エピローグ 聖 〜窓を開けて〜

 

 

 

始まったか・・・・・・

 

聖は中庭の芝生に寝転がって、喧騒を遠くに聞いていた。

 

なんかとても気持ちが良かった。

 

このまま寝ていると・・・・・・そのまま消えてしまうんじゃないかなってくらい。

 

「こんなところで何してるの?」

 

その声に現実に引き戻されて声の主を見ると、蓉子が聖の目の前で座っていた。

 

「んー?うん、ひなたぼっこ」

 

「ふーん、ひなたぼっこ?」

 

「そうよ。みて分かるでしょ?・・・・・・それと蓉子」

 

「なに?」

 

「今日は白なんだね」

 

「えっ!?」

 

にやけている聖の視線を追って見ると、かがんでいる蓉子のスカートの中身に目をやっていた。

 

慌てて手で隠しながら座り込むと、恨みがましい目で聖を睨んだ。

 

「まったく・・・・・・あなたといると本当に疲れるわ」

 

「それは悪うござんした」

 

「悪いと思うんだったらねぇ・・・・・・」

 

「はいはい、これから気をつけさせていただきます。蓉子さま」

 

「はぁ・・・・・・期待しないでおくわ。それより・・・・・・いいの?探さなくて」

 

「もう少しゆっくりしてから探すつもり・・・・・・。蓉子、薔薇の館へは行った?」

 

「まだだけど・・・・・・」

 

「それなら行くといい。蓉子の望んだ世界がそこにあるよ」

 

「へぇ・・・・・・聖がそんなこと言うなんてね。明日は雨かしら」

 

「雨だけじゃなくて雷も鳴るかも」

 

「あらあら、それじゃ祐巳ちゃんが大変じゃない」

 

「そうなったときは私の出番でしょ」

 

「聖・・・・・・祥子の雷が落ちても知らないわよ」

 

蓉子は苦笑しながら館へ向かっていった。

 

聖は、蓉子にはそういったものの、カードを探すつもりは毛頭なかった。

 

馬鹿正直にカードなんて持っていこうものなら、壇上で姉妹の儀式をさせられるからだ。

 

昔よりずっと寛容になったとはいえ、そんな恥ずかしい真似なんて出来るわけがない。

 

それに、その結果志摩子や祐巳、静にカードを見つけられても構わないとも思った。

 

恭也の性格から考えて、見つかるならその人に見つけてもらえる場所に置くだろうし、

 

見つからないなら絶対にわからないところへ隠すからだ。

 

 

 

第一・・・・・・恭也は自分を選ぶはずが無い。

 

そう考えると、なんだかさびしくなった。

 

聖は、恭也の隣にいる志摩子を思い出した。

 

今まで物憂げで、いつもどこか陰のあった志摩子が笑っている。

 

自分では救い上げることが出来ないと思っていた志摩子を恭也は救ってくれた。

 

志摩子は自分の大事な妹。妹の幸せは私の幸せだ。

 

だから、もし志摩子が恭也のカードを見つけたら素直に祝ってあげないと。

 

そして、私がいつものように二人をからかって蓉子にたしなめられる。

 

ほら、とてもすばらしい光景じゃないか。

 

私はその未来を見れるだけで幸せだ。

 

 

 

でも

 

 

 

もしそれが本当なら

 

 

 

私の目から流れているこの涙は一体どういう意味なのだろう・・・・・・

 

 

 

冬の冷たい風が、涙でぬれた頬を刺すように吹き付けた。

 

 

 

 

 

「にゃ〜」

 

その風に乗って、どこからか鳴き声が聞こえる。

 

聖が辺りを見回しても、声の主と思われるゴロンタの姿はない。

 

目を閉じて、もう一度・・・・・・今度は集中して耳を立ててみると

 

「にゃ〜」

 

聞こえた。あの茂みの先だろうか・・・・・・?

