箱の中には、20人の処女が整列していた。
和人はその中から5人を選別し、金色の柔肌を舐めるように視観する。
繊細な指遣いでの愛撫もほどほどに、入念なチェックを終えた彼は所定の場所へと連れていった。
まだナニモノも受け入れたことのない処女の尻が、和人に向けられる。
彼は、慣れた手つきで愛撫を続けながら、着々と自分の準備を進めていった。
何度となく鉄の噛み合う音が鳴り響いて、和人は眼光も鋭く、いよいよ自分のモノを挿入する段階へと至った。
“チッ……”
指に微弱な力が注がれ、手首の筋肉が盛り上がっては、引き締まる。
“チッ……”
人差し指の腹に、冷たい感触が食い込む。そっと呼吸を止め、彼は指先に、自らの命を篭めた。
人差し指の動きが停止したその刹那、鋼鉄の男根が、処女――38スペシャル弾の尻を貫いた。
“ズキュゥゥゥゥゥン……!”
銃声が室内に響き渡り、処女にしてエクスタシーに達した凶暴なウェスト9mmの女の意識は、15ヤード先の標的に向かって飛んでいった。
古代種
第二章「護衛任務」
――1996年11月7日、午前9時13分。
立て続けに5回トリガーを引き絞った和人は、紙箱の中に詰められた残りの15発をも撃ち果たして、ようやくリボルバー拳銃の銃口を地面へと向けた。
連続で20発を撃ち終えた2インチ・バレルのリボルバー……S&W・M36チーフ・スペシャルはすっかり熱を帯び、木製のグリップ越しにも熱気を感じる。
未だ冷めやらぬリボルバーをテーブルの上に置いて、和人はリモコンを操作した。
かすかなモーター音が室内に響き、15ヤードの距離を隔てていた射撃ターゲットが、ゆっくりと近付いてくる。ダーツ・ゲームなどでも使用される円形ターゲットではない。人型を模した、軍用ターゲットだ。
サブ・マシンガンで武装した、いかにも凶悪そうな顔の標的は頭を10発、心臓を10発、それぞれ綺麗に撃ち抜かれていた。全弾、10点の位置。まさに、百発百中である。
その驚異の射撃を、2インチという短銃身で成し遂げた和人は、全弾必中必殺の射撃結果をまじまじと見つめ、特に感慨もなく再びリモコンを操作した。穴だらけになったターゲットが撤去され、また新たなターゲットが、今度は20ヤード先に現れる。
和人は、背後にあるベンチに置かれた新しい紙箱を取ろうとして振り向き、そこでようやく男の存在に気付いた。
「よ!」
長身巨躯の美少年は、和人に向かって気軽に手を挙げた。信一だ。和人はイヤープロテクターをはずした。
「何か用か?」
怪訝な顔で訊ねる。問うような視線は、『何か用があるのか?』というよりも、『何故、ここに居るのか?』という、疑念に満ちている。
信一は苦笑しながら、「別に銃ぶっ放しに来たわけじゃねぇよ」と、答えた。
ここは東京都某区の地下、国家安全委員会直属下秘密特殊作戦軍『ノーデンス』の秘密射撃訓練場。地下に敷いた秘密の電線と自家発電で電力を供給し、同時に200人が20種類の射撃訓練を行えるだけの規模の持った、特別の施設だ。
1つの組織内で“天位”と“地位”に分かれる『ノーデンス』は、当然ながらその訓練施設もまったく同一の規模、同一の設備がそれぞれのグループに与えられている。“地位”の所属である和人が射撃を行うここは当然“地位”の管轄であり、“天位”の信一が訓練をする場所ではない。
和人は素っ気無く「そうか…」と、返事をすると、信一の隣に鎮座していた38スペシャル弾・20発入りの紙箱を手に、再びターゲットへと向き直った。
「――って、おいおい。人の話は最後まで聞けよ」
「聞いている。だからイヤープロテクターははずしたままだ」
呆れたような信一の言葉にも、和人は無表情だ。言いながら彼は、紙箱の蓋を破り、チーフ・スペシャルに5発の弾丸を装填していく。
「……それで、何の用だ?」
先ほどと同じ質問を、今度は信一に背を向けながら言う。そんな彼に、信一はやれやれといった様子で話し始めた。
「……実はさ、親父に呼ばれたんだよ」
信一の言葉に、和人は射撃姿勢を解いて振り返った。表情に幾分かの驚きを篭めながら、
「『狼』に?」
と、訊ねる。
「そ。…連絡を貰ったのは今朝で、至急ここに来いって命令された。たぶん、新しい任務だと思う」
「……そうか」
応えながら、和人は再び標的に向き直り、拳銃を構える。20ヤード先の標的を狙うその射撃姿勢は、拳銃に搭載された照準器を使わないコンバット・シューティングのスタイルだ。
和人は、己が両眼だけで狙いを定めながら、「それで?」と、次の言葉を促した。
