彼が立ちあがれば神々もおののき、取り乱して、逃げ惑う。

剣も槍も、矢も投槍も、彼を突き刺すことは出来ない。

鉄の武器も麦藁となり、青銅も腐った木となる。

弓を射ても彼を追うことは出来ず、石投げ紐の石ももみ穀に変わる。

彼は棍棒を藁と見なし、投槍のうなりを笑う。

彼の腹は鋭い陶器の破片を並べたよう。

脱穀機のように土の塊を砕き散らす。

彼は深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がらせ、海をるつぼにする。

彼の進んだ跡には光が輝き、深淵は白髪をなびかせる。

この地上に、彼を支配する者はいない。

彼はおののきを知らぬものとして造られている。

驕り高ぶるものすべてを見下し、誇り高い獣すべての上に君臨している。

(レビ記)

 

 

 

――1996年11月3日、午前2時18分。

 

 

 

「……なるほど。こりゃ、凄まじいまでの化け物だな」

「…………」

「鉄の武器も麦藁に……ってことは、銃弾なんかもそうなんかね?」

「…………」

「ま、今回のは“門”も半開きのようだから、記述の力100%ってわけじゃねぇだろうけどな。せいぜい1割か…2割か……」

「…………」

「……それでも、俺達『百獣』を3人も投入するってことは、それだけ強力なんだろうな……保険、入っときゃよかったぜ」

「…………」

「……っていうかよ……」

「…………?」

「……何でお前はさっきから一言も喋らないんだ?」

「…………一言……」

「…………………」

「喋ったぞ」

「…………まぁ、その、なんだ……」

「……時間だ」

「ん?」

「作戦開始まであと15分……そろそろ持ち場に戻った方がいい」

「そうだな。じゃ、上手くやれよ、『燕』」

「そっちも頼んだぞ、『鷹』」

 

 

 

古代種

第一章「隻腕の海神(ノーデンス)

 

 

 

この『世界』は、いくつもの連立した別の『世界』に挟まれ、存在している。

死後の世界、精神世界、反物質宇宙……SFでいう、平行世界というものだ。

例えるならば、この宇宙は水槽に満たされた水の一分子にすぎない。一分子の中に我々の住む宇宙があり、我々の住む宇宙は、巨大な水槽の水の、ほんの一部分にすぎないのだ。

そして、ほんの一部分にすぎない我々の宇宙――水分子――は、単独ではあっという間に蒸発し、消滅してしまう。

それを防いでいるのが他の水分子……他の平行宇宙である。

いくつもの水分子が集まり、互いに支え会うことで水槽は一杯の水で満たされる。

互いに支え合うことで質量を増した水は、同時にエネルギーを増し、容易に蒸発することはなる。これに密封性の蓋をすれば、完璧だ。

この『世界』は、そうやって互いに支え合いながら存在してきたのである。

しかし、いかにそうして支え合い、連続する世界とはいえ、無闇に隣り合う世界が別の世界に干渉しようとすれば、大変なことになってしまう。

それは互いの世界の“理”を乱しかねないことだからであり、そうならないためにも、『世界』と『世界』の間には、境界が存在している。

この境界はまるで擬態をしているかのように、普通は見ることが出来ず、触れることも叶わない。

この境界が健全なかぎり、何人たりとも自身の住む『世界』の外に出ることは出来ないのだ。

……しかし、『世界』の万物がそうであるように、何事にも絶対という言葉はない。

それは鉄のカーテンたる境界も同様で……長い間使っていれば、カーテンには必ず綻びが生じる。

代用品のないこのカーテンの綻びは、何人たりとも触れることが出来ないが故に、修復することも叶わない。

やがて綻びは肥大化し、ついには大きな穴を穿つ…………しかし、そこまできたところで、ようやくカーテンを作った張本人である『世界』が動き出す。

“門”……一部の人間は、それをそう呼んでいる。

唯一、境界に触れることの出来る『世界』が、開いてしまった穴を塞ぐために生み出したソレは、カーテンほど強固ではないものの、その役目を充分果たし、それ以上綻びが拡がるのを防いだ。

……だが、鍵のついていない扉はふとした弾みで開いてしまう。

たとえそれが、指一本ほどの隙間であったとしても、力ある者にかかればそれだけで、“門”はこじ開けられてしまう。

また、指一本の隙間であっても、通る音の出来る者もいる。『神曲』を著した詩人ダンテなどは、その典型だったのかもしれない。

 

 

 

――1996年11月3日、午前2時34分

 

 

 

「……そして今回のは、典型的前者の方だ」

眼下に広がる廃墟の群れ……つい最近そうなってしまったと思われるそこは、未だ死臭を強く漂わせていた。

そこら中に広がっている瓦礫に埋もれた動物の骸はまだ腐敗しておらず、その中には人間のものまで転がっている。

突然の災害にでも、見まわれたのだろうか?

