『』
――1996年12月29日、午前0時7分
冬の夜の静寂を、何発もの銃声が引き裂いた。
乳白色の雲が流れる空の下では、黒のロングコートと、純白のロングコートが躍るように銃撃戦を繰り広げている。
2人の少年が、互いに宿命の因縁を持つ高性能自動拳銃を撃ち合い、戦っていた。
――ベレッタM92Fと、ザウェルP226。
かつて、米国制式拳銃トライアルで頂上決戦を行なった2挺の自動拳銃は轟然と火を噴き、互いの主の肉を抉り、引き千切る。
反動で傷口から鮮血が吹き出し、滝のような汗が地面へと落ちる。
「チィッ!」
新たな弾倉を叩き込み、少年……和人は、ザウェルを持った少年を狙って、ベレッタのトリガーを引き絞った。
“パパパパパンッ!”
1秒間に5発という驚異的な連射がもうひとりの少年……信一を襲う。
5発のうち、2発が頬を掠め、1発が肩を貫き、2発が腹を貫いた。
「ぐ……ッ!」
信一が、あまりの痛みに思わず唸り、仰向けに倒れる。
着ていた純白のトレンチコートに赤いシミがいくつも現れ、急速に広がっていく。
倒れた体勢から、信一がザウェルを撃った。
“バッバッバッバッ!”
和人ほどではないにしろ、信一の連射も、凄まじい。
しかし、その不利な体勢のためか、命中率は高くなかった。
4連射のうち、1発が和人の脇腹を貫いて、あとの3発があらぬ方向へと飛んでいく。
しかし、たった1発であっても、38口径の弾丸の威力は絶大であった。
和人が、もんどりうって地面を転がる。
転がりながら、和人はベレッタを撃った。
信一も、仰向けの体勢で転がりながらザウェルで反撃する。
互いの肩を、頬を、腕を……9mmルガー弾は音速で彼らの肉を引き千切り、飛び散らせる。
いつしか、和人と信一は互いにコートを脱いでいた。
コートの下から出てきたのは迷彩色に塗られたアサルト・スーツだった。2人とも、同じタイプのものを着用し、その上に、さらにボディ・アーマーを重ね着している。
すでに何発もの銃弾を受けたのだろう。
ボディ・アーマーには、無数の穴が穿たれていた。
「お互い考えることは一緒ってわけかよ……」
「……らしいな。もっとも、俺はナイフ、お前は刀だ」
腰から下げた『刃月』を見て、和人が忌々し気に言った。
信一が、ふっと余裕の笑みを浮かべて、ザウェルに新たな弾倉を叩き込む。
和人もベレッタに新たな弾倉を叩き込むと、2人は、どちらからとなく、バッと離れ、互いにトリガーを引き絞った……
第十一章「熾烈なる銃撃戦」
――2001年1月29日、午前0時0分
「痛……ッ」
灼熱の痛みが頬を襲い、信一は思わず唸ってしまった。
甘いマスクが激痛で歪み、拍子に噛み裂いてしまった口腔粘膜が出血を起こす。
最初の抜き撃ちを制したのは和人だった。
ほぼ同タイミングで懐の拳銃ホルスターから互いに拳銃を引き抜いた彼らだったが、僅差で、和人の方が早かったのだ。ザウェルの方が、ベレッタよりも全長が21mmも短かったのにも関わらず、である。
信一のザウェルから放たれた弾丸はあらぬ方向へと飛んでいき、屋上の危険防止用の金網を撃ち抜いた。
反射的に、信一は右へと地を蹴った。
右利きである和斗は、ワンテンポ遅れて信一の姿を追う。
“パンッ”
乾いた銃声が鳴って、今度は和人の頬を灼熱が襲った。
和人の体が、もんどりうって倒れ、しかし、その、不利な体勢から和人のベレッタが逆襲の咆哮を上げる。