「……で、わざわざコッチまで来たら、訓練所の入り口で雪乃さんが待ってたんだ。親父からの伝言受けて」
「『狼』からの伝言?」
「ああ。『お前がここで拳銃射撃の訓練してるから、一緒に連れて来い』……って、さ」
みたび、和人が振り返る。
「俺も?」
「ああ。……ったく、仮にも俺は『百獣』のメンバーだぜ? メッセンジャー・ボーイの代わりなんかさせるんじゃねぇっての!」
むっとした表情で愚痴をこぼす信一を横目に、和人は持っていたチーフ・スペシャルをテーブルの上に置いて、改めて体ごと彼に向き直った。
「……至急の用だと言ったな?」
「ああ。最悪9時半までにお前と一緒に執務室に来いって。ちなみにあと15分ぐらいだな」
「会議室までは歩いて8分か……少し待っていてくれ。5分で済ませる」
そう言って、今度こそターゲットへ狙いを定める和人。
しかしその射撃は、みたび中断された。
「あ〜、待て待て」
突如として射撃を中断させた信一に、あからさまな非難の視線を向ける和人。シューティング・レンジで他人の射撃を邪魔するのは、暦としたマナー違反である。
しかし、信一は特に悪びれた様子もなく、「悪い、悪い」と、言ってから、
「俺に撃たせろ」
と、あっけからんと和人に言った。
和人は、少し考えてからチーフ・スペシャルの隣に置いてあった拳銃……ベレッタM92Fを手に取ると、装填されているマガジンに弾が込められているのを確認してから、スライドを引いた。
「ほら…」
利き手である右手でベレッタを持ったまま、左手で5発の38スペシャル弾が装填されたチーフ・スペシャルを信一に手渡す。無論、ベレッタは信一の視界の中に存在したままだ。
気の知れた親友同士だとか、戦場では命を預けあう戦友だとかは、関係ない。実弾を装填した拳銃を、他人に持たせるのだ。その場合の、最低限の礼儀作法である。
「ありがとよ」
軽く礼を言ってから、信一は手際よくリモコンを操作した。人間を象ったターゲットが、20ヤードの距離から15ヤードの距離まで近付いてくる。
信一は、先刻の和人同様コンバット・シューティングのスタイルで、チーフ・スペシャルを連射した。
立て続けに5回トリガーを引き、ターゲットに次々と穴が穿たれていく。信一はさらに紙箱の中から5発を取り出して、シリンダーに装填。また5回トリガーを引いて、また5発を取り出し、装填する。
計20発を撃つのに、3分も要さなかった。
和人はリモコンを操作して、15ヤード先からターゲットを自分たちの方へと引き寄せた。
「…………ありゃ?」
近付いてきたターゲットを見つめ、信一が素っ頓狂な声を上げる。
頭部に7発。心臓の部分に4発。胴体に5発の、計16発。合計点数は、127点。20発撃ったうちの16発が命中し、4発が、的をはずれてしまっている。
「……いや、大丈夫だ! 俺には剣がある! 拳銃なんか撃てなくたって……うん、大丈夫!!」
必死になって自分で自分をフォローする信一。
そんな彼を、和人は冷ややかな視線で見つめていた。
――1996年11月7日、午前9時24分。
執務室へと続く長い廊下を、信一と和人は歩いていた。
装いは先ほど射撃場に居たときのまま。信一はグレーを基調とした作業服に身を包み、一方の和人は砂漠戦仕様の迷彩が施された戦闘服を着ている。
歩きながら和人は、改めて自分の姿を省みて、(はたして本当にこれでよかったのか……)と、それが無駄なことであると知りながら少し後悔する。(こんなことならせめて作業服を着て訓練を行うのだった)とも。
廊下を並んで歩く彼らの表情は対称的だった。信一はこれから会う人物との再会を楽しみにしているのか活き活きとしており、他方、和人はいささか緊張している面持ちの中に、憂いの表情を滲ませている。
和人達がこれから会う人物は、いわば彼らの上官だった。それも、和人にとっては直属の上司に当たる。“地”の『ノーデンス』第2位『狼』。それが、その上官に与えられた、『百獣』の獣の名だ。第2位……ということは、“地”の『ノーデンス』のナンバー2であることを意味している。
――“地”の『ノーデンス』第45位『燕』。それが、和人に与えられた『百獣』の獣の名である。第45位というのは普通の軍隊で言い表すところの中尉。少将に匹敵する『狼』との階級差はざっと4つ。“准将”を導入している国であれば、5つもの絶対的な差がある。しかも和人は同じ第45位だが“天”に所属する信一と違い、『狼』と袂を同じとする“地”の所属。これからそんな上官と会うというのに、埃まみれ油まみれの戦闘服で接見せねばならない和人の暗雲たる気持ちも、無理はない。
