『拝啓、晩冬の候、貴国ますます盛栄なこと喜ばしく思っております。戦時下の動乱の世にあって貴軍の……特に貴殿、ヘリオン・ブラックスピリット殿の活躍は遠い我々の地にも届き、多くのPCゲームユーザーを感銘させると同時に身悶えさせているとも存じております。

さて、今回、貴君にこのような書状を投書したかと言いますと、実は貴君に無理を承知でお願いがあり、また無理を承知でそのお願いを遂行していただきたいからです。

その願いとは、ある男に対して貴君の十八番とでも言うべき“ある技”をしていただきたいことであり、そのために一度、ハイペリアに来て返事を聞かせてもらいたい次第であります。

初めから無理を承知での願いでありますので、お聞き入れいただけないのは覚悟の次第であります。ですが、どうか一度だけでも検討していただけないものでしょうか?

是非、宜しくお願い致します。

 叶 和人

敬具』

 

 

 

「……ってなことが書かれてたけど……」

「はぁ……でも、わたしにはハイペリアからこの手紙が着たってことぐらいしか分からなかったんですけど……ところでユート様」

「ん、どうした?」

「ハイペリアってどうやって行くんですか?」

「…………さぁ?」

 

 

 

……などと、遠い世界でそんな会話が繰り返されていることなど露知らず、叶和人、吉田信一の死闘はより熾烈なものになろうとしていた……

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時13分

 

 

 

「…………それが、守ってやれなかった俺が出来る、あいつに対する、唯一の償いだから……」

灰色の輝きはやがて和人の全身の毛の先、手足の爪の先にまで及んだ。

月下に映えるその姿は、幻想的ですらある。

信一が、灰色の輝きを放つ和人を見て、忌々しげに言った。

「……『灰色の略奪者』……」

「そう呼ばれるのが懐かしいな……『灰色の略奪者』、『監獄の燕』か……そしてお前が、『蒼炎の剣士』、『破滅の鷹』だったな……」

「どちらもかつてのお前の異名……いや、『灰色の略奪者』は未だ健在か……」

「さて……な……」

言って、和人はファイティングポーズをとった。

「健在かどうかは、お前が確かめろ」

信一も『刃月』を構える。

いかなる攻撃も防御も、“無為”と化す剛の居合の構え……

「いくぞ……馬鹿力!」

和人が吼える。

「こい……この軟弱者!」

信一も吼える。

和人が、大地を蹴って、飛燕の如く宙へと躍り上がった。

全身の筋肉を躍動させ、灰色に鈍く輝く拳を振りかざす。

『刃月』が、唸りを上げて空を舞う和人に迫った。

いかなる攻撃も防御も、“無為”とせしめる、必殺の一撃……

無謀にも和人は、それと真っ向から対決しようとしていた。信一へと迫る拳の勢いは、いささかも衰えない。拳で『刃月』を、受け止めるつもりなのだ。

鋼鉄の如く鍛えられた拳……とはよく言ったものである。

しかし、どれだけ鋼鉄並みに鍛えたところで、所詮、生身の拳は生身の拳。

どれだけ優れたナックルガードやグローブを装着していたところで、本物の刃には敵わない。

まして、備前長船『刃月』という銘刀と、吉田信一という剣士のコンビが繰り出す、『無為』の斬撃……

よくて腕一本、最悪、命すら落としてしまうだろう。

それを承知で、和人はあえて『刃月』を拳で受け止める気なのだ。

無謀としか……言い様がない。

「はぁぁぁあああああッ!!」

「うぉぉぉおおおおおッ!!」

2人の男が、2匹の獣が、2羽の鳥が咆哮し、刃と拳が、激突した。

 

 

 

古代種

第十三章「異能の力」

 

 

 

かつてこの地球を支配していた、クトゥルフの邪神……

彼らと、彼らの眷属を駆逐するために生み出された人間は、天使が翼を与えられたのと対をなすかのように、異能の力を授けられた。

それが、古代種の特殊能力である。

強靭な肉体も、優れた知略もすべて無為と帰す強大なその力は、時代の流れに翻弄されながらも現代まで生き続け、今もなお、人々の知らない、光すら届かぬ闇の中で使われている。

ある者は己が欲望を満たすために……

ある者は大切なものを守るために……

ある者は古の怨念を断ち切るために……

ある者はただ言われるがままに、ある者は偽りの事実に翻弄されながら……

みながみな、それぞれがそれぞれ、異なった事情を持ち、その力を振るっている。

……では、彼らは何のためにその力を振るい、戦っているのだろうか……?

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時1

 

 

 

…………ありえないことが、信一の目の前で起こっていた。

勢いよく振り抜かれた刃は、確実に和人の拳を切り裂き、彼の胴体にまで及ぶはずだった。

それが、今、目の前で繰り広げられている光景はどうしたことか?

