――2001年1月29日、午前0時8分

 

 

 

「りゃあああッ!」

裂帛の気合とともに、和人が飛燕の如く信一の頭上を飛び越える。

190センチ近い長身を軽々と飛び越えられた信一は、さして驚く事も無く、深く踏み込んだ和人のダブルパンチを受け止める。

――が、それでも身体は完全に衝撃を受けきれず、彼の意思とは関係なしに、2歩、3歩と後退さってしまう。

「ぐッ」

背筋を突き抜けるような衝撃が走り、信一が深く呻いた。

立ち上がる信一の原を、胸を、横面を、目にも留まらぬ速さで和人が殴打する。

だが、信一とてやられてばかりではない。

和人の顎を、信一がすくうように蹴り上げる。

和人が、両腕をクロスさせて防ぐ。

その瞬間をとらえて、信一が和人の手首をがっしりと?んだ。

「……チィッ」

物凄い力であった。

渾身の力で引き抜き、振り解こうとするも、手首はピクリともせず、逆に締め付ける力は強くなっていった。

刹那、信一の巨体が沈み、和人の体が、弧を描いた。

壮絶な一本背負い!

和人の体が弾丸のように宙を舞って、地面に叩きつけられた。

仰向けの体勢から、和人がダブルフックを放つ。

苦痛に顔を歪めながらの逆襲は、先ほどの銃撃戦で負った傷に命中。今度は、信一が顔を歪める番だった。

その隙を縫って、和人が立ち上がって距離をとる。

その一連の動作は、俊敏であり、かつ流麗であった。そして、それは信一も同じである。

2人とも、あれほどの銃撃戦を繰り広げたにも関わらず、動きはいささかも鈍っていなかった。

恐るべき体力と、精神力である。

「…………」

信一が、いつの間にか7・8メートルほどにまで開いてしまっていた距離をじりじりと詰めながら、腰の『刃月』に手をのばす。

和人の視線が、一段と鋭くなり、信一を睨みつけた。

2人の距離が5メートルほどまで狭まって、信一が、口を開く。

「…………斬る」

ついに、備前長船『刃月』の鯉口が切られた。

刹那、一陣の風とともに、一条の光線が矢の如く和人の胸に迫った。

和人の体が、飛燕の如く中に躍る。切っ先が、和人の前髪をハラリと2・3本散らしていく。

着地と同時にシャドウVをシースから抜いて、今度は和人が迫った。

信一が、『刃月』を振り上げる。

刃と刃が激しくぶつかりあって、火花を散らす。

2つの体が、絡まるように大地を縦横無尽に動き回り、ある時、バッと左右に分かれた。

信一が、息ひとつ乱さぬまま、『刃月』を逆下段に構える。紅のバンダナの下の双眸が、燃えるような目で和人を見据えた。

その構えからは、微塵の隙も感じられない。

一方の和人は、シャドウVを正眼に構え、ジリッと信一に迫った。

『刃月』が、滑るように地面を這い、下から救い上げるように和人の顔面を襲う。

シャドウVが、『刃月』の剣先を、右へと払い除ける。

信一が横に飛んで、和人の胴を、円を描くようにして鋭く払った。

和人のアサルト・スーツが切り裂かれ、薄く血が滲む。

「大神真刀流奥義之壱、『円舞』……」

信一が、逆下段のまま呟いた。

和人の表情が、静かに硬化する。

恐るべき剣技であった。

今までに数多の刺客と戦い、何発もの銃弾を躱してきた和人の服が、いとも簡単に切り裂かれたのだ。

そして、切られたのはスーツだけではない。

第一撃を払い除けたシャドウVもまた、ブレードは砕け、亀裂が走っていた。フルタング以上という自慢の、強靭な硬度はまったくといっていいほど意味をなしていない。

和人は、いつ攻撃が来ても瞬時に躱せるよう、身構えた。

鍛造カーボンスチール製のブレードを砕き、変幻自在の剣法を可能とする、信一の重くて軽い一撃である。

まともに受けては、命の保証はない。

信一の一挙一動に全神経を向けながら、和人が、別のシースから新たなナイフを抜く。

全長500mm、刃渡り300mmという巨大な、いわゆるランボーナイフというやつだ。

和人が、余裕のない笑みを浮かべる。

「驚いた」

「なにがだよ?」

「4年前に受けたときより、段違いに重く……それに速くなっている」

「…………お前に負けたあの日から、俺は基礎の基礎から徹底的にやり直した。2年間は基本身体能力の向上に努め、後の2年は技を磨きに磨きまくった。自慢じゃねぇが、4年前の3倍は強いぜ?」

