『次は〜海鳴、海鳴です』

 

車内アナウンスが流れ、網棚に置いた荷物を降ろしたりして降りる準備をする。

 

長時間の電車の旅に飽きていた祥子は「やっと着いたのね」と少し不機嫌な様子だった。

 

そんな祥子なのだが、電車を降りるときには祐巳に

 

「ホームと電車が少し離れているから、気をつけなさい」

 

と言って、祐巳の手を取るあたりは立派である。

 

志摩子に絞られてぐったりしていた聖も、電車を降りると3秒で回復していた。

 

 

 

駅から出て、時計を確認すると午後3時になっていた。

 

学校が終わり、いったんみんな家に帰ってから来たため時間が遅くなってしまった。

 

お昼にするにも中途半端なので、どこかで軽食でもしようかと思い提案すると

 

「あ、あの。私、恭也さんのお店に行ってみたいです」

 

祐巳がそう言うと

 

「あ、それいいね。恭也の家に行くんだからちょうどいいかも」

 

聖の言葉に恭也が、「家とお店は別のところに建っているのだが」と言うが

 

「まあ、せっかくだから行くか。かーさんもきっとよろこんでくれる」

 

恭也はそう言うと、翠屋へ案内すべく足を進めた。

 

 

 

途中、書店に通りかかったところで

 

「あ、すみません。少し時間いいですか?」

 

そう言って、令は書店へ入り

 

「すみませんでした、行きましょう」

 

買ったと思われる本を手に持って、再び翠屋へ向かって歩き始めた。

 

「ねえ、令ちゃん何を買ってきたの?」

 

「ああ。草薙まゆこさんの新刊が今週出たのを思い出したの」

 

ふーん、後で私にも見せてね、と由乃。

 

「最初、『姉と妹』っていう漫画を読んだときにファンになったの」

 

目を輝かせて言う令に恭也は

 

(本人が聞いたら喜ぶだろうな)

 

さざなみ寮で締め切りに追われる真雪とそれを不本意ながら手伝わされる耕介を思い出し苦笑した。

 

 

 

翠屋に入ると、アルバイトの女の子に「11人相席で作れるか?」と聞いて席を用意してもらう。

 

まず恭也が奥中央に入ると、左右から聖と志摩子がはさみこむのかと思ったのだが

 

「祐巳ちゃん、先に入っていいよ」

 

と、聖は祐巳に恭也の隣を譲る。

 

「白薔薇さま、ありがとうございます」と、祥子は聖だけに聞こえるような声でお礼を言うと

 

なんの事か分からないけど、と言って聖は恭也の正面に座った。

 

「恭也さん、お勧めってありますか?」

 

令の質問に「甘いものが好きなら」と前置きをしてシフォンケーキを指差した。

 

「恭也はどれにするの、確か甘いもの苦手だったよね?」

 

聖の質問に、ああ、と答えながら恭也は

 

「俺はチョコレートケーキにする。ビターと普通の2種類あるからな」

 

そう言うとみんなに注文を確認した。

 

シフォンケーキが8つとビターチョコレートケーキが2個・・・・・・

 

「祐巳、いつまで迷っているの。早く決めなさい」

 

メニューとにらめっこを続けている祐巳に、祥子が早くするよう促した。

 

「シフォンケーキも食べたいし・・・・・・でも、チョコレートケーキは・・・・・・」

 

祐巳は、シフォンケーキにするかチョコレートケーキにするか迷っているようだった。

 

「でも祐巳さん、確か苦いのは苦手じゃなかった?」

 

由乃は、祐巳が館で砂糖を入れずに紅茶を飲んで「苦いよ〜」と涙ぐんでいたことを思い出す。

 

その言葉に「うっ」という顔をしてしまった祐巳は、慌てて「じゃ、弱点は克服しないとね」と言うが

 

「祐巳ちゃん、苦いもの苦手なのになんでビターチョコレートにこだわるのかしらね〜」

 

江利子は、理由なんてわかりきっているのだが敢えて口にする。

 

「そりゃあ決まってるんじゃないかしら?」

 

蓉子は恭也の方をみてそう言うと

 

「あ、祐巳。ビターチョコレートは甘いものが苦手な人にお勧めなだけだぞ」

 

と、恭也は祐巳がビターチョコレートもお勧めと勘違いしている認識を正そうとした。

 

「そうでは無くてですね、恭也さん・・・・・・」

 

祥子が顔を顰めて言うが

 

「いえ、私はビターチョコレートケーキを注文します」

 

と、はっきり祐巳は言い切ると

 

「確認するぞ。シフォンケーキ8つとビターチョコレートケーキ3つで、飲み物は・・・・・・」

 

と、恭也が注文をまとめてから店員にそれを伝えると

 

「あ、すみませ〜ん。シフォンケーキもう一個追加してください」

 

聖が戻ろうとした店員に追加で注文をすると

 

