古代……否、現代もそうであるが、まだ全天候型の兵器など皆無だった時代、雨は戦場で戦う者達にとって強力な友であり、強大な敵であった。

冷たく、凍てつくような雨は戦場の土壌を変貌させ、戦う兵士達の体力を奪い、陣形を乱し、士気を下げ、彼らの武器すらも使い物にならなくしてしまう。

一時の豪雨が、その戦争の勝敗を左右した例すらある。

今の叶和人にとって、雨はまさに強大な敵であった。

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時16分

 

 

 

 

「今の俺には……やらなければならないことが出来てしまった。命は惜しくないが……死ぬわけにもいかない」

そう、自分はまだ死ぬわけにはいかない。

彼ら(・・)を壊滅させていない以上、死んでもいいが、死ぬわけにはいかない。

「……矛盾してるぞ、それ?」

信一の言葉に、和人は一瞬だけ、瑞希や、舞達の前で見せる、あの笑顔を浮かべた。

「知っているよ。でも、矛盾していると分かっていながら、矛盾した行いをしてしまう……それが、人間ってやつだろ?」

「……まぁ、な」

和人はふっと真顔に戻って、言葉を濁す信一にさらに続けた。

「それに、死ぬわけにはいかない理由は、もう一つあるしな」

「ん?」

「いつまでも笑っていろ……って、あの(・・)約束(・・)も、まだ果たしてない。だから、死ぬわけにはいかない」

「そうか……」

その言葉を皮切りに、信一は『蒼炎の刃月』を握る五指、ゆっくりと、馴染ませるように力を籠めた。

和人も、次の跳躍に備えて、まだある程度の固さを保っている地面を、強く踏み締める。

「…………出来ることなら、俺はお前を殺したくない。4年前のお前のように、お前を生かしたまま、勝ちたいと思っている」

「……例の約束を、果たさせるために?」

「それもあるがな……だが、それよりも、なによりも……俺はお前に、生きてもらいたい」

先ほどまでとは一転した悲痛な面持ちで、信一は告げた。

刹那、和人が力強く大地を蹴り、自ら灰色の弾丸となって、信一へと迫った。

和人がそうするのとほぼ同じタイミングで、『蒼炎の刃月』が地から天に向かって走り、信一の頭上近くで反転する。

そして、そのまま一気に…………

 

 

古代種

第十四章「必殺弾」

 

 

 

――2001年1月28日、午後11時54分

 

 

 

海際に位置する四十万市でも、比較的内陸部にある北の町……大蔵町は、数年前のニュータウン開発によって高層マンションが何件も建ち並ぶようになった住宅街のひとつである。

その建ち並ぶマンション群の中に、一際広大な敷地と、巨大な建物を持った高層マンションがあった。

電鉄系大手不動産会社の高層分譲マンション……『』である。

南側は日本庭園、北側は様式庭園、東西には常緑樹の森と、まるで絵のように広々とした敷地の中に建つこのマンションは、そのほかにも様々な恵まれた環境と設備を整えているが、その割に価格が安く、購入申込者が殺到し、平均倍率70倍という高倍率で分譲された、話題のマンションである。

