全ての事象が、和人にとって悪い方向に転がっていたるかのようであった。

信一との体格差によって生じる大きなハンディキャップ。

雨という天候がもたらす悪影響。

『蒼炎』によって、その事をまったく気にする必要のない信一のアドバンテージ。

全身を苛む激痛と疲労と、倦怠感。

使い物にならなくなってしまった、右腕……

利き手でない左腕……

……誰がどのように見ても、和人の劣勢は明らかであった。

しかし、だからといって、彼は引き下がるわけにはいかない。

「信一……」

「なんだよ?」

「……死ぬなよ」

「……お前もな」

万感の想いを籠めて言ったその言葉を合図に、和人は、そして信一は、同時に動き出した。

 

 

 

古代種

第十五章「鋼鉄の荒鷲」

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時18分

 

 

 

航空自衛隊百利基地は、関東で唯一の戦闘航空団が所在する自衛隊基地であり、航空自衛隊唯一の偵察航空隊が所在する、首都圏防空の要である。

茨城県中部の太平洋沿いに位置するこの基地には、2000名の自衛隊員の他、F−15J戦闘機、RF−4E、RF−4EJ偵察機、T−4練習機、U−125A救難捜索機、UH−60J救難ヘリコプターなどを抱え、第七航空団という強力な部隊を構成している。

その百里基地の滑走路……全長2700メートル、幅45メートルの長大な滑走路の端に、傘を差した2人の男の姿があった。

国務大臣・藤原平三郎と、海棠総理の私邸であの謎の人物……黒木から、平三郎とともに百里基地に向かえと命じられた、闇舞なる人物だ。

彼らの視線の先では、単座式の戦闘機が1機、その翼を激しく雨に叩かれながら、アイドリング状態のエンジンの点検を受けていた。

―――F−15Jイーグル。

1972年の初飛行から、F−22ラプターが登場するまで20年以上もの間、『世界最強』の座を死守し続けてきた、強力な要撃戦闘機である。

このF−15Jが、一体何のためにこの場でアイドリングを続けているかは、もはや言うまでもないだろう。

すでにオレンジ色の高高度用フライト・スーツを着用した闇舞に、平三郎はチラリと天を仰いで言う。

「F−15はこのような天候でも飛べるのかね?」

「問題ありません。一度でも乗っていただければ分かってもらえると思うのですが、こいつは凄い戦闘機です。ラプターが実戦配備されたとしても、しばらくは現役でしょう」

「ラプターか……いずれは日本も導入しなければならないのだろうか?」

「今のところ防衛庁にその手の動きは……」

「ない……が、何といっても日本は世界第二位の軍事費を誇る国家だ。ファントムが老朽化の一途を辿り、いずれイーグルもその道を歩むとなれば……とと、携帯か」

背広の内ポケットで震える携帯電話を取り出し、2人は会話を中断する。

電話にでた平三郎は、「うん……」とか、「そうかい……」などと、相手と2・3言葉を交わすと、1分とせずに電話を切った。

「……深町君からの連絡で、叶和人と吉田信一の戦いが、佳境に差し掛かったとのことだ。それから……例の、ロシアの潜水艦に動きが見られたらしい。……最後に、これはまだ未確認の情報なんだが……」

「なんです?」

「北朝鮮に潜入させたG2要員から、国籍マークの剥がされたMiG−23フロッガーが2機、何故かスクランブル体勢に移ったらしい」

「そうですか……」

「闇舞君、くれぐれも……」

闇舞は、平三郎の言葉を最後まで待たず、F−15へと歩き出した。

闇舞は、背中越しに平三郎に、サムズ・アップを送った。『任せろ』と、そう背中が、語っていた。

平三郎は一瞬顔を緩めて、すぐまた表情を引き締めた。

傘を差していないため、防水加工の施されたフライト・スーツが、雨でバチバチと音を鳴らす。彼が歩き出したことに気付き、エンジンの点検を行っていた作業服の男達が、即座に作業をやめ、機体から離れていった。

闇舞は、雨に打たれながらF−15のコックピットにかかった梯子を、ゆっくりと登った。

キャノピー(風防ガラス)を開いて操縦席に座る瞬間だけ、動きが敏捷になったのは、操縦席に雨が吹き込むのを、最小限に押さえるためである。

操縦席に座った彼は、キャノピーの枠にかけられた梯子を倒し、フライト・スーツの胸元を開いた。中に着込んだワイシャツからハンカチを取り出し、濡れた髪、顔、首筋を丹念に拭く。