「ちょっと聖。あなた2つ食べるつもり?」

 

「だって、せっかく来たんだから両方食べないと損じゃない」

 

夕御飯食べられなくなっても知らないわよ、と蓉子はこめかみを抑えながら言った。

 

 

 

「おまたせしました、ご注文のケーキでございます」

 

注文を取った女性より少し大人の女性が現れ、ケーキを並べると

 

「かーさんはうれしいわ〜。恭也がやっと自分の彼女を紹介してくれるなんて・・・・・・。ね、それでそれで・・・・・・誰が恭也の彼女なの?」

 

「・・・・・・かーさん、少し落ち着いてくれ。なんで俺が付き合っていることになってるんだ」

 

「えー、だってリリアンの学園長が直々に責任を取れっておっしゃったじゃないの」

 

「は!?かーさん、なぜそれを知ってる」

 

「ティオレさんがライブ中継してくれたのよ」

 

「ちょっと待て!ライブ中継って・・・・・・」

 

「いいからいいから・・・・・・。あんた、まさかまた『俺じゃつりあわない』とか言ってるんじゃないでしょうね?」

 

「事実だろうが」

 

「はぁ・・・・・・あんたいい加減にしなさいよ?・・・・・・あ、ごめんね。私はこの子の母親で高町桃子。ここの店長で〜す」

 

『ご、ごきげんよう・・・・・・』

 

パワフルな桃子に圧倒され、一同は目を丸くしていた。

 

「も〜、この子が朴念仁で桃子さん困っちゃうのよ。というわけで、誰かこの子をもらってってね」

 

その言葉に3人の目が泳いだ。

 

(ふ〜ん、そうか。恭也に興味を持っているのは恭也の両隣の子・・・・・・で、今すぐ隣にいるこの子ね)

 

祐巳・志摩子・聖を見て桃子は直感した。

 

「赤星君もそうよ?あなたはうちの息子みたいに枯れないでね」

 

「は、はあ・・・・・・」

 

「かーさん、余計なお世話だ・・・・・・」

 

「まあいいわ。それじゃ皆さん楽しんでくださいね。それとこれはサービスになります」

 

桃子は、前日に焼いておいたクッキーを中央に差し出して厨房に戻っていった。

 

「・・・・・・騒がしい母親ですまない」

 

恭也がため息をつきながらそう言うと

 

「いいんじゃない?楽しそうな人で」

 

みんながいただきます、と手を合わせている中、一人でケーキを食べ始めた聖はそう言う。

 

「でも、恭也さんのお母さんって若いですね」

 

「あ、それは私も思った」

 

祐巳の言葉に由乃も同意する。

 

「それにしては、驚かなかったな。いつもみんなかーさんを見て母と言うと驚くのだがな」

 

「ああ。私達はその現象を見慣れてるから・・・・・・」

 

祥子の方を見てそういう。

 

「とは言ってもかーさんはもう・・・・・・」

 

年を言おうとしたそのとき

 

「恭也、生クリームたっぷりのシフォンケーキいる?」

 

笑顔で桃子が恭也を見て言う。

 

「・・・・・・謹んで遠慮する」

 

身の危険を感じ、話を打ち切った。

 

「とりあえず、ケーキを食べてみてくれ。きっとおいしいはずだ」

 

そういう頃には、聖はケーキを半分食べ終えていたのだが。

 

『いただきます』

 

そう言ってみんなケーキを一口。

 

「えっ!?う、うそ!」

 

由乃が驚きの声をあげる。

 

その声を聞いて、桃子は厨房からすっ飛んでくる。

 

「ど、どうしたの!?まさかなんか変なもの入ってた?」

 

「いえ、今まで食べてきたケーキのどれよりもおいしくて・・・・・・・」

 

つい声をあげてしまいました、と令は恥ずかしそうに言うと

 

「よかった〜。桃子さん驚いちゃった・・・・・・。そう言ってくれてうれしいわ〜」

 

にこやかな顔で再び厨房に戻っていく。

 

「まさか、令ちゃんよりおいしく作れる人がいるなんて・・・・・・令ちゃん、この味覚えておいて」

 

「由乃・・・・・・ちょっと無理かもしれない」

 

「えー、なんでよ!?」

 

「あのね、材料は一応わかったんだけど、どうやったらここまでおいしく作れるかが想像できない」

 

令は肩を落としてそう言うが、「それならしっかり味わいなさい」と江利子に言われ、ケーキに舌鼓を打っていた。

 

「はぁ・・・・・・祐巳、やっぱり無理じゃないのかしら?」

 

「う・・・・・・」

 

祐巳は、チョコレートケーキを一口食べて、顔をゆがめてからケーキを食べていない。

 

「祐巳ちゃん、食べないならそれいただきー!」

 

聖はそう言うと、祐巳のチョコレートケーキを取り上げて食べ始めた。

 

「せ、聖さま・・・・・・酷いです」

 