信一は、咄嗟に地を蹴って逃げ出した。1発が左足を掠め、激痛が走った。だが、信一は逃げるのをやめなかった。
彼は、驚異的な跳躍力で金網を飛び越えると、宙へと躍り出て、下の階へと器用に飛び移った。
和人が、右手にしたベレッタを眺めて、自嘲気味に笑う。
「一発で仕留められなかったとは……」
最初の一撃で仕留めていれば、今の、一瞬の攻防すら存在しなかっただろう。
和人は、懐から20発入りのカートを取り出して、6発の弾丸を補充した。
なんと、和人はあの不利な体勢でありながら、1秒間に5発もの弾丸を撃っていたのだ。
単純に考えても、その連射速度は『300発/分』。これはすでに、ほとんど人間業を超えている。
和人はベレッタに装填されている総弾数が15発あるのを確認して、カートを懐へとしまった。
コートのポケットから、予備の弾倉を3本取り出して、ベルトに差し込む。ポケットの中には、あと5本の予備弾倉が入っている。
和人は、信一のように宙には躍り出ず、階段を使って下の階へと降りた。
屋上から最上階の6階へと差し掛かったそのとき、
“バッバッバッ”
信一のザウェルが咆え、移動中の和人を狙った。待ち伏せである。
信一の立っている位置からは、階段を使って降りた場合でも、また、屋上から飛び降りた場合でも、正確に狙い撃てる位置であった。
和人は、ベレッタで応戦しながら、隙を見て階段を一気に駆け降りた。
信一が追う。
“パパパパパンッ!”
“バッバッバッバッ!”
“パパパパパンッ!”
“バッバッバッバッ!”
狭い階段で弾丸が飛び交い、銃声が反響する。
銃弾が2人の肩を、足を、頬を掠め、肉を抉る。
和人のベレッタが、空になった。
耳の痛いのを堪えて、新しい弾倉をベルトから抜く間も与えず、ザウェルの咆哮が和人を襲う。
しかしいくらかもせずに、ザウェルの弾倉も空になった。
これ幸いとばかりに、和人は新たな弾倉をベレッタに叩き込み、高低差も気にせず、ベレッタを撃った。
「ぐ……ッ」
肩を弾丸が掠め、鮮血がバッと迸る。
堪らず、信一は苦悶の声を上げた。
その隙を突き、和人が、建物の外へと飛び出す。
痛みに耐えながらザウェルの弾倉を交換し、信一はそれを追った。
建物の出入口に差し掛かって、信一は先程交換した空の弾倉を外へと放り出した。
「…………」
……攻撃は、こない。
頷いて、建物から飛び出たそのとき、信一の体を、待ち構えていた和人の猛連射が襲った。
信一の体が、もんどりうって地面を転がる。転がりながら、信一はザウェルを撃った。
銃弾が、和人の脇腹を貫いた。
うっと口から夥しい血を吐き出して、和人はベレッタを三連射する。
銃口を離れた弾丸は、ザウェルのトリガーガードを潰し、スライドを叩き壊し、マガジンキャッチを正確に粉砕した。
転がりながらで信一の動きはかなり鈍っていたとは言え、恐るべき精密射撃である。
使い物にならなくなったザウェルを投げ、信一は再びコートの下へと手を伸ばした。
投げ付けられたザウェルを蹴り飛ばし、ベレッタを撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。
怒涛の4連射が信一を襲ったが、彼はそれらをジグザグに動いて躱し、ついに、コートの下から新たな武器を取り出した。
夜闇に目立たぬ色のシルエットを見て、和人の表情が硬化した。
「……厄介」
顔面蒼白のまま呟いて、和人がベレッタを撃つのをやめ、脱兎の如く建物の方へと駆け出した。
刹那――
“ババババババババッ!!!”
