「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。
晴れて、正式に留学生として登校する恭也。
依頼も終わったので、残りの学園生活を楽しもう、と思ったのだ。
しかし教室についてから、恭也の方を見て何か噂をしている声がした。
考えてみたら、1週間はたったわけだが男がいるのに慣れない女性もいるだろう、と納得して恭也は気にしないことにした。
しかし1時間目、2時間目と終了し、休み時間のたびに噂をする人が増えていく。
昼休みになると、他のクラスの人も恭也の方をみて噂をしていた。
少々居心地が悪くなって教室を出ると、すれ違った生徒に声をかけられた。
「ごきげんよう、ロサ・シュヴァリエ」
薔薇の館の扉を開けると全員そろっていた。
恭也は目的の人物を見つけると、頭に手を置いて
「聖・・・・・・説明をしてもらいたいんだが」
「ん?何のこと?」
恭也は、自分にロサ・シュヴァリエという不思議な敬称がついていることを説明すると
「で・・・・・・私がやったと思ったわけ?」
「ああ、他に該当者は思い浮かばない」
「ひどいなー、私じゃないよ。そうやっていつも私を疑うのね・・・・・・よよよよ」
「お姉さま・・・・・・まっさきに疑われる理由が知りたいですか?」
「言うまでもないけどね」
志摩子が聖を見てそう言うと、蓉子が肩をすくめてそう答えた。
恭也は、うーむ、とうなって頭を悩ませていると
「それは、きっとこれじゃないかしら」
祥子がそう言ってかばんの中から新聞らしきものを取り出した。
「あ、それってリリアンかわら版ですか、お姉さま」
祐巳の言葉にうなづくと、祥子は新聞の一面を開いて恭也の方に向けた。
そこには恭也に関する記事が乗っている。
そういえば、新聞部のアンケートに回答したような気がする・・・・・・。
名前:高町恭也 身長:176cm 69kg
趣味:「盆栽・日向ぼっこ・体力トレーニング」
好きな色:「黒」
好きな食べ物:「煮物全般」
好きな歌手:「CSSメンバー全員」
将来の夢:「護りたいものをみつけること」
好みのタイプ:あまり考えたことが無いので保留
名前:赤星勇吾 身長:188cm 80kg
趣味:「強い人間と戦うこと」
好きな色:「青」
好きな食べ物:「寿司・おいしいもの」
好きな歌手:「CSSメンバー全員」
将来の夢:「世界一の剣士」
好みのタイプ:「自分を好きになってくれる人」
最後に、こう締めくくられていた。
『恭也さまは例えるなら、ロサ・シュヴァリエ・・・・・・。カラーは黒で、黒薔薇になりますね。対して勇吾さまはロサ・ラピエル・・・・・・青薔薇ですね。どちらも現存しない薔薇の色なのが悔やまれるところでしょう』
一同はため息をついて
「まさか新聞部だったとはね・・・・・・」
蓉子はそう言うと聖は
「でも、騎士さまか〜。恭也にぴったりの称号だね」
「勇吾さんは剣士さまね」
聖の言葉に恭也と赤星が
『俺を薔薇の名を冠するこんな綺麗な3人と並べたら・・・・・・見劣りして悪い気がするのだが』
恭也と赤星の言葉に、3人の顔が赤く染まり
(自分のことわかってないなぁ・・・・・・)
そう思うメンバーと
(恭也(勇吾)さん・・・・・・無意識に大変なこと言わないでください)
そういいたくなった志摩子と祐巳(令と由乃)だった。
言うまでも無いことだが、薔薇さまの3大勢力図だったリリアンの派閥。
恭也と赤星の登場によって大きく塗り替えられていた。
フランクでいつも笑顔がトレードマークの赤星と
クールで落ち着いた理知的なイメージを持つ恭也。
今では、2人で3薔薇とタメを張るくらいの勢力になっていた。
これも今更だが、2人は当然そのことを知る由もなかった。