「行くか……」

不敵に呟いて、ハンカチをワイシャツの胸ポケットにしまい、闇舞はヘルメットを被った。

彼は、目の前にズラリと並んだ複雑な計器類一つ一つを丹念に見ると同時に、自らの着込んだフライト・スーツと、その周りの装備の、最終確認も行った。

この、総重量約30キロの装備が、高高度で機体を飛ばす彼の、命綱となるのである。

確認は、最後のその瞬間まで、怠ることは出来ない。

「よし……」

準備は整った。

雲間から覗く月光に照らされて、銀色の機首を鈍く輝かせる荒鷲(イーグル)は、今、まさにその翼を夜空に羽ばたかせんとしていた。

右のコンソールに並んだエンジン始動スイッチや、戦術電子機システムの操作パネル……

左のコンソールに並んだスロットル・レバーと、航法、通信のスイッチ類……

それら全ての各種スイッチをONにし、ついに闇舞は、スターター・スイッチに触れた。

2基のプラット&ホイニーF100ターボファンエンジンが轟々と火を噴き、サイレンサーでも掻き消せぬほどの爆音が、轟く。

闇舞は、ゆっくりとパイロットの生命線とも言える操縦桿を握った。

操縦桿には、AIM−9サイドワインダーの発射ボタン、爆弾投下ボタン、空中給油ボタン、M61A1バルカン砲の引き金の他、各種の機能が取り付けられている。

ブレーキを解除し、操縦桿に付いている前輪操向ボタンで機首の向きを変える。

『いつでも離陸よし』

闇舞と、コントロールタワーとの交信が、始まった。

「了解」

ゆっくりと、F−15が前身を始めた。

あらかじめ知らされていた滑走地点まで移動したところで、ブレーキをかける。

「これより離陸する」

闇舞は、基地管制塔へ伝えて、エンジンの出力を上げた。

強力な双発のエンジンがさらなる爆音とともに轟々と唸り、天地が絶叫を上げた。

闇舞が。ブレーキを解除した。

銀色の荒鷲が、弾丸のように滑走路を滑る!

スコールのような雨に叩かれながら、流星の如く疾走する!

すべてのシステムが正常に作動し、世界最強の戦闘機を支えていた。

そしてついに……機体が、離陸する!

荒鷲の銀翼が、夜空へと羽ばたく!!

「頼んだぞ…闇舞北斗……」

吸い込まれるようにして、夜空に消えていくF−15を見送りながら、平三郎が呟いた。

その呟きは、暴風とF−15の飛ぶ音に掻き消されて、誰にも聞こえなかった。

 

 

 