死骸の多くは路上にあり、むしろの建物の中にあるものの方が少なかった。

「……嫌な臭いだ」

その区画一帯に充満している、死の臭い……

鼻先にツンとくるそれを嗅いで、和人は忌々しげに表情を歪めた。

――と、不意にその歩みが、唐突に止まった。

そして、彼はゆっくりと膝を折り、その場にしゃがみこんだ。その視線は、一点に集中している。

……そこには、1体のヌイグルミがあった。

そして、4・5歳と思わしき子供の姿があった。

可愛らしい熊のヌイグルミを抱きしめ、朱にまみれた、少女が、ひとり眠っていた……

「…………」

和人は無言でその少女を優しく抱き上げると、静かに「すまない……」と、少女の耳元で囁いた。

“ギリリッ”と、唇を強く噛む彼の瞳は、烈火の如き怒りの炎を滾らせている。

和人は、ギュッと少女の小さな体を、強く抱きしめた。

「……仇は、必ず……」

少女と…その両親と……この場所で死んでいった、いくつもの霊魂に向って、彼は言った。

「『燕』」

不意に、和人の背後から、声がかかった。聞き慣れた声である。彼は別段驚くこともなく、振り返った。

「流河少尉……」

振り向くと、そこには直立不動の姿勢で立っている、30代前半とおぼしき男がいた。身長は和人と同じぐらいだが、屈強な体格のせいか、一回り大きくも見える。

「生存者は?」

和人は、少女を抱いたまま口を開いた。どこか悲しげな響きを孕んだ、質問である。

男……流河少尉は、和人の言葉に首を横に振った。

「残念ながら、近隣の町や村も含めて、“門”の半径約3キロ四方の地域に、生存者はありませんでした。また、地域の動物のほとんども、全滅です……」

「そうか……」

流河少尉の報告に、和人は表情を曇らせる。

「……まさか奴の出現がこれほどの被害を引き起こすなんて……」

「過ぎてしまった事を悔やんでもしょうがない……と、言いたいところだが、これは……」

和人は、己が腕の中で永遠の眠りに就いている少女の髪をやさしく撫でながら、ぐるりと周囲を見回した。

視界の中を次々とよぎる、廃墟の群れと、いくつもの“死”。

和人の言葉と、流河少尉の言葉が、予期せず重なった。

『……なんと無情な……』

一陣の風が吹き、腕の中で少女の髪が揺れ動いた。

――と、その時である。

不意に、和人の目つきが鋭くなったかと思うと、次の瞬間、彼らは後ろへと跳んでいた。

刹那、彼らが先ほどまで立っていた足場が、一瞬の閃きとともに、切り裂かれる。

「…………!」

「これは――!?」

次いで襲いかかる、容赦なき追撃。

またも跳躍でそれを躱した2人は、しかし、足元にあった瓦礫が見事に切断される光景を見て、戦慄した。そして同時に、その攻撃の正体を悟った。

「超高圧で圧縮された、水の刃か!」

「そこッ!」

和人は少女の亡骸を腕に抱きながら、その刃が襲ってきた方向に向けて、自動拳銃を引き抜いた。そして撃った。

――P・ベレッタ社製・ベレッタM92F。

銃口を離れた9mmルガー弾が、廃墟の陰からこちらを覗っていた何者かの眉間を寸分の狂いなく撃ち貫く。

和人達が着地するのと、襲撃者が倒れたのはほぼ同時だった。

星明りの下に、襲撃者の姿が晒される。

それは人ではなかった。かといって、獣でもない。

ソレはこの世界に現存する、いかなる陸上生物とも違う姿をしていた。

「……っ」

流河少尉が、はっと息を呑む。

体長は軽く見積もって2メートル50センチはあろう。全身はいかにも頑丈そうな、魚類そのものの鱗で覆われており、その表面は一部の両生類がそうであるように、粘液で濡れそぼっている。全体的なシルエットは、トカゲに近い。

四肢は体長のわりに短く、しかし太く、4本の指には鋭い爪と、水かきが備わっていた。

そして、その頭部は―――

「魚……」

なんの魚であるかは分からない。

鋭い牙を持ったピラニアのようでもあるし、美しい流線型のマグロのようでもある。

奇形美。

人が、心のねじれに抱くキメラを愛である奇形嗜好を満たすような、異形。

御伽噺の世界からそのまま出てきたかのようなモンスターが、そこにはいた。

「クトゥルフの眷属!?」

「…いや、奴の出現に呼応して召喚された、魔界の生物だろう。そして……」

和人は、片手で抱き上げていた少女を、そっと地面に降ろした。

熊のヌイグルミをしっかりと抱かせ、優しく横たえてやる。

「おそらくはこいつらが……」

髪を手櫛で梳いてやり、顔中をべったりと濡らし、その表情を隠す血を拭ってやる。

死ぬ間際の、少女の顔は―――

「この娘を……この街を廃墟に追いやった連中だ」

―――恐怖に引き攣っていた。

「……出てこい」

ドスを孕んだ、和人の声。

その声に圧倒されたわけではないだろうが、いつの間にか、2人は異形の怪物達によって周りを囲まれていた。

その数は、10や20ではすみそうにない。少なくとも、100〜200体は居た。

「流河少尉…」

「現在、第2小隊、第3小隊が交戦中。第1小隊は3分でこちらに駆けつけるとのことです」

小型の無線機を片手に、流河少尉が自動拳銃を抜きながら言う。

「1分で来るようにと、伝えておいてくれ」

それに対して、静かに告げた和人の瞳は――灰色に輝いていた。

 

 

 

――1996年11月3日、午前2時40分。

 

 

 

“パーンッ!”

 

遠くから聞こえてきた銃声に反応して、大神狼月はその歩みを止めた。

銃声のした方向に振り向き、今しがた記憶したばかりの地図を頭の中で広げ、位置を確認する。

何かに納得したのか、彼は「始まったな……」と、静かに呟いて、歩みを再開した。

狼月は、和人達が謎の怪物達と戦闘を開始した廃墟より、直線で数百メートル離れた山中の森の中に居た。

何か明確な目的があるのだろう。その歩みは終始堂々としている。

やがて、彼が歩く風景に変化が現れた。

それまで通っていた獣道が、しっかり舗装されたコンクリートの道となり、鬱蒼と茂っていたはずの森が、地平線が見えるほどまで開けたものとなっている。明らかに、不自然な光景だった。

