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これまで、脅迫状が出てから犯人の動きは無かった。
前日にリスティに電話をして、現状を報告した。
リスティの立場は、厳密に言えば警察官ではない。
警察関係者と言う立場に所属して、警察業務に協力をしている・・・
と、そういえば聞こえはいいのだが、どちらかというと、警察がリスティに振り回されているという状態になっている。なにより、リスティが有能なのだ。
これは前日の恭也とリスティの会話・・・
「あー、恭也。こっちでも色々調べてはいるんだけどね・・・どうやら、宗教的対立とかによる組織だった脅迫ではないようだね」
「と、いうことは・・・やっぱりいたずらですか?」
「そうとは断定できないけど、現状はその可能性が強い・・・だけど、嫌がらせだったとしたら悪質なものになるかも知れないよ」
「嫌がらせというと・・・志摩子さんに個人的な恨みを持った人ってことですか?」
「だろうね。恭也は、リリアンに存在するスール制度や山百合会の存在は理解したかな?」
「ええ。いつも行動を共にしていますから、大体は」
「・・・・・・そうか。じゃあ藤堂志摩子の置かれている立場も理解してるよね?」
スールは、通常1学年上の上級生からロザリオを受け取ることにより、姉妹となる。
だが、まれに3年から1年。もしくは妹を持たない生徒も存在しているのだ。
「藤堂志摩子は、3年の・・・しかも白薔薇さまという立場の人からロザリオをもらったんだ。3薔薇の話は、ボクよりも詳しいと思うからあえて説明はしないけど、藤堂志摩子は既に選挙も当選して、1年ながら白薔薇さまとして認められたんだ・・・。多くの人は納得しているんだけど、どうやらそれに反発する声もあるみたいなんだよね。まあいうなら反対派かな・・・。その連中による仕業ってセンが今のボクの見解だと一番の有力候補かな」
それは恭也も、外部からの団体でないことから想像がついた。
「まあ、学校内部のことまではあまり立ち入れないから、そうなったときは恭也に任せるよ」
「わかりました」
「実は、こっちでもちょっと事件を抱えちゃってね・・・。あまりそっちの方に手が回らないんだ。恭也は新聞を読むだろうから知ってると思うけど・・・最近誘拐事件が発生しててね。そっちとも遠く無いからそれも用心してくれると助かる。何せ女の子しかいないんだし」
恭也は返事をすると、リスティが一息つく。
「とりあえず、仕事のことはここまでにして・・・恭也、女子校での生活はどうだい?」
リスティは、いきなりいつもの口調に戻った。きっと今、黒い尻尾が生えていることだろう。
「・・・疲れます。女性に囲まれていると、どうしていいかわかりませんし」
「相変わらずだね。で、気になる女の子は出来たかい?」
・・・恭也はその言葉に少し思考をめぐらせて・・・答えを返した。
「・・・俺を好きになる女性はいませんよ」
いつもの恭也の言葉。だが、少し悲しそうな感じがしたのをリスティは感じた。
「そっか・・・。ああ、そうそう。さっきフィリスのところに行ったら、フィリスが怒ってたぞ?」
恭也は、リリアンに行く前日、病院の定期検診だったのだが、引越し作業という名目でサボっていたのだった。
「帰ってきたら全身全霊でマッサージをしてくれるそうだから、そこにいる間に人生を楽しんでおくといいよ・・・クスクス」
リスティは笑いながら物騒なことを言うが、恭也にとっては笑えない言葉だった。
6時間目のチャイムが鳴った。
ここへ来てから授業中は一度も寝ていない。
恭也は自慢ではないが、実習で無い限りは9割方寝ていた人間である。
最初はその反動で何度も夢の世界へ落ちかけたのだが、授業もまじめに聞いてみると興味深い。
とはいえ、リリアン独自のカリキュラムである神学の授業だけはきついが。
同じ宗教でも、恭也は仏教の方が性に合うだろう、と思っていた。
「恭也くん。君も罪な男だね〜」
