 

 

 

雷管ピストルの音が鳴ったとき、静は音楽室にいた。

 

部のメンバーの大半はイベントに参加していたので、今日はお休みである。

 

(駄目ね・・・・・・私も)

 

静は、こんなときも素直になれない自分に自嘲した。

 

祐巳なんかわき目も振らずに必死に探しているのだろうか。

 

今日ばかりは歌を歌う気にもなれなかった。

 

静は、ため息をついて音楽室を後にした。

 

 

 

校舎内は、いつもならしずしずと歩いているはずの生徒たちが駆け回っていた。

 

きっと彼女達には今、シスターの文句など聞こえないことだろう。

 

ぶつからないように気をつけながら昇降口へ向かった。

 

校舎の外でもやはりみんな駆け回っている。

 

その姿は、とても楽しそうなものだった。

 

(私も・・・・・・あんな風になれたら・・・・・・)

 

静は、首を振ると校門へ向かって歩き出した。

 

 

 

校門が遠くに見える。

 

歩いても歩いても、距離は近づいているはずなのに出口が遠く見える。

 

『心残り』

 

そんな言葉が頭をよぎった。

 

「私は・・・・・・イベントに興味なんてないわ」

 

(違う)

 

「どうせ・・・・・・もうすぐここから離れるのだし、仕方ないじゃない」

 

(そうじゃない!)

 

静は走り出した。校門に向かって・・・・・・。

 

 

 

校門の前で足が止まった。

 

そして、後ろを振り返った。

 

「心残り・・・・・・か。悪いことも無いのかも知れないですわね、恭也」

 

静は、木の間に挟まってた黒いカードを手に取った。

 

「こんなところに隠すなんて・・・・・・恭也も意地悪なのね」

 

カードに書かれた『St.Valentine 恭也』という文字がにじんでいた。

 

静の両目からは、涙が止まることなく流れていた。

 

 

 

静は、恭也からロザリオを受け取った。

 

ロザリオには、水晶が埋め込まれていた。

 

『未来を切り開く』という意味がこめられた宝石だ。

 

静は、ロザリオにチェーンを通す輪が2個あることに一瞬首を傾げたが、すぐ忘れてしまった。

 

それだけ、自分の心が満ち足りたからだ。

 

 

 

 

2週間限定のスール。

 

静は、恭也と日常を過ごしていた。

 

合唱部の練習に参加し、恭也ともたわいない話をしたり・・・・・・

 

恭也も、静が望んだ日々を共に送った。

 

 

 

そして、2月29日・・・・・・恭也の留学期間が終わり、静もイギリスへ旅立つ日を迎えた。

 

空港のロビーに二人の姿があった。

 

「お兄様・・・・・・今までありがとうございました」

 

「・・・・・・」

 

「私、お兄様に会えてよかったです。たくさんの思い出を持って・・・・・・旅立つことが出来ます」

 

「そうか・・・・・・」

 

「これで・・・・・・もう心残りはありません」

 

「静・・・・・・」

 

恭也は静の首にかかったロザリオに触れると、

 

「なぜロザリオにチェーンを通す輪が2つあるか・・・・・・気にならなかったか」

 

そう言って恭也はロザリオを少しいじると、カキッという音と共にロザリオが2つに分かれた。

 

「え・・・・・・お兄様、これは・・・・・・?」

 

静は、半欠けになったロザリオを見て目を丸くした。

 

「静を半分残してもらおうと思ってな・・・・・・ロザリオに細工しておいたんだ」

 

恭也は宝石のついてない方のロザリオを手にして、ポケットからチェーンを取り出した。

 

そのまま輪にそれを通して自分の首にかけた。

 

「こうすれば、このロザリオを見るたびに俺のことを思い出してくれるだろ?」

 

「恭也・・・・・・ずるいです、意地悪ですわ」

 

「俺も年期が入ってるからな・・・・・・そう簡単にはやられっぱなしになるわけに行かない」

 

「毎日電話するかもしれない・・・・・・」

 

「ああ・・・・・・毎日でも電話してくれ」

 

「恭也に会いたい、ってわがまま言うかもしれない・・・・・・」

 

「そのときは、俺が飛んでいってやる・・・・・・」

 

「ティオレ学長といたずらを思いつくかも知れないですわ」

 

「・・・・・・それは、出来るなら勘弁してくれ」

 

「あら、私のために頑張ってくれませんの?」

 

「・・・・・・善処する」

 

「ふふっ・・・・・・今はそれで許してあげますわ」

 

静と恭也の距離が近づいていく。

 

「待っていてくださいね・・・・・・私が帰ってくるまで」

 

「ああ。いつまでも待っている」

 

「浮気なんてしないでくださいね」

 

静と恭也の距離は、触れ合うくらいに近くなった。

 

「俺には・・・・・・静だけだ」

 

「恭也・・・・・・」

 

そして 二人の唇が重なった。

 

 

 

 

 

 

5年後

 

『・・・・・・新曲を披露したSEENA&KANEENAでした〜』

 

割れんばかりの歓声があがって、番組は終了した。

 