狼月もまた、その不自然さに気が付いたのだろう。彼はふと立ち止まると、ゆっくりと周囲の風景を見回した。

そして、おもむろに一言。

「空間を捻じ曲げたか……」

狼月は、腰に携えた白木造りの刀に、手をのばした。

機能性のみを追求し、一切の装飾を持たない柄を握り締め、体勢を低くし、構える。

そして――――――抜刀。

振り抜かれた一閃は音速にも匹敵し、狼月の目の前の空間を切った。

空間に、亀裂が走った。比喩ではない。本当に、狼月の目の前の空間に裂け目が穿たれていた。

穿たれた裂け目の向こう側には、先ほどまで狼月が歩いていた森の風景が映っていた。

彼が空間の亀裂へと手を伸ばすと、“バチバチッ”と、けたましい音を鳴らして火花が散った。電流が、彼の手に走ったのだ。

たちまち辺りに肉の焦げる嫌な臭いが漂い、狼月の伸ばした手から薄っすらと黒煙が立ち昇る。

まるで彼が亀裂の向こう側へ行こうとするのを、阻むかのようなスパークであった。

だが狼月は、意に介した風もなく、彼は亀裂の向こう側へと手を伸ばし続けた。

やがて肘の辺りまで空間に穿たれた裂け目の中に入ると、彼はおもむろに立ち止まり、裂帛の気合を放った。

「…………ムンッ!」

静かな…それでいて強大な力が解き放たれる瞬間。

狼月が気合を入れた直後、亀裂は亀裂でなくなり、穴は穴でなくなった。

まるでガラスが割れるようにして空間が崩壊し、彼の周囲を、見慣れた風景が取り囲む。

それは先ほどまで、彼が歩いていた山の中の風景だった。

彼は気を取り直して、奥へと足を運んだ。

再びその歩みが止まった時、彼の目の前には小さな沼があった。

―――奇妙な沼だった。泥や砂によって水は淀んでいたが、決して汚くはなく、魚達にとっては過ごしやすい環境であるというのに、虫の子一匹いないのだ。

狼月はその場にしゃがみこむと、懐からトランシーバーのような機械を取り出した。縦15センチ、横7センチ、厚さ2センチほどの箱型に、長大なアンテナと、何かを測定するためのデジタルディスプレイが備えられている。

側面に付けられたスイッチをオンにし、彼は沼の水面へ機械のアンテナを向けた。

小型のガイガー測定機にも見えるそれは、本物のガイガーと同じように耳障りな音を立て、デジタルディスプレイに『M−1940000』と表示する。

狼月はディプレイの数字を見て、顔を顰めた。どうやら、表示された数字は彼にとって歓迎すべきものではないようである。

狼月は機械を懐にしまうと、立ち上がり、再び白木の柄に手をかけた。

そして、虫の子一匹生息していない沼に向って、静かに言い放つ。

「……居るのは分かっている。出てこい」

沼に向って放たれた狼月の声は空気を伝わり、水面に波紋を生じさせた。

すると、どうしたことか。

狼月が言って数十秒、とうに収まっているはずの波紋はまだ水面に波を立たせ、あろうことか水面には“ゴボゴボ”と、無数の水泡が生じていた。

時が経つにつれて水泡は徐々に大きく、激しくなっていき――――――最後には、弾け跳んだ。

迸る水飛沫――しかしそれは、もはや普通の水滴ではなかった。

音速の何倍もの速さで飛来する一滴一滴は、銃弾並みの破壊力を持った最悪の凶器。

飛び散った滴はゆうに100を超え、例え『古代種』であったとしても、自らの身体能力のみでは回避不可能、防御不可能の飛沫。

しかし狼月は、少しも慌てた様子なく、むしろ落ち着き払った自然体で、鞘から刃を抜き放った。

一閃、二閃、三閃と、静かに…まるで舞うように、白刃が虚空に躍る。

それこそ、あたかも水飛沫であるかのような刃の舞は、驚くべきことに、100以上の――それも一滴一滴が必殺の威力を持った――水飛沫を、すべて露へと切り払った。

「小細工はやめにして、いい加減姿を現してくれないか?」

100以上の水滴を捌いた狼月が、再び沼に対して呼びかける。

すると、沼の水面に、今までとは趣の異なる変化が生じ始めた。

沼の中心で渦が起こり、渦の中心から、人が現れた。

裸体の女だった。

“ピクリ……”と、狼月の眉が微かに動く。狼月ほどの男をして、女の美しさには思わず感嘆せざるをえなかった。

女の美しさは、人外のものだった。とても人から生まれたとは思えぬほど、その美しさは完成されていた。

完璧なプロポーション。瑞々しく、染みひとつないきめ細やかな白い肌。あまりにも艶やかな長い黒髪……絵画の中でしか存在を許されないような、深窓の姫君がそこには居た。

「レヴィアタン…………」

その名を呼ぶ狼月の表情には、憎悪に近いものがあった。

「私の名を知るあなたは……?」

その、女の声の、なんと甘く、耳に心地よいことか……まさしく人を誘惑し、奈落の底へと引き寄せる、悪魔そのものの声。

だが狼月は、声そのものが“誘惑”であるかのような彼女の問いには答えず、憮然と言い放った。

「レヴィアタン……『驕りの王』よ、お前の出現によって膨大な“負の波動”が世界に解き放たれてしまった。その負の波動に惹かれ、多くの妖魔が現世に出現し、近隣の村を、町を壊滅させた……これ以上の被害を食い止めるためにも、お前には即刻、魔界に帰ってもらいたい」

「私の声が通じぬとは…今の太刀捌きといい、どうやら普通の人間ではないようですね。ですが……」

裸体の女……狼月からレヴィアタンと呼ばれた彼女は、豊かな乳房を弾ませて肩を竦めた。

そして、妖艶な笑みを浮かべ、

「私とて数百年ぶりに現世に降りた身……もう少し、この時代を楽しみたいと思うのは傲慢かしら?」

狼月は、今度はレヴィアタンの問いに答えた。

「いや…人間であれ、悪魔であれ、知性を持ち、“楽しむ”という勘定を持ち合わせている生物なら、当然のことだ。……だが、あなたは何もする気がなかったとしても、あなたに引き寄せられた妖魔……魔界の空気に呑まれ、知性を失った妖魔達によって引き起こされる弊害は、あなたから見ればちっぽけな人間にとって、甚大なものがある」

「つまり、私の存在はあなた達人間にとって邪魔だと」

「はっきりと言えばそうなってしまう。それに、勝手に他人の庭に足を踏み入れるのは、ルール違反だ」

「私達にあなた達の倫理が通用すると思って? まぁ、それはいいとして、どうしても私の言い分を聞き入れてはくれないのかしら?」

「残念だが、な。一部を除いて、人間はあなた達ほど強い生き物ではない。……どうしても、この場に居たいと言うのなら、こちらも武力行使という手段をとらねばならなくなる」

「人間風情が、私に向って……それこそ傲慢ね。不完全な“門”を通ってきたから100%の実力は出せないけれど、それでもあなた達人間が百人かそこそこ集まったぐらいじゃ、やられなくってよ?」

「人間が、百人……か……………………」

狼月は自嘲気味に苦笑すると、白木の打刀……備前長船『紅月』と呼ばれる刀の、柄を握った。

「なら、俺は一人で人間百人よりも強いということになるな、『驕りの王』よ」

「……その異名、あなたに差し上げるわ」

レヴィアタンが、狼月に向って掌をかざした。

 

“怨ッ――――”

 

衝撃波。

彼らを取り囲む大木を次々と薙ぎ倒し、草花を次々と刈り取っていく、音速を超えた破壊。

人の身でこれを受ければ、骨肉は粉塵と化し、その器に宿りし魂魄は露へと消える。

だが、狼月はあえてそれを正面から受け止めた。

『紅月』を抜き、彼は人間の知覚速度を遥かに超えた衝撃に向って、白刃を振り下ろした。

 

斬!