「厄介……だが」

そう言って、和人はランボーナイフを水平に構える。

「俺とて、この4年間、何もしていなかったわけではない……」

ニヤリと冷笑を浮かべて、和人は刃を突き出すように、信一に斬りかかった。

 

 

 

第十二章「刃散るとき」

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時8分

 

 

 

本郷少尉麾下の部隊が件のトラックをノクトビジョンゴーグルで捉えたのは、ちょうど和人と信一の戦いがひと段落つき、互いに刃を抜きあったまさにそのときであった。

本郷がトラックをよく観察してみると、なるほど、たしかに不信な車であった。

ナンバープレートがないのもそうだが、牽引する車輛の大きさと比較して、コンテナの方が不自然なほど大きい。加えて、単に貨物を運ぶにしては、その造りは頑丈すぎるようにも思える。

「コンテナの大きさからして……20人でしょうか?」

茂みに潜んでいる別の若い隊員が、静かに言った。

若い隊員は、ノクトビジョンゴーグルとレスピレーターをはずして、素顔を露わにしていた。これでボディアーマーの存在さえ隠蔽して、背広を着れば立派な私服警官に見えなくもない。

本郷は若い隊員にチラリと一瞬だけ視線を送ると、首を横に振った。

「いや、24人といったところだな」

そのとき、ちょうどトラックが本郷らの眼下を通り、運転手の顔が、チラリと彼らの視界をよぎった。

「ロシア人だッ」

本郷が怒鳴り声をあげ、指示を下すよりも早く、若い隊員が、アサルト・スーツの上から背広を着て、トラックの進路を遮るように、前へと出た。

トラックが、急ブレーキをかけて停車する。

若い隊員が、突然目の前に出てきて進路を塞いだ若者に、運転手が何かを言うより先に、「日本の治安機関の者です!」と、英語で叫んだ。

背広の内ポケットから、警察手帳を取り出して見せてやる。

ドアが開いて、顔を紅潮させたロシア人の男が出てきた。

若い隊員は、彼が口を開くよりも先に、滑らかな英語で一気にまくしたてた。

「現在、市内に凶悪な犯罪者が潜伏しており、市内を完全封鎖しています。もし、後ろめたい事がなければコンテナの中身を拝見させていただきたいのですか!?」

「何の権限があってそんなことを……」

「我々の行動はすべて日本政府の名の下に保証されています。逆らえば、例え外交特権保持者であっても、重要参考人として身柄を拘束させていただく」

「コンテナの中身を見せることは断る」

男が、毅然とした態度できっぱりと言い切った。

「でしたら、身柄を拘束させていただく」

「それも断る」

ロシア人が、懐から大型の自動拳銃を抜くよりも早く、本郷がアサルト・ライフル……SIG・SG550のトリガーを引き絞った。スイス製で、遠射性能に優れるSS109弾(5.56mm×45)を、30発装填している。

“ヴァラララランッ”と、フル・オートの射撃がロシア人を襲い、男の頭が、ザクロのように潰れる。

それが、開戦の合図だった。

その銃声を聞き取って、コンテナの中身がざわめき始めた。

“ゴウンッ”という電子音とともに、コンテナの扉が、その図体からは不自然なほどの高速で開く。その扉に向かって、本郷達がSG550のトリガーを引き絞った。

「ぎゃあッ」と、何人かの叫び声が鳴って、次の瞬間には、扉の中から、数本の銃口がニョキッと姿を現し、轟然と火を噴いた。

フル・オート射撃の銃声とともに、コンテナの中から、10人、20人と、AK74アサルト・ライフルを構えたロシア人達が出てくる。AK47の改良型で、5.45mmラッシャン弾(5.45mm×39)を30発装填している。

