「待たせてしまって済まない」
「いえ、お気になさらず……に?」

 夕食後。
 俺は約束通り時間を作り、離れにある陳宮の部屋を訪れた。
 中にいた陳宮は、入室した俺──正確には俺の背後にいる人物を見て、意外そうな表情を見せる。まあ、それも当然と言えた。何故なら、

「ふふ、こんばんは。ねねちゃん」
「……紫苑……?」

 二人で会話するつもりでいた彼女の元に、俺が同伴者を連れてきたから。 






















『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
 第五十三章






















「どうして紫苑を?」
「ん、まあ……こう言ってはなんだが。俺もどちらかと言えば自分主体で話しかけるのが苦手な方なんでな。それでいて、俺の仏頂面ではそちらも話しづらいのでは、と思ったんだ。そこで、誰かを間に入れた方が話しやすいかと思って、紫苑に声をかけたというわけだ。紫苑なら、陳宮さんも知らない仲ではないから、尚更良いと思ってな」
「ふふ……そういうこと。というわけで、ご一緒させていただくことにしたの。お邪魔しますね、ねねちゃん」
「……はいです」

 全てにおいて納得したわけではないが、とりあえずは頷いておく……とでも言ったところか。
 陳宮は紫苑の同室を認めた上で、俺たちを部屋の中へと入れてくれた。
 まあ、正直なことを言えば、朱里から陳宮という少女が人嫌いの傾向があることを聞いていたので、その対応策として紫苑を同行させたんだが。まあ、人見知りでなくても、俺みたいな男と二人だけで話すというのは、女の子にとっては心細いだろうからな。そこに紫苑が入ってくれれば安心出来るはずだろう。
 俺たちは陳宮に席を勧められ、腰を下ろした。
 そのタイミングを見計らったかのように、今度は月がノックをしてから入室し、俺たち三人分のお茶を用意してくれる。

「もう、勤務時間ではないのに、すまないな」
「いえ、お気になさらずに」

 いつものほんわかした笑みを見せつつ、月は一礼して退室した。

「…………」

 その一部始終を興味深げに見ていたのは陳宮。
 彼女の視線を感じ、その視線の意味を問うと、

「……何か気になることでも?」
「いえ……先ほどの侍女ですけど、どこかで見たことがある気がしただけです」

 こんな答えが返ってきた。
 なるほど……陳宮も元は恋と一緒に洛陽にいたんだっけ? なら、もしかすると月のことを目撃したこともあるのかもしれないな。
 とはいえ、ここで月たちの事情を説明するには時間が惜しい。
 先に本題に入らせてもらおう。

「まあ、それはともかく。呂布の情報を抜きにして、俺と話がしたいと聞いたんだが……」
「はいです」
「それは……ある程度は俺に興味を持ってもらえた、と見て良いんだろうか?」
「…………」

 沈黙。
 それが何よりの答えだった。
 それはもちろん、俺個人への興味ではないことは理解している。ならば、どういう“興味”なのかと言えば……それは君主としての俺。
 正確に言えば、

「……やはり、この一ヶ月の時間は“あなたが私を見定めるため”ではなく、逆だったんですね」
「そこに気づくあたり、さすがと言うべきか」
「…………」

 現在、呂布が身を寄せている場所の主としての俺──と言ったところか。
 陳宮という少女は聡い。
 今のやりとりだけでもわかる。彼女は恐らく俺と初めて対面した時のやりとりですでに見抜いていたはずだ。恋がここにいることを。
 そして、この一ヶ月間の“意味”も彼女は正確に理解していた。

「だからこそわからないことがあるです。どうしてこんなことを?」

 ただ、俺が彼女に与えた一ヶ月の“意味”は理解出来ても、その“目的”まではわからないようだ。
 俺が今回、陳宮という少女を城内に留まらせたのは、表向きの理由は彼女の人となりを見るため。しかし本来の理由はその逆──彼女に“高町恭也という人間”を見てもらうためだった。
 ただ、彼女は俺の本意までは見えない、という。
 俺は苦笑を返しつつ、その本意を語る。