「まぁ、あんまり気にするなよ。それに、親父はそんなこと気にしないぜ」
「そっちが気にしなくても、こっちが気にする。…というより、お前はもっと礼儀について気にした方がいいと思う」
「……うるせぇ。『ノーデンス』は正規の軍隊ってわけじゃねぇんだ。それで給料が下がるわけじゃないだろ」
「給料云々の問題じゃない。モラルの問題だ。上官には敬意を払え」
「へいへい」
和人の物言いが気に入らなかったのか、あからさまにふてくされた様子でそっぽを向く信一。こうした部分だけを見ると年相応の子供であるが、これがいざ戦闘となれば、人外の獣をも一刀両断する剣士へと変貌を遂げるなど、誰が思えるだろうか。
自分よりも頭1つは長身の美少年がふてくされる様子を眺めながら、和人はひとつ溜め息をついた。呆れたように下を向いた彼の表情は、しかし信一の言葉によるものか、少なくとも憂いの色だけは抜け去っていた。なにか吹っ切れたかのような表情の少年は、決してこの長身の相棒と一緒に居ることを、悪くは思っていないようである。
「――それしても……」
唐突に、信一が切り出した。顔を上げた和人の視界に映る彼の表情は、すでに先刻の一件など頭の中にはないのか、甘いマスクに真剣な表情をつくっている。
「それにしても、一体親父の用件って何なんだろうな? この間の事件の報告書……は、もう提出して、チェック済みだし」
「報告書に不備が見つかった……じゃ、ないだろうな。だとしたら、なんで緊急の呼び出しがかかるほどの事態なのか、説明がつかない」
「……やっぱ、新しい任務か」
「最初にお前が言ったように、それがいちばん可能性が高いな。…この間の事件で開いた“門”の後始末は、“天”の『狐』達が行っているんだろ?」
「ああ」
「だとしたら一体何だ? “天”と“地”の『百獣』を、2人も導入せねばならない緊急の事態なんて……」
怪訝な表情で腕を組む2人。余計な憶測は実際に任務を遂行するにあたって無駄であると分かっていながらも、それでも思考を止められないのは人間の性か。気が付くと2人は、いつの間にか執務室のドアの前に差し掛かっていた。
「まぁ、与えられる任務が何にしても……」
「だな。俺達は、実行するだけだ」
2人の少年は顔を見合わせると同時に頷き、信一が1歩前に出て、ドアを叩いた。
「護衛……ですか?」
与えられた任務の内容に驚いて、聞き返したのは和人だった。その隣では信一もまた、驚愕に表情を歪ませ、手にした書類に愕然と視線を走らせる。
「そうだ」
和人の問いに対して重々しく頷いたのは、グレイのスーツをりゅうと着こなした30代半ばの銀髪の男……“地”の『ノーデンス』のナンバー2、『狼』、大神狼月。信一が『親父』と呼び、34歳という若さで組織のナンバー2という地位を勝ち取った、大神血刀流最強の剣士である。
「順を追って説明しようか……」
2人の少年の当惑を見てか、狼月は今2人が手にしている書類の束を自分も手に取ると、しかしプリントには一瞥の視線もくれてやらずに、A4の紙に印刷された内容を暗唱し始めた。
「“天”の『毒蛇』がその娘を保護したのは昨日のことだ。彼女は、『メサイア・プロジェクト』に組み込むためにかねてよりGRUから狙われていた」
『メサイア・プロジェクト』、『GRU』の単語を聞いて、2人の少年の表情がわずかに動く。信一は傍らの少年にチラリと一瞥を向け、そして背筋を凍らせた。2つの単語を耳にした和人の表情が、あまりにも恐ろしかったからである。表面上はほとんど動かぬ彼の顔だったが、その双眸は憎しみの炎で怒り狂い、射貫かれた書類は今にも穴が穿たれんという勢いである。
狼月は、そんな和人の変化に気付きながら、あえてそれを無視し、話を続けた。
「彼女に対して、GRUが本格的なアクションを起こしたのと、我々が動いたのはほぼ同時だった。すべては昨日のうちに処理され、彼女の今後は昨日のうちに決定される……そのはずだった」
「何か問題が起きたのですか?」
質問をする和人の視線は、射撃訓練場でターゲットを見つめていた時のそれに近い。上官である狼月をまるで“敵”と認識しているかのようである。『もっと情報を……この件に関しては、もっと情報を……』と、瞳が語っている。
「ああ…。極めて厄介な問題が、それも2つもな。……1つ目の問題は、『毒蛇』が彼女を保護したときには、すでに彼女の一家全員が、GRUの工作員の手によって殺されていたこと」