「バックアップを頼む!」

本郷が叫んで、SG550の射撃スイッチを、3発バーストに設定し、突撃した。

SG550のトリガー・システムは、シングル、3発バースト、フル・オートの三通りの射撃が出来るようになっており、3発バーストは、1度トリガーを引くと自動的に3発の弾丸を撃ち出し、それ以上の弾丸は発射されないというものである。

本郷をバックアップするため、部隊の全ライフルが、猛然と火を噴いた。一秒間に、およそ12発を撃ち出す衝撃が、隊員達の肩を揺さぶる。

ボボボンッという、ダイナマイトが爆発したような、凄まじい銃声。

茂みから飛び出した本郷の第一射で、2人が倒れ、雪崩のように降り注ぐ弾丸が、10人以上に絶叫を上げさせる。

ロシア人達が、狂ったようにAK74を乱射した。

伏射姿勢で、本郷がSG550を撃つ。

断末魔の悲鳴が、また、2つ、3つと響いた。

次第に敵の銃声が収まりつつあったそのとき、ひときわ大きな3発の銃声とともに、本郷達のいる地点から2キロほど離れた、そう高くないところで、淡い閃光が煌いた。

低度照明弾である。

先ほど、トラックの進路を塞いだ若い隊員が最後のひとりを銃剣で刺し殺したところで、本郷が小型通信端末を操作する。

「こちら本郷。第2分隊、どうした!?」

本郷が言い終えて数秒と経たぬうちに、通信機の向こうから、男の、切羽詰ったような声が返ってきた。背後の方から、けたましい銃声が聞こえる。

『本郷少尉、こちら第2分隊、風見です。現在、カラシニコフAK74で武装していると思わしき武装集団と交戦中!』

「数は?」

『約20人』

「第4分隊、神伍長!」

『はい』

「第2分隊のバックアップを」

『了解しました』

「第2小隊、山本曹長!」

『聞こえています、本郷少尉。こちらの方でも、現在、第3分隊が米国製M16A1を装備した武装集団と戦っています』

「他の小隊は?」

『第三小隊、風祭です。我が隊では第1分隊と、第4分隊が現在交戦中』

『第四小隊、葦原です。他の隊のように、戦闘はまだ行ってはおりません』

「よし、第4小隊は総力を持って『鷹』、それから“β”……叶和人を守ってくれ」

『了解』

迅速に通信を終えると、本郷は部下達にSG550に新しい弾倉を叩き込むよう指示を下す。

――が、それよりも早く、隊員たちは本郷が通信をしている間に、弾倉の交換を済ませていた。

「我々はこれより、第3分隊と合流し、市内にこれ以上の敵がいないか哨戒を開始する。敵と遭遇した場合は、速やかに相手を射殺するように。……矛盾するようだが、無茶はするな」

改めて自分も弾倉を交換し、本郷は言った。

隊員達が、一糸乱れぬ統制の下、力強く頷いた。

 

 

 

――2001年1月29日、午前0時10分

 

 

 

信一は自分の身に起きたことが信じられなかった。

たしかに自分は、和人のナイフの攻撃を『刃月』で払い、躱したはずだった。ランボーナイフの刃は、自分の身を掠りもしなかったはずである。

だというのに、この、灼熱のような痛みはなんだというのか……?

この、右肩から流れ出る血はなんだというのか……?