急角度でぐんぐん上昇を始めるF−15。

「すべて順調。これより交信を終了する。……ありがとう」

北斗は、エンジンの推力を上げながら、コントロールセンターへ最後のメッセージを送った。

F−15は、約50度の角度で、猛烈に加速していった。

普通の戦闘機のそれを遥かに上回る上昇性能である。

離陸して45秒……すでに高度は1万メートルを超え、速度は、マッハ1.7にも達していた。

雨雲は遥か眼下にあり、機首の前方には、漆黒の夜空が広がっている

F−15は、さらなる急上昇を続けた。

北斗は、機体と人間とが一体になっていくのを感じた。

流星のように上昇飛行を続けていながら、彼の周りは、信じられないような静寂に包まれていた。

北斗は、高度1万8千メートルにいたったところで、ようやく機体を水平にした。

エンジンは全開状態にあり、最高速度の、マッハ2.5(時速3060キロ)で飛行していた。

彼は今、まさに超音速の世界の、真っ只中にいるのだ。

北斗の指は、操縦桿に付いているバルカン砲のスイッチに、軽く触れていた。北朝鮮でスクランブル体勢に入ったという2機のMiG−23を、警戒しての行動なのだろう。

バルカン砲の咆哮は、右主翼の付け根に口を開いている。

超音速戦闘機同士の近接戦闘(ドッグ・ファイト)は、敵機が肉眼で見えない数十キロ先の彼方から、空対空ミサイルを発射して始まる……と、思われがちである。

しかし、近代戦におけるこれまでの空戦記録は、機関砲によるドッグ・ファイトで勝負が決まることを証明していた。

バルカン砲が、ミサイルに勝る強力な武器と言われるのは、それゆえのことである。

彼は、離陸する際すでに、スロットル上の兵器選択スイッチを、機関砲の位置にセットしていた。

もっとも、兵器の安全解除のメインスイッチはOFFになっている。このスイッチがONになれば、バルカン砲はいつでも発射できるのだ。

F−15の搭載機関砲弾は940発で、これはF−4ファントムよりも302発も多い。残弾数は常にデジタル計器に表示され、確認できるようになっていた。

F−15は、ロシアのものと思われる潜水艦が潜伏している海域に向かって、快調な飛行を続けた。

すでにこちらの動きは相手のレーダーに捕捉されているだろうが、この分だと、あと5分もせずに接触できそうである。

――と、その時、突如としてレーダーが、接近する高速機を捉えた。

「来たな……」

北斗は呟いて、兵器の安全解除メイン・スイッチをONにした。

同時に、IFF(敵味方識別電波)を発射するが、接近機からの応答はない。

真正面のHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)に、接近機の速度、方位、姿勢、コース、高度などの表示が、開始された。

「……やるしかないか」

不敵な笑みを浮かべて、北斗はF−15のスピードを絞りつつ、高度を下げた。全速飛行の状態だと、ドッグ・ファイトはかえってやりにくい。

北斗は、敵機が出現した場合、初めから空対空ミサイルに頼るつもりは毛頭なかった。

超音速の近接格闘では、1分間に6千発の20ミリ弾を撃てるバルカン砲こそが、最強の武器だと思っている。

F−15がその高度を5千メートルまで下げたとき、北斗は、左前方から接近する2つの小さな黒点を、肉眼で捉えた。

F−15が小さく右に旋回し、急降下へと移る。

物凄い荷重が北斗の肉体を襲い、機体が激しく震える。

雲海に突っ込み、一瞬のうちにそれを突き抜けて、F−15は垂直に、荒れ狂う大海原へと急降下した。

高度計の表示が3千……2千……と下がり、キャノピー越しに見える海面が、北斗の眼前へと迫ってくる。

2機の国籍不明機が、雲海を突き抜けて、F−15を追った。

北斗が操縦桿を大きく引く。

轟音を発し、F−15が急降下から、一気に急上昇へと移った。

F−15がエンジンを全開し、再び矢の如く雲海へと突っ込む。

1秒とかからずに雲海を出たF−15が、今度は左に急旋回。

右手の雲海から、2機の国籍不明機が、砲弾のように飛び出し、ついにその姿を露にする。

敵機の機種を確認した北斗の表情が、「やはり」という具合に、忌々しげに歪んだ。

2機の戦闘機は、機体を真っ黒に塗り潰し、国籍マークをつけていなかったが、機種は明らかにミコヤンMiG−23フロッガーであった。

最大飛行速度マッハ2.35を誇り、可変翼のおかげで攻撃機としても強力な性能を持つ、旧ソ連が開発した戦術戦闘機である。

MiG−23は初飛行からすでに30年以上が経過しているが、未だロシア空海軍、アルジェリア空軍など全15ヶ国で使用されおり、その中には無論、北朝鮮も含まれている。

北斗の目の前に現れたこの2機のMiG−23が、G2要員から報告された、北朝鮮でスクランブル体勢にあったMiG−23であることは、もう間違いなかった。

そして今、2機のMiG−23は、明らかな敵意を持って、北斗のF−15の前に、立ち塞がっている!

「……北朝鮮もロシアの点数稼ぎに回ったか」

口元に不敵な冷笑を浮かべて、北斗は苦々しく呟く。

戦いの火蓋を先に切ったのは、敵機の方だった。

接近しつつあった2機が、MiG−23の主武装である23ミリGSh−23L機関砲を撃ってきたのだ。

F−15が、素晴らしい機動力を見せて横転旋回!