放課後には、ほぼすべての人間が恭也のことを『黒薔薇さま(ロサ・シュヴァリエ)』と呼んでいた。
「しかし、なんで藤代は記事にならなかったんだ?」
赤星が、藤代にそういえば、と聞いた。
藤代は、笑って
「だって〜、赤星君と高町君に一緒に並べられたらとてもじゃないけど困るよ」
「そうなのか?」
「あたりまえでしょ?それに載せたところで誰も見やしないわよ」
そんなことはないのだが、確かに恭也と赤星に比べれば女性の分少ない。
だが、剣道部では令さまファンが藤代に数名移っていたのだった。
フランクな人柄も手伝って、お姉さまとしては人気が高いのだ。
「まあ、これで2人も晴れて薔薇の人になったわけだね」
聖は、おめでとう〜、と手を叩くと、外から階段を昇る音がした。
トン トン トン・・・・・・
現在メンバーは全員いるので、どうやら外のお客のようだ。
恭也は席を立つと、ノックの音が鳴る前に扉を開けた。
「きゃっ・・・・・・」
今まさにドアを叩こうとした女生徒は突然開いたドアに驚いたが、恭也を見つけると「親切にありがとうございます」と気を取り直して
「ごきげんよう、みなさま。少しお時間の方よろしいでしょうか?」
噂をすれば何とやら。新聞部部長の築山三奈子がやってきた。
一瞬館の空気が止まるが、蓉子が「どうぞ」と返事をすると1年はお茶の用意をはじめた。
「それで、用件は何かしら?三奈子さん」
蓉子は単調な口調で三奈子に問い掛ける。
「あの、今回は薔薇さま方にご迷惑をかけるお話ではないので・・・・・・あまり構えないでいただけると」
「ふ〜ん、そうだといいけどね」
聖が信用してません、という様子で言葉を返すが、三奈子は言葉を続けた。
「実は、バレンタインデーが来週に迫ってきているのはご存知と思いますが、今回ある企画を提案したくて、山百合会にご協力を願いたいのです」
「そう・・・・・・。で、その企画はどのようなものかしら?」
「はい。バレンタインデーということで今回はつぼみの皆様にご協力いただこうと思いまして、イベントを開き、それに賞品を出そうと思ったのです」
その言葉に、今度は祥子・令・志摩子が反応した。
「私たちが出る・・・・・・ってことは、賞品やイベントも私たちに関係があるものになるの?」
令がたずねると、三奈子はうなづいて
「ええ。実は、バレンタインカードというカードをつぼみの御三方に隠していただいて、それを見つけた方につぼみの方からプレゼントを用意してもらおう、と思ってたのですが・・・・・・」
「思ってた、って・・・・・・?結局それは違うってこと?」
「一応、企画段階で学長に許可をいただこうと思い、学園長に伺いを立ててみたのですが、そこにお客様が一緒にいらっしゃったんです」
三奈子は、少し興奮した様子で言葉を続けると
「そのお客様が、あの世界的に有名な歌手のティオレ・クリステラだったんです!」
「・・・・・・そのティオレさんが一体どのような形で関わってくるのですか?」
由乃が、早く結論を言ってくれと言わんばかりに三奈子に質問する。
「実は、その企画を見せたときにティオレさんがすごく面白い提案をしたのです」
そう言って、三奈子は恭也と赤星を見た。
赤星は、頭にハテナマークが浮かぶが、恭也は言い知れぬ嫌な予感がした。
恭也は、おもむろに席を立ち、無言で扉の前に歩いていくが・・・・・・
「あれ〜?恭也くん。どうしたのかな〜?」
「そうよ、恭也さん。まだ三奈子さんのお話が途中よ。最後まで聞かれたらいかがかしら?」
聖と蓉子は恭也をはさんで肩をがっちりつかむと、回れ右をさせて席へ押し戻した。
恭也が力なくうなだれているのを見て赤星は
「高町・・・・・・一体どうしたんだ?」