「……なにをしやがった?」

「空気と空気が巻き起こした渦の中心に、真空が生じることによって起こる現象……お前は、それを知っているはずだが」

「……カマイタチ」

信一が、茫然として呟いた。

なんと和人は、その超自然現象を、自らの肉体をもってして、引き起こしたのである。

それはもはや、人間業ではなかった。

「裂けろッ」

和人が、刃を振るう。

ランボーナイフが嘶くたびに、カマイタチが信一の身を傷つけていく。

アサルト・スーツが裂かれ、宙に赤い飛沫が舞った。

信一が、苦悶の表情を浮かべながら距離をとろうと地を蹴って跳躍する。

しかし、和人はそれ以上のスピードで彼を追い、カマイタチを放つ。

「…………?」

不意に、信一が何かに思い至ったように、小首を傾げた。

追ってくる和人の見えないカマイタチ攻撃を必死に躱しながら、自分の身体を舐めるように見回す。

ふと、頭に浮かんだ疑問は確信へと変わった。無意識のうちに、唇が冷笑を浮かべる。

そんな信一の態度に、和人が怪訝な表情を浮かべた。

信一が、不意に立ち止まって、『刃月』を正眼に構える。

「……見つけたぜ」

信一が、不敵な笑みを浮かべた。

「…………なに?」

「カマイタチの弱点を、な」

和人の表情が、一瞬だけカッと硬化し、元に戻る。わずか一瞬の出来事であったが、信一はその一瞬の間に起きた表情の変化を見逃さなかった。

「やはり……」と、呟いて、『刃月』の刃をゆらゆらと不気味に揺らす。

「和人……たしかにお前のカマイタチは強ェよ、だがな……」

「…………」

「だけどよ、強すぎはしねぇ。お前のカマイタチには、弱点がある……カマイタチの弱点、それは命中精度だ」

どうだと言わんばかりに大仰な仕草で、信一は宣告した。

たしかに、和人は先ほどから何回もカマイタチを放っているが、そのどれもが、急所をはずしている。出血は酷かったが、それでも、動けないほどではない。

信一の指摘に対し、和人は無言であった。

それは同時に、肯定の証でもある。

「まだお前のカマイタチは完全に達していねぇ……それなら、勝機はある」

「……それがどうした?」

「なに?」

「たしかに俺のカマイタチは完全ではない。しかし、俺にはまだベレッタがあるし、カマイタチとて、決定打にはならずとも牽制にはなる。日本刀の間合いでこれは、かなりの脅威だと思うが……」

「たしかに……な」

呟いて、信一の気配が変わった。

どういうわけか、臨戦態勢にある『刃月』を鞘に収め、全身から剣気を発し、和人の動きを牽制する。

「『円舞』も、『天槍』も、遠距離からの攻撃に対してはやっぱ弱ェ。……4年前のときも、当時俺にとって最強の技であった『天槍』は、跳躍中にお前の投げたナイフのせいで撃ち落されちまったわけだ…………だが……」

信一の右肩が沈んだ。

信一の目は、和人を見てはいなかった。視線は、地面に注がれている。

「言ったはずだぜ……俺はこの4年間、基礎の基礎からやり直し、技を、磨きに磨きまくったんだ!」

直後、和人がランボーナイフを唸らせ、カマイタチを放った。

刹那、『刃月』が地から天に向かって走り、信一の頭上近くで反転し、一気に振り下ろされた。

“月下の名刀”は空間すら断ち、カマイタチを掻き消す。

そしてその風圧は、カマイタチほど鋭利ではないものの、和人の額の皮一枚を切り裂くには、充分な威力を持っていた。

一呼吸置いて、和人の額から、薄っすらと血が流れた。

「大神真刀流、奥義之四『無為』……いかなる技も、この一撃の前では無為と化す」

「俺のカマイタチを、それ以上の風圧で掻き消しただと……」

「……さて、反撃といくか」

信一の体が沈み、右膝が、地面に触れる。右肩が、前のめりに倒れるように低くなっていく。

空をも断つ白刃が、切っ先を左後方へと向けた。

この異様な、独特の構えこそが、大神真刀流最強の居合術、『無為』の構えであった。

飛来する矢は風圧により地へと堕ち、迫りくる刃はその強力な一撃によりへし折れる。

まさに強力無比の、剛の居合であった。

……剣には、(せん)(せん)()(せん)()()の、3つの打ち方がある。

先の先とは、機先を制することである。つまり、敵が動き出す前に打つ、ということだ。

後の先は、相手を先に動かし先をとるということで、相手が動き出した後から、打って出て勝つ、ということだ。その、典型的な技こそが抜き胴である。

そして後の後とは、相手に一太刀打たせておいて後に打つことである。

居合術は、それら3つの打ち方の、いずれにも対応する術であった。敵よりも先に斬り、敵の出方を伺ってから斬り、敵に斬らせてから斬ることが出来る。

無論、言うが易し、行なうは難し……である。

だが、和人は知っていた。

目の前にいるこの男が、先の先、後の先、後の後のすべてを繰り出せる事を、彼は身を持って知っていた。

4年前の時点では習得すらしていなかったその技を、和人は知らない……。

……知らなかったが、明らかに居合術と思わしきその異様な構えに、和人はたじろぎ、攻めあぐねていた。

(迂闊に動けば……やられる……)