MiG−25が、左右後方から挟み撃ちにするように食いさがる。

北斗は、前方速度ベクトルを小さくするべく、機首上げの姿勢をとって、エアブレーキをかけた。

F−15のスピードが“ガクン”と落ち、Mig−23が、F−15の前方に飛び出す。

北斗は、右側の敵機を追った。

MiG−23が、旋回、横滑り、機首上げ、ヨーヨーなどの飛行法を無作為に繰り返す、『ジンキング』で必死に逃げる。

北斗は、F−15をなんとかして振り切ろうとするMiG−23に、背後からピタリと張り付いた。元々、ドッグ・ファイトのために生まれてきたようなF−15である。急激な姿勢変化にも、充分順応するだけの性能を持っている。

もう1機のMiG−23が、僚機を援護するため、側面からF−15に挑む。

敵機の機関砲が“ズバババッ”と火を噴くよりも早く、F−15が垂直反転からインメルマン旋回を見せ、ついに、MiG−25の頭上へと出た。

鋼鉄の荒鷲が、牙を剥いた!

F−15のバルカン砲が、大空を激震させて、咆哮し、白いすじが、敵機へと吸い込まれていく……そして爆発!!

バッと炎を発した後、紅蓮の火柱を四方に撒き散らし、雲海の下にある海へと落下するMiG−23。

僚機を撃墜されたことで怒ったのか、残った1機が、空対空ミサイルを発射した。

旋回機動に優れるF−15が苦もなく躱し、水車のように回転しつつ、右に旋回。

MiG−23が、F−15の前方に飛び出さないよう、エアブレーキを利かせて急減速する。

しかし、それを待っていたかのように、北斗は背面旋回の離れ技を見せ、MiG−23の横っ腹に、F−15の機首を突っ込ませる。

MiG−23が、『スパイラル・ダイブ』螺旋急降下で逃げる。

北斗が、MiG−23の下腹を狙って、バルカン砲のスイッチを押した。

砲口がオレンジ色の閃光を吐き、20ミリ機関砲弾が、何発も、何発も敵機に命中!

なおも弾丸を吐き出し続けるF−15。

MiG−23の左主翼が吹き飛び、続いて、尾翼が紙切れのように、宙へと舞う。

……一呼吸置いて、MiG−23が“ドォォォォォォオオオンッ!!”と爆裂した。

「あとは……」

北斗は、大空に散っていった2人の戦士に挙手を贈ると、機首を潜水艦が潜航している海域へと向けた。

……そう、まだ北斗の戦いは終わっていないのだ。

北斗は、そのまま水平飛行で目標位置までF−15を飛ばした。

空が、青い。

果てしなく、青い。

雲海が、はるか彼方まで続いている。

相手の潜水艦は、時速20ノット(約37キロ)で移動していたが、目標位置までは、すでに30秒を割っていた。

F−15が、不意に横滑りに旋回し、機首を真下に向けて、急降下に移る。

雲海を一気に突破すると、眼下には荒れ狂う青黒い大海原が広がっていた。

―――見えた!

急降下を続けるF−15のほぼ真下に、針の先ほどの潜水艦の姿があった。ほとんど水面すれすれで、潜行している。

北斗は、通信回線を開いた。

「こちら自衛隊機! 不審船に告ぐ。貴艦は我が国の領海を無断で侵し、なおも進行を続けている……即刻、貴艦の所属を名乗り、領海外へ退去せよ。エンジントラブルならば、その状況も報告せよ。もし、貴艦がこちらの要求に応じぬ場合、当機は、貴艦を沈めるだけの武装を有している!!」