サイレンサー無しで撃ち放たれたその銃声は大地を鳴動させるかのようである。
信一が取り出したのは、日本の自衛隊や、警視庁のSAT(警察特殊急襲部隊)で使用されている、9mm機関けん銃という短機関銃であった。
極小軸受で世界シェア6割を誇る機械加工・電子機器の東証一部上場メーカー……ミネビア社が開発した、純国産の新式サブ・マシンガンである。1分間における連射は1100発という凄いもので、9mmルガー弾を25発装填することができる。
全長399mmというコンパクトなボディは、室内、船内、列車内、航空機内といった狭い空間におけるテロリストとの対決を想定しての寸法であった。
1分間に1100発という超連射が、和人を襲った。
同時刻、和人と信一が戦闘を開始した頃、街全体がすっかり眠りに就いた四十万市は、その静寂とは対称的な、異様な空気に包まれていた。
誰もが眠りに就いて沈黙を保っているはずの市内だったが、首都圏に近いとは言え、冬の夜の澄んだ空気は、些細な音であっても反響し、その足音をいっそう際立たせていた。
彼らは、迷彩塗装の施された、上下の繋がったアサルト・スーツを着用し、その上から防弾性に優れるボディ・アーマーを着て、アサルト・ヘルメットとレスピレーター、ノクトビジョンゴールグルで、顔面の全てを覆い隠していた。腰のベルトには予備の弾倉が入ったマガジンポーチを通し、肩からはサイレンサーを装着したアサルト・ライフルを下げ、大腿部にはバックアップ用の9mm口径の拳銃を収めた、レッグホルスターを装着している。
その、一見すると仰々しい姿は、まるで米国の軍隊を思わせるようであった。
彼らは、市街の各所に何人かでチームを作って、展開していた。
ノクトビジョンゴーグルで隠された双眸は、猫の子一匹逃すまいという、真剣な目付きである。
彼らは、当然ながら学生通りにも16人、いた。
6人、5人、5人のチームに分かれて、周辺の哨戒をしていた。
6人のチームはリーダーがいるのか、ワイヤレスの通信機を燐道学園の敷地内に設置し、その場からは動かなかった。
「…………」
彼らは、誰もが無言であった。
あまりにも静かすぎて、むしろそうしているだけで、不気味ですらある。
不意に、ワイヤレス通信機の赤いランプが点滅して、その静寂が破られた。
6人のうちの1人が、通信機に取り付けられた有線マイクを手に取る。
『こちら風見です。本郷少尉、応答願います』
通信機越しに聞えてくる声は、レスピレーターのせいなのか、かなりくぐもって聞こえた。
有線マイクを手に取った男が、そのままレスピレーターの中で口を動かす。
「こちら本郷、風見伍長、どうした?」
『第1小隊第2分隊第2パトロール隊が不信車を発見。交通規制が行なわれているのにも関わらず、大型トラックが1台、市街へと走行中』
「ナンバープレートは確認できるか?」
『ナンバープレートは……取り除かれているようです』
「トラックの進路は分かるか?」
『はい。第2パトロール隊の報告によりますと、現在、トラックは四十万市を南下中。……このままですと、本郷少尉の担当地域に直撃します』
「了解した。引き続き哨戒を頼む」
交信を終えて、今度は“本郷少尉”と呼ばれた男が、通信機の送信操作を行なった。
「こちら本郷、第1、第2パトロール隊、応答せよ」
しばらくして、応答があった。
『こちら第1パトロール隊、厚沢一等兵です』
『こちら第2パトロール隊、篠山一等兵……』
「すぐに合流せよ。これより、第1小隊第1分隊は、不信車と接触する」
『了解』
『了解……』
果たして、この通信は何を示しているのだろうか……?
現在、日本の自衛隊は“少尉”や“伍長”、“一等兵”といった階級は使わない。陸海空の各自衛隊に合わせて、“何等何尉”、“何等何曹”、“何等何士”などと呼称される。
つまり、現在、この日本には、“三等陸尉”や“二等空曹”といった階級呼称の、防衛力を持つ自衛隊はいても、“少尉”や“伍長”といった階級呼称を使用する、軍事力を持った軍隊は存在しないのである。
……否、存在しては、いけないのだ。
日本は、祖国防衛以外の戦争を、二度と起こしてはならない。
にも関わらず、彼らはこの日本の四十万市内に部隊を展開し、その名前は、“本郷”や“風見”といった具合に、日本人の苗字なのである。
彼らは一体何者なのか……? 何故、彼らは現在の日本には存在しないはずの、軍隊の階級呼称を使っているのか……?