控え室に戻ったゆうひと静だったのだが、静がため息をひとつついて

 

「はぁ・・・・・・ゆうひとトークすると疲れるわね」

 

「えーやんか静、ファンサービスっちゅーやつや」

 

「だからといって、いきなり即興漫才とかやめてくれないかな」

 

「何ゆうとるんや、トークと言ったら漫才。これは大阪人の基本やで♪」

 

「あのね・・・・・・私は大阪人じゃないんだけど。それにゆうひ、あなた神戸じゃなかった?」

 

「細かいことは気にせんといて。でも、静も乗り気で突っ込み入れてたやんか」

 

「ふふ・・・・・・確かにそうだけどね」

 

「そやろ?たまには悪く無いやろ?」

 

「たまにならね・・・・・・」

 

「うう・・・・・・静、いつからそんなに冷たくなってもーたんや・・・・・・」

 

「はいはい、いいから挨拶して帰るわよ」

 

「よよよ・・・・・・突っ込んですらくれへんなんて・・・・・・」

 

「それは耕介さんに期待してくれないかな」

 

 

 

静はCSSを卒業して、歌の世界にデビューを果たした。

 

イタリアで開催された世界的な音楽祭で、なんと声楽部門で最優秀賞を獲得したのだ。

 

1年間、ソロ活動をしてつい今月、ゆうひとコンビを組んでSEENA&KANEENAで新曲を出した。

 

海鳴のテレビ局で放送を終えた後2日間オフになるので、静とゆうひはこっちにいる間

 

さざなみ寮に招待されることになったのだ。

 

 

 

迎えの車が来て、ドアが開いた。

 

ファンが詰め掛けるが、警備員のガードでなんとか乗り込むことが出来た。

 

車に乗り込んでから一息つくと、静は恭也のことを思い出した。

 

電話はCSS時代からしていたのだが、あまりしすぎてイリア教頭に怒られてしまった。

 

昔ゆうひが同じことをやらかして、週に2回まで、と制限されてしまった。

 

それでも、日本にこれるときは必ず会いに行っていた。

 

だが、今日は急な仕事が入ってしまったとのことだった。

 

デビューしてから1年・・・・・・恭也には会っていない。

 

「静・・・・・・やっぱ寂しいんか?」

 

「そんなことないわ・・・・・・」

 

静は強がって見せるが、ゆうひも同じことを経験しているので静の心が手にとるようにわかる。

 

「ええんや。うちも耕介くんと離れているときはすごく悲しくてな・・・・・・いつも泣きそうやったんや」

 

「私は別に・・・・・・」

 

「そか・・・・・・。でもな、心はそうはゆうてへんで?」

 

ゆうひはハンカチを差し出した。静はゆうひの行動に疑問を感じるが、自分の手に落ちてきたものに気が付くと理解した。

 

静の瞳から、涙があふれていた。

 

「恭也くんも罪な男やね〜。恋人がこうして泣いているのに仕事やなんて〜♪」

 

 

 

『仕方ないだろ・・・・・・第一雇ったのはゆうひさんじゃないですか』

 

 

 

運転席から声が聞こえた。

 

 

 

「ほ〜、静に意地悪してみーへんか?と相談したら二つ返事でオーケーせーへんかった?」

 

 

 

『・・・・・・』

 

 

 

「ほんに恭也くんは素直やないんやから」

 

 

 

「・・・・・・本当にそうね」

 

 

 

『静にそれを言われると傷つくのだが』

 

 

 

「・・・・・・それに、すごく意地悪」

 

 

 

『お互い様だ・・・・・・さて、ついたぞ』

 

 

 

恭也は車から降りて、二人の歌姫を外へ促した。

 

 

 

「『椎名ゆうひ』改め『槙原ゆうひ』、ただいま帰りました!」

 

「おー、ゆうひ。帰ったか」

 

さざなみ寮のボス、仁村真雪が出迎えた。手に一升瓶を抱えて・・・・・・。

 

「ふむ、恭也と静もお目見えしてるな。さ、入った入った」

 

「はい、お邪魔いたします」

 

「お邪魔します」

 

静は凛とした声で真雪に答え、あがっていく。

 

そして真雪の横を通り過ぎようとしたとき、真雪の目がキラーンと光った。

 

「うりゃっ!・・・・・・ふむふむ、こ、これは・・・・・・」

 

突如、静に背後から抱きついて胸をもんだのだが、なぜか真雪の顔に驚きがあった。

 

「・・・・・・私の勝ちですわね」

 

静は、自分に押し当てられた真雪の胸に対し、勝利宣言をして中へ進んだ。

 

「ちっ・・・・・・蟹名静、食えんやつだな」

 

真雪はそういって頭を掻くと、右手に一升瓶。左手に恭也の肩を抱いてリビングへ歩いていった。

 

 

 

リビングに入ると、突然クラッカーが鳴り響いた。

 

『おめでとう〜』

 

何事かと思うと、新旧さざなみ寮のメンバーだけではなく高町家、友人である赤星たち、そしてリリアンのメンバーまでそろっていた。

 