北斗は、念のために最終警告として、その言葉を怒鳴った。

敵艦からの返事はない。もう一度だけ、今度はロシア語で「即刻、貴艦の所属を名乗り、領海外へ移動せよ!」と、最後のメッセージを送った。

しかし、相手潜水艦からの、応答はなかった。

凄まじい荷重が北斗の肉体にかかり、F−15が弾丸のように突っ込む。

海面が、ぐんぐん迫ってくる。

猛スピードで降下するF−15の高度計が、3000メートルを表示した。

北斗は、豆粒のようなシルエットの潜水艦を、APG−63レーダーで捕捉し、AIM−9サイドワインダー短距離空対空ミサイルを発射した。

短距離……とはいえ、その射程は8〜10キロメートルを誇る、強力なミサイルだ。

F−15は、発射したミサイルを応用にして、なおも降下し続けた。

サイドワインダーが、敵の潜水艦の後尾に命中し、“グワァァァァァァアアアンッッ!!!”と、大音響とともに爆発する。

高度計の表示が、高度1000メートルまで下がる。

そこにまでいたって、北斗はようやくその潜水艦を、ロシアの攻撃型原子力潜水艦……ヴィクターVと断定した。

ヴィクターファミリーと呼ばれる旧ソ連が開発した一連の攻撃原潜の現行型で、基準排水量は4950トンである。

北斗は、たて続けにサイドワインダーを発射した。

レーダーに敵影がないため、残弾を心配する必要はない。

ヴィクターVの後ろ半分が、火柱を噴き上げて、木っ端微塵となって吹き飛ぶ。

F−15が、高度300メートルで機首を上げ、銀色の機体を激しく震わせて、左旋回から急上昇に移った。

北斗が、首をねじまげて眼下の海原を見る。

ヴィクターVは荒れ狂う並みに呑まれ、すでに影も形もなかった。

荒鷲の、狩りの終焉である。

北斗は、百里基地の通信室にいるであろう平三郎に報告するべく、通信回線を開いた。

「……こちら『毒蛇』。目標の撃墜に成功。これより帰還する」

ややあって、平三郎の声が返ってきた。

「了解。……よくやってくれたな」

F−15は、高度3000メートルで水平飛行に移り、本土を目指した。

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時24分

 

 

 

「……ふッ!」

必要最小限のモーションをもって、最大限の威力を孕んだ拳が、和人の体を打つ。

何度も、何度も放たれるジャブの猛攻は留まるところを知らず、和人の体は、朽ち木のように打ちのめされる。

最後に、とどめとばかりに放たれた拳は、和人の鳩尾に、ストレートに極まった。

「…………ッ!」

声にならぬ絶叫を上げて、よろめきながら、2歩、3歩とあとずさる和人。

しかし、何歩か目で必死に踏みとどまると、今度はその仕返しとばかりに、和人は飛翔し、キックを炸裂させる。

それを間一髪で躱しながら、信一は、自分のやや後ろで着地した和人の背中目掛けて、ライトストレートパンチを繰り出す。

しかし、信一のパンチが命中するよりも早く、軸足をスライドさせた和人の横蹴りの方が、信一の脇腹を目掛けて炸裂した。

先ほどの和人同様よろめき、マンションの壁に手を着く信一。

「……それだけ喰らって、まだ動けるか」

「俺達『古代種』は、頑丈なだけが取り柄だろうが」

「……ま、違いねぇ…………なッ!」

信一が奮起し、地を蹴り、飛翔する。

上から叩き落すような飛び後ろ回し蹴りが放たれ、咄嗟に回避運動をとった和人の顔面ぎりぎりをすり抜けた。

両の拳を固く握り、身構えながら和人は続ける。

「それにお前だって、あれだけダメージを受けて、あれだけ動いていながら、一向に疲れる気配が見えないというのはどういうことだ? 攻撃のスピードが、まったく変わらないぞ」

「……相当鍛えたからな、特にタフネスとスタミナ」

「そうか」

「それに、俺はお前ほど攻撃を受けていなければ、お前ほどダメージも受けていない。それに……」

「……それに?」

「……失礼を承知で言っていいか?」

「……ああ、構わない。今更、俺達の間柄に礼儀もなにもないだろうしな」

「お前の攻撃には、一撃一撃のパンチ力が欠けている。カマイタチはまだ未完成だから仕方ねぇが、ベレッタなんかの射撃武器を使わない格闘戦……特に肉弾戦においてのそれは、顕著だ」

「今は右腕も使えねぇしな」と付け加えて、信一は高速の拳を、何度も繰り出す。

「お互いの攻撃力が違うんだから、俺とお前が同じだけ殴っても、ダメージの総量は決して同じにはならない……。そんな2人が、殴り合っているんだぜ? 利き腕の使えない今の状況だと、攻撃力はさらに激減しているし、手数も少なくなっいるしな」

