高町家の朝は早い。

 

朝5時、恭也は目が覚めると鍛錬をすべく準備をした。

 

そして、家を出ようとすると

 

「恭ちゃん、鍛錬しちゃいけないって言われてなかった・・・・・・?」

 

「そうだった・・・・・・」

 

いつもの癖でつい鍛錬に出ようとする恭也を美由希は苦笑して止めた。

 

恭也は美由希を見送ると、目が冴えてしまったので仕方なくお茶を飲もうとリビングへ行った。

 

一度部屋へ戻って上着を着る。運動しないとなると少々寒いと思った。

 

すると、階段を降りる音が聞こえてきたので目を向けると、志摩子が降りてきていた。

 

「おはようございます、恭也さん」

 

「ああ、おはよう志摩子。志摩子は朝早いんだな」

 

「今日はたまたまです」

 

とは言うが、志摩子は髪の乱れひとつなく寝起きなのにしっかりとしていた。

 

きっと家の手伝いだろうか、恭也もそれ以上は突っ込まずに志摩子とリビングへ行く。

 

お茶を淹れると、雨戸を開けて空気を入れ替えた。

 

外の空気は朝早いこともあって冷たいのだが、新鮮な空気が流れ込んでくる。

 

少し入れ替えて窓を閉めると、恭也は寒さで少し震えた志摩子に自分がかけていた上着をふわっとかけた。

 

志摩子は「ありがとうございます」と、服に袖を通した。恭也のにおいがした。

 

恭也は志摩子の正面にすわり、再びお茶をすする。

 

二人に会話は無いのだが、静かなこの時間を互いに共有した。

 

 

 

 

6時を過ぎたころ、桃子が起きて朝御飯を作るために台所へ向かった。

 

そのとき、リビングで静かにお茶を飲む二人を見て

 

「なんか・・・・・・晩年の夫婦みたいね」

 

ふふっと笑ってそう言う桃子に、二人は危うくお茶を噴き出しそうになったとか。

 

 

 

 

朝食の時間。

 

祐巳が真っ赤になって祥子の隣で小さくなっている。

 

なのはは苦笑してそれを見ていた。

 

朝、朝食が出来たのでみんなを起こすために志摩子や蓉子たちが行ったのだが・・・・・・

 

志摩子が起きたときに、あられもない姿で寝る聖の身だしなみを正したはずなのだが、

 

再び布団を蹴飛ばしてお腹丸出しの状態で寝ていた聖に、蓉子は眉間にしわを寄せた。

 

祥子は他所さまの家で失態を犯すのを恐れ、蓉子に1時間前に起こしてもらった結果、

 

完璧な状態を保って祐巳を起こしに行くことが出来たのだが・・・・・・

 

ドアを開けると、なのはが困り顔で入ってきた祥子を見た。

 

祐巳が、なのはを抱いてぐっすりと寝ていたのだった。

 

そのため、なのはは起きるに起きられず、どうしたものかと困っていたのだった。

 

幸せそうな顔で寝ている祐巳を起こすと、「ふぇ・・・・・・?」という声の3秒後・・・・・・

 

自分が抱きしめているなのはと、自分を起こしている祥子の顔を見て絶叫を上げた。

 

 

 

「祐巳・・・・・・なのはちゃんもあなたがそんな顔をしていたら余計に困るわよ」

 

祥子が呆れた顔で祐巳にそう言うが、「うう・・・・・・でも」と、相変わらず浮かない顔をしていた。

 

「ねえねえ、祐巳ちゃん・・・・・・なのはちゃんの抱きごこちはどうだった?」

 

聖は笑いながら祐巳に聞いた。

 

「もう・・・・・・聖さま、その話は止めてください」

 

祐巳は口を尖らせながら、箸を進めた。

 

ケタケタ笑う聖を見て蓉子がため息をついた。

 

「あ、あの、祐巳お姉ちゃん。私は全然気にしてないから・・・・・・ね?」

 

「うう・・・・・・ありがとう、なのはちゃん・・・・・・」

 

なのはに慰められる祐巳。立場が逆だとは思うが、妙に絵になっているのが悲しいところである。

 

 

 

食事を終え、赤星と藤代に電話を入れた。

 

昼過ぎになったら向こうへ戻ろう、ということで話をつけ受話器を置く。

 

昼まで時間が空くので、恭也は本来の目的だった盆栽を見るべく中庭に出た。

 

今日帰ると3週間はまた戻ってこれないので、念入りにチェックする。

 

冬なのであまり成長もせず、春までにまだ時間はある。

 

それでも、手塩にかけて育ててきた盆栽に余念は無い。

 

他の誰が見ても分からない程度の微調整をしていく。

 

