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『3年藤組の高町恭也さん、至急理事長室までお越しください。繰り返します・・・』
放課後、薔薇の館に向かうところで恭也は自分を呼び出す放送が入り、立ち止まる。
「恭也くん、君はまた何かやったのかね」
一緒に薔薇の館に向かっていた聖がまるで上司のような口調で恭也に言った。
「ああ、そうか高町。お前ここでも授業中寝てたんだろ。それが原因じゃないか?」
「そうね〜。ここは風校と違ってそういうところに厳しそうだし・・・ありえるわね」
赤星と藤代が納得した様子で頷いているが、次の聖の言葉に耳を疑った。
「恭也くん、私が見ている限り一度も居眠りなんかしてないよ?」
『えっ!うそっ!!』
赤星と藤代が、ぶっちゃけありえないという顔で聖と恭也を見ている。
「ふ〜ん、恭也くん。前の学校ではそんな人だったんだ〜」
聖がニヤニヤしながら恭也を見て、悪い子だね、といたずらっぽく言う。
恭也は恥ずかしくなり、理事長室へ行く、と言って足早に向かっていった。
理事長室の前にくると、そこには人だかりが出来ていた。
何があったのか、と思っていると後ろに聖がきて
「みんな恭也くんを心配して来ているんだよん」
聖がそういうと、山百合会のメンバー全員がそこにいた。
志摩子と祐巳が心配そうに恭也を見るが、大丈夫だ、と小声で返すと、ドアをノックして
「3年藤組、高町です。失礼します」
どうぞ、と返事があったのを確認して扉を開けた。
「恭也〜♪」
ドアを開けると、目の前にいた女性が恭也に抱きついてきた。
「うわっ・・・フィアッセ!?」
その行動にドアの前にいたメンバー全員が固まっていた。
フィアッセにとりあえず離れてもらって、ドアを閉めた。
一瞬、ドアの外からものすごい悪寒を感じたのはなぜだろうか。
改めて部屋に目を向けると、フィアッセの他に理事長らしき年配の女性と・・・
「ティオレさん!?」
ソファーに座ってニコニコして見ている、世界的歌手のティオレ・クリステラがいた。
ドアの外、理事長室前では・・・
「・・・フィアッセ・クリステラ?」
「祥子・・・今の方を知ってるの?」
祥子がつぶやいた名前に蓉子が反応した。
「はい、海鳴市から始まるCSS(クリステラ・ソング・スクール)のチャリティコンサートツアーが開かれたんです。そのときに、ティオレ・クリステラの娘としてデビューした歌手です、お姉さま」
「あ、じゃあもしかして・・・恭也さんの言っていた『フィアッセ』て人は・・・」
「まず間違いないでしょうね」
祐巳の言葉に、由乃が確信を持って答えた。
「フィアッセさん、どんな用事で来たんだろう・・・」
考えても答えは出ないことはわかっているのだが、それでも考え、悩むのだった。
「高町恭也さんですね。私は当学園の理事長の上村と申します」
「初めまして。あの、どのようなご用件で・・・」
それはね、と、ソファーに腰掛けていたティオレが立ち上がった。
「案内してもらおうと思ったのよ」
「はい?」
「恭也に学校案内をお願いしてもらおうと思ったのよ」
普通、そのためだけにわざわざ人を呼び出したりはしない。
だが、目の前にいるのはティオレだ。そのくらいやっても不思議ではない。
恭也は、ティオレの隣にいるイリアを見ると・・・頭が痛そうだった。
「まあ、それは冗談よ。今回ここに来たのはうちの学校のスカウトの人が、リリアンに金の卵がいる、って報告があったからその卵を見に来たのよ」
それに、と言ってフィアッセの方を見て
「フィアッセが恭也に会いたがっていたからこうして呼び出したのよ」
「マ、ママ!」
フィアッセが顔を赤くしてティオレに抗議した。