寸前のところでそれらすべてを躱していた和人だったが、信一が言い終えた刹那、一発の拳が、和人の右肩を掠める。直撃ではない。

しかし、尋常でない打撃力を孕んだ信一の一撃が与える衝撃は凄まじく、ダメージの蓄積によってすでにふらふら状態にあった和人は、大きくバランスを崩してしまう。

信一は、その隙を見逃さず、一気に畳み掛けた。

信一の拳が、和人の鳩尾にめりこんだ。先ほどと同じように、よろめき、後ろに退く和人。しかし、今度は信一も反撃の機会を与えない。

優れた反射神経を持つ和人でさえ、躱しきれぬ一撃が彼を襲った。

全体重を乗せた信一の体当たりが炸裂し、和人の体が、宙を舞う。

マンションの壁に激突し、地面に落下した和人を、信一は滅茶苦茶に殴り、蹴った。

猛撃を繰り出しながら、叫んだ。

「……元々のタフさと、スタミナからして違うんだ。俺とお前とじゃ端からダメージ量が違いすぎる。そりゃ、俺も相当に動いているから疲れてはいるが、それはお前だって同じだ。疲労によるダメージの差は、ほとんどねぇ」

“ゴッ”と、鈍い音を鳴らし、和人の鳩尾に拳がめり込む。

前のめりになった和人の顎に、信一のアッパーカットが炸裂する。

マンションの壁にぶつかり、地面に轟沈する和人。

足元で転がる和人に、信一は冷たい視線を送りながら言う。

「……どうひん曲がって考えても、お前の劣勢は明らかだ。現に今、お前はそうやってボロボロの、瀕死の状態……普通の人間なら……いや、例え『古代種』であっても、とっくの昔に死んでいるほどの、な」

うつ伏せに倒れた和人の指先が、ピクリと動く。

「…………とっくに限界は超えているはずだ」

徐々に両腕に力を籠め、脚に力を籠め、和人は立ち上がる。

「なのに……」

幽鬼の如く、修羅の如く、和人は立ち上がり、信一を睨みつける。

「何故だ?」

信一が、必要最低限のモーションをとって、ラウンドハイキックを炸裂させる。

……今日だけで、もう何度目になるだろうか。

力なく地面に崩れ落ちる和人。

しかし――――

「何故だ……?」

――――彼は、立ち上がる。

「何故、立ち上がる……?」

「……負ける……わけには……いか……ないから……」

「何故、立ち上がれる……?」

「……何度も……言わせるな……『古代種』は……体が……頑丈だからだ……」

「そういう事じゃねぇ!!」

信一は、ついに怒鳴り声を上げた。

「お前だって勝ち目がないのは判っているだろうが!?」

「当然だ……そこまで馬鹿じゃない……勝ち目がない事ぐらい……判っている……」

「だったら何故……! 何のために……!?」

和人は、ニヤリと笑った。

あいつとの約束(・・)を、守るためだ」

「…………!?」

「いつまでも笑っていろ……ってアレ……笑うなら、負けるより勝った方がいいだろ?」

屈託のない笑顔で、和人は言った。

それは、普段舞や瑞希の前で見せる偽りの笑顔でも、信一や加菜の前で見せる微笑でもない、本当の、叶和人の満面の笑みだった。

「…………馬鹿だぜ、お前」

「馬鹿はお前だろうが、馬鹿力……」

「うるせぇよ、軟弱者」

『軟弱者』……そう言った信一の顔は、笑っていた。

「……んじゃ、俺も気持ちよく笑うために、勝つとするかね」

ニカッと、万人どころか、世界中の人々を魅了するかのような満面の笑みで、信一は言った。

 

 

 

 

 

 

――F−15イーグル――




 

全長

19.43m

全幅

13.05m

全高

5.63m

主翼面積

56.5m2

運用自重

14,515kg

最大離陸重量

36,741kg

エンジン

プラット&ホイニー・F100−PW−229×2基

最大推力

10637kg×2(アフターバ−ナー使用時)

燃料容量

7643L(機内)+2737L(CFT)×2+2309L増槽×3

飛行速度(最大/巡航)

M2.5917km/h

海面上上昇率

15240m/分

実用上昇限度

18290m

離着陸距離

275m/840m

戦闘行動半径

1268.6km

最大航続距離

5745km(増槽使用)

固定武装

M61A1 20mmバルカン砲×1門(940発)