「…………」

和人は、無言で拳を突き出していた。その拳の少し先で、『刃月』が振り抜かれた状態のまま、静止している。

信一の放った『無為』の一撃は、確かに、吸い込まれるように綺麗に極まった。

……正確には、極まるはずだった。

なんと、そのまま突き進んで和人の拳を切り裂くはずだった『刃月』は、その拳を前にして急激に勢いを落とし、ついにはこうして、止まってしまったのだ。

そして、『刃月』の速度が衰えるのと対応するかのように、突き出された和人の拳の灰色の輝きは、いっそう鈍く、輝きを増していた。

「『略奪』の能力(ちから)、か……」

呟いて、信一は『刃月』を握る両手にさらなる力を籠め、刃を引き戻した。

和人が、ニヤリと冷笑を浮かべ、再びファイティングポーズをとる。

信一は、『刃月』を正眼に構え、言葉を続けた。

「久々に見たな、その輝き」

「最後に見せたのも……あの戦いだったな」

「お前の異名……『灰色の略奪者』の由縁……古代種のお前が授かった、異能の力……」

この世界の万物には、すべからくエネルギーが宿っている。ここで言うエネルギーとは、なにも科学的なエネルギーに限らず、概念的なエネルギーも含む。

例えば、温度がそうだ。炎の温度、水の温度、石の温度、人の体温……摂氏何度と表されるそれは、紛れもない熱エネルギーなのである。

「この世の万物に宿る力……エネルギー……。それらのエネルギーを奪い、自分の都合のいいように変化させる特殊能力……『略奪』……」

そう、それこそが和人の能力なのだ。

この世界の万物に宿る様々なエネルギーを、自在に奪い、自在に変換する能力……『略奪』。

例えば和人に対して、一発の銃弾が飛来したとする。

弾丸の威力は基本的に『質量*速度*速度』から算出される運動エネルギーによって左右される。この運動エネルギーが大きければ大きいほど、銃弾の威力は増すわけだ。

もし、和人が『略奪』の能力でこの運動エネルギーを奪ったらどうなるか……?

威力の根幹である運動エネルギーを奪われた弾丸は、『運動』という行為が出来なくなり、ついには落下し、無力化する。

そればかりか、奪われた運動エネルギーは和人の体内で、彼の意思によって別のエネルギーに変換されるなどして、彼を襲った狙撃手に対して牙を剥くこととなる……

接近してそのまま運動エネルギーを叩き込んでもいいし、熱エネルギーに変えて、相手の体を燃やしてしまってもいい。

「お前、『無為』の一撃から運動エネルギーを奪いやがったな?」

「相変わらず凄まじい力だな……人間の両腕で振るっているとは思えないほどの運動エネルギーだ……すでに『略奪』し、俺のモノになっているはずなのに、まだ暴れているようだ」

一層の鈍い輝きを秘めた拳を眺め、和人は苦笑した。

笑いながらも、そのファイティングポーズが隙を見せることは、ない。

「……ったく! いつ遣り合っても厄介としか言い様のない能力だぜ」

「それはお互い様だろうが。大神一刀流は、いつも俺の予想外の手を秘めている……はなはだ厄介な存在だよ」

和人の表情に、余裕はなかった。

額からは玉のような大粒の汗が滴り、口元は、苦々しく歪んでいる。

まるで、何か焦っているような表情だった。

『略奪』の能力という、圧倒的なアドバンテージがあるというのに、である。

たしかに、それまでの戦闘で蓄積されたダメージを考えれば、たとえ『略奪』の能力が和人にあったとしても、状況を好転させられない可能性が、ないわけではない。

しかし、ダメージの蓄積量で言えば信一も和人には劣ってはいないし、ナイフを失ったとはいえ、和人にはまだベレッタがある。逆に信一には、銃器はないが『刃月』という強力な武器と、大神一刀流という術がある。

『略奪』の能力を考えなければ、状況は互角、能力を考えれば、圧倒的和人の優勢だった。

にも関わらず、何故、和人はそんな表情を浮かべているのだろうか……?

「さすがは『破滅の鷹』といったところか……」

「お前だって、『監獄の燕』も健在なんじゃねぇか?」

「……かもしれないな!」

余裕のない笑みのまま、和人は一歩踏み込んだ。

勢いよく突き出されたのは拳ではなく、灰色に輝く掌底である。

「自分の放った力で、倒れるがいいッ」

「チィッ!」

迫りくる和人の掌底を、『刃月』の刃で受け止める信一。

途端、物凄い衝撃が『刃月』を通して、信一にまで伝わった。対称的に、衰える灰色の輝き。

さきほど『刃月』から略奪した運動エネルギーを、そのまま叩き込んだのだ!

「ぐぬぬぬぬぬ…………!」

手首の血管が一気に膨張し、強烈な負荷が、彼の両腕に伸し掛かる。

さすがに『刃月』という介在物があったため、何メートルも吹っ飛ぶという、致命的隙を作るようなことはなかったが、それでも、その衝撃は凄まじい。

なにせ、腕一本をゆうに切断するほどの、『無為』の一撃に籠められた運動エネルギーを、一身に受けているのだ。

和人の掌底から、信一にその衝撃が走ったのはほんの一瞬だった。

しかし、その一瞬で放たれた衝撃を押さえ込むため、信一は唸りを上げ、懸命に、その場に踏みとどまろうとしていた。

その甲斐あってか、急速に四散していく運動エネルギー。

和人の掌底が、『刃月』から離れた。

そしてそのまま左足を軸に、右足の回し蹴りを信一の左肩に極める。

「……ぐ!!」

一瞬、バランスを失ってしまう信一。

その瞬間、『刃月』に受け止められ、四散しつつあった運動エネルギーの衝撃が、最後の一撃とばかりに、彼の体に襲い掛かった。

両腕に痺れるような鈍痛と、針で刺されたような激痛が同時に走る。

あまりの苦痛に表情を歪めた刹那、和人の拳が、連続で信一の逞しい腹筋を連打した。

強靭な腹筋を叩くたびに、反動が腕に返ってくるのも構わず、和人は連撃を続けた。

その様子は、やはり焦っているようにも、捉えられる。

最後に、一際大きなモーションで、和人は拳を繰り出した。

190センチ以上の、信一の巨体が吹き飛ぶ。

“ガシャァァァァァァアアアンッ!!!”