それを語るには、まだ時は満ち足りていない。
しばらくして、本郷の元に10人の男達が集った。これで、全員で16人である。
彼らは、全員がアサルト・ライフルを装備していると思われたが、うち2人がサブ・マシンガンを、さらに2人が軽機関銃を手にしていた。
彼らは、ワイヤレス通信機を素早く校門のところまで持ち運ぶと、報告にあった件のトラックがくるまで、その場で待機することにした。
無論、全員が遮蔽物に隠れながら、である。
その動きには無駄がなく、たとえ僅かな体力やエネルギーでも惜しもうとする、プロの兵士の意識が見られた。
街は未だ静かである。
これから起ころうとしている、凄惨たる惨劇も知らず、人々の眠りは、深かった。
――2001年1月29日、午前0時3分
戦いが始まって、ようやく3分が経過していた。
1分間に1100発という超連射に襲われて、和人は、一目散に建物の中へと飛び込む。
あっという間に25発全てを使い切って、9mm機関けん銃の弾倉が空になった。ベレッタの反撃を恐れてか、遮蔽物に隠れながら新しい弾倉を叩き込む。
弾倉の交換を終え、信一の体が、建物を目指して『鷹』のように舞った。
和人が、建物の壁に隠れながら『300発/分』の連射速度でベレッタを撃った。
その差、『800発/分』。圧倒的と言っても過言ではない、性能差だった。
蜂の巣状態と化し、もはや隠蔽物としては何の役にも立たなくなった壁から離れ、和人がベレッタの弾倉を交換する。
信一が追って、9mm機関けん銃を撃った。
和人が、走りながらベレッタで応戦する。
弾丸が飛び交い、2人の体を傷つけていく。
ベレッタの弾倉が、空になった。
それを好機と見たか否か、9mm機関けん銃のフル・オート射撃が、和人を襲った。
弾丸が肩の肉を抉り、脇腹を貫く。
(やられた……!)
和人をして予期せぬ跳弾が、彼の右大腿部を擦過した。
耐え難い熱痛の衝撃で、ついに、和人の足がもつれ、床を転がった。
反射的に壁を蹴って、マンションの部屋へと逃げ込む。
わずかなタッチの差で、先ほどまで和人が転がっていた床は、9mm機関けん銃の掃射によって蜂の巣となった。
和人は、素早くコートのポケットから5本の予備弾倉を掴むと、1本をベレッタに叩き込み、4本をベルトに差し込んだ。
信一が、9mm機関けん銃の掃射を行ないながら部屋へと侵入してきた。
咄嗟に身を屈め、銃弾の嵐を躱す。和人の背後にあった窓ガラスが、粉砕する。
何発かが背中を掠ったが、出血はなかった。
和人が、起き上がり様にベレッタを撃った。秒とかからぬ、早撃ちである。
5発の弾丸が、寸分違わず信一の肩の肉を引き千切っていった。
怒涛の五連射の反動で、和人の傷口から夥しい鮮血が迸る。
ほぼ同時に、2人の銃は弾切れを引き起こした。
弾倉を交換する暇は―――ない。
2人は、やはりほぼ同時にコートの下へと手を伸ばしていた。2人とも、考えていることは同じである。
“バスッ”
早撃ちで信一が和人に勝てる要因はない。
信一が懐から抜き出した小型拳銃は、それよりもコンマ数秒早く抜かれた、和人の小型自動拳銃……ベレッタM3032トムキャットによって、弾かれた。
和人はそのまま、トムキャットのトリガーを何度も引き絞った。
全長125mmのコンパクトボディから放たれた32ACP(7.65mm×17)弾が、信一の頬を掠める。
信一が、バックステップで部屋から飛び出した。
数秒もせずに、“ガシャンッ”という、弾倉を取り替える音が聞こえてくる。
和人は、総弾数7発を撃ち終えたトムキャットを懐にしまうと、M92Fの弾倉を交換した。これで残りの弾倉は、今装填したものも含めて4本である。
「頼むぞ……」
すっかり熱くなった機関部を撫でて、和人が呟いた。
和人は、自分になにか言い聞かせるように頷いて、崩壊した窓から外へ出た。
完全とは言い難かったが、体勢を整えた信一が、部屋へと侵入する。
和人が窓の外に出たことを知って、信一が、その場から9mm機関けん銃を連射した。和人が、時折振り向いてベレッタで反撃する。
2人の距離が20メートルほど広がったところで、信一は走り出した。2人を隔てる距離は20メートルほどで、9mm機関けん銃の有効射程は100メートルだったが、夜という視界を狭める条件のため、やむ終えない走行であった。
和人が、ベレッタに新たな弾倉を叩き込む。残り、3本。
走りながら、和人はベレッタを撃った。
信一も、9mm機関けん銃を必死に撃つ。
互いに走りながらの射撃では、和人の方が一枚上手だった。
9mm弾が信一の大腿部を掠め、彼の体が、もんどりうって倒れる。
その瞬間を狙って、和人は呼吸を止めた。
“パパパパパンッ!”