武装

AIM−7スパロー×4+AIM−9サイドワインダー×4

兵器類機外最大搭載量

11,113kg

乗員

1名(単座型)、2名(複座型)

機体初飛行

1972年7月27日(原型機YF−15)

 

 

 

タハ乱暴「…まさか『古代種』で戦闘機を書くことになろうとは……」

北斗「最後に書いたのが昨年の7月だから、かれこれ8ヶ月ばかり書いていないわけだが……それだけのブランクがありながらよく書く気になったな?」

タハ乱暴「いや〜、諸般の事情がありましてねぇ……。まぁ、イーグルはほとんどコンピューター制御だから描写とか楽だから……これで書くのがファントムとかだったら『古代種』終わってたかも……」

北斗「……おい」

タハ乱暴「いや、さすがにそれは冗談だけどね」

北斗「貴様の場合、冗談に聞こえんから怖い」

タハ乱暴「HAHAHAHAHA!」

北斗「……挙句、笑って誤魔化すか」

タハ乱暴「HAHAHAHAHA!」

北斗「……さっさと終わらせるか。

F−15イーグル。1967年7月のモスクワ航空ショーでソビエトが公開した戦闘機群(MiG−23、MiG−25、Su−15など)に対抗するため、米国マクドネルダグラス(現ボーイング)社が開発した全天候型制空戦闘機だ。

元々F−15は、1965年に提出された、F−4ファントムU戦闘機の後継機である長距離戦術制空戦闘機FXとして検討されていたもので、このFXは、先のベトナム戦争の戦訓を活かして、以下のような運用能力が要求された。

 

     空中戦用の戦闘機であること

     単座の長距離迎撃機であること

     視程外射程(BVR)攻撃能力を有すること

     格闘戦闘に優れた機体であること

     双発機であること

     機関砲を装備していること

 

この他に、『複座式であること』などの要求もされたが、これは原型機となったYF−15では採用されず、後にF−15Bとして生産されるまで待つことになる。

……さて、このFX開発計画では、上記の提案要求書がマクドネルダグラス社を始めとした全8社に出され、そのうちからマクドネルダグラス、ノースアメリカン・ロックウェル社、フェアチャイルド・リパブリック社の3社が選定され、1969年12月に、マクドネルダグラス社が開発担当社として制式に選定された。

F−15は電子戦用の優れた戦術電子システム(TEWS)を搭載し、AIM−7スパロー中距離空対空ミサイル、AIM−9サイドワインダー短距離空対空ミサイルなどのミサイル兵器、M61A1・20mmバルカン砲などの強力な武装を装備しているため、攻撃力ばかりに目線がいきがちだが、なんといってもF−15最大の特徴はその機動性にあるだろう。

双発のプラット&ホイットニーF100エンジンの強大な推力もさることながら、F−15は機体構造の約26.7%をチタニウム合金とし、当時としては珍しい、ボロン、カーボンなどの複合材料を多用することで、かなり軽量化が図られている。

これらの要素から得られた高い機動力は、従来の戦闘機とは一線を隔す上昇性能をF−15に与えている。

F−15は増槽や兵装を最大装備した状態ですら、最大推力による高度10000ftまでの上昇時間はたったの45秒。30000ftまでならば66秒、45000ftまでは168秒という、極めて短時間で到達することが出来る。

さらには、機体空力特性の良さと、余剰推力の大きさから加速性能にも優れ、高度35000ftでのマッハ0.9から超音速への加速時間はマッハ1.1間で約10秒、マッハ1.2間で約20秒、マッハ1.6間ですら1分を切ることも可能だ。

こういった上昇/加速性能は、迎撃戦闘機としては極めて重要で、この機動性能だけを見ても、まさにF−15イーグルは世界でも屈指の制空戦闘機であることが覗える。

 

……さて、次はF−15イーグルの武装面について。

F−15は先述したM61A1バルカン砲、AIM−7スパロー、AIM−9サイドワインダーなどの武掃を搭載することが出来る。このうち、固定武装はM61A1バルカン砲で、これはベトナム戦争の教訓によるものだ。