窓ガラスの割れる音が、夜空に吸い込まれていく。

殴られた信一は、マンションの一階の部屋に、窓ガラスを突き破って吹っ飛ばされていた。

ガラスの破片が散らばった床を転がり、うつ伏せに倒れる信一。朱にまみれ、ピクリとも動かないその様子は、傍目には死んでいるようにしか見えない。

和人は、ベレッタを抜き、彼の頭に銃口を向けた。

これだけ痛めつけた上で、信一に完全な止めを刺す気なのだ。

「悪く思うな……俺だって命が惜しい」

『命が惜しい……』その言葉には、これだけボロボロの状態になりながらも、まだ、信一には今の和人を……『略奪』の能力を使う和人を、倒すだけの牙があることを証明していた。

だからこそ、和人はこれほどまで急いで、信一を倒そうと……否、殺そうとしていたのだ。

そして、それは今、まさに実行に移されようとしていた。

「これで終わりだ……!」

ベレッタのトリガーにかかる灰色の人差し指に、力が籠もる。

素早く、しかし正確な秒速5発の超連射に、命を賭ける。

激震するグリップを支える和人の手首が膨れ上がり、強烈な連射反動を吸収して肩胛骨が、激しくピッチングした。

“パパパパパンッ!”

雷鳴のような、怒涛の5連射が、信一を襲った…………

 

 

 

――2001年1月29日午前0時

 

 

 

「本郷少尉……」

本郷少尉麾下15名の部隊が哨戒を行っている中、彼の傍らで警戒を続けるひとりが、不意に彼の名を呼んだ。

「どうした?」

状況が状況だけに、緊張した面持ちで問い返す本郷少尉。

「いえ、少し妙だな……と思いまして」

「妙?」

「はい。『鷹』と“β”ですが……4年前にも、彼らは同じように一対一の戦いをしたんですよね?」

「うむ。4年前の戦いでは、『鷹』が敗北し、“β”が勝った。これにより、厳重な守秘義務と監視下に置かれたとはいえ、“β”は組織から離れ、現在にいたる」

「自分も、資料でそのことは知っています。ですが、4年前の……まだ『鷹』が16歳だったとはいえ、若干15歳にして、組織最強の『百獣』の名を与えられたあの方が、“β”が同じ『百獣』だったとはいえ、敗北したとは、自分には到底思えられません」

「…………」

「資料にはそこまで言及されていませんでしたが、もしや少尉は、『鷹』がどうやって“β”に負けたのか、ご存知ではないのですが?」

「……たしかに、知っている」

「やはりそうでしたか……もし、差し支えなければそのとき、『鷹』はどのようにして……?」

「……いいだろう。もっとも、これは『鷹』から聞いたことなのだが、あの日、“β”は『鷹』が能力(・・)を発動する前に、自らの能力(・・)を発動し、速攻で『鷹』を倒したらしい」

「“β”の能力……? “β”の古代種能力は、それほど強大なのですか!?」

「うむ……しかしな、『鷹』の能力は、それ以上に強大だった」

「え?」

「“β”は、『鷹』の能力(・・)は、自分の能力(・・)では敵わないことを知っていた。だからこそ、“β”はあの日、速攻で……『鷹』が能力を発動させる前に、倒したのだ」

「では、もし『鷹』が能力を先に発動したり、“β”が、自分の能力を発動させても、速攻で『鷹』を倒せなかったら……」

「うむ……戦いは、4年前のときのようにはいかないだろうな」

 

 

 

…………ありえないことが、和人の目の前で起っていた。

正確な和人の射撃の下、音速を超えたスピードで銃口から放たれた5発の9mmルガー弾は、確実に信一の頭蓋を砕き、彼の頭を、石榴のように四散させるはずだった。

それが、今、目の前で繰り広げられている光景はどうしたことか?

「『蒼炎』……」

和人が、目の前で起きている奇怪な現象に、忌々しげな表情を浮かべた。形のよい唇は苦々しく歪み、強い意志を感じさせる双眸は、憤怒の色を帯びている。

心なしか、ベレッタを握る灰色の手は、少しだけ震えていた。

「うぅぅ……」

うつ伏せに倒れていた信一が、『刃月』を杖代わりにゆっくりと立ち上がった。

のろのろと緩慢な動作で、けれども、2本の足でしっかりと床を踏み締める。

傷だらけの手で前髪を掻き揚げると、そこには、朱にまみれた美貌の青年がいた。

「ふぅ……今のは、少しばかりやばかったぜ」

血まみれの顔に不釣合いな美しい笑みを浮かべ、信一は言った。

その笑顔に、こんな異質な状況下であるにも関わらず、和人は思わず見惚れてしまう。

しかし、すぐにはっとすると、再びベレッタの銃口を信一に向け、トリガーを引き絞った。

“パパパパパンッ!!”

雷鳴のような5連射が、再び鳴り響く。

5発の9mmルガー弾が、再び空を裂き、信一へと迫る。

だが、その5発の銃弾に対し、信一は何の対策もせぬまま、ただ杖代わり『刃月』を正眼に構えるだけだった。

『刃月』の一薙ぎで弾丸を撃ち落す気なのかと思えば、そうでもないようだ。『刃月』の刃は、微動だにしない。

5発の弾丸が、無情にも信一の眉間へと吸い込まれていく。

……異変が生じたのは、まさにこのときであった。

信一の瞳が……モンゴロイド特有の、黒い瞳が……蒼色へと、変わる!