容赦なき五連射が、信一を襲う。
信一は、9mm機関けん銃を放り投げて、転がった。放たれた5発の弾丸により、9mm機関けん銃がズバズバと粉砕される。
信一が、両腕をクロスしながら突っ込んだ。
咄嗟に銃口を向けるが、間に合わない。
「グッ」
和人が、信一の体当たりを受けて、5メートルほど転がった。
転がりながら、ベレッタを撃つ、撃つ、撃つ。
信一は、9mm機関けん銃の予備弾倉を投げて、それらを空中で受け止めた。
転がりながら、和人はベレッタの弾倉を交換し、立ち上がる。これで、残り2本……
和人は、無手の信一に対して、寛容の情けなどまったくなしに、ベレッタを撃った。
信一が、立場を逆転し、今度は逃げ出す。
先ほどの和人と違って、もう応戦する武器がないのか、信一は背を向けて走った。
和人が、追いながらベレッタのトリガーを引き絞る。
弾丸が、信一の背中に何発も命中した。190センチ近い巨体が、ガクガクと激しく震え、痙攣する。
だが、それでも信一は走るのをやめなかった。
やがて先ほどの部屋のところまできて、ついに弾丸が、彼の腿の肉を抉ったそのとき、和人は、ついに信一が朱にまみれたトレンチコートを脱ぎ捨てるのを見た。
風が舞い、コートが和人の視界を覆う。
慌ててコートを払い除けて刹那、目の前に、信一が立っていた。
「…………!」
「しゃいいいいっ!」
信一が異様な、しかし、裂帛の気合とともに咆え、拳銃を持った和人の右腕を、殴った。
無数の傷口から血液が噴出し、激痛に顔を歪める。
和人は、大きく地を蹴って、距離をとった。
「やるじゃねぇか」
「どうも……」
そう答える和人には、言葉ほどの余裕は見られない。
トレンチコートの下から出てきたのは、迷彩塗装の施されたアサルト・スーツと、その上に重ね着したボディ・アーマーだった。肘と膝にはケプラー繊維で編まれたパットを装備しており、腰のベルトには、白木の鞘に収めた『刃月』を差している。
ボディ・アーマーは、先ほどまでの一連の銃撃戦で、すでに何発もの穴が穿たれていた。
信一は、その穴だらけのボディ・アーマーを脱いで、ファイティングポーズをとった。
「……そろそろ、本気でいくぜ」
だとすれば、今までは手加減していたというのだろうか?