 

一刀蒸散。

圧倒的な“破壊”を孕んだ衝撃波は、ただ一刀の下に掻き消された。

「へぇ……」

レヴィアタンの紅の唇から、感嘆の甘い吐息が漏れる。

「備前長船『紅月』……またの名を、世斬剣(・・・)『紅月』。この世のものであるならば、万物を断つことの出来る刃」

「なるほど、世斬剣(・・・)とはまた面妖ね。その剣からは私達とは別の、人外の気配を感じるわ。剣そのものが、魔力を有している。それなら実体なき衝撃波を斬ることも可能でしょうね。でも、解らないわ。私の放った衝撃波は、人が知覚出来る速さの何倍も上をいくものであったはずよ。何故、衝撃波に刃を触れさせることが出来たのかしら?」

「言っただろうに。俺一人で、人間百人以上であると」

「もしかして、あなた『古代種』?」

レヴィアタンの問いに、狼月はまた自虐的な冷笑を口元に浮かべた。

「……そうであったら、どれほどよかったことか」

 

閃!

 

狼月の手の中で『紅月』が閃き、レヴィアタンに襲いかかった。

 

“障ッ――――”

 

レヴィアタンの足下で揺れ動いていた沼の水が躍り上がり、レヴィアタンの眼前で壁を作る。

――水の障壁。

いかに万物を断てる『紅月』といえど、水の壁は斬っても斬っても再び元に戻り、壊れることはない。

だが、水の障壁は意外な方向からの力によって霧散した。

「……ッ!」

レヴィアタンの美貌が、忌々しげに歪む。

彼女の背後より襲ってきた最大5千度の蒼き炎は、彼女の作り出した障壁を取り囲み、その熱をもって蒸発させた。

「『狼』……!」

レヴィアタンに負けず劣らずの美貌を持った、長身の少年だった。

『蒼炎』を体に身に纏い、少年……吉田信一は、腰に携えた一刀を抜き、斬りかかる。

「……斬る!」

狼月のそれほど洗練されてはいないものの、恵まれた体格を活かして振り下ろされた強烈な一撃は、レヴィアタンの白い肌を鮮血で染める―――――――――ことは出来なかった。

「ぐっ……!」

振り向きざまにレヴィアタンがかざした掌。

未熟な少年剣士は、放たれた衝撃波を防ぐために刃の軌道を変えざるをえなかった。

先刻の狼月と同じように、衝撃波が霧散する。

「まあ、その剣も世斬剣(・・・)なのね」

甘く誘うような声は信一の背後からした。

いつの間に回りこんだのか、超至近距離まで接近された信一に、レヴィアタンの攻撃を回避する術はない。

だが――――

 

“ターンッ!!”

 

ランダムに林立する木々の合間を縫って、飛来したライフル弾はレヴィアタンの鼻先数センチを掠めていった。

明らかに自分を狙った第三者の攻撃に、レヴィアタンは退き、ライフル弾の飛んできた方向に視線を向ける。

――――――居た。

およそ300メートルの距離を隔てて、ボルトアクション式のスナイパー・ライフルを構えた少年……叶和人は、次弾の発射準備を整えながら、一箇所に留まらぬよう移動していた。

 

“刃ッ――――”

 

レヴィアタンが念じ、和人の周りの空気が、歪みを生じさせる。

実体を伴なわぬエネルギーによって酸素と水素が科学反応を起こし、水を作り、レヴィアタンの魔力によって超高圧で圧縮された、“水の刃”となる。

「……!!」

レヴィアタンの視界の中、和人は咄嗟に『略奪』の能力を発動した。

悪魔であるレヴィアタンの眼には、和人の起こした現象がはっきりと理解できた。

襲いくる“水の刃”から熱エネルギーを略奪し、“氷の刃”になったところで、懐から取り出したベレッタで氷を砕いていく和人の姿は、レヴィアタンの憤怒の感情を駆り立てた。

そして、そちらへと意識が移っている間に、レヴィアタンの攻撃から逃れた信一は狼月と合流していた。

「大丈夫か、『鷹』?」

「はい。『狼』もご無事でなによりです」

「あまり無事とは言えんな。今のところ状況はこちらに優勢だが、パワーが違いすぎる」

「『剛よく柔を制す』か」

「下手な小細工や小手先だけの技は通じん。……『鷹』、ここは俺に任せろ?」

「! 一人で戦うつもりですか!?」

「なに、大丈夫だ。なにも奴を倒さなければいけないわけではない。奴を魔界へと押し返すのが任務だ。よほどの無茶をしない限り、死にはせん」

「しかし……!!」

「……『鷹』、お前の階位は何位だ?

「……天位・第45位。中尉相当です」

「俺の階位は?」

「地位・第2位。中将相当……」

「立場は違えど、階級は俺の方が上だ。上官として命令する。ここは、俺一人に任せろ」

そう言って、狼月は信一を背後へと押しやり、レヴィアタンの前へと立ちはだかった。

レヴィアタンはすでに落ち着きを取り戻したのか、表面上は平静に見える。

「……話は聞いていたけど、まさか本当に一人で私と戦うつもり?」

「そのつもりだ」

一旦は抑えていた彼女の憤怒だったが、狼月の冷ややかな言葉に、再燃の兆しが表情に表れ始める。

「呆れた。あなた、よほどの身のほど知らずか、ただの馬鹿よ」

 

“創ッ――――”

 