直後、再び、和人の視界でありえない現象が起こった。

信一の目の前で、突如として青白い炎が出現したかと思うと、炎は信一の体を包み込み、信一を襲った5発の鉛の弾を、恐るべき高速で燃やし尽くし、溶かしてしまったのだ。

ボトボトと、液体と化した鉛の弾丸が床に落ちる。

信一が、ようやく『刃月』を振り下ろして、一歩前に進んだ。

その身は、未だ青白い炎……『蒼炎』に包まれたままである。

不思議なことに、一瞬で鉛を溶かすほどの熱量を持った炎は、彼の体はおろか、彼の身につけている服や、『刃月』を燃やすことはなかった。

これこそが、先ほど、和人の目の前で起きた“ありえない事”の、真相であった。

そう、和人がそうであるように、信一もまた、古代種だったのである。

―――能力名、『蒼炎』。

この世の不浄を清め、すべてを燃やし尽くす優しい炎の温度は、約5千度。

しかしながら、その高熱が信一や、彼の身に着ける物に燃え移ることはない。

炎が傷つけるのは彼が敵と見なしたモノのみである。

『蒼炎』の炎は、次第に勢いを衰えさせると、まるでその威力を集約させるかのように、『刃月』を包み込んだ。美しき刀身が、青白い炎と月光を受け、より美しく、鈍い輝きを放つ。

2人の距離が、3メートルほどまで縮まったところで、信一は立ち止まった。

和人も、信一も、相手を一撃必殺で倒せるのに充分な間合いである。

和人は、ベレッタによる攻撃が無意味だと悟ると、それをホルスターに収め、ファイティングポーズをとった。

信一も、手の中で燃え盛る『刃月』を、八相に構える。

「『蒼炎の剣士』…………」

灰色に輝く和人の唇から、戦慄が紡ぎ出された。

たしかに、今の信一はその形容が最もしっくり当て嵌まる。

日本人離れした長身と強靭な肉体に、青白い輝きを秘めた瞳……そして、蒼炎を纏った刃。

美しき『蒼炎の剣士』は、自分の異名を呟く男に微笑みかける。

「あんま能力は使いたくなかったんだがな……お前が『略奪』を使うんだったら、仕方ねぇ。お前の『略奪』を破るには、俺にはこれしかないんでね」

そう言って、信一は『蒼炎』の刃を振るった。

『刃月』から散った無数の青白い火の粉が風圧で押し流され、3メートルの距離を隔てている和人の頬に触れる。

肉の焦げる嫌な臭いが一瞬だけ漂い、夜風に吹き消された。

『略奪』の能力が、間に合わなかったのだろうか?

古代種の能力によって生じたものとはいえ、『蒼炎』の熱エネルギーは決して奪えぬものではない。

にも関わらず、和人の頬には、火の粉の熱によって生じた小さな火傷があった。

信一が、ニヤリと不敵な、しかし誰が見ても会心のものだと判る笑みを浮かべる。

「――4年前もそうだったが、その弱点だけは克服できてねぇらしいな」

弱点……それは紛れもなく、和人の『略奪』の能力についての発言であった。

笑顔の信一とは対称的な和人が、苦々しく応答する。

「仕方ないだろう。俺達の能力は持って生まれた不変のもの……どれほど鍛えようとも、どれほど時間が経とうとも、それ以上にもそれ以下にもなりはしない」

「ははは、違いない」

ひときしり笑って、信一はふっと真顔になると、ポケットをまさぐって、あの、紅色のバンダナを取り出し、頭に巻いた。

布の端が風でたなびく様は、さながら、『蒼炎』とは対称的な、真っ赤に燃え盛る炎を連想させる。

バンダナを巻いて、信一は再び『蒼炎の刃月』を、八相に構えた。

薄く、形のよい唇から言葉が紡がれる。

「お前の『略奪』の、唯一にして最大の欠点……2種以上の異なるエネルギーを同時に奪えないということ……」

前述したように、すべての万物にエネルギーは宿っている。

しかし、そのエネルギーが必ずしも単一で、常に同一のものとは限らない。

自然界でも多々見られるエネルギーの変換や、運動エネルギーと熱エネルギー、電気エネルギーなどを、ひとつの存在でありながら持っている、言わばエネルギー複合体とでも称すべき“雷”などが、それである。

信一の『蒼炎の刃月』もまた、最大5千度という熱エネルギーと、和人のカマイタチさえ無力化するほどの風力エネルギー……そして、膨大な運動エネルギーを秘めたエネルギー複合体なのだ。

信一が言うように、和人の『略奪』には限界がある。

それは、2種類以上の異なったエネルギーを、同時には奪えない、ということである。

「『蒼炎の刃月』の運動エネルギーを奪っても、その後に襲ってくる熱エネルギーと風力エネルギーは奪えない……ま、風力エネルギーは耐えられるだろうが、熱エネルギーには耐えられないだろうな。……かといって熱エネルギーを奪っても……」

そう、『刃月』本来の運動エネルギーを防ぐことが出来ない。

異なった2種類以上のエネルギーを奪うには、一度エネルギーを放出するか、能力を解除するなどして、奪ったエネルギーをリセットするためのプロセスが必要なのだ。一旦、リセットしてからでないと、別のエネルギーは奪えないのである。