「俺は呂布を──いや、恋を最初は戦力とすべく、彼女を仲間にした」
「仲間……ですか」
「ああ。だが、彼女と接していくうちに俺の考えは変わっていったんだ」
「…………」

 陳宮は俺の言葉を一言一句聞き漏らすまいという意思を含んだ視線を俺に向けたまま。

「恋は……あの子は、まだ知らないことが多すぎる」
「知らないこと……ですか?」
「恋はこれまで、生きるために戦ってきた。そうしなければ生き残れなかったんだろう」
「…………」

 俺はこれまで幾度も恋と話をしてきて、大体ではあるが彼女のこれまでの境遇を俺なりに推測することが出来ていた。戦わなければ生き残れない……そんな苛烈な環境だったらしいことは俺にもわかった。そして、幸運と言っていいのか、恋は生き残れるほどの素養があったらしいことも。
 だからこそ、彼女はこれまで戦ってこられた。
 彼女にとって、戦いに意味はない。ただ、生きていく上で必要だったから。
 それこそ恋からすれば戦うこととは、食事や睡眠と同じコトなのかもしれない。
 しかし、

「恋は心は幼いが、バカじゃない。きっとこれまでの苛烈な半生が影響して、心の成長は多少遅いが、それでもいつかは自らの手で犯してきた罪に気づく時が来る」

 戦うということは、決してそんなことじゃない。

「……呂布様のやってきたことが罪だと言うのですか?」

 俺の言葉が恋を責めてると感じてか、陳宮が語調をわずかに荒げた。

「あの方は、最強でなければいけなかったのですよ? 戦わなければ生き残れなかったです。生きるためには仕方のないことなんです。それが罪だと──?」
「人を殺す、という行為を“仕方のない”なんて言葉で流さないでくれ」
「──っ!?」

 陳宮が息を飲む。
 俺の方にも言葉に感情が滲んでしまったか。まだまだ俺も修行が足りないな。
 俺は不意に高ぶってしまった感情を鎮めてから、仕切り直した。

「恋のこれまでの人生で、戦うことで生き延びたことに文句を言うつもりはない。それを言える資格は俺にはない。俺だってこれまで数え切れない程に人を斬ってきたからな」
「…………」
「だが……だからこそ、人が人を殺すという罪を軽んじてはいけない。俺はそう思っている」

 俺はこの世界に来る前から、人を斬った経験がある。
 御神不破流の剣士として、実戦の中で人を殺めたことがあるからこそ、俺はその業を一生かけて背負うつもりでいる。そしてそれは、今の仲間達──愛紗たちも同じだった。
 愛紗や鈴々、朱里はこの戦乱の世で苦しむ民たちのために武器を手にして戦っている。そこには、戦う術を持たない庶人たちが虐げられてきた姿を見て、覚悟を決めるという強い決意があった。
 その決意とは、自らの手が血で穢れることを厭わぬ覚悟と、敵を殺す以上殺されることもあるという覚悟。それは、見た目が幼い鈴々ですら持ってる覚悟だ。
 しかし、恋にはそれがない。

「そして俺は、恋にもそれを理解してほしいと願っている。そして、彼女自身に戦う意味を持って欲しいとも思う」
「戦う……意味、ですか」
「そうでなければ……恋は戦うことに躊躇わない“大人”になってしまう」

 今の恋は、まだまだ子供と言っていいはずだ。
 だからこそ、俺はここで“大人”という表現を使う。恋は精神的にもっと成長出来る。そう思うからこそ、今のうちに俺は恋に教えておきたかったんだ。
 だが、俺の話を聞いていた陳宮は、納得はしていないようだ。

「それは……呂布様にとって本当に必要なことなのでしょうか?」
「というと?」
「高町殿の言いたいことはわかります。ですが、戦いに躊躇いがあれば刃は鈍ってしまうかもしれません。それに……人を殺すことが罪であることは間違いないとは思いますが、戦う意味を持つことでそれが免罪符になるとでも?」