1分……2分……緊張が続く。

不意に、そのたじろぎを振り払うかのように、和人がランボーナイフを振り上げた。

カマイタチが連続で2発放たれ、微動だにせぬ信一の身を引き裂く。

(何故、躱さない!?)

正確には、躱す必要がないのだ。

急所に当たらず、決定打にはなりえない攻撃ならば、躱す必要はないと、信一は判断したのである。

その後も、何発かのカマイタチを甘んじて受けた信一だったが、その集中は一分の緩みもなく、途切れない。

「…………斬る」

質量すら持った剣気を放ち、信一が呟くのと、和人がカマイタチを放ったのは、ほぼ同時のタイミングだった。

“轟”と、風が嘶いた。

カマイタチの、流れと流れの間を縫うようにして、『刃月』が閃く。

美貌の青年が放った凄まじき斬撃は、まるで吸い込まれるように和人の胸を裂いた。

「馬鹿な……」

「やってる自分でもそう思う……ホント、大神真刀流には馬鹿げた技が多いぜ」

和人の手の中には、柄だけとなったランボーナイフが握られていた。

あのとき、和人は咄嗟にランボーナイフをかざし、信一の一撃を防ごうとしていた。

だが、いかなる攻撃も、いかなる防御も『無為』と化す居合は、ランボーナイフを砕き、和人のアサルト・スーツを裂いて、和人自身をも切り裂いたのだ。

「だが、人間と人間がこうやって戦ってる事自体、馬鹿げたことなんだ。これ以上、馬鹿なことやったって、あんま変わんねぇって」

「……間違いない」

和人は、今しがたできたばかりの傷口を撫で、傷の具合を確かめた。

胸の出血は酷かったが、やはり動けないほどではない。だが、これはランボーナイフを犠牲にしたからこその結果である。

もし、ランボーナイフを犠牲にして防がなかったら……和人の背筋を、ぞっと怖気が走った。

「……しかし、これでお前の獲物はなくなったわけだが……どうするよ?」

「どうする……とは?」

「降参か……否か……今なら、まだ命だけは助かるかも知れねぇぜ?」

「決まっているだろうが」

信一の言葉に、和人はフンと鼻で笑って、

「降参は……しない。それと……」

和人の瞳が、ギラリと怪し気な光を灯す。

「……まだ、俺の命をお前にくれてやるわけにはいかない」

光の色は灰色……

灰色の光が強まるに伴って、和人の両手が、やはり灰色に輝き始めた。

「…………それが、守ってやれなかった俺が出来る、あいつに対する、唯一の償いだから……」

灰色の輝きはやがて和人の全身の毛の先、手足の爪の先にまで及んだ。

月下に映えるその姿は、幻想的ですらある。

信一が、灰色の輝きを放つ和人を見て、忌々しげに言った。

「……『灰色の略奪者』……」

「そう呼ばれるのが懐かしいな……『灰色の略奪者』、『監獄の燕』か……そしてお前が、『蒼炎の剣士』、『破滅の鷹』だったな……」

「どちらもかつてのお前の異名……いや、『灰色の略奪者』は未だ健在か……」

「さて……な……」

言って、和人はファイティングポーズをとった。

「健在かどうかは、お前が確かめろ」

信一も『刃月』を構える。

いかなる攻撃も防御も、“無為”と化す剛の居合の構え……

「いくぞ……馬鹿力!」

和人が吼える。

「こい……この軟弱者!」

信一も吼える。

和人が地を蹴って宙へと飛び出し、信一が刃を振るった……

 

 


章末詳細解説

 

―――警視庁特殊急襲部隊(SAT)〜@テロに屈した国家〜―――

 