和人は冷笑を浮かべながら、自身もまた、ロングコートを脱ぎ捨てた。
……戦いが始まって、ようやく8分が経過した。
章末詳細解説
――9mm機関けん銃――
タイプ |
サブ・マシンガン |
射撃 |
セミ・オート/フル・オート |
口径 |
9mm×19 |
全長 |
399mm |
銃身 |
120mm |
重量 |
2.8kg |
装弾数 |
25発 |
有効射程 |
100m |
初速 |
352m/秒 |
発射速度 |
1100発/分 |
開発 |
ミネベア |
タハ乱暴「うわぁ、ありえねぇ戦いだな」
愛歌「そうね、でも、書いているのはあなたなのよ?」
タハ乱暴「いや、まあ、そうなんだけどさ……」
愛歌「まぁ、どうでもいいことだけど……これは今回の戦闘で吉田君が使っていた銃……9mm機関けん銃よ。元々は陸上自衛隊の空挺部隊向けの小火器として開発されたこの銃は、現在では警視庁のSATや、一部の自衛隊将兵、砲兵にも使われているわ」
タハ乱暴「日本が世界に誇るミネビア社が開発した短機関銃だ。隊員達からは主にM9の名称で親しまれている」
愛歌「全長399mmというコンパクトなボディのこの短機関銃は、厳密には小型短機関銃っていうジャンルに分類されるわ。かつて、世界で最も小さな短機関銃と評されたイングラムM10の大きさが540mmということを考えると、この銃が、どれぐらい“小型”なのかがよく分かるわね。
銃そのものの構造や形状は、イスラエル製のUZIサブ・マシンガンに似ていて、ミネビアはこれを参考にしたみたいね。UZIサブ・マシンガンは世界でもトップクラスの性能を持った短機関銃で、発射速度は600発/分と軒並みだけど、構造が単純で、扱いやすく、頑丈で、信頼性が高いうえ、命中精度も良く、なにより生産性が高いっていう、性能面においては、いい事尽くめの短機関銃よ。それをモデルにしているんだから、9mm機関けん銃はUZIに負けないぐらいの性能を……とはいかないのが、世の中なのよね。
構造が単純なUZIと比べて、9mm機関けん銃は精密すぎて、そういった意味では性能はUZI以上なんだけど、製造工程が複雑なために生産性はUZIよりもはるかに劣るの。1100発/分の発射速度も射撃の反動を大きくして、命中精度を犠牲にしているしね。それに射程もUZIの3分の2そのせいで、評価は人それぞれっていうのが、現状なのよ……。9mm機関けん銃は精密射撃よりも近距離に弾丸をばら撒くぐらいの気持ちで撃った方が効果的ね。
折角の高性能も、これじゃプラマイ0かしら?」
タハ乱暴「もっとも、本当にUZIをモデルにしたかどうかは定かじゃない。というより、この9mm機関けん銃はUZIをモデルにしたのか? っていう問題は、業界じゃかなりの問題に発展しているんだ」
愛歌「開発側は沈黙しているけど、ミネビアはUZIを無許可でモデルにしたみたいで、UZI製造元のIMI()社がクレームをつけたんだけど……」
タハ乱暴「未だこの問題は解決していないんだよな。困った、困った。
……なにかと不遇の目にあっている9mm機関けん銃だが、そもそも、我々国民からしてみれば、何故、陸自の精鋭部隊(G2を除く)たる空挺部隊にこんな中途半端な火器――通常、機動性が求められる部隊の小火器は突撃銃のカービンモデルが使われる。 射程距離が短く命中率の悪い短機関銃などは論外で、そもそも空挺部隊は89式小銃の折り畳みストックモデルを持っている――を使用させる事自体、不可解なんだ。むしろ、優秀な自衛隊員を危険に晒しかねない。
……もっとも、これには明確な理由があるんだけどな」
愛歌「1990年代になって、自衛隊がPKO活動で国外派遣される事となった時、国内外からは「また戦争するつもりか!」、「帝国主義の復活!」なんて騒がれちゃったのよね。それで政府が妥協案として、派兵部隊に過度の兵器を持って行かない事を約束し、その装備は機関銃数挺と、その他は護身用拳銃のみと制限したんだけど……」
タハ乱暴「PKO活動である以上、無政府状態の、治安の悪い地域に派遣されるのことは必至。大切な兵士達に、そんな貧弱な装備で行かせるにはいくら何でも忍びない。 そこで防衛庁は考えた」