 なかなかに辛辣な指摘。
 あくまで“最強の呂布”に惹かれる陳宮としては、俺がやろうとしていることを素直に頷けないらしかった。
 だが、彼女にはまだ知らないことがある。

「戦いに躊躇いを持つことは、確かに恋を弱くしてしまうだろうな」
「なら……」
「だがな……恋の価値は戦いにしかないワケではないだろう?」
「あ……」

 いや、知らないわけではない。恋の強さに惹かれるあまり、目が曇ってしまったのだ。

「俺は……いや、俺たちが戦う理由はただ一つ。この大陸の民が平和に暮らせるよう、この戦乱の世を終わらせるためだ。そして、当然平和を俺たちだって満喫するつもりでもある。だからこそ、恋を戦いに特化した人間にするのは反対だ」

 あの強さに惹かれた以上、それを鈍らせることには抵抗があるのはわかる。だが、恋の人生は戦いだけではない。いや、むしろ戦いだけにしないためにも俺たちは戦っているんだ。

「いつか来る……いや、いつか必ず辿り着かせてみせる平和。その時に、戦いがなくなり身の置き場がなくなるような……そんな恋だけは見たくないんだ」
「…………」

 だからこそ、平和な時代を迎えた時に、胸を張れるような……そんな彼女であって欲しい。そうなるためには、自分のためだけに戦っていたんじゃ絶対にダメなんだ。

「それに、戦う意味を持つことは決して免罪符にはならない」
「それは……?」
「意味を持つこと──それは、自分以外の誰かのために刃を振るえること。大切なモノを守るための力なんだ。だが、それを持っていても、罪は消えることはない」

 そう、それは消えたりはしない。戦いに意味があったって……そして己にどんな正義があったとしても、人を殺す、という罪が清算される事なんてあり得るはずがないんだ。
 その言葉の意味を重く受け止める陳宮の表情は強張っていた。

「それは……残酷すぎるんじゃ?」
「残酷だろうさ。だがな、それは戦って生き残る人間全てが背負わなければならないことなんだ。それは勿論俺もそうだ。愛紗たちも、そしてここにいる紫苑も……な?」

 そこで俺は、これまで俺たちの会話には加わらず控えていた紫苑に視線を移す。その突然の視線にも彼女は驚くことなく、ただ穏やかな笑みを浮かべながら、躊躇無く頷いてくれた。彼女は問いの意味をしっかりと理解した上でなお、迷いなく応えてくれたのである。

「そして、俺は恋にもその覚悟を背負った上で、その残酷な重さに耐えてほしいと……耐えた上で、笑って人生を歩めるような大人になって欲しいと思っている」
「──っ」

 だからこそ、俺はまだ恋を戦いに参加させまいと考えていた。
 罪を罪と思わないまま、笑って過ごせるのは幸せかもしれない。だが、それは本当の意味で幸せと言えない。その幸せが、どれほどの犠牲の上にあるモノなのかを実感出来なければ、そんな幸せはハリボテでしかないんだ。

 ──これで、俺の真意は語れたと思う。
 ここでようやく、俺は陳宮の問いの答えを出すことにした。

「さっきの質問の答えだが」
「え……?」

 どうして陳宮に“俺を見定めるための時間”を与えたのか、という問いと、その答え。

「君が恋を誰よりも大切に思っているかは、俺なりに理解している。だからこそ、君に問いたかった。恋をまともな大人へと導ける資格が……俺にあると思うか?」

 これこそが、陳宮に見定めてもらうモノ。
 恋のために、幼く小柄で脆弱な彼女が一人旅をしてきた彼女。彼女の恋を思う気持ちはきっと誰にも負けないモノだ。
 そんな彼女だからこそ、俺は見極めて欲しかったのである。

「この先、俺たちは戦い続けるだろう。その中で、出来る限り恋には戦わせないつもりだが、この先はそんなことも言ってられないくらいの難敵が待ち受けている。いずれは、恋にその覚悟がないまま戦わざるを得ない時が来てしまうかもしれない」