その4階の、4025号室。

深夜、謎の集団によって閉鎖され、住民の誰もが眠りに就かされている四十万市の中にあって、その部屋だけは、煌々と明かりを灯していた。

そして、部屋の中で、ソファに悠然と構えて、グラスを傾ける人影があった。

燐道学園高等学校社会科教師・世渡良介である。

風呂上りなのか、彼はやや上気した裸体の上に直接バスローブを羽織っていた。ゆったりと開かれた胸元から、鍛えられた大胸筋を覗かせている。

彼はグラスの中で揺れる琥珀色の液体を一気にゆっくりと味わいながら、自分の部屋以外、ほとんどの明かりが消えた町並みを眺めていた。

別段、特筆すべき点のない、ごくありふれた光景である。

しかし、市全体が完全封鎖され、住民誰もが眠りに就かされているこの時間、彼の、そんな些細な行動は、むしろ異質であった。

彼は、最後の一滴まで存分に濃厚なアルコールを味わうと、不意に、一人暮らしには広すぎる自分の部屋を、舐めるように見回した。

移動する視界の中を、次々と最新の液晶テレビやフランス製の戸棚などの家具が、よぎる。

どれも、教員の安月給で買うには厳しい品々である。

やがて、彼の視線がある一箇所に注がれ、視界の移動が、そこで止まった。

彼は空になったグラスを、これまた高級そうなテーブルに置くと、立ち上がって、視線の先……純白の壁へと歩き出した。

何の変哲もない、真っ白な壁である。絵画や写真が飾ってあるわけでもない。

彼の目的は、その壁の裏側にあった。

良介は純白の壁に指を這わせると、ある一箇所を、強く押してやった。

すると、どうしたことか。

何の変哲もないはずの壁はくるりと半回転し、中からは、縦50センチ、横150センチ、奥行き60センチほどの、収納スペースが出てきたではないか。

どうやらその壁は、最近流行りの収納ダンスが組み込んであったようである。

収納スペースには、細長いアタッシュケースが一つ、納められていた。

良介はケースを優しく、丁寧に取り出すと床に置き、蓋を開け、中にある物を取り出した。

……中から出てきたのは、なんと1挺のライフル銃だった。

それも、旧ソビエト製の高性能セミ・オート・スナイパーライフル……ドラグノフSVDという、代物である。

たしかに、いかに銃器輸出禁止法、銃刀法が制定されている日本とはいえ、民間でも競技用、狩猟用のスナイパー・ライフルを入手することは可能である。

しかし、ドラグノフSVDは軍用で、それもロシア製……冷戦構造が崩壊したとはいえ、西側の同盟国である日本で入手するのは、極めて困難である。

良介が窓に向かってドラグノフSVDを身構えると、彼の背中で、背筋がぴたりと動きを止めた。

その姿勢のまま数十秒が過ぎても、銃身はひと揺れさえしない。

「ふっ……」

含み笑いでも、漏らしたのだろうか?

良介の後ろ肩が一度だけ上下に小さく弾み、構えていたドラグノフを、そっと下ろした。

「……何を笑っている?」

不意に、低く、バリトンの利いた男の声が響いた。良介のものではない。

声のした方を彼が振り返ると、いつからそこに居たのか、本皮のソファの上に、一人の男が座っていた。

「また、貴方か……」

良介は、ひとつ溜め息をつくと、ドラグノフSVDを無用心にもテーブルに置き、自分もソファに座って、その男と向かい合った。

男は……一言で形容すれば、美しく、そして不気味であった。

肌は浅黒く長身痩躯で、一見すると、そのマスクは古く高貴なファラオの血を引いているかのように、秀麗である。

とても魅力的で、魅惑的で……神がかった雰囲気を醸し出しながら、それでいてどこか奇妙という……何も知らない人間が彼のことを見たら、それこそ、その人物は狂気に陥るのではないいだろうか? と思わせるほどに、良介の目の前にいる男は、美しくもまた、不気味であった。

「こんな所にわざわざ出向くなど、貴方も暇ですね?」

「ああ……暇で、暇で、気が狂いそうだ。最近は、あの(・・)()とも会えないし……ああ、退屈だ」

「……だからといって、退屈凌ぎに不法侵入なんてしないでくださいよ」

「ふふふふふ、お前を見ていると、この退屈もいくらかはマシになるからな」

「答えになってませんよ」

憮然として文句を言う良介に、男は上品な笑みを浮かべる。

「叶和人、吉田信一、鈴風静流…………クククククッ、本当にお前の周りは面白い。見ていて飽きない。喜ぶといい。神である私のお墨付きだ。お前はまさに、神の見世物として生まれてきたような男だ。退屈凌ぎには、ちょうどいい」

「……素直に喜べません」

「ふふふふふ……」

何が可笑しいのか、男の笑いはなおも続く。

おそらく、その笑いは今の良介の発言に対しての笑いではなく、彼自身の内からくる、思い出し笑いなのだろう。

(苦労するな)

(煩い。黙れ)

……果たして、一体それは誰の言葉だったのか?

褐色の男の笑いが鳴り響く中、良介は、次第に痛みを増していく頭を抱えながら、何度目かの溜め息をついた。

 

 

 

ある一点まで振り下ろされたところで、『蒼炎の刃月』はピクリとも動かなくなった。

どんなに力を籠めても、また、逆に力を抜いて『刃月』の重量にすべてを任せても、その刀身に架せられた拘束は一向に解けない。

一瞬、信一の中で、(運動エネルギーを『略奪』されたか?)という疑念が鎌首をもたげたが、『蒼炎』の炎を失った刀を見て、その疑惑はたちまち霧散した。

和人が『略奪』したのは『刃月』の運動エネルギーではなく、『蒼炎』の熱エネルギーだった。

……ならば、一体何が『刃月』の動きを妨げているのか?