「いや。俺は今、ここにいたら大変なことになる気がしてならなかったんだ・・・・・・」
恭也の答えに、赤星は首をひねるのだが、次の三奈子の言葉に
「では、話を続けますね。ティオレさんは私に
『せっかくバレンタインなのだから、ここは留学生の男性お二人に参加してもらったらいかがかしら。そうねぇ・・・・・・賞品は彼らの留学期間限定でスール、っていうのはどうかしら。二人ともかっこいいから絶対成功するわよ〜。リリアンに来てスールを体験しないのはさびしいと思うわ』
と、おっしゃられたのです。私もティオレさんの企画はすばらしいものだと思いまして・・・・・・お二人とも、どちらへいかれるのですか?」
三奈子がにっこりと笑うと、恭也と赤星はそろってドアの前に立っていた。
座ってください、と言わんばかりに微笑まれて、恭也と赤星はしぶしぶ席についたのだが・・・・・・
「反対反対〜〜〜!!スール制度をゲームのエサに使うなんてふざけてる!」
「そうね。由乃さんの言うとおりですわ、三奈子様。この企画は道徳上よろしくないと思います」
由乃はさておき、志摩子も珍しく不快感をあらわにして反意を示す。
「ねえ、三奈子さん。この企画ってスールを持っている人は参加できないの?そうなると、かなり人数が限定されるような気がするんだけど・・・・・・」
聖がもっともだ、という質問をぶつける。それに三奈子は
「いえ、この場合は2週間限定ですのでスールを持っていてもいいと思います。仮に、制限した場合、おそらくリリアンのスール制度が壊れてしまう恐れがありますから・・・・・・」
三奈子は恭也と赤星を見てそう言うと、一同は納得したようにうなずく。
恭也も赤星もそれを半分理解した。もっとも、それは互いに相手が原因と認識しているのだが。
「ということで、みなさんも当然参加する権利がございましてよ?」
三奈子がそういうと、江利子と蓉子、祥子以外は「うっ!」と、一瞬うろたえた。
「ここにいる皆さんは、ほかの生徒と比べてお二人といる時間は長いわけですし・・・・・・カードも見つけることが出来る可能性が高くなりますわね・・・・・・」
ごくり・・・・・・のどが鳴った音が重なる。
「というわけで、2月14日にイベントを行うことになりました。恭也様と勇吾様は、申し訳ございませんが、ロザリオのご用意をお願いいたします」
『あの・・・・・・俺たちに拒否権というのは・・・・・・?』
『無くってよ?』
10人の声が重なる。
「お、おい藤代。お前まで裏切るのか・・・・・・?」
赤星が情けない声で助けを求める。
「だって、面白そうじゃない・・・・・・あ、そうだ。ひとつ質問なんだけど」
三奈子に向き直ると、どうぞ、と返事の代わりに手を向けた。
「これって、同じ学年の人がカードを見つけた場合ってどうなるの?」
「はい。同じ学年の人が見つけた場合は、本人同士の話し合いで姉か妹か決めてもらうことにします」
「そっか、じゃあ私が恭也くんのカード見つけたら・・・・・・お兄様って呼ぶことになるのかな」
その言葉に一同はそれぞれの想い人を思い浮かべ、「お兄様」と心の中で呼んでみた。
うっとりしている者数名・・・・・・
「あっちは放って置いて・・・・・・三奈子さん、それでは放課後に行うということでよろしいのかしら?」
冷静な蓉子が話を進め、イベント案は成立した。
恭也と赤星は、互いに視線をあわせると、今日一番のため息を吐いた。
一難去って、また一難。
美姫 「恭也にとっての真の敵はティオレ?」
それはさておき、なにやら面白そうな予感。
美姫 「うんうん。お兄様か。確かに、楽しそうよね〜」
果たして、このイベントの行方は!?
美姫 「まだまだ目が離せません!」
次回も楽しみに待ってます。