では、まずはそのM61A1バルカン砲から紹介しよう。M61A1は1946年に米国で開発が着手された物だが、その構想は1862年にまで遡る。明治維新の頃の時代劇で見たことはないだろうか? 複数の銃身を1つに束ね、回転させながら撃つことで単一の銃身で撃つよりも高い連射速度を獲得したその兵器の名はガトリング・ガン。そう、リチャード・J・ガトリングが開発した、ガトリング砲だ。南北戦争などで使用されたガトリング砲は、しかし、重く機動性を欠き、軽量な機関銃の登場により姿を消していった。このアイディアを復活させたのが、バルカン砲だ。

6本の銃身を1つに束ね、砲の作動を、油圧・電気または空気圧などの外部動力によって行い、カムによる装填、閉鎖、発射、開放、俳莢を行う。これによって毎分4000発、または6000発(最大7200発)という、極めて高い発射速度を獲得している。口径には数種類のバリュエーション(5.56mm、7.62mm、12.7mm、20mm、25mm、30mm)があり、F−15に搭載されているM61A1は20mm口径の物だ。

続いてAIM−9サイドワインダー短距離空対空ミサイル。赤外線ホーミング方式の短距離空対空ミサイルで、実戦で証明された信頼性と命中率の高さは折り紙つきだ。軽量、小型、撃ちっ放し可能、構造は簡単で信頼性も高く、西側戦闘・攻撃機のほとんどに搭載可能なミサイルでもある。価格も安価(1発:1000万円)で故障も少ないというのも、魅力の一つだろう。ちなみに射程は8〜10km。

最後に、AIM−7スパロー。セミ・アクティブ・レーダー・ホーミング方式の中距離空対空ミサイルで、これといった特徴はない。ちなみに1発の価格は1500万円ほどで、射程は約40kmだ。

 

……F−15は極めて優れた制空戦闘機だ。しかし、その高性能は『ハイ・スペック=ハイ・コスト』の法則を地でいっており、1機あたりの価格は約120億円と、F−4ファントムUの38億円を遥かに上回っている。それゆえに、当初米空軍はF−4ファントムU全機をF−15と交換する予定が、新たにF−16という単発の戦闘機を開発する羽目になり、海外輸出にも響いていてしまっている。

現在、F−15イーグルを導入している国は米空軍を除けば日本、サウジアラビア、イスラエルの3ヶ国のみ。1機・120億円もするF−15を何百機単位で揃えられる国は少なく、予算に余裕のある日本、サウジアラビア、そして常に戦火の危険にさらされているため、最高の兵器を必要としているイスラエル以外の国への売り込みは成功していない。

なお、日本は米国に次いで、世界最大のF−15導入国であり、その総数は203機にも及ぶ。日本で採用されているF−15は単座型のJ型、複座型のDJ型の2種類だ」

タハ乱暴「……世界最強の戦闘機、F−15イーグル。この鋼鉄の荒鷲は、F−22ラプターが開発されるまでの長きにわたって、その地位を不動のものとしてきた。聞くところによればF−22ラプターの性能は1機でF−15イーグル5機分に相当し、すでに米軍では納入が始まっている」

北斗「しかし、F−15イーグルはミラージュ2000などの新鋭戦闘機が続々と登場する中、現在でも充分戦えるだけの性能を持っている。ラプターの導入が始まったとはいえ、F−15イーグルはまだしばらく、世界中の空を飛び続けるだろう」

 

 

 

 

 

タハ乱暴「おお! 珍しく普通に終わった!!」

北斗「当然だろう? あの2人は現在、血反吐を吐きながら戦っている真っ最中だ。そうそう貴様如きに付き合っている暇などあるまい」

タハ乱暴「……うぅぅ、一応、親なのに。お前たちを作ったのは俺なのに……」

北斗「……何か言ったか?」

タハ乱暴「いえ、何でもありません!(和人達はまだしも、コイツの戦闘力でスプラッタをやられたら間違いなく死ぬ!)」

北斗「そうか……それでは皆さん、本日はこの辺りで」

タハ乱暴「ではでは〜」

 

 

 

 

 




戦闘機も色々あるんだな〜。
美姫 「本当ね〜。でも、戦闘機もコンピューター制御なのね」
いやー、知らなかった。
本編の方は、和人がボロボロだし。
美姫 「果たして、どちらが勝つのかしらね」
今のままでは、和人に勝ち目はないけど。
美姫 「いや〜、次回が楽しみね」
うんうん。それでは、次回もお待ちしてます。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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