「拗ねない拗ねない。こっち食べていいから」

 

そういうと、チョコレートケーキを食べても手をつけてなかったシフォンケーキを祐巳に差し出す。

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

祐巳はお礼を言うと、シフォンケーキを食べ始めた。

 

このとき祥子は、聖がケーキをわざわざ2個注文した意図に気がつくのだが、改めて御礼を言われることを聖が好まないのも知っている。

 

だから、祥子は聖に笑顔を送った。

 

それに気がついた聖は、祥子から逃げるようにそっぽを向いた。

 

 

 

カランッ

 

 

 

お客が来て、カウンターに座り注文をした。

 

「コーヒー。うんと濃いやつ頼む」

 

その声を聞いて、恭也は「まずい!」と思ったのだが、不幸にもその声の主は後ろを振り返ると

 

「お?高町兄と勇吾じゃないか・・・・・・こっちに帰ってきたのか」

 

カウンターにもたれるようにこっちを向きながら恭也に話し掛けてきた。

 

「ええ。家の盆栽が気になって帰ってきたんですよ」

 

「ほー?ところでお前達が囲っている女性達はどういう関係だ?」

 

新しいおもちゃを見つけました、という目で恭也たちを見やる。

 

「向こうの学校でお世話になっている方々ですよ」

 

赤星は冷静に言葉を返すのだが

 

「それにしちゃあずいぶんと綺麗な連中ばかりだが・・・・・・誰が本命だ?」

 

ニヤっと笑うと、恭也・赤星の両脇がピクッっと反応した。

 

(各人候補が2名・・・・・・いや、恭也の正面にいるやつがわからんな)

 

分析終了。

 

「俺を好きになる人がいるわけないじゃないですか」

 

「・・・・・・人の声を真似て言うのはやめてください」

 

恭也が言うより早く、真雪は恭也の声色を真似て口癖を言った。

 

その言葉に、今度は聖が恭也の声色を真似て真雪に返す。

 

真雪は驚いて聖を見、そして

 

「ほお、どうやらアンタとは気が合いそうだ」

 

「私もそう思っていたところです」

 

2人は手をがっちりと結んだ。このとき、海鳴−リリアン間で悪魔の契約が交わされた、と後に蓉子は語る。

 

「あたしは仁村真雪。コイツとは共存関係にある」

 

「いきなり誤解を与える発言はやめてください・・・・・・。それに、一方的に人をネタにしてるだけじゃないですか」

 

「そりゃあ、お前の周りはネタの宝庫だからな。漫画家として逃す手はない」

 

「真雪さんは漫画家なんですか?」

 

令が聞くと、真雪はああ、と答えて

 

「今週、新刊出したんだ。良かったら買ってくれ」

 

その言葉に令は恐る恐るカバンの中からさっき買った本を取り出して

 

「あの、違ったらも申し訳ないのですが・・・・・・まさか」

 

「お、買ってくれたのか。悪いね〜」

 

真雪は、令の持っている本を手にとって、表紙をめくるとサインをして

 

「ほい、いらなかったら申し訳ないが、せっかくだからもらってくれ」

 

と、サインをした本を令に返した。

 

「あ、ありがとうござます!ぜひ我が家の家宝にさせていただきます!」

 

「家宝ったぁ大げさだな・・・・・・。まあせっかくだからちょいとお返しもらおうか」

 

ニヤっと笑ってそう言い

 

「恭也、勇吾。ちょっと何人か借りていくぞ」

 

そう言って令・由乃・祐巳・聖・志摩子を連れて別の席へ移った。

 

「なあ赤星。ものすごく嫌な予感がするのだが」

 

「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

 

「あたし、真雪さんの考えていることなんとなく想像ついた」

 

由紀がそう言うと、蓉子も

 

「ええ。大体理解できたわ。だって、聖と同じタイプみたいだし・・・・・・」

 

蓉子が頭を抱える。

 

「でも、面白いことが起こりそうなことには違いないわよね」

 

江利子は未来に起こりそうな出来事を想像して、楽しそうだ。

 

「連れて行ったメンバーを見る限り・・・・・・そういうことでしょうね」

 

祥子が呆れ顔で眺めている。

 

このとき、恭也と赤星は人選の意味がわからなかったのだが、真雪の様子から嫌な予感だけは察していた。

 

だが、残りの4人は真雪の意図まではっきりと理解していた。

 

かつてのクリスマスパーティーからの話から察するに

 

 

 

『次のネタ』として使うつもりだと。

 

 

 

 

 




ネタを確保した真雪…。
美姫 「そして、またしてもネタにされる恭也」
果たして、どんなお話が作られるのか。
美姫 「それはさておき、海鳴到着ね」
ああ。美由希たちも出てくるだろうから、楽しみだな。
美姫 「本当よね。早く、次回が読みたいわね」
ああ、確かにな。
美姫 「それでは、また次回で」
ではでは。



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