 

腕で涙をぬぐって、声のする方へ歩いて行った。

 

聖が茂みの中をのぞくと、そこにはゴロンタがいた。

 

「どうしたの・・・・・・ゴロンタ」

 

そして聖は、ゴロンタの隣にいる猫の存在に気がついた。

 

「ん・・・・・・?」

 

聖がそのゴロンタよりも少し大きめなぶち猫を見ると、ゴロンタがぶち猫に擦り寄った。

 

「そっか、その子はゴロンタの彼氏なんだね」

 

目を細めて二匹を見つめた。

 

ゴロンタとぶち猫は、聖の元へきて聖の足元で少しじゃれた。

 

二匹のことを聖は撫でると、ぶち猫が歩き出した。

 

「にゃー」

 

ぶち猫が後ろを振り返ってゴロンタのことを呼んだ。

 

ゴロンタは、聖のほうを一度じっとみて・・・・・・「にゃ〜ん」と一鳴きすると、ぶち猫の方へ歩いていく。

 

聖は、そのゴロンタの行動に胸を締め付けられた。

 

行ってしまうのか・・・・・・しかも、二度と帰ってこないんじゃないか・・・・・・

 

「ゴ、ゴロンタ・・・・・・やだ・・・・・・行っちゃやだよ・・・・・・」

 

ゴロンタは振り返らない。ぶち猫の隣まで来ると、そのまま二匹は走って聖の前から消えた。

 

「ゴロンタ・・・・・・なんでみんな私の前からいなくなっちゃうの・・・・・・・」

 

栞も・・・・・・お姉さまだった前の白薔薇さまも・・・・・・自分の前から消えていった。

 

恭也と志摩子もいつか一緒にいなくなってしまうのか・・・・・・

 

自分のもとから去っていったゴロンタのように・・・・・・

 

「やだよ・・・・・・」

 

他人のドラマは、最後まで見ていることは出来ない。

 

テレビのドラマが、いつか最終回を迎えてしまうように・・・・・・。

 

永遠に続いたりはしないのだ。

 

 

 

 

 

そのとき、足元に何か落ちていることに気が付いた。

 

(え・・・・・・?これって・・・・・・)

 

黒いカード・・・・・・。恐る恐るそれを拾い上げると『St.Valentine 恭也』とかかれている。

 

「うそ・・・・・・なんでこんなところに・・・・・・」

 

辺りを見回すと、ゴロンタとぶち猫がいたところに猫缶が2つ置いてあった。

 

誰かが二匹にエサとしておいたのだろうか。

 

でも、『誰か』というのは正しい答えではないだろう。

 

聖はその『誰か』が誰であるかわかっていたのだから。

 

 

 

聖は一度館の方に目を移したが・・・・・・

 

芝生に戻ると、再び寝転がって目を閉じた。

 

 

 

どれくらい時間がたっただろうか。辺りはすでに薄暗くなっていた。

 

目を開けると、自分の上に何かかけてあるのに気がついた。

 

コート・・・・・・だろうか。少なくとも自分は着ていなかったはずなのだが・・・・・・

 

「ようやく起きたみたいだな・・・・・・」

 

「きょう・・・・・・や・・・・・・?」

 

声の方向を見ると、恭也が隣に座っていた。

 

Yシャツにネクタイという今の時期には考えられないような格好だ。

 

それを見て自分にかけられていた物が、恭也のブレザーだったことに気がつき

 

「うわ、ごめん。寒かったでしょ」

 

聖は慌てて恭也にブレザーを返した。

 

寒さには強いから、と恭也は言ってブレザーを羽織った。

 

「ところで恭也・・・・・・もうイベントは終わったの?」

 

「ああ。多分終わったと思う」

 

「多分・・・・・・?」

 

恭也の答えが曖昧であることに疑問を感じた。

 

聖の表情をみて恭也はバツが悪そうな顔をして

 

「聖がここで寝ていたと聞いて・・・・・・終了の音と同時に来てしまったんだ」

 

「恭也・・・・・・それじゃ誰かがカード持ってきてたらどうするつもりだったの?」

 

「いや。それはないと確信してたからな・・・・・・」

 

「なんでそう思うの?」

 

「もし手に入れたとしたら聖だけだと思ったからな。そのためにあそこに・・・・・・」

 

そこまで言って恭也は慌てて口を閉じた。

 

「へぇ〜、恭也は私にカードを見つけてほしかったのかな〜?」

 

「・・・・・・そうじゃないこともない」

 