 この先、刃を交える相手は袁紹の比じゃない。
 魏の曹操。
 呉の孫権。
 どちらも、大陸屈指の精強な兵士と多くの人材を持つ、真の王者。
 うちは袁紹の領土を治めることで国力は倍増したとはいえ、まだまだこの二つの国には敵わない。
 とはいえ、愛紗たちの悲願を叶えるためには、衝突は避けられないだろう。そうなれば、当然俺たちの本拠である啄県だって危険にさらされる可能性だって低くはないのだ。

「恋を育てていきたい気持ちはもちろんあるが、俺の今いる環境はそれを許さないのかもしれない。それなら、俺と同じくらい──いや、俺以上に恋の事を考えてくれるひとと一緒に、ここよりも安全な場所で暮らしてくれた方がいいのかもしれない……俺は最近、そんな考えもあるんだ」























「それはつまり……私に呂布様を連れてここから出ろ、というわけですか?」
「恋がここにいることがあの子にとって決して良いことではない、と君がこれまでの俺を見て判断したのなら、だが。どうだろうか?」

 ようやく、陳宮は恭也の真意を理解した。
 彼は最初から、彼女の人柄に関してはなんの疑いも持っていなかったのである。それどころか逆に恭也は陳宮に、自分が恋の保護者としての資格を有しているかどうかの判断をさせようとしていたのだ。

(確かに……ついこの間までの群雄割拠の時期は越え、今はもう大陸の趨勢は三つの国の争いになってますから、戦のない場所を探そうと思えば見つかるとは思うですけど)

 戦場は大陸中央部に集中するのが目に見えている分、大陸の辺境部に行けば戦乱を避けることは出来るはずだ。
 しかし、陳宮は彼の問いにすぐに答えることが出来ない。

(出来ることなら、呂布様を連れて暮らしていきたい……そんな気持ちはもちろんあります。最初はそれを望んで旅を始めたのですから。ですが……)

 恭也の申し出は陳宮からすれば渡りに船のはず、だったのだ。しかし今は違う。恭也の恋を思う気持ちの大きさを知ってしまったから。

(この人は、呂布様のことを本当に大事に思っているです。だからこそ、自分の手で呂布様を育てたいという気持ちも抑えて私に任せてもいいとまで……)

 彼の中には、もちろん最後まで恋の面倒を見たいという気持ちがあるのだろう。
 だが、その気持ちを曲げてまで……彼は“恋にとっての最善”を模索していた。
 恋を思い、恋の事を誰よりも考えている──そう自負していた陳宮だったが、その自信も恭也の真意を聞いた今では多少の揺らぎもある。だからこそ、自分も彼に負けないくらいに恋の未来を考えなければ、という使命感を持てるようになった。
 それまでは、彼女の“最強”に魅了され、彼女の側にいればそれで良かっただけの自分。しかし、今は恭也の言う通り、恋をしっかりとした大人に育て、幸せにしたいとまで考えていた。
 そして──

(確かに高町殿の話を聞く限りでは、呂布様は戦のない場所へお連れすることが一番いいのかもしれない。しかし、呂布様の事をここまで考えてくれる高町殿から離れるのが、本当にいいことなのでしょうか?)

 ──陳宮は懊悩する。
 以前までの、自分だけが幸せになることではなく、恋を幸せにすることを優先させた時、どの答えが一番正しいのか──それは何よりも難しい問題となっていた。

「…………」

 恭也はただただ、沈黙して陳宮の答えを待つ。
 余計なことは何一つ言わず、彼女の選択を待っていた。
 しかし──

「はぁい、それまで」

 ──第三者の声が、部屋を包む静寂を打ち消した。
 その声の主は誰なのかは言うまでもない。
 この場には、陳宮と恭也の他には、後一人しか居ないのだから。





















 沈黙を破った声の主──紫苑は困ったような、それでいて呆れたような微苦笑を浮かべ、

「まったく……二人とも。大事なことを忘れてますよ」

 恋の事を大事に考える二人に、重大な落ち度があることを教える。

「大事な……」
「事、ですか?」

 紫苑の言う“大事なこと”がなんなのかが分からず、二人は首を傾げた。それを見て紫苑は溜息を一つ漏らした。

「まあ、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれませんね。お二人とも真剣なのはよくわかりますけど……」
「……すまない、紫苑。出来れば教えてもらえるか? 俺には何を忘れているのかがわからないんだ」
「私も、です。私は何を失念しているのですか?」