そこでようやく狼月が書類の束に視線を送り、1枚ページを捲る。2人の少年もまたそれに倣い、ホチキスで留められた2ページ目へと視線をやった。狼月がまた、顔を上げて言う。
「――詳細は書類に譲るが、酷いものだ。彼女を除いた3名は全員が射殺され、そのうえで焼死体となって発見された。…3人のうち、彼女の兄と思われる男性の死体は、身元はおろか、外見からは性別すら分からないほどに、黒こげとなってな。…アクションを起こしたのはほぼ同時だったが、今回は行動はGRUの方が少しばかり迅速だった」
「それで、もう1つの理由というのは?」
「ああ…。実は、こちらの方が1つ目の問題よりもずっと深刻なんだ」
狼月はまたも視線を書類にやり、1枚ページを捲った。
「……GRUは、未だその娘を狙っている」
「!?」
「なんだって!?」
狼月の意外な言葉に、2人の少年は同時に驚愕の表情を浮かべた。
GRUは暦としたロシアの諜報機関である。諜報機関とは平たく言えばスパイ組織のことで、本来、その任務や活動内容は、決して外部に流出してはならない。映画『ダブル・オー・セブン』で描かれているスパイ像は、銀幕の中のみの存在なのだ。
通常、スパイ組織が特定の一個人をターゲットとする場合、任務は迅速かつ計画は綿密に、決して目立った行動はとらず、失敗したら即時撤退を心がけて行われる。スパイが最も恐れるのは自分達の存在が世間にばれる事。任務の内容が人物の“拉致”であるにしろ、“暗殺”であるにしろ、それが失敗すれば彼らはすぐにその任務から撤退しなければならない。失敗を取り戻そうとして深追いをすれば、その分だけ正体露見の危険性は増すのだから。
GRUほどの“一流”諜報機関ともなれば、それぐらいの基本を心得ていないはずはないのだが……和人達の疑問を表情から読み取った狼月は、「言いたいことは分かる」と、言葉を紡いでいった。
「通常スパイが特定の人物の拉致に失敗した場合、以降、その手段は諦めねばならない、1度使った手段は相手に警戒心を抱かせることになるし、下手をすれば自分達の正体を世間に公開せねばならなくなるやもしれない。非合法のスパイ活動となれば、尚更のことだ。しかし、敵はそんな正体露見のリスクを冒しながら、未だ彼女の拉致、そして『メサイア・プロジェクト』への編入を暗躍している。それも、敵対関係にある我々『ノーデンス』が、彼女を保護したという事実を知っておきながら、だ。……これがどういうことだか、分かるか? 『鷹』」
「……それほど、超一流の諜報機関であるGRUが、わざわざリスクを冒してまで狙うほど…、その娘にはGRUにとって、『メサイア・プロジェクト』の今後にとって、重要な価値ある存在だから…ですか?」
信一の問いに、狼月はゆっくりと頷いた。そして彼は、和人と信一に対して、自らも最初にその知らせを聞いた時は、胸が張り裂けんばかりに驚愕した“事実”を、彼らに告げた。
「……その娘は、特Aクラスの『古代種』だ」
現在(1996年)、世界人口は増加の一途を辿り、このまま進めば2000年中頃までには地球の人口は60億人になるとも言われている。『ノーデンス』の研究によれば、この60億人のうち約20万人が『古代種』であるという。
真偽のほどは定かではないが、この20万人を細かく内訳すると、Cクラス『古代種』が75%、信一達Bクラス『古代種』が20%、和人達Aクラス『古代種』が4.9999%で、残る0.0001%……つまり、20万人中のたった20人が、特Aクラス『古代種』である可能性が、高いのだという。
「――特Aクラスの『古代種』は、その稀少性もさることながら、Aクラス『古代種』数百人分にも匹敵するだけの実力を持っているのだという。まぁ、これは能力による個体差もあるだろうが、最悪、特Aクラス『古代種』1人で、最新鋭の装備を整え、充分な訓練を施した軍隊、数個師団に匹敵するだけの力を持っているであろうというのが、研究者達の解答だそうだ」
『…………』
深刻な狼月の言葉に、2人の『古代種』は返す言葉もない。
万が一、その特Aクラス『古代種』であるという件の娘が、GRUの手に堕ちた場合……そして万が一、『メサイア・プロジェクト』のレベル3に組み込まれ、何十人にも量産された場合……
「……もし、たった1名の特Aクラス『古代種』が、『メサイア・プロジェクト』の手に堕ちれば……事態は想像を絶することになるだろう。それだけは、なんとしても避けなければならない」