「……さて、どうするよ、和人?」

真顔ながら、余裕を感じさせる信一の言葉に、和人は溜め息をつく。

「どうしようもないだろうが……」

呟いて、和人は鼻に何か冷たいものが触れるのを感じた。

それは信一も同じだったようで、八相の構えをとりながらも、妙に首の辺りを意識している。

ぽつん……と、今度は和人の額に冷たいものが触れた。

さらりとした液体が、頬を伝う。

「……最悪だ」

日付が変わって20分と経っていなかったが、本日何度目かの忌々しげな呟きを漏らす。

直後、それまで“ぽつり……ぽつり……”と、降っていたそれは、突如として勢いを増した。

「夕立か……?」

「ふッ、神様もさっさと終わらせろ、って言ってやがるぜ」

『蒼炎の刃月』に触れた雫が瞬時に蒸発し、蒸気をあげる。

信一は、八相の構えを解くと、静かに『無為』の構えへと移った。

右横上段に構える八相よりも、刃を左後方にし、右肩を沈めた『無為』の方が、視界を確保しやすかったからだ。さらには、『無為』の異様な構えが和人に与える、視覚的な重圧(プレッシャー)も、期待しての構えだった。

「野暮な神様だ」

呟いて、和人は『蒼炎の刃月』の動きを逃すまいと感覚を研ぎ澄ましつつ、天を仰いだ。

上空より降り注ぐ雨が額に触れるたびに、心の中で、不条理な怒りを神にぶつける。

この雨によって、たださえ劣勢であった和人の状況は、さらに決定的なものとなってしまっていた。

降り注ぐ雨は、戦い続ける2人に、平等に降り注いでいるかに見えるが、『蒼炎』の熱によって蒸発する分、実害は信一の方が少ない。

容赦なく和人に降り注ぐ冷たい雨は彼の体温を奪い、それを吸収してしまった服は、ズシリと重たくなって、彼の俊敏な動きを阻害する。繊細なベレッタと、それに装填されている弾薬は、下手をすれば使い物にならなくなってしまうかもしれなかった。

和人の表情を読んだのか、信一が寸分の隙も見せぬまま言う。

「どうする? このまま負けを認めればお前は死ぬことはねぇ……だが、あくまで挑むというのなら、さっきも言ったが、命の保証はできないぞ?」

降参するか、否か。

和人が選んだのは……

「……それは今更というものだぞ、信一」

……後者であった。

「今更、命など惜しくはない」

「死ぬのが恐くねぇのか?」

「恐いさ……それこそ、死ぬほど恐い……だがな、俺はそれに見合うことをやってきたんだ。いつ、何処で、誰とも知らない奴に殺されたって、文句の言いようがないことを、な」

「……だから、命は惜しくないと?」

「ああ……もっとも、今は少しばかり状況が違うがな」

「なに?」

「今の俺には……やらなければならないことが出来てしまった。命は惜しくないが……死ぬわけにもいかない」

そう、自分はまだ死ぬわけにはいかない。

彼ら(・・)を壊滅させていない以上、死んでもいいが、死ぬわけにはいかない。

「……矛盾してるぞ、それ?」

信一の言葉に、和人は一瞬だけ、瑞希や、舞達の前で見せる、あの笑顔を浮かべた。

「知っているよ。でも、矛盾していると分かっていながら、矛盾した行いをしてしまう……それが、人間ってやつだろ?」

「……まぁ、な」

和人はふっと真顔に戻って、言葉を濁す信一にさらに続けた。

「それに、死ぬわけにはいかない理由は、もう一つあるしな」

「ん?」

「いつまでも笑っていろ……って、あの(・・)約束(・・)も、まだ果たしてない。だから、死ぬわけにはいかない」

「そうか……」

その言葉を皮切りに、信一は『蒼炎の刃月』を握る五指、ゆっくりと、馴染ませるように力を籠めた。

和人も、次の跳躍に備えて、まだある程度の固さを保っている地面を、強く踏み締める。

「…………出来ることなら、俺はお前を殺したくない。4年前のお前のように、お前を生かしたまま、勝ちたいと思っている」

「……例の約束を、果たさせるために?」

「それもあるがな……だが、それよりも、なによりも……俺はお前に、生きてもらいたい」

先ほどまでとは一転した悲痛な面持ちで、信一は告げた。

刹那、和人が力強く大地を蹴り、自ら灰色の弾丸となって、信一へと迫った。

和人がそうするのとほぼ同じタイミングで、『蒼炎の刃月』が地から天に向かって走り、信一の頭上近くで反転する。

そして、そのまま一気に…………

 

 

 


章末詳細解説

 

―――『略奪』―――

 

 

 

りゃくだつ

@【略奪】攻めて、奪い取ること

A【掠奪・略奪】暴力で民の物品を掠め取ること

B【略奪】良い子は真似しちゃいけないこと(笑)

Aを略奪と書くのは漢字制限以後のことで、本来は別語。

 

 

 

タハ乱暴「今回は少しだけ現実から目を背け、和人の能力『略奪』の解説! ……の、はずなんだが……」

ハリオン「にこにこ……」

タハ乱暴「あの……何であなた達がここにいるんでしょうか?」

ハリオン「あらあら〜」

タハ乱暴「いや、あらあら〜……じゃなくて」

セリア「私達だって居たくて居るわけじゃありません」

オルファ「そうだよッ! 折角パパと一緒にヨフアルを食べに行こうと思ってたのに」

ナナルゥ「…………気がついたらここにいました」

タハ乱暴(あいつらか? いや、あいつらに違いない)