「ふむ・・・・・・こんなところか」

 

恭也は一息つくと、縁側に腰掛けている志摩子に気が付いた。

 

「恭也さん、お茶が入りました」

 

「ああ。すまないな」

 

恭也は志摩子の隣に座ってお茶を受け取ると、ずずっとすすった。

 

庭では、聖が小飛やさざなみから来た猫たちと遊んでいる。

 

聖は猫にものすごく人気があるようだ。

 

「お姉さま、あんなにはしゃいで・・・・・・」

 

志摩子は聖を見てすごくうれしそうに言った。

 

家の中では、なのはが紅薔薇ファミリーと楽しそうに遊んでいた。

 

「平和だな・・・・・・」

 

「そうですね・・・・・・」

 

二人は空を見上げた。

 

「お〜い、志摩子たちもおいでよ〜」

 

聖が頭にトラ猫を乗っけたまま手招きをする。

 

中にいたなのはや祐巳達も出てきて、庭で猫と戯れた。

 

猫で遊ぶ聖と猫と遊ぶ蓉子。そして猫に遊ばれる祐巳を見て、恭也は一度家を出た。

 

 

 

 

1時間後、家に戻ってくるとそろそろ待ち合わせの時間が近かった。

 

「それじゃ、俺たちはもう戻るけど・・・・・・美由希、みんなを頼んだぞ」

 

「うん、任せてよ恭ちゃん」

 

「レンも晶も、お弁当ありがとうな」

 

『はいっ!』

 

「ほら、なのはもちゃんとお別れを言わないと・・・・・・」

 

午前はお店を松尾さんに任せた桃子は、うつむいているなのはに言った。

 

「・・・・・・祐巳お姉ちゃん、また来てくれるよね?」

 

なのはが、涙をこらえて祐巳のスカートを掴む。

 

「うん、また遊びに来るからね」

 

祐巳が優しく頭を撫でるとなのはは、震えてはいるがはっきりとした声で

 

「はいっ!待ってますから!」

 

と、笑顔で祐巳に手を振った。

 

祐巳も笑顔でなのはに手を振ると、高町家を後にした。

 

高町家が見えないところまで来ると、祥子は祐巳にそっとハンカチを差し出した。

 

それから祐巳の頭を腕で自分のところへ引き寄せると、みんなより少し後ろを歩いた。

 

そのおかげで、祐巳が流した涙は他の人に気づかれることはなかった・・・・・・。

 

 

 

海鳴駅に着くと、赤星や藤代たちは既に駅に着いていた。

 

そして、いきなり紫色の物体が恭也に飛びついた。

 

「恭也〜、帰ってきたならなんで忍ちゃんに連絡してくれなかったのよ〜」

 

「・・・・・・こうなると思ったからだ」

 

恭也はため息をついて忍を引き剥がすと

 

「こいつが、以前言っていた友だ『内縁の妻の忍ちゃんで〜す』・・・・・・」

 

ペシッ 恭也は忍の頭を叩く。

 

「いった〜い、何するのよ〜」

 

「ふむ、少し脳が溶けてたみたいだったからな。これで固まっただろう」

 

「ぶ〜」

 

「はいはい、二人ともそのくらいにしないと・・・・・・」

 

苦笑いする藤代の言葉に、恭也たちは置いていかれている山百合メンバーに目を向けた。

 

「あの・・・・・・恭也さん、内縁の妻っていうのは?」

 

志摩子が遠慮がちに恭也にたずねると

 

「ああ、これは忍がいつも言っている冗談だ・・・・・・」

 

恭也の言葉に胸をなでおろした志摩子と祐巳。それを見て忍は少しさびしそうな顔をした。

 

聖は、そんな忍の表情を見て

 

(あ・・・・・・)

 

聖は、忍の中にある自分と共通するものを見つけた。

 

彼女が恭也のことを好きだろうことは話を聞いて知っていた。

 

だがそれとは違う、根本的な部分で彼女を構成する、ある部分が自分と同じだと気が付いた。

 

恭也が別の人と話しているときに見せたあの顔が、それを連想させたのだ。

 

「どうも、私は恭也のクラスメートの佐藤聖。聖って呼んでね。私も忍って呼ぶから」

 

忍に手を差し出した。忍もその手を取ると

 

「あ・・・・・・うん、よろしくね聖。・・・・・・もしかしてあなたも?」

 

忍は恭也の方を見て聖に聞いた。

 

「そうね。もっとも本人は気がついてないんだけど」

 

ふっ、と笑って聖は答えた。

 

「恭也はほんっとに鈍感だからね・・・・・・そこがいいところなんだけど」

 