聖は恭也の横に来てうりうり〜、と肘で突っつく。
「・・・・・・いきなり誤解を招くような発言をしないでくれ」
「でもさ〜、恭也くんに会いたいって今取り継ぎ頼まれたのよ〜?私というものがありながら、恭也くんはいろんな女の子を落として行くのね、よよよ・・・」
聖は身振り手振りをして大げさに表現する。
『まさか・・・・・恭也さんがそんな・・・・・』『私もいっそ参戦を・・・・・・』と、あらぬ噂が立ち始めて
「はぁ・・・・・・もういい」
恭也は諦めた様子で教室の外に向かう。
「ごきげんよう、恭也さま。私のこと、覚えてらっしゃいますか?」
外には、にこやかに笑うリリアンの歌姫こと、蟹名静が立っていた。
とりあえず、落ち着けるところと言うことで、少々寒いのだが恭也たちは中庭に来ていた。
教室内部は聖のおかげで大変なことになっていて、校内にいては変わらないと思ったからだ。
静もそれを察したのか、聖が教室中の注目を集めているのに少し驚いた感じをしたものの、
黙って恭也の提案にしたがって外についてきた。
「それで、俺に話ってなんでしょう」
恭也は静に問い掛けた。
「昨日・・・CSSのティオレ学長が私のところにいらっしゃって。以前から私は行こうか迷っていたのですが・・・直に学長から太鼓判をいただいて」
それは恭也も知っていた。というより、ティオレが来た理由がそれにあると思っていた。
一度しか聞いていないが、静の歌というのはものすごいと思った。
恭也は、静の歌に引っかかりを覚えたのだが、それは静の歌が心を乗せるものだったからだ。
静ほど歌に力を持つ歌姫となると、図らずとも自分の心を歌に乗せてしまう。
だから、静が心に迷いを感じているとなればそれを聞くものはそれを感じ取ってしまう。
・・・・・・もっとも、それを受け取れる人間もごく少数なのだが。
「それで、私は恭也さまにお礼を言おうと思って」
「お礼・・・・・・ですか?」
「ええ。あなたが私に『心に未練がある』って指摘してくださった・・・・・・。そのおかげで、やり残したことを解決する気持ちになりましたのよ。気持ちの整理がついたおかげで私は、ティオレ学長の前で最高の歌を歌うことができたのですよ」
恭也さまのおかげですわね、とほほえみを浮かべていう静に恭也は少しはずかしくなった。
「そうだったんですか・・・、おめでとうございます。CSSの人たちはいい人ばかりですよ。心に響く歌を歌い、人を包み込む優しさを持った人間であふれていますから・・・」
恭也が懐かしそうな顔をして話す姿を見て、静は一瞬魅入られたが、すぐ疑問をぶつけた。
「恭也さま、もしかしてCSSとご関係が・・・?」
「ええ、ティオレさんは夫のアルバートさんが父の親友だったので、それで知り合いなんです」
「そうだったんですか・・・・・・だから歌のことをよく理解されてたのですね」
「はい。もっとも、歌う方は苦手なのですけどね」
「恭也さまは、恥ずかしがりやみたいですからね」
ころころ笑う静に、恭也はまた赤くなった。
「ふふふ、それでは私はやりのこしたことがあるのでそろそろいきますね。ごきげんよう、恭也さま」
そういった静の顔は・・・・・・ティオレがいたずらを思いついたような顔をしていた。
そのころ、クラスメイトに恭也をからかってただけだと笑いながら説明した聖は、教室の外に自分のほうを見ている蓉子を見つけた。
「聖・・・・・・ちょっといいかしら?」
蓉子が教室の外から聖を呼んでいた。
「どったの蓉子、改まっちゃって」
「ここで話すのも長くなるから、ミルクホールへ行きましょう」
そういって蓉子は聖を連れてミルクホールへ行く。
昼食時ならミルクホールにも人はいるのだが、放課後となると人はいない。
飲み物を買って席に向き合うように座ると、蓉子は聖に切り出した。
「聖・・・あなたに話があるのよ」
「蓉子・・・・・・悪いけど、愛の告白だったら受けられないよ」
聖がそういうと、蓉子はがっくりうなだれた。
「よ、蓉子・・・・・・まさかあんた本気で私のこと!?」