その正体を知って、信一は驚愕と同時に、半ば呆れてしまった。

「……お前、いつ、どこでそんな技覚えたんだよ?」

どこか疲れたような口調の信一に、和人は額に玉のような汗を浮かべながら、緊迫した口調で、

「……テレビの時代劇」

と、言った。

和人は、あと数センチで額に接触……というところまで迫っていた『刃月』の刀身を、両手でしっかりと掴み取り、その進行を必死に阻んでいた。

所謂、真剣白刃取り、というやつである。

「時代劇、ねぇ……そういや最近見てねぇな……最後に見たのが、“木枯し紋次郎”の再放送だったし……」

「俺はこの間ビデオで“高田馬場の仇討ち”を見たのが最後だ」

「…………」

「…………」

「……渋いねぇ」

「お互いにな……」

何気ない、戯れの会話。

しかし、そんな会話の内容とは裏腹に、2人は内心、それぞれ別の意味で焦燥にかられていた。

本来、真剣白刃取りは実戦向けの技ではない。

敵味方入り乱れての合戦の場において、いちいち相手の刃を?む暇などあるわけもなく……また、そうした合戦の場においての主兵装は刀ではなく、それよりも間合いの広い槍である。刀を掴み取れるほど肉薄することなど、まずありえない。

第一、そうした合戦の場で使うには、真剣白刃取りはあまりにも難しすぎる技だった。

対象の動作速度を正確に読み取る優れた眼力……

どの位置で刃を止めるか、またどういった状況下で繰り出すかという冷静な判断力……

高速で動いているであろう刃を止められるだけの腕力と、その重量を支えられるだけの膂力……

そして、その後の展開をいかに有利に進めるかを瞬時に考え出す知略……

少なくとも、単純に視力を鍛え、肉体を錬磨しただけで繰り出せる技ではない。

その高難易度の技を、和人はやってのけたのだ。

やられた信一の動揺は激しく、やった和人も、まさか出来るとは思っていなかったためか、その心は揺れ動いていた。

だが、次の瞬間には、その動揺は焦燥へと変貌し、焦燥は迷いへと変わっていた。

和人は、己が繰り出した技の難易度を知るがゆえに、(二度目は出せない)と、次にとるべき行動を必死に考えていた。

信一の方もまた、これから自分がとるべき行動を考えていた。

和人に?まれた『刃月』は、よほど上手い具合に和人の掌にジャストフィットしたのか、微動だにしない。

時折、柄を握る手に力を籠め、刃を少しだけ動かしてみるも、和人の掌からは一筋の血も流れなかった。

(さて、どう攻めるかね……)

今の自分にとって最良の選択を、選ばねばならない。

だが、信一に時間的な余裕はあまりなかった。

こうしている間にも、和人の『略奪』の能力は信一の『蒼炎』の熱エネルギーを奪い、確実に蓄積していっているのだ。あまり長く、思考に時間を割くわけにはいかない。

……それから数秒ほど考えて、信一は動いた。

「…………ッ!」

まるで大地が激震するかのように、彼の足元の土壌が深く沈んだかと思うと、次の瞬間、彼の右足が、『蒼炎』を伴って空を裂いた。

“轟”と、風の嘶きとともに、信一の右足が和人の腹部に命中!

「ぐっ……!」

苦悶の表情を浮かべ、ぐっと踏みとどまる和人。

当然、そうした事態が起りうることを想定していたのだろう。

彼は信一の蹴りに備えて腹筋に力を入れていた。

細身の小柄ながら鍛えられた腹筋に弾かれ、信一の右足が、再び緩やかな土壌に沈む。

だが、信一の蹴りを受けた和人の方も、ダメージは大きかった。

爆発的な瞬発力をもって繰り出された一撃は腹筋のたてだけでは到底受け切れるものではなく、和人は衝撃で、ほんの一瞬ではあったが、バランスを崩してしまう。

しかし、その一瞬こそが信一ほどの剣士の前では、命取りとなる。

すぐに体勢を立て直そうとするも、間髪入れずに、信一は、『刃月』を握る両手にありったけの力を籠めた。

柄を握る両手首の血管が、グンッと膨張する。

『刃月』を、無理矢理にでも引き抜くつもりだ。

そうはさせじと、和人も刀身を?む両掌に目一杯、力を籠めた。刃によって傷つけられた掌から流れる血が、手首を伝う。

しかし、体格の面でも、ウェイトの面でも大きく信一に劣る和人が、腕力勝負で彼に勝てるはずもなかった。

あっさりと、和人の手から『刃月』は離れた。

それも、刀身は多量の彼の血液を吸って……

再び『刃月』を己が制御下に置くやいなや、信一はその刃を正眼に構えた。

「次は、許さねぇ」

「許すも許さないも、二度と出来そうにない」

力なく苦笑いを浮かべて、和人は『刃月』の鋭い刃によって切り裂かれた己が両掌をチラリと一瞥した。

(これで振出だな……)と、和人は思った。

さらに言うなら、掌が負傷してしまった分、振出よりもこちらの方がはるかに分が悪い。

(頼みの綱はこいつだけか……)