レヴィアタンは魔力を篭めた指先を、目の前の空間に這わせた。

“水の刃”を創り出した時と同じようにして、今度は彼女の目の前に、“水のサーベル”が出現する。

レヴィアタンは“水のサーベル”を手に取ると、中段に構えた。

お世辞にも、レヴィアタンの構えは出来の良いものではなかった。並の剣士と同等――あるいはそれ以下といったレベルで、狼月ほどの剣士と戦うには不充分なものである。

しかし、レヴィアタンは、人間ではとてもではないが並ぶことの出来ないスピードとパワーを持っている。狼月との技量の差を十分埋められるだけのパワーとスピードを……

「いいわ。かかってらっしゃい」

「残念だがそのつもりはない」

対する狼月の構えは、攻めるためのものではなかった。“枕”と“斜”、そのどちらにも瞬時に変化出来るように、中途半端な位置で『紅月』を静止させていた。ようするに、始めから攻撃の意志が感じられないのだ。

「舐めているのね」

無表情で構える狼月に、レヴィアタンの憤怒の力が篭められた斬撃が襲いかかった。

音速……否、その数倍の速度で放たれる、重すぎる斬撃。

だが、狼月は襲いかかる無数の斬撃を、“枕”で受け、流し、捌き、“斜”で受け、流し、捌き、しかしただそれだけだった。

「どこまで受けきれるかしらッ!!」

一撃、一撃を受けるたびに、剣の速度は次第に加速していく。

マッハ1……マッハ2……マッハ5……マッハ7……マッハ10を超えても、狼月は平然と受け続けた。そしてそのたびに、レヴィアタンの内なる憤怒の感情が剥き出しになっていく。

「いい加減に、しなさいッ!!!」

レヴィアタンは、もう我慢ならないとばかりに、剣速を一気に加速させた。今までは徐々に剣速を上げていったから良かったが、いきなりの加速のため、その体が必然的に、一瞬だけ停止する。

そして、狼月が待っていたのはそれだった。

「グオオオオオオッッッ――――――!!!!!」

まるで人間ではないかのような雄叫び。

その時、レヴィアタンは見た。狼月の眼が、鼻が、耳が、口が、毛が、爪が、一瞬のうちにして人間のそれではなくなっていく光景を。

狼月が、守りの構えを解いた。

そして―――――――――――

 

六条光閃!!!

 

レヴィアタンが静止した一瞬の隙を縫って、六条の閃光が走った。

「―――大神血刀流・奥義之六『六川』」

白刃の光線とともに大地が開かれ、六つの血流が流れこみ、大河を成す。

流れる川の水は人外の血。周囲の木々の枝先で芽吹く葉と同じ深緑。

しかし、色こそ違えど、血であることには変わりなく、レヴィアタンの白い肌からは六条の鮮血が迸り、間隙を縫っての攻撃に、彼女は茫然としていた。

やがて流れ出る血の勢いが僅かに緩み始めて、彼女はボソリと呟いた。

「そういうことだったの……」

「…………」

「そういうことだったのね……」

大量出血にも関わらず、平静を取り戻したレヴィアタンは口元に微かな微笑を浮かべた。

対峙する狼月は、すでに『紅月』を鞘に納め、憮然とした態度でレヴィアタンを睨み続ける。

「まさかこの国にあなたのような種族がいるなんて。たしかに、今の不充分な私の力では、あなたを倒すことは難しそうね」

「難しいというだけで、不可能ではない。……どうする? まだ、やるか?」

「遠慮しておくわ」

レヴィアタンは瑞々しい裸体を翻すと、背中越しに言った。

その直後、彼女の目の前の空間に亀裂が走り、次第に拡大して巨大な穴となる。

「次元の扉……」

「そ。本当は帰りたくないけど、そこのお兄さんがさっきから私のことを睨んでるから、退散するわ。……それに、私だって命は惜しいし」

「命が惜しい……か。まさか俺達のようなちっぽけな存在が、貴様からそんな言葉を聞くことになろうとは、な」

「勿論、不完全な状態でも私が本当に本気を出せば、70%ぐらいの確率で私は勝つわ。けれど、私は残りの30%が恐いの」

「ふむ、魔界でも最上級悪魔の位にある者の台詞と思えんな」

「慎重って、言ってくれないかしら」

狼月とレヴィアタンは互いに苦笑した。もはや彼らの間に戦いの意志はなく、未だ殺気立っていた和人や信一も、その苦笑に毒気を抜かれてしまったように、それぞれの武器を納めた。

「もう戦う気はないの?」

「俺の任務は君を魔界へ追い返すこと。本人が帰ろうとしている以上、戦う理由はない」

「あなた、イイ男ね。……そういえば名前は?」

「大神、狼月…」

レヴィアタンは振り返り、狼月に向って微笑んだ。すでに出血は止まっており、べっとりと体に付着した血のりが、まるで深緑のドレスのように映える。

「そう、大神狼月……今度来る時は、必ずあなたを堕落させてあげる」

「遠慮願いたいものだな。その美しさで二度も迫られたら、さすがに理性を抑えきれる自信がない」

「褒めてくれているのかしら? ありがとう」

レヴィアタンは誘惑の笑みとも、歓喜の笑みともつかない笑顔を満面に浮かべ、穴へと身を投じた。

「バイバイ。銀髪の狼男さん……」

最後に、それだけを言い残して、美しき美女……驕りの王・レヴィアタンは現世よりその姿を消失させた。

 

 

 