「うわ、ひねくれた答えだこと・・・・・・恭也、子供みたい」

 

「聖に言われたくはない・・・・・・」

 

「ふ〜ん、そんなこと言うんだ〜」

 

聖は起き上がって、恭也の上からのしかかった。

 

「うわっ」

 

恭也はバランスを取れずに芝生に倒れこんだ。

 

聖は恭也の上に馬乗りになると

 

「ほ〜ら、早いところ素直に言わないと襲っちゃうぞ〜」

 

「落ち着け・・・・・・聖、とにかく降りてくれ」

 

「ん〜?どうしてなのかな〜」

 

「どうしてもだ・・・・・・」

 

「ちゃんと理由を言ってくれるまで降りないよ〜」

 

「はぁ・・・・・・聖、勘弁してくれ」

 

恭也は疲れた顔でそう言った。

 

「・・・・・・理由を言ってよ」

 

「・・・・・・聖?」

 

聖の様子がおかしいことに気が付いて、恭也は聖の顔を見た。

 

「お願い・・・・・・なんで私なんか選んだの・・・・・・?ちゃんと言ってよ・・・・・・」

 

恭也の服を掴んで、聖は目から涙を流していた。

 

「志摩子がいるじゃない・・・・・・それに祐巳ちゃんだって・・・・・・私よりずっと素直で魅力的なのに・・・・・・なんで私なのよ・・・・・・おかしいじゃない」

 

「聖・・・・・・」

 

「私なんかより・・・・・・私なんかより・・・・・・志摩子の方が恭也にとって・・・・・・」

 

「聖っ!」

 

恭也が強い声で聖の名前を呼ぶと、聖はびくっと震えた。

 

恭也は上半身だけ起き上がり、自分の上に乗っている聖を抱きしめた。

 

「きょうや・・・・・・?」

 

「聖・・・・・・俺は聖にカードを受け取って欲しかったんだ・・・・・・。2週間の形だけのスールじゃなくて・・・・・・ずっと一緒にいて欲しいんだ」

 

「私で・・・・・・いいの?」

 

「聖がいい。他の誰でもない。聖がいいんだ。」

 

「・・・・・・きょうや・・・・・・恭也っ!」

 

聖は、恭也の胸の中に顔をうずめた。

 

「私・・・・・・恭也のこと離さないよ・・・・・・ずっと離さないよ・・・・・・?」

 

「俺も聖のことを離さない・・・・・・たとえ何があっても・・・・・・」

 

恭也は自分の首にかけていたロザリオを手にとった。

 

「受け取って・・・・・・くれるよな」

 

恭也と聖は見つめあって、聖は深くうなずいた。

 

聖の首にかけられたロザリオに埋め込まれたガーネットが、月明かりで光った。

 

 

 

 

 

 

聖は部屋の中にいた。

 

外の世界に興味がなかった。

 

幼稚な同級生・・・・・・大人ぶろうとする連中・・・・・・なんでも管理しようとする大人・・・・・・

 

全てに嫌気が差していた。

 

窓の外は嫌なことでいっぱいだ。

 

そして、窓の外で一人の女性が聖を見ていた。

 

女性はただ微笑んで聖を見ているだけだった。

 

外から聖をみて騒ぎ立てる連中とは違った。

 

窓の外から、聖と女性は向き合うだけだったが、それに安らぎを感じた。

 

同じように、聖を外に連れ出そうとするしつこい女の子もいた。

 

聖にとっては至極迷惑だったが、それでも内心悪い気がしなかった。

 

その後、聖は一人の少女を部屋に連れ込んだ。

 

鍵をかけてカーテンを閉めて、他のものを全て排除した。

 

だが、少女は部屋から消えてしまった。

 

窓ガラスは割れていて、外から冷たい風が吹き付けた。

 

破片で聖は傷ついてしまうが、女の子が部屋に踏み込んだ。

 

自分が傷を負うのをかまわず、聖を窓際に腰掛けさせた。

 

いつしか窓は元通りになり、聖は窓から外を眺めるようになった。

 

時が過ぎると女性は去っていき、別の少女と窓越しに見つめあった。

 

しばらくすると、聖は窓のそとにいる子供に手を振っていた。

 