和人は、自らの内でくすぶる灰色の脈動を感じながら、右手を腰の拳銃ホルスターに伸ばした。

(残弾数5発。残り予備弾倉2本……)

だが、そのうちの何発が、この雨で駄目になってしまったことだろう?

それ以前の問題に、このベレッタはまだ稼働するのであろうか?

例え作動したとしても、このベレッタで信一の『蒼炎』とどこまで戦えるだろうか?

不安要素はいくつもあった。

だが、大事なことを見間違えてはならない。

大切なのは大丈夫だと仮定して、撃つしかない、ということである。

和人は……一つの決意とともに、腹を括った。

「フッ……」

不意に、和人は細く不敵な笑みを浮かべた。

不信に思ったのか、訝しげな表情で信一が言う。

「……うした?」

「いや、人間その気になったらどこまでも行くしかないと……今更ながら思い知らされてな」

「……どういう意味だよ?」

「別に深い意味はない。ただ、人間追い詰められると、なりふり構っていられないな、と……。今、俺がとろうとしている行動は、組織に属していた頃じゃ考えられないなと、思ってね」

ゆっくり……確実に……対峙している剣士にはばれないように……事は進めなければならない。

和人は、言葉を紡いでいった。

「昔は一対多の戦いが多かったからな……たった一発の拳銃弾だけで勝負を極めるなんて、ありえなかった」

「一発、だと……」

「ああ、一発だ」

信一の表情が、見る見るうちに硬化していった。

和人の言った『一発』という単語に、かなりの疑問を抱いているようである。

当然であろう。

ベレッタの9mm弾が信一に通用しないことは、すでに何度も証明されている。

それは和人の秒速5連射で撃ったとしても、同じ事である。

……にも関わらず、和人は『たった一発の拳銃弾だけで勝負を極める……』と、言ったのだ。

普通ならば、正気の沙汰とは思えない言動である。

しかし、和人の表情はいたって真剣であった。

「お前、何を考えてや…が……る…………」

そこまで言いかけたところで、信一はようやく気が付いた。

ベレッタが…和人の握るベレッタが……灰色の輝きを放っている!

「……気が付いたか? そうだ。『略奪』の能力だ。お前から奪った熱エネルギーの全部を…運動エネルギーに変えて、ぶっ放せてもらう」

「お前……そんなことしたら……!?」

「ああ、ベレッタはただじゃ済まないだろうな。下手をすれば、もう二度と使い物にならなくなるかもしれない。……だが、やるだけの価値はあるだろう。ありったけの速さのエネルギーを籠めて、初速が秒速1000メートルを超えれば、『蒼炎』が燃やし尽くす前に、お前に命中させることが出来るかもしれない……」

ベレッタの初速が秒速約350メートル。

秒速1000メートルといえば、小口径高速弾並みの速さである。

和人は、拳銃ホルスターからゆっくりとベレッタを引き抜いた。

そしてゆっくりと右腕を水平に伸ばし、左手をそっと添える。

「これは賭けだよ、信一……。俺の射撃の技術が、お前の剣技に勝てるかどうかの……な」

たった一発では、燃え尽きる以前の問題に、はずしたら、終わりである。

失敗は、許されない。

「チィ……やるしか、ねぇか……」

信一が、正眼の構えから、八双の構えへと移行する。

和人は、ふっと一瞬だけ表情を緩めて、すぐに真顔に戻った。

自然狙点は得た。

照準も合わせた。

あとは、呼吸を止め、引き金(トリガー)を引くだけである。

「勝負だ、馬鹿力……」

「まだその名で呼ぶか、軟弱者……」

2人は一瞬だけ笑いあって、同時に、動いた。

和人は右手の人差し指に、信一は己が両腕に、命を籠める……!

“ドォンッ!!!”