「『狼』……」

レヴィアタンが消えて数分。

スナイパー・ライフルを抱えた和人は、ゆっくりとした足取りで2人の前に現れた。

レヴィアタンとの戦いのみならず、それ以前の妖魔との戦闘で相当に消耗したのだろう。息は不自然なほどに上がっており、全身は急激な運動を行った証たる汗で濡れている。

「大丈夫か、『燕』?」

「……はい、自分は。それより『狼』、あなたこそたったお一人でレヴィアタンと……お怪我はありませんか?」

「俺のことは気にするな。……状況を報告してくれ」

「ハッ。レヴィアタンの魔力に呼応して現世に現れ、廃墟に潜んでいた妖魔達の数は全部で108匹。うち81匹を撃破。残りは……」

和人が言い終えるのを待たずして、信一が続きを繋げる。

「俺達の中隊で片付けました。数は35匹。残りの2匹はサンプルとして捕獲し、現在は投薬によって深い眠りに就いています」

「そうか。被害状況は?」

「『燕』中隊、『鷹』中隊ともに人的被害は軽微。『燕』中隊は戦死者0名、重傷者2名、軽傷16名で……」

「……俺達『鷹』中隊の方は戦死者0名、重傷者5名、軽傷が7名です」

「…………襲われた町の被害は?」

狼月の問いに、和人も信一も、苦々しい表情を浮かべる。

強く噛み締められた歯の間から漏れてくる、声でなき呪詛から感じられるのは、どうしようもないほどの後悔と悲しみの念。

やがて和人が、静かに口を開いた。

「俺達『燕』中隊の調査によると、町は壊滅。生存者はなし。……完全な全滅です」

「たしか町には、小さいが畑がいくつかあったな」

「はい。……ですがそれすらも、妖魔達……というよりは、レヴィアタン出現の際に生じた瘴気によって汚染され、向こう10年は、何の収穫も期待できそうにありません」

「……酷いものだな」

狼月までも苦渋に満ちた表情を浮かべ、彼は悲しげに天を見上げた。

満天の星空。先ほどのレヴィアタンと比べても、遜色のない自然が織り成す“美”。

しかし、その美しさですら、今の彼らの心を癒すにはいたらない。

「『狼』……いえ、狼月様、俺はたまらなく悔しいです」

「俺もだぜ…なにが『古代種』だよ。結局俺達は、誰一人守れなかった!」

信一が近くにあった巨木に拳を叩きつけ、同時に苛立ちをぶつける。

『古代種』の全力をもって放たれた鉄拳は、大木をも激しく揺さぶり、深緑の服を地面へと散らせた。

「自分達を責めるな。――もし、町が壊滅するよりも以前に出動命令が下されたとして、あの状況では、誰が行ってもどうしようもなかった。むしろ俺達の流れ弾で、さらなる被害が出ていたかもしれない」

「けどよ、親父!」

狼月のことを、『親父』と呼んだ信一の拳を、彼は優しく両手で包み込む。

苦渋の涙を流す信一に、狼月は厳しい表情で語った。

「過ぎてしまったことはどうしようもない。その悔しさ、そして怒りは、次にこのような事態が起きた時にぶつけろ。――次のチャンスが来るその日まで、生き延びろ」

「親父……」

「……狼月様、あの町はこれからどうなるのでしょう?」

不意に囁かれた和人の質問に、狼月は再び満天の星空を見上げながら答える。

「住人が全滅し、建物が灰燼と化したあの廃墟は、おそらくマスコミに嗅ぎつかれ、綿密な調査が行われるだろう。しかし、そこから不審な点が発見されることはない。すべて俺達が隠蔽するからだ。やがて調査の末に事件は迷宮入りとなり、何の農作物も採れない土地に住む人はいなくなり……やがてそこに町があったという事実さえ、いずれは忘れ去られることになる」

「それでは……」

和人の脳裏に、あのヌイグルミを抱いた少女の亡骸が甦る。

「それでは、あまりにも哀れすぎます」

「ああ、哀れだな」

狼月は、こともなげに返事をした。しかし彼の言葉は、それで終わりではなかった。

「―――しかし、俺達は今日のことを知っている。俺達だけは、今日の惨劇を覚えている」

「…………」

「この作戦に参加したたった数百人。たった数百人でも、忘れなければ、それだけで彼らは救われる」

狼月は、和人達に向き直った。

「人間の死には2通りあると言われる。1つは肉体的な“死”。そしてもう1つは、忘却という名の“死”……。和人、信一、今日のことを決して忘れるな。今日を生き延びた者だけが、未来、今日散っていった者達に対して、弔いの言葉を、慰めの言葉を送れるんだ」

「弔いの言葉、か……」

和人は、懐からベレッタを取り出した。

“氷の刃”を砕くために数発を要した自動拳銃の残弾は12発。

「今の俺には、これぐらいしか出来ないが」

和人はベレッタの銃口を夜空へ向け、トリガーを引き絞った。

何度も…何度も……

夜の山に“パパパパンッ”と、マシンガンのような連射音が鳴り響、曳光が夜空を裂いて走った。

悲しい、響きだった。

 

 

 

彼らがいつを起源とし、いかなる目的の下に結成された組織であるかは、ごく一部の人間しか知らない。

時の内閣総理大臣、内閣官房長官、法務大臣、財務大臣、国務大臣(防衛庁長官)、警察庁長官、最高検事長検察総長から構成される『国家安全委員会』。

そして、その『国家安全委員会』によって率いられる組織……大日特務戦闘軍『ノーデンス』。

いずれ来るであろう邪神の復活と、それとの戦いに備えて、日本政府が超法規措置をもって極秘裏に設立した唯一の“軍隊”。普通の人間のみならず、『古代種』や、それ以外の『異能者』をも構成員とする、まさに異色の軍団。

その戦力は本来ならば日本が持ってはならないはずの空母を保有するに至り、陸海空あらゆる戦場を駆け巡ることの出来る人材と、装備を持つ。

年間GNP世界第2位の日本政府が、総力を挙げて支援するこの組織が表沙汰に取り上げられることはない。

彼らは、今もまたどこかで、何らかの敵と戦い、血を流し続けている。

すべては、人類の未、…そして真の“自由”のために……

 

 

 

 

 


〜オマケ〜

 

――ノーデンスT――

 

 

 

大いなる深淵の大帝

タハ乱暴(以下“タ”)「はぁ〜、ようやく第2部第一章終了〜」

瑞希(以下“瑞”)「そして、とうとうわたし達の出番が完全になくなりましたね」

タ「いや、それは仕方がない。なにせ第2部は基本的に過去編だから」

瑞「そういえば冒頭からいきなり1996年って出てましたね。……それにしても何なんですか、今回のお話は? 和人さんや吉田先輩よりも狼月さんが目立ってましたけど」

タ「――っていうか、今回は『ノーデンス』登場編だな。『ノーデンス』が行っている作戦行動の一部を紹介してみた。ただ、結果的に狼月がかなり目立ってしまう結果になってしまったわけだけど」