当然だ。もしレベル3で量産された数十名の特Aクラスが、同じく量産された他のAクラス達を率いてその力を地球の同胞達に行使するようなことがあっては――――絶対に、阻止せねばならない。
「『ノーデンス』は現在、任務遂行中の者を除いてすべての隊員に、この件の処理を行わせている。それこそ、“天”と“地”の『ノーデンス』が総力を挙げて、だ。
――そこでお前達にも、この件に関してひとつ任務を与える。それが……」
「……お姫様を守る、ナイトの役ってことですか」
「そうだ。絶対に姫君を魔女の手に渡すわけにはいかない」
『何か質問は?』と、投げかけられる狼月の射るような視線。2人は考えをまとめるためにしばらくの間沈黙し、やがて同時に挙手をした。狼月は、「どうした? 『燕』」と、和人の言葉を促す。
「いくつか質問があります。まず、『何故、この任務に当たるのが小官らなのか?』を、お聞かせください」
「…いいだろう。何故、今回の護衛任務にお前達を――現在任務が入っていないとはいえ、多忙な身である『百獣』を抜擢したか――――それは、『ノーデンス』の名簿を細かく見直した結果、今回の護衛役にはお前達が最も適任であると判断されたからだ」
「俺達が?」
信一が反射的に聞き返す。どうやら彼もまた和人同様、そのことを疑問に思っていたらしい。
「そうだ。……詳細は後で文書として渡すが、実はその娘というのは、お前達と同じ16歳で、しかも私立の高等学校に通っているんだ」
「学校だって!?」
狼月の返答に信一が声を荒げ、和人の目が大きく見開かれる。そんな2人の反応を予め予想していたのか、狼月は忌々しげに「厄介なことにな」と、頷いた。
「……今回の件はGRU側の行動の方が早かった。先ほどその娘の家族……射殺された3名は、『焼死体となっていた』と、言ったろう? そのときの火事が地域限定ではあるが地方新聞や、ケーブル・テレビなどのメディアにより報道されてしまったのだ。4人家族のうち3人が死亡し、そのうえ唯一生き残った娘が失踪……では、さすがに世間に怪しまれる」
「『ノーデンス』の方で保護の状態を続けるわけにはいかない…ってことか」
「少なくとも、学校のある平日は駄目だ。幸いにして今日は日曜で通学の義務はないが、それでも明日には高校の方に登校しなくてはならない。……我々にとっては厄介なことに、彼女は学校の方に多くの友人、知人を持っている。彼らのうちの誰かが、彼女がいなくなったことに気付いて調べ始めたらアウトだ」
「休学届を出させるわけにはいかないんですか?」
「それも考えたが、『ノーデンス』が彼女を保護することにより、彼女の存在が世間から消滅してしまってはいけないのだ。……それに、休学などして彼女が留年にでもなっては、今後の彼女の将来の問題も出てきてしまう」
淡々と事実を告げる狼月は、すでにその内容を他の人間にも何度も伝えているのだろう。和人達が述べる言葉は当たり前の正論であり、狼月としてもそれが可能であれば間違いなくその手段をとっていた。
「問題の規模が規模だ。彼女の護衛は24時間体制で、ほとんど付きっきりで行わなければならない。学生の拘束時間で最も多いのは、学校での生活だ。10代の青少年が数百人集まっている中に、身長190センチ、強面のタフガイで歴戦の猛者。年齢は20代後半……なんていうのを、置くわけにはいかないだろう?」
「木を隠すなら森の中……ということですか?」
「そういうことだ」
「確かに、教師として親父――っと、『狼』を学校に潜り込ませるよりは、10代の俺達が生徒として学校に居た方が自然ですね」
『親父』と、呼ぼうとして、狼月に鋭く睨まれた信一は、慌てて訂正をしながら言った。
「……『ノーデンス』にも探せばお前達のように10代での参加メンバーは、他にいるにはいる。しかし、常に付きっきりの警護を行うとなると、器量が足りない。
テロリストや犯罪者の行動に通じ、それに見合った自衛防衛や対処法を決定する判断力。護衛対象が襲撃された場合に備えての、卓越した射撃技術と、各種の武器の取り扱い技術。世界各国の火器・弾薬の特性について精通するだけの知識と、銃の使えない状況での戦闘術や、逮捕術。音声や手信号、携帯電話といったあらゆる通信手段の効果的な運用法。人工呼吸、止血処理、心臓マッサージ、ショック、骨折、裂傷、銃創などの応急手当を行うことが出来る医学知識。ボディーガードに必要とされるそれらの条件のすべてを、10代で唯一クリアしていたのがお前達だ」