ヘリオン「そういえばここに来る前、ハイペリアから変な手紙が送られてきたんですけど……」

ヒミカ「っていうか、ここがハイペリアなんじゃないの?」

アセリア「……ん……前、ユートと来たところとは違うけど、多分、そう」

タハ乱暴「あ―――、とりあえず初めていいですか?」

エスペリア「私達のことは気になさらずに、自分のなすべきことをしてください」

タハ乱暴「なんだかなぁ…………古代種能力『略奪』。その名のとおり、万物に宿るエネルギーを『略奪』し、それを自分の都合のいいように変換して、使用する能力です。

とりあえず、能力の説明をする前に、まずはエネルギーとは何なのか? について少し解説しましょう」

ネリー「ちなみにタハ乱暴の理科の成績はすんごく悪いんだって」

シアー「ね、ネリー、そんな大声で本当のこと言っちゃ駄目だよ……」

ネリー「いいじゃん、事実なんだし。だから、すんごく説明が分かりづらいと思うけど生温かい目で見てあげてね」

タハ乱暴「……煩い! 理科が悪くても社会の成績は良かったんだ! だからプラマイゼロだ!」

ハリオン「でも、社会だけ(・・)だったんですよね〜」

タハ乱暴「ぐっはぁっ!」←精神に200ポイントのダメージ(残り精神力:154/354)

ヒミカ「しかも社会といっても歴史だけ」

タハ乱暴「ぐふぅっ!」←精神に120ポイントのダメージ(残り精神力:34/354)

エスペリア「ハリオン、ヒミカ、このままじゃ先に進まないじゃないですか」

ネリー「でも事実だよ?」

エスペリア「ね、ネリー!」

タハ乱暴「…………はぁ、もういいです(涙)。

エネルギーという単語は身近にありますが、そもそもエネルギーとは、一般に生物が活動したり、物体を動かしたり、物体の状態を変える源となるもので、物体を動かすなどの仕事ができる状態にあるとき、その物体はエネルギーを有しているといいます。エネルギーは、他の物体に対して仕事をする状態の違いによって、様々な種類があります。

分かりやすくいうと、物体が違えばエネルギーが異なり、同じ物体でも状態が違えばその持つエネルギーの形態や量が異なる……つまりエネルギーとは『物体がある“状態”で存在していることに対応して必然的に持つもの』ということです。なお、ここでいう物体とは物質も含まれます」

オルファ「うぅ〜難しい」

アセリア「ん……大丈夫。わたしも分からないから」

エスペリア「アセリア、それは胸をはって言う事じゃありませんよ」

タハ乱暴「さて、エネルギーがどのようなものか説明したところで、続いて和人の『略奪』について説明しましょう。しかし、基本的な説明は本文中で信一と和人が、しつこく、不自然なぐらいに語ってくれたので、あえて述べることはないと思います。

……なので、ここでは本文中では語らなかった裏設定とでもいうべき設定について語っていきましょう。

まず、和人が『略奪』したエネルギーについてですが……」

エスペリア「これには基本的に『エネルギー保存の法則』が当て嵌まります」

タハ乱暴「おおぅっ!」

エスペリア「『エネルギー保存の法則』とは『質量保存の法則』とは違うもので、これは物質エネルギーの持つ最大の特徴といえます。要するに、『物体の状態が変化してそのエネルギーの形態や量が変化しても、エネルギーの全体の量は一定に保たれる』……ということです」

タハ乱暴「さ、さすがはファンタズマゴリアの解説役……一言で済ましやがった」

ウルカ「タハ乱暴殿は無駄な話が多いですから」

タハ乱暴「……コホンッ。さて、それでは和人の『略奪』ですが……『略奪』よって奪われたエネルギーは基本的にこの法則が当て嵌まり、別のエネルギーに変換される場合も、その量が変わることはありません。100Jの運動エネルギーを熱エネルギーに変換しようと思ったら、100Jまでが限界……ということです。次に、ストックについて……」

エスペリア「ストックというのは、文字通りカズト様が『略奪』されたエネルギーの貯蔵量ということです。本文中でシンイチ様がおっしゃっていたように、カズト様は一度に2種類以上のエネルギーを『略奪』出来ない分、1種類のみならばいくらでも貯蔵することが出来るのです」

タハ乱暴「ストックしているエネルギーは何種類にも分けて使うことも可能です。

例えば、100Jの運動エネルギーを40J相当の熱エネルギー、40J相当の電気エネルギー、あとの20J相当の運動エネルギーは貯蔵……という具合ですね。……さて、最後に和人の『略奪』のエネルギー変換のプロセスについて……」

エスペリア「本文中でシンイチ様が述べているように、カズト様の能力はただ『略奪』して終わり……ではありません」

タハ乱暴「『略奪』には最終プロセスたるエネルギーの放出がああります。ただ、注意していただきたいのは、この世の中には“万能”はあっても、“全能”はありえない、ということです」

エスペリア「つまり、カズト様は全てのエネルギーを『略奪』することは可能ですが、全てのエネルギーに変換するのは不可能、ということです」

タハ乱暴「これには人間の知覚レベルが関係しています。分かりやすく言うなら志貴の直死の魔眼ですね。人間である彼の基準は、その時代の人間の限界に比例している。だから、その限界を超えたモノの死を視ようとしても、見えない……っていう、アレです。つまり、まだ人間が知らない、または解明していないエネルギーは、奪うことは出来ても、そのエネルギーに変換することは出来ない、ということです」

ファーレーン「カズト様は100Jの運動エネルギーを奪えても、100J相当のエーテルには変換出来ないということですね」

タハ乱暴「そゆこと♪ ……っていうか、100J相当のエーテルの単位自体分からないし。

ちなみに、『略奪』の能力はこのようにして放出せずとも、能力を“解除”という形で、ストックをリセットすることが出来ます」

ヒミカ「基本的にはこれぐらいかしら?」

タハ乱暴「そうですね……実はまだまだ裏設定があるんですが、それをばらすと話の展開に支障をきたす恐れがあるので、あえて割愛します」

ネリー「うぇ〜まだ小難しい設定があるの〜?」

タハ乱暴「HAHAHAHAHA! 安心しろ! この出来の悪い頭脳をそんなに働かせた暁には、脳細胞がストライキを起こすからな。この設定に関してはかなり単純明快にしてあるぞ」