狼月(以下“狼”)「当の本人からしたらかなり迷惑な話だ」

タ「おおっ、狼月!!」

狼「……何故、そこでエクスクラメーション・マークが2つも付く?」

タ「いや、狼月ってこのコーナーに登場するの今回が初めてだったから」

狼「なるほど」

瑞「ところで今回、ようやく謎の単語、『ノーデンス』の正体が明らかになりましたね」

狼「まだ一部だがな」

瑞「え、そうなんですか?」

タ「はい。……では今回のこのコーナーでは、『古代種』オリジナルの組織、大日特務戦闘軍『ノーデンス』についての解説をしていきたいと思います」

狼「『ノーデンス』に関しては何分オリジナルだけに書くべき事が多い。だから今回はその行動目的、組織構成、構成員の特徴などの紹介だけで、容赦してくれ」

瑞「(カンペを見ながら)……ちなみに『ノーデンス』っていう言葉は、『古代種』オリジナルの言葉じゃなくって、隻腕の『古き神』のことなんですって」

タ「全ての夜鬼が傅く『大いなる深淵の大帝』。三叉の矛を手に、戦車に跨り『旧支配者』と『外なる神』の手下ども狩り立てる偉大なる狩人」

狼「一見するとその姿は白髪をいただき、灰色の髭をたくわえた老人だが、その肉体は頑健そのもの。右腕は銀製の義手で出来ていて、夜鬼が変じたイルカや馬に牽引された戦車に乗った姿はまさに武神。『這い寄る混沌』、『闇に吼えるもの』、『燃える三眼』、『無貌の神』、『暗黒の王』、『膨れ女』……数々の異名を持つ神・ナイアルラトテップの好敵手。それが『大いなる深淵の大帝』ノーデンスだ」

瑞(狼月さんって……意外とノリがイイ?)

 

 

 

その目的

狼「組織は明確な目的がなければ成り立たない。目的が曖昧なために崩壊してしまった組織は歴史上数多く、組織に限らず、戦争だって目的をはっきりさせなければ泥沼化する。

『ノーデンス』の活動目的を知るには『ノーデンス』の歴史を追わなければならない。しかし、それは現時点ではかなりのネタバレになってしまう」

瑞「と、途中まですごくまともでカッコよかったのに、最後はネタバレ……」

狼「そこで、今回は最初から『ノーデンス』の活動目的を暴露してしまいたいと思う。『ノーデンス』の活動目的……それはズバリ、辺土界に封印されている旧支配者……クトゥルフの邪神の打倒だ」

瑞「クトゥルフの邪神って……あの原初の地球に降りて来たっていう?」

狼「ああ。……やはりこれにも多分にネタバレが含まれてしまうのだが、つまり、『ノーデンス』という組織を最初に作ろうと考えた人物がいたわけだ。その人物はすでに物語の中に登場しているんだが、彼は“ある出来事”から旧支配者の存在を知り、クトゥルフの封印の効力には限界があることを知った。いずれクトゥルフの邪神が復活してしまうことを、彼は知ってしまったわけだ」

瑞「……だからその人は『ノーデンス』を創ったんですね」

狼「ああ。…もっとも、その道のりは長く険しいものだったようだがね。

『ノーデンス』の設立目的はそのまま活動目的になる。『ノーデンス』が普通なら忌み嫌われ、差別の対象である『古代種』を構成員にしているのもそのためで、かつての古代戦争で、『古代種』がクトゥルフと戦ったことを『ノーデンス』は知っているんだ。……もっとも、何故『ノーデンス』が超古代の戦争について知りえたかについては、やはりネタバレになってしまうのでこれ以上は言えないが…」

瑞「何から何までネタバレなんですね……作者さん、ホントに収拾できるんでしょうか?」

狼「……まぁ、無理だろうねぇ」

 

 

 

国家安全委員会直属下

狼「どんな優れた軍隊、組織集団でも、指揮系統がはっきりしていなければ100%その能力を発揮することは出来ない。会社に何人も社長が居て、一斉にそれぞれ別の方針を打ち立てたりしたら、どんなに優秀な部下でもその実力は半減してしまう」

瑞「『ノーデンス』は皆さん薄々(というかバレバレ)気付いていられるでしょうが、基本的に秘密結社です。ごく一部の人達を除いて、一般にはその存在は知られていません」

狼「だからその指揮もまた非公式の機関が行うことになる。その、『ノーデンス』の上層機関が『国家安全委員会』だ」

瑞「『国家安全委員会』は、世間一般には公表出来ない、あるいは公表した場合日本政府の立場が危ういものになるかもしれない政策を行う、いわば陰の政治機関です。メンバーはその時代の内閣総理大臣を中心に、内閣官房長官、法務大臣、財務大臣、国務大臣(防衛庁長官)、警察庁長官、最高検察庁検事総長の7人で、『ノーデンス』以外にもいくつかの下部組織を持っています」

狼「『ノーデンス』の存在を知っている者もそうだが、『国家安全委員会』を知っている人間はさらに少ない。それから、『ノーデンス』の正式名称は“国家安全委員会直属下秘密特殊作戦軍”という。前部分の国家安全委員会直属下という部分を省けば、“秘密特殊作戦軍”という名前からも判るように、当然ながら武装した“軍”だ。その戦力の一端は本編でも垣間見れるが、非公式の武装集団としては破格のものがある。これらの装備、そして運用は『国家安全委員会』の責任の下に行われている。

さて、指揮系統の問題が出た以上、『ノーデンス』内部における指揮系統もはっきりさせておくべきだろう」

瑞「そのためには、これまた謎の単語である『百獣』について解説しなければなりません。これは『ノーデンス』という組織を語る上で外す事の出来ない要因です」

 

 

 

奇妙な組織

タ「『百獣』のこともそうなんだが、物語中にしばしば登場する“天位”とか、“地位”とかの単語についての解説も、ここでしておこう。……瑞希、頼むぞ」

瑞「(結局人任せなんですね……)……『ノーデンス』は暦とした軍事組織です。 “軍隊”という1つの括りの中に、“陸軍”、“海軍”、“空軍”といった、それぞれ担当の異なるグループがあるように、『ノーデンス』という組織の中にも、大きく分けて2つのグループがあります。“天”のノーデンスと、“地”のノーデンスです」

狼「先刻タハ乱暴が言った“天位”や、“地位”というのは、『この2つのグループのどちらに所属しているのか?』ということを、意味している。

これら2つのグループは、別にそれぞれが担当する仕事を異としているわけではないが、万が一片方のグループが組織としての機能を維持出来なくなった場合などに、もう一方がその代わりとなれるようにと、双方ともまったく同一の戦力、人員、機構になっている。