「みんな・・・・・・どうしたんだ?」

 

「そうですわ、聖さまやリリアン時代の皆さままでいらっしゃるなんて・・・・・・」

 

「そりゃあ、こんなめでたい日なんだからみんな来るよ」

 

聖が、恭也と静の疑問に言葉を返した。

 

「恭也、かーさんはうれしいわ。この若さで恭也の晴れ姿を見れるのね」

 

「晴れ姿ってなんだ・・・・・・それにこの若さっていう・・・・・・いや、なんでもないぞ」

 

「くすくす、真雪、それじゃパーティーを始めようか」

 

「そうだな。とりあえず・・・・・・」

 

そう言うと、真雪・聖・リスティによる魔のトライアングルが天井付近から垂れる紐を引っ張った。

 

天井から勢いよく布が下りて来て・・・・・・

 

 

 

 

『祝 高町恭也・蟹名静 婚約記念パーティー!』

 

 

 

 

「はい!?」

 

恭也が驚きの声をあげた。

 

「ふふふ、恭也〜、隠したってだめよ?かーさん、あなたが指輪を買っていたの知ってるわよ?」

 

「な・・・・・・ゆ、ゆうひさん、図りましたね?」

 

「あはは、前にうちがやられたときは恨めしかったけど、こうして見る分にはええやね♪」

 

「恭也君。俺も同じ道を歩んできたんだ。先輩から言わせてもらうに、覚悟を決めたほうがいいぞ」

 

耕介さんは一瞬遠い目をしたが、しっかりと恭也の退路をふさいでしまった。

 

恭也が逃げ道を無くし困っていると

 

「恭也・・・・・・私とでは駄目なの?」

 

静が涙目で恭也を見つめる。

 

恭也は覚悟を決めた。

 

 

 

「静・・・・・・俺と結婚してくれ」

 

 

 

恭也の言葉に、一同は静に注目した。

 

 

 

「はい・・・・・・」

 

 

 

そして、二人は抱き合ってキスをした。

 

 

 

さざなみ寮のメンバーはみな祝福をした。

 

この後恭也と静を祝う祝賀会、という名のドンチャン騒ぎが始まった。

 

さざなみ−リリアン間の魔のトライアングルがみんなを撃沈させていく中、恭也は静とゆうひ、耕介を連れてテラスへ出ていた。

 

「いやー、久々に飲んだなー」

 

「うちは耕介くんの料理が食べられてよかったわー」

 

ゆうひが、耕介に猫のように甘えている。

 

「そうですね、耕介さんのお料理はとてもおいしかったですわ」

 

「はは、そう言ってもらえるとうれしいな」

 

「むー、なんやー。耕介くん、鼻の下伸びてるでー?」

 

「え、ほ、ホントか?」

 

慌てて自分の鼻に手を当てるが、それがゆうひのカマだったことに気がつく。

 

「やっぱりデレデレしてたんや・・・・・・うちというものがありながら・・・・・・」

 

「い、いや。そんなことはない。俺はゆうひだけだぞ」

 

「ほんまに?」

 

「あ、ああ」

 

「ほんなら、それを証明してもらおかー♪」

 

「・・・・・・はいはい。わかったよ」

 

そういって耕介は、鍵をひとつ恭也に投げてよこすと

 

「恭也君も、今日は俺の部屋で寝てくれ。俺はゆうひの部屋で寝るから」

 

「恭也君、ちゃんと静をリードせなあかんでー♪」

 

『ゆうひさん!』

 

二人の声が重なるが、既にゆうひは恭也を連れて部屋に行ってしまった。

 

恭也と静は互いに顔を見合わせて

 

「・・・・・・静」

 

「・・・・・・はい」

 

二人は、耕介の部屋で一夜を過ごした。

 

結ばれた二人は、互いの愛を確かめ合い・・・・・・ひとつになった。

 

 

 

それから1年後、彼らに一人の女の子が生まれた。

 

 

 

泣いている子に、優しい子守唄を聴かせる。

 

父のように立派な剣士になるのか

 

母のように華麗な歌姫になるのか

 

それとも、違った道を歩んでいくのか

 

 

 

 

 

静の首にかかっていたロザリオは

 

 

 

 

 

今ひとつになって、娘の小さな手が握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

黒き花びら−静編−

いかがだったでしょうか。

作中でも、素直じゃないけど本当は優しい先輩だった静さま。

彼女のひとつの未来を見たくて書いてみました。

ちなみに、彼女の芸名は『KANEENA(カニーナ)』です。

命名はもちろん、ゆうひです(笑)

 

では、また別の未来でお会いしましょう。

ごきげんよう・・・・・・。




これは、静のENDだね。
美姫 「ええ。世界的に有名となった静と恭也のお話」
欠けた十字架が、再び、一つへと戻るとき…。
美姫 「本当に、良い演出よね〜」
確かに。そして、その想いの篭もった十字架は、次の世代へと引き継がれて……。
美姫 「これも、良いお話だったわね」
おう! 本当にお疲れ様でした〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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