「持ち上げてくれますねぇ」
「しかし、これで分かりました。何故、小官らがその娘の護衛に選ばれたのか……自分で言うのもなんですが、たしかに、10代でそれだけの技術に精通する人間というのは、限られてくる。しかも護衛対象は――」
「そう、『古代種』だ。一般的に“一流”と呼ばれている者達でさえ、不足だ。“超一流”の能力を持ち、それでいながら16歳という護衛対象とさして変わらぬ年齢で、しかも自身もまたAクラス、Bクラスの『古代種』となれば……」
「なるほど。これ以上の適任はないわな」
信一が言い、和人が頷く。正直なところ2人はまだ『何故、自分達が選ばれたのか』ということに疑問を抱いていたが、後で渡される文書とやらを読めば、その疑問は氷解するやもしれない。もし文書を読んでもまだ疑問が解けぬようであれば、後でまた確かめればよい。和人は自分を納得させると、次の質問へと移行した。
「次に護衛の際の装備についてですが……」
「希望があれば後で文書にして提出してくれ。出来る限りの要望には答える」
「……わかりました」
言われて、和人は頭の中で次の質問を言葉にすることを考えながら、何が必要か、何があれば便利なのかと、装備の選定について早くも思考を開始する。
ライフルなどの強力な火器は持っていけないだろうから拳銃はなるべく多弾数の物がよいだろう。バックアップの拳銃は、携帯性を考えて小口径の物がよいかもしれない。信一も自分も銃弾を無力化出来るだけの能力があるので、ボディー・アーマーは必要ない。――とすれば、他にかなり装備を携帯することが可能だが……
「では、俺の方からは最後の質問です。その、護衛対象の娘といのは、今……?」
「訓練場の待合室のひとつに見張りと一緒に待機してもらっている。……今すぐ、会ってみるか?」
狼月に訊ねられ、和人は信一と顔を見合わせた。
「俺はいいぜ。質問は全部お前が言っちまったし」
和人は狼月に向き直ると、ゆっくりと頷いた。
――1996年11月7日、午前9時40分。
『そういえば……』
待合室のドアの前まで連れて来られた2人は、不意にはたと気付くと、狼月に向かって同時に切り出した。
「どうした?」
「いえ…その……」
「いや、そういえばまだその娘の名前聞いていなかったなって……」
「ふむ。そういえば……」
ひとまずドアノブから手を離して、背後の2人を振り返る狼月。
「どんな娘なんです? おや――――あぁ〜、いや、『狼』」
「……綺麗なお嬢さんだぞ。…任務にかまけて手を出すなよ?」
「そりゃ、勿論」
「俺は加菜一筋ですから……」と、付け加える信一に背中を向け、狼月は再び部屋へと続くドアノブを握る。
「――それで、その人の名前は……?」
狼月の背中に問いかける和人。狼月は、ゆっくりとドアノブを回しながら、
「……紹介しよう。鈴風、静流さんだ」
扉が開き、2人の少年の視界の中に、静かにソファに座る制服姿の少女が入った。
〜オマケ〜
――ベレッタM92F――
タウルスの思い出
タハ乱暴「……今からざっと2年前のことだ」
愛歌(以下、愛)「なに? そんな唐突に…」
タハ乱暴(以下、タ)「親戚周りの用事で、アメリカにいる親戚の所へ行ったときのことだ。俺よりも4つ年上の人なんだがその人もまた俺同様に銃が大好きな人でな……」
愛「……それで?」
タ「用事を済ませた俺達は迷うことなくシューティング・レンジに行ったんだ。……そしてそこで俺は、“ソイツ”と出会ったんだ!」
愛「……(ひとりで勝手に盛り上がるタハ乱暴を呆れて見ている)」
タ「ソイツの名前はタウルスPT92AF!! ブラジル生まれのベレッタM92Fの従兄弟だ」
愛「従兄弟?」
タ「ベレッタM92Fをブラジル・タウルス社がライセンス生産したんだ。俺はトカレフを撃つのもほどほどに、迷わずそれをレンタルした!」
愛「……それで、結局今回は何なのよ?」
タ「今回は第1部、第1章の章末解説でも紹介したベレッタM92Fの、主に実用面について語っていこうと思っている」
和人(以下、和)「ちなみに俺の相棒ね。……それで、結局タウルスはどうだったんだ?」
タ「最悪だったぞ」
愛「……あの前フリでそれを言うの?」
タ「というか、仕方がない。シューティング・レンジに置いてあるレンタル銃っていうのは、色々な人がすでに何発も撃っているものだからな。ベレッタはアルミ系の金属でできているから、2000発も撃てば銃はかなり劣化する。…俺が手にしたタウルスは、すでに2000発は撃っていたそうだ。だからもう撃った弾がまとまらないまとまらない……」