聖は冗談で言ったのだが、蓉子の反応に聖は飛び上がりそうに驚いた。
「聖・・・・・・馬鹿なこと言ってないで真面目に聞いて頂戴」
蓉子は頭が痛くなってきたが、言葉を続ける。
「あなた・・・・・・恭也さんに惚れてるんでしょう?」
聖のおちゃらけていた顔が真面目な顔になった。
「・・・・・・はぁ、蓉子には隠しても仕方ないか。うん、恭也くんのこと好きだよ」
聖は、他の人にちょっかいをかけることでなるべくそう見えないようにしていたのだが、蓉子にはすぐ分かるらしい。全く恐れ入った。
「でも、やっぱり・・・・・・怖いの?」
見透かすような目で聖を見る。聖はやれやれ、といった様子で自分の髪を無造作に掻く。
「そうね、怖くないと言ったら嘘になるかな・・・・・・。それに、お姉さまとの約束もあるし・・・・・・。私が本気で恭也くんを愛してしまったら、私も彼もきっと壊れちゃうから」
「そう・・・・・・」
「それにさ。恭也くんのこと好きなの、私だけじゃない。志摩子も・・・祐巳ちゃんも多分恭也くんのことが好きだと思う。ほら、志摩子と恭也くんって絵になるじゃない?」
「聖、あなた本気で言ってるわけ?」
少し苛立った様子で言う蓉子に答えず、聖は言葉を続ける。
「祐巳ちゃんだって・・・すごくいい子だって蓉子だってわかるよね。だから・・・・・・恭也くんが私と一緒になるより・・・・・・そっちの方が・・・・・・」
「聖!」
蓉子が立ちがって正面から両手で聖の肩をつかむ。
「そんなこと言わないでよ・・・!私は、聖のいいところ・・・いっぱい知ってるのよ!?志摩子も祐巳ちゃんもすごくいい子だけど・・・あなただって負けて無いわよ!」
「・・・・・・蓉子」
「それに、私はっ・・・・・・聖が後悔して泣くところなんて・・・・・・もう見たくない!お願いだから、勇気を出してよ・・・・・・」
蓉子は・・・・・・泣いていた。1年前、周りが見えなくなっていた自分・・・・・・栞がいなくなったときに自分を受け入れて・・・・・・おせっかいなほど私の世話を焼いてくれた蓉子が泣いている。
「なんで蓉子が泣くのよ・・・・・・私なんかのために泣かないでよ・・・・・・」
私が・・・・・・我慢できなくなっちゃうから・・・・・・
「聖・・・・・・自分に正直になって・・・・・・。今のあなたなら、大丈夫よ」
「どうしてそう思うの?」
「・・・・・・私がそう思うからよ」
蓉子の理由は、他のどんな理屈よりも納得できる。
「ありがとう。・・・・・・蓉子がいてくれて本当に良かった」
「いつもそう思ってくれるとうれしいんだけどね」
笑って蓉子はそういう。涙はもう出ていなかった。
「あー、私はいつも蓉子様のことを思っているのに〜」
「はいはい、どうもありがとう。話半分に聞いておくわ」
蓉子には一生頭が上がらない。
「そうそう、もし恭也くんに振られたら・・・・・・蓉子、責任とって私をもらってね?」
「へっ!?聖、そ、それはどどどど」
蓉子の顔が真っ赤になった。祐巳ちゃんみたいに道路工事まで始めてしまう。
「蓉子、祐巳ちゃんみたい」
「あ、あなたがいきなり変なこというからでしょ!」
ありがとう、蓉子。私の・・・・・・大事な親友。
やっぱり、蓉子は凄いな。
美姫 「何をしみじみと」
いや〜、とても高校生とは思えないというか。
美姫 「まあ、確かにしっかりしてるわよね」
うんうん。
美姫 「まあ、でも、アンタと比べたら、三つの子供でもしっかりして見えるけどね」
ひ、酷い……。
美姫 「いや、だって。初めてのおつかいとかあるじゃない」
ああ、あるな。
美姫 「あれに出ている子と浩にお使いを頼むなら、前者の方ね」
な、なして!?
美姫 「いや、それだけアンタが頼りないって事よ」
それは、それはあんまりなお言葉……。よよよよよよ。
美姫 「はいはい。それにしても、続きが気になるわね」
うんうん。非常に楽しみだよ。
美姫 「一体、これからどうなるのかしら」
次回も楽しみに待ってます!
美姫 「待ってま〜す」