「校長・・・そろそろ時間が」
イリアがそういうと、ティオレとフィアッセは頷いて「また後でね」と言って出て行った。
案内させるのかな、と思っていた恭也は理事長室に残されて少し戸惑っていた。
すると、理事長が「恭也さんに用があるのは・・・私のほうです」というと
隣の応接室から、リスティが姿をあらわした。
「Hi!恭也、久しぶりだね」
「リスティさん!?一体どうしたんですか」
恭也は驚いた。普段リスティと会うときは何か仕事の依頼か・・・
買い物に付き合わされる時、もしくはさざなみ寮に行った時だけだった。
そのリスティがここにいると言うことは・・・
「もしかして、今回留学として俺が呼ばれたのは・・・依頼を兼ねてですか?」
恭也は、リスティと理事長に問い掛けると、2人とも頷いて理事長が
「恭也さん、あなたのことはティオレとリスティさんから聞きました。あなたの腕を見込んで、お願いがございます」
そういって、理事長は封筒を持ってきた。
中を見るように促され、封を開けると、中には手紙が入っていた。
【リリアン女学園 理事長様へ】
『拝啓、上村理事長様。わたくしは敬虔なカトリック教徒の一人です。
今回お手紙差し上げたのは他でもありません。
そちらの学園に、異教徒が混じっております。
その女は仏教を教える家に育つ卑しい存在ながらこの神聖なるカトリックの
学園にもぐりこみ、挙句聖母マリアのような振る舞いをしている。
このようなことが許されてよろしいのでしょうか?
それを許すのならば、これは大変な神に対する背信行為となるでしょう。
わたくしは、神に代わりその異教徒に鉄槌を打ち下ろします
異教徒と、それを匿うものに災いあれ!』
ふざけている。
何が異教徒だ・・・何が鉄槌だ・・・。
誰だか知らないが、神に代わって処罰とは傲慢もはなはだしい。
「学園長・・・このことをその生徒は知っているのですか?」
学園長はいいえ、と首を振ると
「生徒には何の罪もありません。このことを警察に報告すれば、大事になりその生徒を深く傷つけてしまうことにもなります。私は・・・生徒の身の安全と心の安全を護って欲しいのです」
静かな声でそう語る学園長の言葉はとても重かった。
「それで・・・ティオレが以前話してくれた、すべてを護ってくれた一人の少年のことを思い出して・・・こうして紹介いただいたのです」
「わかりました。それで、その護衛対象なのですが・・・」
学園長は頷くと、写真と名簿を持ってきた。
すると、それまで黙っていたリスティが口を開いた。
「脅迫状が単なるいたずらっていう可能性もあるんだけどね・・・
これはボクの勘だけど、なんかこの事件がきな臭い感じがするんだ。
何か、裏に隠されているようなね」
リスティはそういうと、携帯を取り出して『失礼』と言って応接室に行った。
学園長に渡された名簿に目を落とす。
恭也はそれを見て驚愕した。
『藤堂 志摩子』 ○○市○○ ▲−× 小寓寺
恭也には宗教に関する規則はまるでわからなかった。
興味が無かったし、何より神の存在を信じる気にはなれなかった。
だが、それよりも犯人が宗教上の理由はどうあれ志摩子を狙うことが許せなかった。
・・・護らなきゃな。そのための・・・俺の力だ。
恭也はかつて無いほどの強い気持ちを胸にして、学園長室を後にした。
おお、狙われているのは志摩子!?
美姫 「いつの世も、争いに宗教は関わってくるのね」
いや、そんな危ない発言は、出来れば勘弁して下さい。
美姫 「え〜」
えー、じゃない。
美姫 「違うわよ。私が言ったのは、え〜、よ。浩が言ったのは、えー、でしょう」
分かるか!
美姫 「分かりなさい!」
はい……。
美姫 「さて、それじゃあ、次に行くわよ。
はい……。(って、理不尽のような気が……)