忍は、山百合メンバーの輪の中で話す恭也をまぶしそうに見ていた。

 

「うんうん、それとさ・・・・・・恭也ってからかうと、可愛いのよね」

 

聖の言葉に、忍も同意すると互いに顔を見合わせて笑みを浮かべ

 

そして恭也をからかうべく、自分たちもその輪の中へ入っていった。

 

 

 

 

恭也は忍と聖に散々遊ばれたあと、レンや晶から受け取った弁当を渡し、電車に乗り込んだ。

 

高町家にいなかった面子は、恭也の手にしている箱の中身に苦笑した。

 

帰りはボックス席の車両を選ぶと、スール別ではなく学年別になっていた。

 

互いの家での話が、このとき話題にのぼった。

 

 

 

 

猫の大群が祐巳に群がって、祐巳が猫に埋もれて大変だったこと

 

朝御飯を作ろうと包丁を握った由乃を見た令が血相を変えて台所へ行くと、由乃がむくれた顔をして戻ってきたこと

 

 

 

そして、由乃たちに中学時代の写真を見せた、という話を聞いた藤代が

 

「・・・・・・あたしの写真も見せたの!?」

 

帰ったら覚えてなさい、という死刑宣告をすると

 

「赤星・・・・・・短い付き合いだったな」

 

恭也が震える赤星の肩に手を置いた。

 

 

 

M駅に戻り、各自家路に着く電車やバス、車に乗って解散した。

 

帰り道が同じ恭也・志摩子・赤星・藤代は小寓寺行きのバスに乗る。

 

バスを降りると、藤代は赤星の腕を取って

 

「さて、赤星君。あたしは君にたくさん聞きたいことあるんだ♪」

 

「た、高町っ!頼む、助けてくれ!」

 

「・・・・・・志摩子、家まで送る」

 

「そ、そんな・・・・・・親友を見捨てる気か!」

 

「赤星、お前のことは忘れない・・・・・・」

 

とばっちりは御免被りたい。

 

「恭也さん・・・・・・いいんですか?」

 

「ああ。大丈夫だろ・・・・・・たぶんな」

 

恭也は、親友の声が遠くなるのを背中に、志摩子の家へ向かって歩き出した。

 

 

 

志摩子は恭也と、小寓寺へ続く小径を歩く。

 

「ここで、恭也さんと会ったんですよね」

 

鍛錬をしていた林が横手にあった。

 

 

 

あの時は夜だったが、まだ日の明るい今の時間では林の中まで光が届いている。

 

最初に館で出会ったとき、聖がすごく楽しそうな顔をしていたことが印象に残っていた。

 

だから、あくまで聖というフィルターを通して恭也を見ていた。

 

でもこの林で出会ったとき、志摩子は『高町恭也』という人間を直接見ることになった。

 

鍛錬しているときに自分の存在に気が付いて一瞬向けられた強い瞳

 

直後に見せた、志摩子を驚かせたことへの申し訳無さそうな表情

 

そして、送ってくれると言ったときの優しい顔

 

そのときに、恭也が何か大きなものを背負っていることを感じた。

 

何よりも、一瞬見せたさびしそうな目が志摩子の心を捉えた。

 

志摩子が『一人で住んでいるのですか?』と聞いたとき

 

『一人』という言葉に、恭也が一瞬ではあるがすごくさびしそうな目をしたのだ。

 

男性とは、父以外ほとんど話した経験が無い。

 

あるとしても父の職業柄ずっと年上か、もしくはお寺に来た子供くらいである。

 

だから、恭也にお弁当を作るなんてことは志摩子にとって冒険だった。

 

自分の姉である聖にさえ作ったことは無かったのに。

 

そしてそれを快く・・・・・・その上、喜んでくれたのはうれしかった。

 

志摩子は、恭也の持つ雰囲気が好きだった。

 

自分の姉とも、祐巳たち山百合会の雰囲気とも違う

 

もやもやしているけど、自分の中に芽生えている感情

 

 

そのうち、恭也の優しさが好きになり

 

 

恭也の強さが好きになり

 

 

 

それが恋心だと気が付いたのはいつだっただろうか

 

 

 

「ところで志摩子。今日は志摩子のお父さんはいらっしゃるのか?」

 

「あ、は、はい。おそらくいると思いますけど・・・・・・」

 

そんなことをぼんやり考えていたから、恭也の問いに一瞬頭が回らなかった。

 

「そうか。もしよかったら、志摩子の家にお邪魔してもいいか?」

 

「えっ!?」

 

志摩子の脳が急速に回転をする。

 

つまりは、父に会いたい、と言うことなのだろうか。

 

待って・・・・・・まだ心の準備が・・・・・・。

 