SAT関連年表(2004年12月30日現在

とき

出来事

1970年1月

日航機よど号ハイジャック事件

1971年

アラブ赤軍(後の日本赤軍)、結成

1972年5月30日

日本赤軍、ロッド空港襲撃事件

1974年9月

日本赤軍、在オランダ大使館占拠事件(ハーグ事件)

1977年9月28日

日本赤軍、日航機ハイジャック事件(ダッカ事件)

1977年10月6日

ソマリア・モガディシオ空港ハイジャック事件

1977年

『SAP』(『SAT』の前身)発足

1979年1月26日

三菱銀行畠支店籠城事件

1980年4月30日

駐英イラン大使館占拠事件

1989年1月7日

大喪の礼

1992年

東京都町田市民家篭城事件

1992年4月

警視庁刑事部捜査一課特殊犯『SIT』発足

1995年3月20日

オウム真理教団、地下鉄サリン事件

1995年6月21日

全日空857便ハイジャック事件

1996年5月8日

警視庁特殊急襲部隊『SAT』発足

1997年12月17日

在ペルー日本大使館占拠事件

2000年5月3日

西鉄高速バス乗っ取り事件

2000年7月21日

急襲・沖縄サミット

2002年5月10日

警視庁『SAT』ビデオ公開

2004年5月18日

宇都宮立て籠もり事件

 

 

 

西川「第二回戦は吉田の勝ち〜」

薫「これで叶君1、吉田君1の、まったく互角の戦いね」

タハ乱暴「ちなみに西川の予想は?」

西川「ふむ……短絡的に考えると叶だけど、吉田はまだ実力が未知数だしな……叶もまだ隠し玉を持ってるみたいだし……」

薫「悩むところねぇ……それで、今回のこのコーナーのお題は?」

タハ乱暴「おうよッ!今回のお題は、 Special Assault Team ……すなわち、警視庁特殊急襲部隊SATについてだ!」

薫「SATがどういう特殊部隊なのか? どんな戦力を持っているのか? それを知るためには、まずSATが設立するまでの経緯を知らないとね」

タハ乱暴「すべての始まりは『テロに屈した日本』……つまり、日本赤軍の成立時期にまで遡る」

西川「日本赤軍……日本人ならば、誰もが忘れてはならない名前だな。……いや、もしかしたら名前だけ知ってて、その詳細をよくは知らない人もいるかもしれないから、改めて説明しとくぞ。

1960年後半〜70年ににかけて、日本では暴力的革命を標榜する武闘派共産主義者が国内で色々なゲリラ闘争を繰り返し、社会不安を煽っていやがった」

薫「特に『ブント』って呼ばれていた共産主義者同盟……大阪を中心に活動をしていた学生の過激派達は、銃器や爆弾による武装蜂起を目的とした革命軍隊『赤軍派』を名乗って、より過激な思想を背景に、手段を選ばない公道へと移っていったの。赤軍派の最高幹部……塩見孝也は、日本憲法にもある『表現の自由』から、公然と『世界革命戦線構築』、『世界同時革命』を掲げて、日本の革命活動の拠点を全世界に求める『国際根拠地建設』構想理論を論じて、70年代には完成させると言っていたわ」

西川「この構想の実体は、北朝鮮やキューバなんかの、社会主義国にテロ活動の拠点を置いて、そこに赤軍派の活動家を送り込んで軍事訓練を受けさせ、再び日本に逆上陸して武装蜂起を決行……で、日本を共産主義国家にするっていうものだった」

タハ乱暴「一見すれば無謀で、あまりにも過激すぎるがゆえに実現不可能なこの思想は、結果的に多くのテロ犯罪を生む事になる……封切りは『日航機よど号ハイジャック事件』だった」

薫「この事件は塩見孝也の思想に共鳴した、当時大学生の田宮高麿)を含めた9人の学生メンバーが日航機よど号をハイジャックして、北朝鮮に亡命をした事件よ。そして、この事件を封切りに、赤軍派は大変貌を遂げるわ」

西川「翌年の1971年、赤軍派メンバー奥平剛士、重信房子は、中近東のベイルートに渡ってPFLP(パレスチナ解放戦線)の庇護と支援を受けて、その後参加した奥平純三、岡本公三、安田安之、丸岡修達とともに、日本発の国際テロ組織を結成した」