 恭也も陳宮も、降参とばかりに紫苑に尋ねる。自分たちは恋の事をしっかりと考えてきているという自負があるからこそ、何が足りないのかがわからないのだ。

「もう……二人は誰の話をしているのかしら?」
「それはもちろん」
「呂布様の事を……」
「そう、恋ちゃんの事よね。二人は今、恋ちゃんがここにいていいのか、それとも他の場所に移した方がいいのか、ってお話をしてる。でもね」

 紫苑はまるで物覚えの悪い生徒に熱心に教える教師のように、諭すような物言いで二人に語る。

「それを決めるのに、本人の意見がないのは問題でしょう?」

 そこで、恭也と陳宮は目を丸くして互いの顔を見合った。

「確かに恋ちゃんは見た目はともかく、心は子供かもしれません。それは私も認めます。だからといって恋ちゃん本人の意思を蔑ろにしてはいけませんよ」
「む……」
「あう……」

 紫苑の穏やかで優しい口調は、まるで幼子に正しいことを教えているかのよう。しかし、一児の母である彼女の言葉には独特の重みもあり、二人は反論も出来なかった。
 もっとも、彼女の言葉がもっともすぎて、反論の余地がなかったとも言えるが。

「ねねちゃんも御主人様も、恋ちゃんを大事に思うことはいいことですけど、過保護になってはいけませんよ? 私だって、大事なことは璃々と相談するんですから」
「……というと?」
「私がこの高町軍の傘下に入ることだって璃々と相談したんですよ」
「そう、なんですか……?」
「ええ。まあ、璃々は二つ返事で同意してくれましたけどね。御主人様と一緒がいい、と言ってくれましたので」
「…………」

 例に挙げられた話の内容はともかくとして。
 紫苑の話を聞いて、二人は反省しきりだった。
 確かに自分たちは恋のことを第一に考えていたかもしれない。しかし、大切なモノが欠けていた。
 ──恋の意思。
 それを無視して決めたとしても、そこになんの意味もない。
 そのことを痛感した二人だった。
 そして、二人は再び顔を見合わせると、

「……間の抜けた話だ」
「まったくです」

 苦笑いを見せる。さっきまでの自分たちが滑稽に見えて。
 二人は互いに、自分たちの考えが先走りすぎていたことを反省した。
 そして苦笑が収まった後、二人はあらためて今後のことを話す。

「この先のことは恋に聞くとして……君はどうする?」
「呂布様のお側にいたいです……けど、もし呂布様がこちらに残ることを希望した場合は……」
「構わないぞ、ここにいてくれても。君がいてくれることは恋にとってもいい影響があるはずだから。ただ、出来ることなら……ヒマな時でいいから、君の知恵と知識を貸してもらえたらありがたいんだがな?」
「それは……呂布様次第です。私はあくまでも呂布様の臣下ですから」
「……わかった。そのあたりも含めて、恋に聞いてみることにしよう」
「はい」

 会話はとてもスムーズに終わる。
 二人の会話がとても自然だったがゆえに、その“スムーズさ”が不思議だと言うことに誰も気づいていなかった。
 恭也は元々自ら進んで話を切り出せるほど器用な男ではなかったし、陳宮にいたっては人見知りだ。この二人で会話が成立するかどうか未知数だったからこそ、恭也はこの場に紫苑を連れてきたくらいなのに。
 しかし、終わってみればその心配は杞憂に過ぎなかった。
 紫苑が会話を促すことなどすることもなく、二人は互いの意見をぶつけ合い、途中で紫苑の助言があったとはいえ、二人はしっかりと結論を出すことが出来たのだから。
 恭也は、この後もこの“不思議”に気づくことはなかった。
 陳宮は随分と後に、この“不思議”に気づき、思い悩むことになるのだが、それはまた別の話。
 そして、

(そういえば……ねねちゃんと御主人様、随分と話が弾むのね)

 この場にいるもう一人──紫苑はこの場で唯一その“不思議”に気づく。
 だが、

(さて……やっぱり面白いわね。この方を選んで正解、ってところかしら?)