セリア「本当にそうかしら?」

ナナルゥ「…………多分……無理かと……」

タハ乱暴「酷いな……少しは信用してくれ」

和人「それは無理というものだろう」

タハ乱暴「うおぅっ!! か、和人!?」

信一「俺もいるぞ」

タハ乱暴「ひ、久しぶりだな、2人とも……」

和人「いや、本当に久しぶり。あまりにも久々すぎてベレッタが錆びるところだったぞ」

タハ乱暴「い、いやベレッタの素材は大半ジェラルミンだから錆びることはないんじゃ……」

信一「ジェラルミンでも錆びることは錆びるだろ? アルミニウムが錆びるんだから」

タハ乱暴「ま、まぁそうですね、ハイ」

ネリー「ね、ねぇ、なんであんなに腰が引けてるの?」

ヘリオン「さ、さぁ……って、あなたが和人さん!?」

和人「(途端、態度を変えて)ああ、そうだよ。君に投書した、ね」

信一「ちなみに俺が吉田信一だ」

ヘリオン「…………(2人に見惚れている)」

和人「さて、手紙を読んでもらったんなら分かると思うんだけど……」

ヘリオン「……え、あ、は、はい!」

和人「頼めるかい?」

ヘリオン「も、勿論です。はい!」

タハ乱暴「ちょ、ちょっと待て! 手紙って何の話だ!?」

ヒミカ「これです」

タハ乱暴「(ヒミカから手紙を奪い取って)なになに…………なんだとぉ!?」

 

 

 

 

 

荒涼という表現がぴったりくる枯れ果てた大地に、1人の男と向かい合う形で、15人の男女が、いかにも臨戦態勢……といった感じで身構えていた。

16人が互いに纏う気配は共通の気……すなわち、殺気。

タハ乱暴「貴様らとは一度腹を割って話そうと思っていたんだがな……まさか、先にこうなろうとは……」

男……半袖のシャツにジーンズ、そして大きく『乱』と刺繍された特攻服を着た、よく分からない恰好の彼は、特攻服の下から自分の得物を取り出すと、芝居の掛かった口調で言った。

自分の役作りに相当の自信があるのだろうか、ご満悦の表情である。

15人の男女……その中で、もっとも背の高い美貌の青年は、男を忌々しげに睨みつける。

信一「もはや多くは語るまい……全力を持って貴様を…………切る!」

和人「みんな、打ち合わせどおりに頼むぞ!」

2人の古代種の声を合図に16人の殺気が、別の何かへと変貌する。

それは鋭い殺気ではなく、明確な、殺意……

最初に動いたのは、おかっぱ頭の少女だった。

シアー「怖い……けど。シアーだって〜〜!! エーテルシンクッ!!」

少女……シアー・ブルースピリットの唱えた言葉の意味を知るや、タハ乱暴はニヤリと口元に下卑た笑みを浮かべた。

タハ乱暴「バニッシュ魔法だと……馬鹿なヤツだ。俺は魔法など使わないというのに」

特攻服の下からチラリと覗く拳銃ホルスター。

そのホルスターから旧ソ連製トカレフTT33を抜いたタハ乱暴は、そのまま銃口をシアーに向け、照準を合わせる。

ウルカ「……させませぬ」

タハ乱暴の人差し指がまさにトリガーにかからんとした刹那、彼に向かって、2つの黒い影が飛び出した。

2人の黒妖精……ウルカ・ブラックスピリット、ファーレーン・ブラックスピリットである。

ウルカ「いざっ!! 月輪の太刀……行く」

ファーレーン「円月を模したこの動き、見切ることが出来ますか? 月輪の太刀!」

刀型の第六位神剣が二振り、閃光となって横V字に走る。

しかし、タハ乱暴はその刃を、2本ともどもに両の腕を盾にし、受け止めた。

ウルカ&ファーレーン「なっ!?」

タハ乱暴「馬鹿め! 常日常的に甘く(・・)ない(・・)ジャム(・・・)を摂取し続けてきた俺の肉体を覆う筋肉は、鋼以上の強度を持った、いわば鎧……ブラックスピリットの一撃など、とるに足らん」

そう言って、薄皮一枚のところで受け止めた二振りを力任せに振り払うタハ乱暴。

その表情には、ありありと余裕の色が浮かんでいる。

……しかし、その余裕は長くは続かなかった。

不意に、タハ乱暴の背後から鋭い、射抜くような声が彼の背中に突き刺さる。

信一「鋼の筋肉……まぁ、たしかに鎧だぁな。ブラックスピリットの一撃とはいえ、第六位永遠神剣の斬撃を受け止めるんだからよ」

何の気配も、力の脈動をも感じさせずに接近した彼らは、その刃を、タハ乱暴の腰部へと突き立てる。

和人「だが、どんなに強固な鎧も、継ぎ目という隙間があるように、筋肉の鎧とて例外ではない。……否、むしろ人間の肉体であるという制約からその隙間ははっきりとしすぎている」