機関部が駆動し、銃口から灰色に輝く弾丸が離れたのと同時に、ベレッタが、ついに崩壊した。

銃身が破裂し、スライドが宙を舞う。

物凄い衝撃が、ベレッタの銃身を走り、和人の右腕に伝わった。

灰色の光が急速に衰えるのと反比例して、和人の右腕に流れる無数の血管が、激しく膨張し、ポンプのように血潮を噴き出す。

右腕中の間接という間接がはずれ、神経という神経が、分断される。

和人の全身を、常軌を逸した激痛が襲った。

「ーーーーーーーッ!!!」

だが、そんな痛みが苛んでいるというのに、彼は悲鳴を上げなかった。

「行けぇぇぇええええええッッ!!!」

和人の視線は、崩壊したベレッタから発射された弾丸に注がれていた。

秒速1000メートル……いや、1200メートルは出ているであろうか?

残念ながら、和人に視認出来たのはそこまでだった。

“ブォンッ!!!”

その後の弾丸の行方は、信一が振るった『蒼炎の刃月』の放つ蒸気によって、分からなくなってしまった。

しかし、和人は確信していた。

自らの放った弾丸が、狙いたがわず、信一……ではなく、『蒼炎の刃月』を撃ち抜くことを……

「な…に……!?」

気付いた時には、もう遅かった。

灰色の弾丸が銃口から離れたのを視認した刹那に、勢いよく振るっていたため、もう『蒼炎の刃月』を引き戻すことは叶わない。

灰色の弾丸は、寸分たがわぬ狙いで『蒼炎の刃月』に命中した。

物凄い衝撃が…ベレッタを自壊させ、和人の右腕を破滅させた衝撃が、『蒼炎の刃月』を襲う!

「グ…グ……ぬぅぅぅぅぅぅううう!!!」

必死に『蒼炎の刃月』を支えようと大地を踏み締める信一。

だが、いかに信一の腕力を持ってしても、その強大すぎる運動エネルギーを受けきることは……出来ない!

“ガンッ!”

『蒼炎の刃月』が、信一の手から離れる。

弧を描いて宙を舞う、灰色の弾丸と、『蒼炎』を失った『刃月』。

2つの凶器は、信一から数メートル離れた場所に、落下した。

唖然とする信一。

しか、和人の追撃は、すでに始まっていた。

使い物にならなくなった右腕を捨て、左腕で虚の状態にあった信一の腹を、叩く、叩く、叩く。

咄嗟に腹筋に力を籠める信一だったが、強烈な三連打の前には、ついに屈せざるおえなかった。

衝撃で吹っ飛ぶ信一。

かろうじて受身をとった信一に、和人は容赦なく蹴りを極める。

「ぐ…………ッ!」

心臓の位置を蹴られ、思わず苦悶の声を上げる信一。

しかし、そこまできてようやく、彼は反撃へと転じた。

蹴られた衝撃を利用して勢いよく地面を転がり、間合いをとった彼は、立ち上がり様に近付いてくる和人の腹筋に、強烈なストレートパンチを打ち込む。

「ぐ…ふ……!!」

あまりの衝撃に後ずさり、距離をとる和人。

2人の距離は、2メートルほどまで広がった。

信一が、息も絶え絶えに口を開く。

「はぁはぁ……お前……初めっからこのつもりで……」

「そうだ……『蒼炎の刃月』は熱エネルギーを奪っても、運動エネルギーを奪っても、どちらにしろ次の瞬間に待っているのは死だ」

だが、『蒼炎の刃月』ではなく、『蒼炎の拳』ならば……

「当たり所さえ悪くなければ、そう簡単には死なない……。熱エネルギーを奪うことだけに、専念できる……。勝機は、ある!」

和人は、震える体を奮い立たせ、ファイティングポーズをとった。

「へっ……そうかよ……!」

信一も、ぺっと血反吐を吐き、ゆっくりとスタンツを構える。

「拳で語る……じゃないがな。こっちの方が、確率的には格段に高い」

「ククク……ま、俺も矢吹丈じゃねぇがな。……そう簡単には、倒れねぇぜ?」

「長期戦は覚悟の上よ……」

「フッ……」

「ははっ……」

和人は灰色の『略奪』の力を……

信一は青白い『蒼炎』の炎を……

全身に滾らせ、2人は笑う。

やがてひときしり笑ったところで、和人は言った。

「信一……」

「なんだ?」

「……死ぬなよ」

「……お前もな」

万感の想いが籠められたその言葉を合図に、2人は、静かに、動き出した。

雨が、激しさを増した。




章末詳細解説

 

――『蒼炎』+α――

 

 

 