 

 

 

 

窓の外には一人の少年

 

外に広がるのは少年を中心に楽しそうな少女達。

 

聖はそれを眺めるのを楽しみながら、その中に入りたいと思った。

 

だけど聖は窓を開けない

 

窓を開けると、少年を部屋に閉じ込めてしまう

 

そして、また壊してしまう・・・・・・

 

 

少年も・・・・・・少女も・・・・・・女の子も・・・・・・子供も・・・・・・部屋も・・・・・・窓も・・・・・・

 

 

そして、自分さえも・・・・・・

 

 

 

だから窓は開けない

 

開けさえしなければこの世界が壊れない

 

いつしか終わって、自分の前から無くなるとしても・・・・・・

 

 

 

でも少年は窓を叩いて手を差し伸べていた

 

女の子が窓をあけた

 

少女も子供も聖のことを呼んだ

 

聖は立ち上がって少年の手を取った

 

 

 

そして、聖は外へ足を踏み出した

 

窓の外から見てた世界に自分もいる

 

少年が言葉を紡いだ

 

 

 

『一緒に 歩いていこう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って言ってたんだけど・・・・・・もう1ヶ月も帰ってこないのよ」

 

5年が経った。今日は12月24日・・・・・・

 

大学を卒業した聖は、恭也と同棲生活を送っていた。

 

クリスマスということで、毎年リリアン時代のメンバーでクリスマスパーティーをしたいたのだが・・・・・・

 

今年は祥子と祐巳が二人きりで小笠原邸へお呼ばれしていた。

 

令と由乃は赤星を追って海鳴大へ行ったため、現在はさざなみ寮に住んでいる。

 

志摩子に至っては、乃梨子と青森まで教会とお寺めぐりをして今日帰るはずだったのだが、

 

大雪で電車が動かずに帰ってこれなくなったとか。

 

同じ失敗をして、乃梨子が小さくなっている姿が目に浮かぶようだった。

 

結局、今日一緒にいるのが聖と江利子。そして蓉子の3人だけだった。

 

「でも恭也さんはしっかり稼いでくれるじゃない・・・・・・私は傘張り職人の妻だから苦しいのよね」

 

江利子は既に山辺先生と、父親と兄の反対を押し切り結婚していた。

 

「あー・・・・・・それでもさ、相手がいる分ね・・・・・・?」

 

聖はそう言って蓉子を見やると、蓉子はプルプル震えていた。

 

「悪かったわね・・・・・・そりゃあ私は付き合っている相手もいないわよ・・・・・・」

 

蓉子は司法試験を通って現在は弁護士の卵である。

 

容姿端麗で頭脳明晰のパーフェクト超人なのだが、それが災いした。

 

たいていの男は、蓉子にしり込みをしてしまうのだ。

 

近づいてくるのはお姉さま〜の甘えん坊の能無しだったり、

 

本当に身の程を知らない軽い連中ばかりで蓉子は頭を痛めていた。

 

「だ〜いじょうぶだって。蓉子にだっていつか見つかるよ」

 

「そうね・・・・・・でも、25を過ぎる前に見つけないとやばいかも?」

 

「え〜り〜こ〜!?」

 

「じょ、冗談よ、蓉子・・・・・・」

 

「はぁ・・・・・・あなた達といると本当に頭が痛くなるわ・・・・・・」

 

「そりゃあ、蓉子さまは私たちの保護者ですから」

 

「誰が保護者よ!・・・・・・まったく、あなた達と来たら・・・・・・」

 

「そんな顔ばかりしてストレス貯めてると老けるぞ〜?」

 

「誰のせいよ誰の・・・・・・」

 

聖と江利子が声をあげて笑っていた。

 

パーティーはお開きになり、江利子は愛しの旦那様を迎えに行ってしまった。

 

聖は、暗くなった道を蓉子と一緒に歩いていた。

 

「ねえ、本当に一人で大丈夫なの?」

 

蓉子は、聖が一人なので泊まっていくと言ったのだが、聖はそれを大丈夫と断った。

 

「蓉子・・・・・・私だっていつまでも子供じゃないんだし・・・・・・」

 