それはすなわち、筋肉の付き難い箇所……急所。

タハ乱暴「き、貴様ら、いつの間に……?」

狼狽するタハ乱暴に向けて、2人の古代種は無情に告げる。

和人「エーテルシンクは単にバニッシュ効果を引き起こすだけではない。エーテルシンクがもたらすのは一時の静寂……」

信一「16人もいて気がつかなかったか? 俺達2人が、足音も立てずに接近したことに」

タハ乱暴「ぐ…ぐ…ぐ……お、の、れ〜〜〜!!」

憤怒の猛りを上げた直後、ズブリと、2対の刃が、彼の肉体を貫く。

激痛が彼の肉体を苛み、一瞬の緊張の直後、張り詰めた筋肉が、弛緩する。

その瞬間を狙って、彼女達は動き始めた。

ネリー「すべてを氷らせ動きを止める……。ネリーみたいにくーるな女にぴったりよね♪」

セリア「マナよ、我に従え。氷となりて、力を無にせしめよ。アイスバニッシャー!!」

本来、アイスバニッシャーには敵の赤魔法、及び青、緑の魔法をバニッシュする効果しかない。

だが、マナ……すなわち生命の振動を止めるこのバニッシュ魔法は、一瞬とはいえ、人間の動きをも止めることができる。その間、止められた対象の表面温度は限りなく摂氏零度へと近づく。

ナナルゥ「先制攻撃……決めます」

オルファ「マナよ、無形の力となれ。疾く、彼の者をなぎ倒せ! イグニッションッ!!」

……では、表面温度が限りなく摂氏零度へと近付いているその状態で、何千度もの炎をぶつけられたら、どうなるか?

急激な温度差によって、どんな強靭な肉体も、崩壊する……!

タハ乱暴「うぐおおおああああ!?」

後に出てくるのは、貧弱な本来の体……

エスペリア「ごめんない……でも私がやらないと! 精霊よ、すべてを貫く衝撃となれ。エレメンタルブラストッ!」

ニムントール「神剣よ力を解き放て。まばゆき光にて、すべての敵をなぎ払え! エレメンタルブラストッッ!!」

2人のグリーンスピリットのエレメンタルブラストが……!

ヒミカ「炎よ、わが剣に宿れ! いっけぇぇぇぇっ!!」

異端のレッドスピリットのファイアエンチャントが……!

アセリア「マナよ、オーラフォトンへと変われ。すべての力をぶつけるっ! はぁぁぁぁぁっっ!!」

最強のブルースピリット(ラキオスの蒼い牙)のヘブンズウォードが、タハ乱暴に炸裂する!!

その地獄の責め苦に、普通の人間と変わらぬ、否、それ以下の脆弱な肉体しか持たぬタハ乱暴が、耐えられるはずがない。

タハ乱暴「なああにィィイイイッ!」

狂った絶叫が天空に轟き、朱い血潮が、噴出する。

タハ乱暴「まだだ……まだ、終わらんぞ!」

しかし、そんなボロボロの体になりながらも、狂気に囚われた男はなおも拳を振り上げ、彼らに立ち塞がる。

信一「チィ、流石にしつけぇ」

和人「元より承知の上よ……ヘリオンちゃん!」

ヘリオン「はい!」

和人「頼んだよ」

ヘリオン「分かりました!」

タハ乱暴「こ、小癪なァァァ、今更一人のブラックスピリットごときがァァァアアアアアッ!!」

神速の疾さで地を滑るように駆けるヘリオンに、牙を剥くタハ乱暴。

刹那、ヘリオンの小さく、可愛らしい唇から、戦慄の戦慄が、紡ぎ出される。

ヘリオン「神剣よ、我が求めに答えよ。与えられし苦痛を、与えし者に返せ……」

タハ乱暴の足元に広がる、鉛色の影……

そこに一条の光明が差し込み……

ヘリオン「アイアンメイデン(鋼鉄の処女)!!」

幾千の鋼の刃が、彼の体を、貫く……!

タハ乱暴「ば…馬鹿なッ! ………こ…このタハが………」

無数の針に、神剣に、貫かれた悪魔の絶叫が、荒野に轟く。

タハ乱暴「このタハがァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

最悪の悪魔、最低の魔王、タハ乱暴……

彼の悪魔は、幾千の鋼に貫かれ、その命を絶った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人「……とまぁ、シリアスなのはこの辺までにして……」

タハ乱暴「…………ちょっとマテ」

信一「ここからはいつものノリで……」

タハ乱暴「だからマテと言っているだろう!!」

ハリオン「あらあら〜」

タハ乱暴「い、いや、あらあら〜……じゃなくって!」

和人「問答無用」

信一「ていッ!」

 

“ババババババババババッ!”(9mm機関けん銃掃射)

 

タハ乱暴「うぎゃぁぁぁああああああッッ〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

和人「貴様の敗因はたった一つだ……タハ乱暴…」

信一「たったひとつの、単純(シンプル)な答えだ………」

ヘリオン「あなたはわたしたちを怒らせてしまったんです」

タハ乱暴「へ、ヘリオンまで……うぐぅ……(泣)」




明らかになった信一の能力。
美姫 「それは、和人にとって天敵とも言えるような能力で」
天候までが信一の味方となり、ピンチだ和人!
美姫 「果たして、決着はどうなるのかしら」
和人が勝つのか、信一が勝つのか。
手に汗を握る展開〜!
美姫 「手に汗を握るといえば、今回のあとがきもバトル!」
熱い戦いが繰り広げられていた!
美姫 「まあ、結果は……」
作者は絶対に勝てない運命なのだろうか……。
美姫 「本人次第よ、そんなの」
俺は、お前に勝てる気がしないんだけどな。
美姫 「それはあたりまえの事じゃない」
さいでっか。
美姫 「さて、それじゃあ、今回はこの辺にして」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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