薫「『アラブ赤軍』……最初は、その組織をそう呼んでいたわ……でも、1974年9月に起きた、在オランダ仏大使館占拠事件……ハーグ事件以降、その組織は自ら Japan red army ……『日本赤軍』って、名乗り始めたの」

タハ乱暴「日本赤軍はそれ以前も、それ以降も幾多のテロ活動を繰り返し、ついに1977年9月28日、最悪の事態を迎えてしまう」

西川「フランス・パリ空港から日本に向けて飛び立った日本航空DC8型機が、ハイジャックされちまったんだ。ハイジャック後、ダッカ空港に着陸した日航機には、丸岡修、クアラルンプール事件で釈放せざるおえなかった佐々木則夫、坂東国男といった5人の日本赤軍が、拳銃や手榴弾で武装して乗り込んでいた」

薫「日本政府は、過去の日本赤軍の犯行に畏怖して、時の福田首相は『人名は地球より重い』として、要求を全面的に受け入れることを決定したの。まぁ、この福田発言に関しては正論だと思うし、あたしも共感するんだけど……問題は、日本赤軍が真に人質全員を解放するかどうか、一切の保証がないままに、要求を受け入れちゃったことにあったの。しかも、この要求を受け入れてしまうことは、同時に福田発言を否定しまう結果になってしまったわけ」

タハ乱暴「日本赤軍の要求は、日本の刑務所で服役中だった赤軍あの城崎勉、三井物産本社や、大成建設本社ビル爆破事件などの無差別爆弾テロを起こした東アジア武装戦線『大地の牙』の浴田由紀子、同『狼』グループの大道寺あや子、テロリストとはなんら接点のないはずの殺人犯の仁平映、泉水博の5人を釈放し、彼らに日本政府発行のパスポートと600万ドルの手土産を持たせて、日本赤軍の元に返すことだった」

西川「ちなみに当時の600万ドルは日本円換算で約16億円だ。

……日本赤軍の要求は何の隔たりもなく無事に実行され、結果として、日本は『テロに屈した国家』って印象を、全世界中に曝け出しちまったわけだな。ちなみに、当時の国際世論をそのまま抜粋すると……

『国際的責任を取らない国』

『エセ平和主義国家』

……ってな具合だ」

タハ乱暴「少し話は飛ぶが、ダッカ・ハイジャック事件のおり、実は同年10月1日にも、フランス国内旅客機ハイジャック事件というものが、まさに起きていた。

この事件ではパリ警視庁警察隊が機内に強行突入し、犯人が所持していた銃器や手投げ弾によって乗客5人が死傷したものの、犯人の逮捕に成功している。

また、同年の10月6日に発生したドイツ赤軍派によるルフトハンザ機ハイジャック事件では、西ドイツ政府はテロリストの要求を断固たる姿勢で一貫して拒否。ハイジャック機は十日間各国の空港を瞑想し、挙句、最終等着地となったソマリア・モガディシオ空港で自国の特殊部隊……ドイツ連邦国境警備隊第9対テロ部隊GSG9を投入し、テロリスト3人を射殺、1人を逮捕し、人質は無傷で全員を解放している……。

GSG9の活躍も素晴らしいが、この事件では、西ドイツ政府の対応も素晴らしかった。政府はその後、赤軍派による報復テロを警戒し、国民に向けて『テロ組織メンバーが西ドイツの国家及び秩序に対する狂信的で血生臭い闘争を激化させようとしていることは明らかである』と、警戒を呼びかけた。

国際世論はむしろ、この2つの事件でフランス政府と西ドイツ政府がとった行動の方を支持していた」

薫「これら一連のテロ事件に対して、日本が何故、これほどまでに弱かったのかっていうのは、日本政府だけじゃなくて、日本の警察機構にも、テロ対策に欠陥があったことが挙げられるわ。