和「自分の腕が悪いのを銃のせいにするな! ……店の人は教えてくれなかったのか? そのタウルスがすでに何千発も撃っていたってこと?」
タ「うん、教えてくれたよ」
和「だったら何で――――」
タ「値段に負けた」
和「……は?」
タ「そのシューティング・レンジにタウルスは2挺あったんだ。正確にはモノホンのベレッタが4挺あったから、6挺なんだけど、その中でいちばん値段が安いのをレンタルしたもんで…」
和「…………」
愛「……バカ?」
タ「う、うるさい! その日は他にグロックも撃ったんだ!! だから金がなかったんだ!!!」
和「威張れることか……」
VSコルト・ガバメント
タ「……さて、ひとまずタウルスのことは置いといて、ベレッタM92Fといえば、米軍制式サイドアームに選定されたことで有名だが、実際のところ採用した米軍では、この銃の評判についてどうなのか」
愛「意外と散々なようね。ベレッタよりも以前に米軍が使っていたコルト・ガバメントと比較すると、“威力不足”、“命中率の悪さ”、“強度の弱さ”なんかが、指摘されているわ。勿論、ガバメントと比較して良い部分もあるけど、人間って長所よりも短所の方が目立つのよね」
和「ガバメントとベレッタでは基本的に開発コンセプトが異なっているからね。
……ちょっとだけ解説させてもらうと、コルト・ガバメントの正式名称は『コルトM1911』といって、名前からも分かるようにコルト社が1911年(日本はまだ明治時代)に開発した45口径の自動拳銃だ。同じく1911年に米軍制式サイドアームに認定され、以来、ベレッタと交代するまで70年近く現役でいた名銃中の名銃だ。装弾数は7発」
タ「設計を担当したのは天才銃器設計家ジョン・M・ブローニング。現代の目で見ても決して古くは見えぬ出来映えは、今なお多くの人々に愛されている。……かくゆう俺も、ブローニング・フリークのひとりだ」
和「お前のことはいいから。……さて、ベレッタに話を戻すが、この銃よりもベレッタの方が優れている点は、“装弾数が15発である事”。同じぐらいの全長でありながらベレッタの方が“125g軽い事”。“安全装置が優れている事”。シングル・アクション、ダブル・アクションの両方で撃てる事などが挙げられる。……もっとも、ガバメントが世に登場した当時は、ダブル・アクションっていうシステムそのものが存在していなかったし、安全装置が優秀なのは、そもそもガバメントの安全装置が旧式化したからこそ、時期サイドアームのテストをしたわけだから、優秀じゃなくちゃ駄目なんだけどね」
愛「――ということは、ベレッタがガバメントより優秀なのは実質、装弾数が多い事と軽量である事の2つだけなのね」
和「いや、そうでもないよ」
愛「……どういうこと?」
和「ベレッタにはガバメントと比較して……というより、他の拳銃と比べても、際立って優れた点がひとつあるんだ。……っていうか、軍用銃には何よりも重視されることかな、これは」
愛「…なんなの? それは。もったいぶらずに早く教えなさいよ」
和「高い信頼性。ベレッタM92Fは、例え周囲が砂塵吹き荒れる砂漠であっても、確実に作動して弾丸を撃ち出すことが出来るんだ」
湾岸戦争でも実証済み
タ「たとえ最高級の性能でなくとも、一定水準の機能が、“誰にでも”、常に“確実に”発揮出来る……一般的に軍制式の銃に要求されるのは、いつでも確実に動く”信頼性”と、誰にでも扱うことが出来る“単純さ”の2つされる。国によってはこの他に“製造単価が安い”とか、重量は何キロ以下であるとか、いくつかの条件が付与されるが、基本的に軍用銃に必要とされるのはこの2つ。……このうち、より重視されるのがいつでも確実に作動する“信頼性”だ」
和「敵は何時、どんな場所でやってくるか分からない。時に美術品として取引される銃ではあるが、基本的には銃は人を殺すための道具だ。単に見た目が良くても、命中精度がどれほど高くても、いざという時に動かなくては意味がない。その点、ベレッタは優秀だ。M92Fは湾岸戦争でも証明されたように、高い信頼性を確保している。湾岸戦争には多くの兵士達が従軍したけど、砂塵吹き荒れるサウジアラビアやイラクの現地において、新しくサイドアームとなったベレッタは特に大きな故障もなく全てが作動した。M92Fは湾岸戦争が初めての実戦だったにも拘らず、ね。……ちなみにこの時の戦争を記念してベレッタ社が1993年に出したのが、ベレッタM92FSデザート・ストーム記念モデルだ」