普段はこの2つの組織は、それぞれが独立した任に就いているのだが、今回のように“天位”である信一が“地位”である俺達と共に行動をするなど、共同で作戦に当たる場合も少なくない。……まぁ、良くも悪くもまったく一緒、平等ということだからね、“陸軍”と“海軍”のように犬猿の仲ではないということだ。

……『百獣』は、他国の軍事組織には見られない、『ノーデンス』オリジナルの、組織の幹部に与えられる階級のことだ」

瑞「“天のノーデンス”、“地のノーデンス”、それぞれに50人ずついる、計100名からなる最高幹部会なんだそうです。

……今回のお話に登場した信一さんの例を挙げますと、まず“天位”は、所属しているグループを示していて、第45位というのが、組織幹部会内での序列になります。『百獣』は互いのことをの“動物”の名前で呼んでいて、それがその人のコードネームとなります。信一さんの場合は、『鷹』。和人さんの場合は『燕』。狼月さんの場合は『狼』というわけですね。順位が意味する相当階級は以下の表のようになっています。

 

順位

相当階級

第1位

大将

第2位

少将

第3〜5位

大佐

第6〜8位

中佐

第9〜14位

少佐

第15〜24位

大尉

第25〜50位

中尉

 

……つまり、物語内での信一さんの階級は中尉相当ということです。中尉は1個中隊を指揮することが出来ますから、『鷹』中隊というのは、天位・第45位『鷹』が指揮する中隊……つまり、信一さんが指揮する中隊ということです

『ノーデンス』は旧大日本帝国のような“年功序列制”ではなく徹底した“実力主義制”で、幹部クラスになられる方で20代の人とかは珍しくないそうです。……まぁ、それにしても当時16歳の和人さん達が中尉クラスというのは、ちょっとやりすぎじゃないかと思いますが……」

狼「今に始まったことじゃないさ。……それに、すでにタハ乱暴は『古代種』中において、『ありえね〜だろ!?』な事とか、『おかしいよコレ!!』な事とか、やりまくっている」

瑞「うぅぅ…わが父ながら情けないです」

 

 

 

高機能集団

タ「米国の特殊部隊『デルタ・フォース』の隊員には、すでにグリーン・ベレーや第75レンジャー連隊などで特殊部隊員としての技能を持った者から選抜される。志願者達はその後幾多の厳しい選抜テストを受け、数多の精神鑑定、面接試験を受け、そして最後に最も苛烈な専門訓練を受けて、晴れてデルタの隊員として認められる」

狼「軍事組織……特に情報部や特殊部隊のような秘匿性を重視する組織の選抜テストにおいては、エージェントとしての実力以上に、社会的な立場や精神上の問題などの項目も、厳しく選定される。いくら優れた能力を持っていても、隊の重要な機密を軽々しく外部に漏らすような口の軽い人間では、組織としてはたまったものではないからだ。

当然のことだが、秘密結社である『ノーデンス』にもそうした選抜テストはある。最後は、それら厳しい選抜テストをクリアした精鋭……『ノーデンス』の構成員を紹介しよう」

瑞「『デルタ・フォース』と『ノーデンス』とで違うのは、前者が非公式としていながらも、米国政府がその存在を認めているのに対して、後者は日本政府がその存在を完全に否定しているという点です。そのため、『ノーデンス』は対外的に広く隊員を募集することが出来ず、その人員確保には、様々な手段が使われます」

狼「自衛隊や警察からの引き抜き。組織の噂を聞きつけた志願者。作戦の途中で保護したり、作戦の都合上やむをえず協力した者。民間からの協力者。生まれながらにして『ノーデンス』に属することを義務付けられた者。社会的には居場所のない『古代種』達。一部の異能者達……この中で最も多いのは自衛隊や警察からの引き抜きだが、全員に共通して言えることは、人格的に優れた人物であり、ただ人類を守るためという漠然とした目的のために、誰からの賞賛もなく、それでも過酷な任務に身を投じられるだけの強い心を持った者達であるということだ。

……無論、個々の差はあるが、その任務遂行能力はみな極めて高い」

瑞「『ノーデンス』は徹底した実力主義の社会で、信一さんのように若くて『古代種』であっても、差別されることなく高い役職に就いています。当時34歳という若さで、非正規の軍隊とはいえ、すでに少将の地位にあった狼月さんも、その実力から選ばれたんですよね?」

狼「改めてそう言われると少し照れるがね。ちなみに俺は、一応、民間からの協力者ということになっている。大神の剣士は原則として藤原一族に仕えることになっているから、その藤原が国家安全委員会のメンバーともなれば、協力するのは当然ということだな」

 

 

 

今後の出番について……

タ「さて、一通りの解説が終わったところで今回はこれでお開きにしましょう」

瑞「――って、ちょっと待ってください!」

タ「……なんだ? 人がせっかく締めに入ろうというのに」

瑞「第2部での私達の出番って、本当にもうないんですか!?」

タ「むぅ…しつこいなぁ。最初に言っただろう? お前達の出番はしばらくないって。……まぁ、あったとしてもこのトンデモハップンなオマケコーナーにおいてのみだろうな」

瑞「そ、そんなの納得できません! このコーナーのせいで私のキャラクターはどんどん疑われているんですよ!?」

舞「――っていうか、今のところ本編よりコッチの出演回数の方が多いっていうのも問題だよね」

タ「それは仕方ない。第1部の主人公はあくまで『燕』と『鷹』……“和人”と“信一”だから。他のキャラは基本的に脇役」

愛歌「……じゃあ、第2部の主人公は?」

タ「…………和人と、信一と、もうひとり……」

かおる「そのもうひとりって、わたし達の内の誰か?」

タ「……………………」

第1部脇役メンバー全員「……………………」

タ「…………HAHAHAHAHA! では皆さん、また次回!」

第1部脇役メンバー全員「コラ待てタハ乱暴! 逃げるな〜〜〜〜〜!!!」

   

  




遂に始まった第二部。
美姫 「のっけからシリアス〜」
一体、これからどうなる!?
美姫 「何やら色々と出てくるみたいだし」
いやはや、本当に気になるな。
美姫 「次も楽しみにしてますね」
ではでは。



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