「盆栽をやっているって言ってたから見せてもらいたいと思ったんだ。それと話も聞きたいしな」

 

(はぁ・・・・・・)

 

恭也の言葉に安心したような、少し複雑な気分だった。

 

「わかりました・・・・・・。きっと父も喜ぶと思います」

 

そう答えると恭也はうれしそうな顔をして、手に持つ特製のキャリングケースに目を落としていた。

 

 

 

藤堂家は、小寓寺のすぐ隣に建っていた。

 

志摩子は恭也を引き戸をあけて玄関に通すと、和服姿の母親が出迎えた。

 

母親は恭也を見て一瞬驚くが、にっこりと微笑んで恭也を居間へ案内した。

 

居間に入ると、志摩子の父親が「おお、君が恭也君か。よく来たね」と出迎えた。

 

恭也は挨拶をすると

 

「志摩子さんにはいつもお世話になっています・・・・・・」

 

恭也は対面の父と母に頭を下げると

 

「いやいや、堅いことは無しにしよう。それに、こちらこそ本当にありがとう」

 

恭也の手を取って両手で強く握った。

 

「君がいなかったら、志摩子はどうなっていたか・・・・・・」

 

「知っておられたのですか・・・・・・?」

 

志摩子の父は、脅迫状のことを知っていて、恭也が護衛をしたことも知っていた。

 

それでも敢えて自分の娘のために、このことを話さなかったのだ。

 

危険が及ぶかもしれない、と知りながら。

 

「今まで学校のことをほとんど話さなかった志摩子が突然色々聞かせてくれるものでね・・・・・・。それで恭也君が信用できると思って任せたのだよ」

 

「そうだったのですか・・・・・・」

 

志摩子も、自分の父親の気遣いに感謝した。

 

もし、事前にこのことが自分に知らされていたら、おそらく学校を辞めただろう。

 

「何よりも、志摩子が楽しそうにお弁当を作っていたからワシとしても君と是非一度会いたいと思ってな・・・・・・」

 

「お、お父様・・・・・・」

 

「まあまあ、志摩子ったら照れちゃって・・・・・・」

 

うふふ、と志摩子の母親も笑う。志摩子は真っ赤だ。

 

「今日は、恭也さんがお父様の盆栽を鑑賞されたいとのことでお連れしたのです」

 

「おお、そうか。さっそく庭へ出ないか?ワシの盆栽を見てもらいたいからの」

 

わはは、と上機嫌で庭へ案内する。

 

庭には赤松と黒松を筆頭に、一列が松で埋まっていた。

 

他の段には梅やさまざまな種類の盆栽があるが、恭也はその松の列に目を奪われた。

 

「これは・・・・・・すごいですね。かなり大事に育てられてますね」

 

その中でも、一際小さめの黒松を見て恭也はそう言った。

 

「おお、すごいね。若いのにそこまで分かるのか・・・・・・」

 

恭也も、持参した桜をケースから出して志摩子の父に見せた。

 

「・・・・・・これは桜か。桜を育ててるとは恐れ入った」

 

桜は、枝を切るとその部分から腐っていってしまうため、盆栽には向かないのだ。

 

基本的に盆栽は挿し木から作ることが多いので、桜は特に難しいのである。

 

「はい。苦労しましたが、4年かかってここまで成長してくれました」

 

志摩子の父は、桜の盆栽をまじまじと見つめると

 

「4年か・・・・・・花の咲いた姿を見てみたいのう」

 

「ええ・・・・・・まったくです」

 

「それに、盆栽についてももっと語り合いたい。恭也君、うちの婿に来んか?」

 

「へっ!?」

 

「お、お父様っ!?」

 

そのとき恭也と、縁側で二人を見ていた志摩子が驚いて声をあげる。

 

「あらあら、駄目ですよあなた・・・・・・少し気が早いのではありませんか?」

 

志摩子の母親が、父を諌める。

 

「志摩子はお嫁に行きたいかも知れないんですから」

 

自分の頬に手を当てながらそう言う母親に

 

「おお、そうか・・・・・・志摩子、お嫁に行ってしまうのか・・・・・・父はさびしいぞ」

 

暴走する両親に恭也は戸惑い、志摩子は顔を真っ赤にしながら小さくなっていた。

 

 




盆栽のお話と、両親の暴走。
美姫 「真っ赤になって照れる志摩子が可愛いわね」
うんうん。しかし、ここでの会話を他のメンバーが知ったらどうなるかな?
美姫 「それは……面白い事になるわね」
あ、あははは。
美姫 「次回も楽しみだわ」
うん、確かに。すぐに続きを読みたくなるな。
美姫 「ええ。それじゃあ、次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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