もし、このとき、警察に対テロ特殊部隊があれば、政府の判断も違っていたかもしれないし、ダッカ事件と、モガディシオ事件の、あまりにも違いすぎる終幕も、なかったかもしれない……この2つのテロ事件を契機に、政府関係者、上級警察官僚から、ある構想が、国民の眼には晒されないところで、密かに湧き上がるようになったの」

西川「『特殊部隊保有論』……業界関係者は、それをそう呼んでいる。

テロのドミノ式連鎖を危惧しながら、『日本国益と国民を守るため』、『テロに屈しない国家』として、日本のテロ対策の礎となる解決策が論じられるようになったわけだ」

タハ乱暴「ダッカ事件の後……同年、1977年にすべては動き出した。警視庁の暗部で、秘密裏にハイジャック部隊・第七中隊・特科中隊等と呼ばれる部隊が組織される。

組織の名は Special Armed Police ……SAP。後に、世界でもトップクラスの実力を持つようになる、警察特殊部隊……SATの前身だ」

西川「……ただ、すべてがこれで終わったわけじゃねぇ。警察法や、警察官職務執行法と……クリアーしなきゃならない問題は山積みだったからな」

薫「……以降、SAPは1996年にSATとして、公の組織になるまでに様々な苦難の連続を迎えていったわ。ま、そういった苦難の連続が、日本の対テロ部隊をここまで強くしていったって、言えなくもないんだけどね」

タハ乱暴「……さて、今回はこれで無事、終わりそうだな」

薫「あれれ? そういえば叶君たちは?」

タハ乱暴「HAHAHA! きっと正月ボケしてるんだろ」

西川「……ってことは、今回、初めて無傷で生還?」

タハ乱暴「生きてるって素晴らしい……(涙)」

西川「じゃ、今回はこの辺で」

薫「じゃあね〜」

タハ乱暴「…………(未だ感動中)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人「さて信一、次回はあのたわけに対していかなる拷問をしようか?」

信一「う〜む……ここは無難に鋼鉄の処女(アイアンメイデン)か長靴あたりでどうだ?」

和人「鋼鉄の処女(アイアンメイデン)か……それなら、あいつのためにもあの娘を連れてこないとな……」

信一「あの娘?」

和人「あの娘だよ」

 

 

 

ヒミカ「ヘリオン、ちょっといいかしら?」

ヘリオン「? なんですか、ヒミカさん?」

ヒミカ「いえ、あなたにちょっと手紙が着ていてね……」

ヘリオン「手紙? スピリットに手紙って…一体、誰からだろ?」

ヒミカ「それが……よく分からないのよ。なんか見たこともない文字で書かれていて……」

ヘリオン「これ……ハイペリアの文字ですか?」

ヒミカ「……さぁ? もしかしたらそうかもしれないから、ユート様に訊いてみたら?」

ヘリオン「はい、そうですね」

 

 

 

信一「……なるほど、いかにもあいつの好みそうな小ささだ」

和人「だろ?」

信一「まったくもって……で、本当にやるのか?」

和人「さてな……どうするか否かは、あの男の判断次第だな」

信一「個人的には『く〜るな彼女』に氷漬けにしてもらいたいんだが」

和人「そのあとはブラック・キャットか?」

信一「いや、『先制攻撃、いきます』」

和人「(鬼や……鬼がおる……)」

信一「……いや、ここはむしろ『空間すら断絶する』あの方に手伝ってもらうか……」

 

 

 




永遠神剣「怠惰」の威力を味わえ!
美姫 「で、どんな能力が?」
ダラダラ〜。グダグダ〜。
美姫 「……えいえい」
ザクザク。
い、いたたたた!
美姫 「えいえい」
や、やめい!
全く、冗談の通じない奴だ。
美姫 「こっちも冗談よ、冗談♪」
お前の冗談は、身体に穴が開くのか!
美姫 「うん♪」
……一度、お前とは言葉の定義についてじっくりと話し合わなければいけないみたいだな。
美姫 「望む所よ」
……と、とりあえず、それは後にして。
まだ戦いは続く!
美姫 「熱いバトルに、手に汗を握るわ」
次回も楽しみにしてます!
美姫 「待ってますね」
果たして、次回のあとがきはどうなるのか。
美姫 「そちらも楽しみ〜♪」
ではでは。



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