愛歌「上記の約束の隙間をかいくぐるため、定義的には短機関銃であるはずの9mm機関けん銃をでっち上げて、「ストックが無いし小さいでしょ? ですからこれは機関“拳銃”です」って、護身用拳銃だと云い張ってPKO部隊に持たせたの」
タハ乱暴「純軍事的には理不尽な物でも政治的な理由などにより、まれにこの様な異形の銃が生まれる……9mm機関けん銃は、そういった例のひとつに過ぎない。
悲しいのは、このときに非難したのが海外だけでなく、国内からの非難も多かったってことだな。戦争に負けてしまった日本人は、戦うという事に対して強度のアレルギー症状を示す国民となってしまった。だから、外敵から自らを守るための戦いや備えを、侵略のための戦いや備えと同質のものと判断して、頭から拒否反応を示すところがある」
愛歌「悲しいアレルギーね。自分の国は自分で守るしかないのに」
タハ乱暴「そう、自分の国は自分達で守るしかない。それを忘れるという事は、国家の主権を放棄する事と同じで、例え大国に攻め込まれても、抵抗する事が主権の主張……独立国家が存在するという意義に結びつく。国家を……国民を守るという事は、理想論や綺麗事だけじゃ、出来やしない」
愛歌「でも、外的から身を守るための戦いや備えが、何かの拍子に、侵略のための戦いや備えにすり替わる可能性だってあるでしょ?」
タハ乱暴「まぁな。だが、政治や経済にはリスクがつきものだ。そのリスクに、いたずらに怯えていては何も出来やしない。俺の独自に入手した情報と、現在までの日本の情勢を見る限り、日本は二度と侵略国家にはならないだろうよ。第一、侵略のための条件が揃っていない。現在の時代ってのは、侵略する側は、侵略される側以上に多大な犠牲を払わないとならない。ベトナム戦争がいい例だ。いまや侵略は、どこの国家においても得策な“事業”じゃない……ある国を除いては、な」
愛歌「得策な事業じゃないことは、日本国民は過去の経験から知りすぎるほど知っているわ」
タハ乱暴「俺は敗戦国であった日本を、いまや世界経済に決定的な影響を与えかねない大国に育て上げた先人達を尊敬している。しかし、それほどの有能たる国民が、外的から自分を守るための闘いや備えにアレルギーを示すとすれば、それは義務に対して怠慢というほかない。国を守るということは、家庭を守ることであり、個人を守ることなんだ。つまり自分は自分で守るべきなんだ。他人は真剣に守ってくれはしない。頼りになるのは自分自身の備えであり、戦いの日ごろの心構えだと俺は思う。別に国民ひとりひとりがアメリカみたいに「銃で武装すべき!」とは言わないが、日々の心構えというか、意識ぐらいは持っておいた方がいいと思う……自分でも、生意気な意見だとは思うけどな」
愛歌「そうね……本当に生意気だわ」
タハ乱暴「自覚しているよ。それより…………」
愛歌「なにかしら?」
タハ乱暴「第十二章の展開はどうした方がいいと思う? なるべく、あの2人には傷付いてもらいたいんだけど」
愛歌「……今までの雰囲気がぶち壊しね。あなた、あの2人に恨みでもあるの?」
タハ乱暴「大いにある!」
和人「ほう……」
信一「へぇ……」
タハ乱暴「すいません、すいません。今のは失言でした。言葉のあやなので気にしないでくだ……」
信一「(天使の笑顔で)駄目♪」
タハ乱暴「うぐぅ」
和人「さて、ちょっとそこの路地裏まで行こうか」
タハ乱暴「和人さん、そのコートの隙間から覗いている、黒く鈍い光を放っている物は一体……?」
信一「問答無用(ズルズルとタハ乱暴を引きずっていく)」
タハ乱暴「いやぁ〜〜〜〜〜〜!!!」
愛歌「わたしのことは……無視なのね。不愉快だわ」
まだ決着は着かなかったね〜。
美姫 「いや〜、息もつかせぬ展開ね」
おまけに怪しい団体まで現われて……。
これから、一体どうなるんだろう。
美姫 「ドキドキね。果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのかしら」
次回を楽しみに待つとしよう。
美姫 「それでは、次回をお待ちしております〜」
ではでは。