愛「高い信頼性を持つベレッタだけど、その優美なデザインにも一役買っているスライド・トップの大きなカット……オープン・スライド・デザインと呼ばれるロッキング・ブロックの形状も、その信頼性を向上させるのに役立っているわ」
和「スライドを大きくカットしたことでエジェクション・ポートの範囲が広がり、排莢の際に起きる動作不良の可能性を下げているんだ」
愛「単に見た目を良くするだけじゃないってことね。……これも機能美のひとつなのかしら?」
和「勿論、スライドを大きく削ってしまったことによるデメリットも存在する。『2000発撃ったら破損する』っていう、ベレッタの耐久力不足はこのオープン・スライド・デザインが原因なんだ。……あと、オープン・スライド・デザインには内部のメカニズムが限定されるっていうデメリットもある」
愛「けど、信頼性の向上以外のメリットもあるでしょ? エジェクション・ポートが大きく開いているM92Fは、そこから直接弾丸の装填をすることが出来るっていうじゃない」
和「まぁね。激しい戦闘でマガジンをなくしてしまった時なんかは、わりと便利かも」
愛「……やったことないの?」
和「マガジン、なくしたことないんだよ。戦闘中に」
あ、久々の……
タ「どんな銃も当たらなければ意味がありません。では、ベレッタの命中精度はどうなんでしょう?」
和「銃の命中精度なんてシューターの腕次第でどうにでもなると思うんだけどなぁ…。ベレッタM92Fはシングル・アクションとダブル・アクションの両方で撃つことが可能っていう利点がある。シングル・アクションは初弾の命中率に優れているっていう利点があるけど連射がやり難いし、逆にダブル・アクションは命中率は低いけど即応性に優れている。両方の長所を持ったM92Fは、シューターの好みによって、また、状況によって仕様を変更することが出来るのが強みだ」
愛「……それで? 結局のところどうなの?」
和「集弾性はいいよ。なんだかんだで結構銃身が長い(125mm)から、比較的一箇所にまとまって撃つことが出来る。…まぁ、さすがにダブル・アクションでの初弾命中率は落ちるけどね。……結構、初心者にオススメ」
愛「私でも撃てそう?」
和「そうだね。わりと反動もシャープな感じでキレが良いから。……女の人には、ちょっと大きすぎる銃だけど、意外と撃ちやすいかも。……(ベレッタを差し出して)撃ってみる?」
愛「そうね。…ちょっと借りようかしら。ストレス解消に」
タ「うんうん。ストレスが溜まったときに銃を撃つのは意外といいぞ。鳴り響く銃声が悩みなんて吹き飛ばしてくれる…………ところで和人、愛歌に銃を撃たせるのはよいがターゲットがないぞ」
和「いや、ちゃんと用意してある」
タ「そうだったのか……って、愛歌? 何でそんなに距離をとっているんだ?」
和「初心者には10ヤードぐらいの距離からがいちばんだ。下手に長い距離をやらしても、はずれるだけ」
タ「HAHAHA、確かに……って、ちょっと待てぃッ! …あ、愛歌、何故にお前は銃口を俺に向けている!?」
愛「銃は深く握ってしっかりホールドして……両足は肩幅、肘は真っ直ぐ……」
和「あ〜、M92Fは意外にトリガープルまでの距離が長いから気をつけて!」
愛「分かったわ」
タ「だから待てと言っているだろうが〜〜〜〜〜!!! っていうかなんだ和人! まだ紹介もしていないチーフ・スペシャルなんて構えおって!」
和「いや、そういえば最近スプラッタをしたためしがなかったなって……」
タ「そんなモン一生せんでええわ! …ま、待て愛歌、早まるな! お父さんの言うことを聞くんだ!!」
愛「……気持ち悪いこと、言わないでくれる?」
“パン! パン!”
タ「(思いっきり弾丸を喰らいながら)おっと危ねぇ!」
和「いや、躱せてないから」
“ズキューン! ズキューン!”
タ「やめれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………………アウチッ!」
こうして護衛につく事になった二人。
美姫 「果たして、彼女を狙う人物との対決はどうなるのかしら!?」
ともあれ、久しぶりの学園生活。
一体、何が起こるのか!?
美姫 「次回も楽しみにしていますね」
それでは、また次回を待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。