「さあ、どうかしら?」

 

「それより、蓉子こそいい加減一人を解消しないとね」

 

「聖〜!?」

 

「あはは、でも本当に大丈夫よ。だから心配しなくてもいいよ」

 

「そう・・・・・・。わかったわ。さびしくなったら電話するのよ?いつでも行くからね」

 

「ん・・・・・・あんがと。それじゃまたね」

 

駅で蓉子と別れると、聖は自分の住んでいるマンションに向かって歩き出した。

 

本当のところ全然平気では無かったのだが、いい加減慣れないといけないと思った。

 

恭也は護衛という仕事の関係上、長く家を空けることがある。

 

いつもは日本国内で一週間程度なのだが、今回はCSSの護衛だ。

 

期間も長くなるかもしれない、と行って飛行機で飛び立ってしまった。

 

頭では分かっているのだが、感情がついてきてくれない。

 

女は感情の生き物だ、という言葉があるが本当にそのとおりだと思う。

 

そんなことを考えていると、何か冷たいものが鼻に当たった。

 

「あ・・・・・・雪・・・・・・」

 

ちらちらと降っていたが、だんだん大雪になってきた。

 

聖はコートのフードを被ると、少し早足で家路を急いだ。

 

マンションの前まで来ると、既に雪は積もり始めていた。

 

足を取られないよう、気をつけて階段をあがり、自分の部屋の前に来た。

 

寒かった。早く家に入りたかった。

 

一人は・・・・・・身も心も凍てつかせてしまいそうだった。

 

 

 

だから・・・・・・

 

 

 

ドアの前で雪を被ったあの人を見たとき

 

 

 

涙が出そうになった。

 

 

 

「どうしたの?なんかすごく寒そうなんだけど」

 

聖は苦笑して男性を見た。

 

「ああ・・・・・・まさか雪が降るとは思わなかった」

 

男性は雪を乱暴に払うと、聖の方を見て憮然としていた。

 

「それに・・・・・・中に誰もいなかったんでな」

 

「鍵を忘れるなんて、馬鹿ね〜」

 

「入ろうと思えば鍵くらい無くてもどうにかなる・・・・・・」

 

「うわっ、そうして寝ている私を襲って・・・・・・よよよ、私は恭也に汚されるのね・・・・・・」

 

「どうでもいいから、早く鍵を開けて欲しいのだが」

 

「どうでもよくな〜い」

 

聖はチョップを繰り出すが、今回は簡単に交わされてしまう。

 

「おぬし、腕をあげたな?」

 

「・・・・・・とりあえず寒い。中へ入れてくれ」

 

はいはい、と言って聖は鍵を開けた。

 

聖は先に中へ入って、恭也の方を振り向くと・・・・・・

 

「恭也・・・・・・お帰り」

 

「ああ、ただいま・・・・・・聖」

 

「恭也・・・・・・寂しかったよ・・・・・・」

 

「ごめんな・・・・・・」

 

「いいの・・・・・・帰ってきてくれたから・・・・・・」

 

二人は、そのまま抱き合った。

 

互いのぬくもりが暖かかった・・・・・・。

 

 

 

二人はお風呂に入って、リビングでくつろいでいた。

 

「でも、なんでこんなに早く帰ってきたの?」

 

「ああ。本当は今月いっぱいの予定だったんだが・・・・・・」

 

なんでも、イブの夜は旦那と過ごしたい、というティオレのわがままにより、

 

CSSのメンバーは全員帰国することになってしまったのだ。

 

もちろん、それに反対するものも(イリア除く)いなかったので、各自彼氏や家族の下へいった。

 

「まあ、そのおかげで俺も帰ってくることが出来たんだがな」

 

苦笑して恭也はそう言った。

 

「そっか〜。でも残念だけどちょっと間に合わなかったね」

 

時計は既に12時を回ってしまった。

 

「いや、ちゃんと間に合ったさ・・・・・・」

 

「え?」

 

聖が恭也の言い回しに疑問の声をあげると、恭也は胸のポケットから何かを取り出した。

 

「聖、誕生日おめでとう・・・・・・」

 

小さな箱のような包みを聖に差し出して、恭也は少し顔を赤くして微笑んだ。

 