信一「本日のテーマは俺の古代種能力……『蒼炎』についてだ。すでにご存知の通り、炎を出すという単純(シンプル)な能力だが、使い方次第で和人の『略奪』すら無力化させることの出来る、強力な能力でもある」

和人「瞬間最大5千度の青白い炎は、信一の意思次第で自在にその規模や温度を変えることが出来、また、あいつの意思次第で燃やすものと燃やさないものを識別することも出来る。……本文中にもあったように、『刃月』のような武器に炎を燃え移らせることも可能で、信一自身が言うように、シンプルであるがゆえに強力で、汎用性も高い」

信一「燃料を燃やして発生しているわけじゃないから、普通の消化剤じゃ消化することはできねぇし、最大5千度の炎は、生半可な水じゃ消えねぇ……。まぁ、自画自賛じゃねぇが、実質、弱点もない」

和人「……まさに、使い方次第では無敵の……理想の能力と言えるな。本気で『蒼炎』の炎を消そうと思ったら、数十万トンクラスの水を一気に浴びせるしかないだろう」

信一「……とまぁ、大体これぐらいなんだが……」

和人「……ふむ、やはりシンプルであるがゆえに説明もすぐに終わってしまったな」

信一「…………だなぁ。タハ乱暴をいびろうにも、あいつ、この間のが相当ショックだったのか、置手紙残してどっか行っちまったし……」

和人「置手紙?」

信一「ほら、コレ」

和人「どれどれ……」

 

『しばらく旅に出ます。探さないで下さい。   by タハ乱暴』

 

和人「…………仕方ない。もうひとつだけ紹介しておこうか」

信一「……? 何を解説するんだよ?」

和人「ほら、第十一章で俺は二丁のベレッタを使ったろう?」

信一「……ああ、M3032トムキャットな」

和人「あれの解説はしていなかったからな。この場で、少し紹介しておこう」

 

 

――ベレッタM3032トムキャット――

 

 

 

タイプ

セミ・オートマチック・ピストル

口径

7.65mm×17(32ACP)

全長

125mm

銃身

61mm

重量

410g

装弾数

+1発

ライフリング

6条右回り

初速

293m/s

開発

伊国、P・ベレッタ社

 

 

 

信一「ピエロト・ベレッタといえば有名なのが散弾銃だが、総合銃器メーカーの性質を持つこの会社は、こういった小型拳銃も生産している」

和人「ベレッタM3032トムキャットは、ハンマー露出式のダブル・アクション・トリガーを組み込んだ護身用小型拳銃だ。全長125mmという小粒ながら、32口径の弾丸を7発装填することが出来る。

特徴はフレーム左側面のトリガー後方のレバーを前に押すと、銃身が跳ね上がるという機能で、これによりチャンバーの残弾を容易に取り出すことが、可能になっている

開発は1997年とまだまだ若く、これといった評価という評価はまだ定着していないが、商品的には同社のシングル・アクション小型自動拳銃……ベレッタM950Bともどもそれなりの成果を上げている」

信一「……もっとも、ベレッタ社は拳銃部門だけでもM92FS、M9000、M81FS、M84FS、M1950、M1934と、数々の良銃を排出しているからな……ちょっと、目立たないかもしれねぇな。メディアによる宣伝もされてねぇみたいだし」

和人「銃に限らず、武器、兵器というものはみな商品にすぎない。それがどれほど強力で、意欲的なものであったとしても、売れなければ意味がない。そういった意味で、映画にも出演しないこのトムキャットの知名度の低さは、メイン市場である米国や、ヨーロッパ各国以外の市場においては致命的と言える。

実際、日本のエアガンメーカーも、モデルガンメーカーも、どこもこのトムキャットは生産していない。だから、画像も手に入らなかったんだがな」

 

 

 

和人「……さて、今度こそこれで終わりだな」

信一「そうだな……んじゃ、お開きにしようか」

和人「ああ……それではみなさん、ごきげんよう」

信一「次回、タハ乱暴が帰ってくることを祈りつつ……See you again.

 

 

 




お互いに武器を失い、拳での戦いへと。
美姫 「最後には大の字に倒れて、夕日の中、お互いの健闘を湛えあうのかしら」
いつの時代のドラマだ、それは。
美姫 「それにしても」
うわー、なかった事にしやがったな。
美姫 「…それにしても! 今回、謎の人物の登場ね」
どうやら、神様らしいけど、どう関わってくるのか。
美姫 「次回もまた楽しみに待ってますね」
お待ちしております。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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