「あけていいの・・・・・・?」

 

聖にしては珍しく、恭也に聞いてから包装を取った。

 

中に、青いジュエリーケースが入っていた。

 

聖は高鳴る心臓を抑えながらケースを開けると・・・・・・

 

「恭也・・・・・・これ・・・・・・」

 

中には、指輪が入っていた。しかもダイヤモンドリングだ。

 

「どうしてダイヤモンドなんて・・・・・・」

 

「どうしてもダイヤモンドにしたかったんだ・・・・・・結婚指輪は」

 

「えっ・・・・・・!恭也・・・・・・!?」

 

「受け取って・・・・・・くれるか?」

 

「・・・・・・いいの?」

 

「ああ」

 

聖は、指輪を恭也に渡して左手を差し出した。

 

恭也は聖の薬指に指輪をつけた。

 

「・・・・・・もう取り消せないよ?」

 

「ああ」

 

「返して、って言っても返さないからね?」

 

「ああ」

 

「さっきからああ、しか言ってないじゃない・・・・・・」

 

「ああ・・・・・・」

 

聖は、泣きそうな顔で笑った。

 

「その・・・・・・なんだ」

 

「なぁに・・・・・・?」

 

「俺と・・・・・・結婚してくれ」

 

「・・・・・・気の利かないセリフね」

 

聖は少し口を尖らせて・・・・・・だけど笑ってそう言った。

 

「すまん・・・・・・」

 

「いいの・・・・・・恭也のそういうところが好きだから」

 

聖の瞳から宝石のような涙が光って、流れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、遅刻遅刻!」

 

高町家の朝はあわただしい。

 

恭也が居間で新聞を読んでいると、娘の聖美(さとみ)が階段を駆け降りてきた。

 

「聖美・・・・・・家の中で走ってはいけない」

 

新聞をずらして娘に目をやると、舌をちろっと出して

 

「ごめんなさ〜い、おと〜さん♪」

 

なんて言う。本当に反省しているのか疑わしい。

 

「姉さんは少々落ち着きが足りないな」

 

弟の恭介も、聖美の姿に顔を顰めていた。

 

「なによ〜、恭介は年の割に落ち着きすぎなのよ!そんなんじゃすぐ老け込んじゃうわよ」

 

「ほら、早く御飯食べないと遅刻するよ〜」

 

聖が娘にそう言うと

 

「やばっ!お母さん、時間無いから食べながら行くね!」

 

トーストにベーコンエッグを乗っけて聖美は行ってしまった。

 

「それでは俺も行ってくる。帰ったら今度こそ父さんに一本入れるから」

 

「・・・・・・十年早い」

 

恭也の返答を聞かずに恭介も行ってしまった。

 

聖美は16歳、恭介は15歳で、二人ともリリアンと花寺に通う2年と1年だ。

 

「聖美は本当に聖に似てきたな・・・・・・」

 

「恭介だって、恭也そっくりじゃない・・・・・・」

 

二人は笑って顔を見合わせた。

 

 

 

幸せな生活がそこにあった。

 

うっとおしくて・・・・・・そしてうらやましかった平凡な生活。

 

でも、窓から見ていた景色としての笑顔ではない。

 

本当の笑顔がここにはあるのだ。

 

 

 

 

 

「ずっと・・・・・・一緒にいようね、あなた・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

黒き花びら−聖編−

いかがだったでしょうか。

辛い過去を背負いながら、セクハラ親父女子高生になった聖なのですが、

彼女の持つ優しさは、ものすごく深いものだと思いました。

蓉子さまファンの方、行き遅れている蓉子さまを書いて申し訳ございません。

だって、完璧すぎて実は近寄りがたいんじゃないか、と思ったんですよ(汗

でも、聖さまはすごくいいキャラクターです。僕も大好きなのですよw

 

では、また別の未来でお会いしましょう。

ごきげんよう・・・・・・。




聖ENDにあたる、このお話〜。
美姫 「冒頭の聖が、らしいといえば、らしいわよね」
うんうん。でも、最後にはちゃんと幸せを手にしたみたいで。
美姫 「本当に良かったわね」
ああ、良かった、良かった。



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