 紫苑はそれをその場で指摘するような野暮なことはしなかった。三人の中でもっとも年上で聡い彼女はその“不思議”の答えも推測出来ている。だからこそ沈黙を守った。
 そして、この夜会は終わる。
 恭也にとっても、陳宮にとっても重要な決定が下されると思われたこの夜会では、何も決まることはなく。
 ただ、この夜会が終わり、何かが変わった──それは三人とも漠然と感じていたことだった。
















 夜会が終わり、紫苑と恭也が陳宮の部屋を出る──そんな時。

「待ってください、高町殿」

 陳宮が扉を閉めようとしていた恭也を呼び止めた。

「最後に一つ、聞いておきたいことがあるです」
「……聞きたいこと?」
「あなたは先ほどこう言いました。君が恋を誰よりも大切に思っているかは俺なりに理解している、と。しかしあなたは私とはほとんど顔を合わせてませんし、紫苑や朱里ちゃんの話では私の様子も探らせてはいなかったはずです。呂布様の武は扱いようによっては危険なモノ。私が彼女を悪用するかも……とか思わなかったのですか?」

 陳宮の問いはもっともである。
 陳宮に自分を見定める時間を一ヶ月も与えているのにもかかわらず、だ。
 そんな恭也の答えは実にあっさりとしたモノだった。

「俺の場合は見定めた、というわけじゃないな。増して、最初に顔を見合わせた陣中で判断したわけでもない。朱里や愛紗に言わせれば、俺には常人ではあり得ない“慧眼”の持ち主だとか言ってるらしいが、そんなモノは持ち合わせていないからな」
「では……?」
「判断基準は仲間の目、だな」
「仲間の……目、ですか?」
「鈴々と星が言っていた。君はボロボロになりながらも璃々ちゃん救出に尽力したことを。そして、紫苑が俺に話してくれた。君が悲壮なまでの決意を持って旅をしていたことと、君がとてもいい子だと。そしてこの一月で朱里と仲良くしてくれたこと。それらを踏まえれば、君が恋を利用して悪事を働く人間じゃないことはわかる。なら、君を警戒する必要はないと思ったんだ」
「そんなの……たんなる伝聞です。それを鵜呑みにして……」
「確かに伝聞だけだ。だがな、それを教えてくれたのは、信頼出来る仲間だ。なら、それは信じるに値する情報だろう?」
「仲間……信頼?」
「さっきも言ったが、俺は慧眼なんてモノは持ってない。太守としても未熟だし、人の上に立つ才覚だってない。そんな俺が出来る事なんて……それこそ、俺なんかよりもずっと頼れる仲間を信頼することくらいだ。事実、そうやって俺はこの世界で生きている。だから、今回もそうしただけだ」
「…………」

 陳宮はその答えを聞いて、自らの問いに対する答えには納得し、同時に恭也への興味が更に強まるのを感じた。
 そして……人嫌いだったはずの自分が、いつしか彼に信頼され、信頼したいと願うようになったのも、きっとこの時からだった。


















 陳宮の部屋を後にして、紫苑と二人城内の廊下を歩いている中。

「御主人様」
「ん?」
「ありがとうございました」

 突然の感謝の言葉。
 しかし、恭也は驚かない。
 恭也には分かっていたから。
 彼女のその言葉にどれほどの意味が含まれているかが。
 陳宮のことだけではなく、新参の自分をも信頼してくれている事への感謝。
 紫苑のそれには、そんな意味も含まれていた。
 だから、

「じゃあ、俺からも礼を。ありがとう……そして、これからもよろしく頼む」
「はい」

 自分の信頼を信頼で返す紫苑に礼を返した。























 そして、後日。
 恭也は陳宮と恋を対面させた。
 その時の様子はまた別の話で語るとするが、ただ一つだけ──

「……恋は御主人様の側にいる」

 ──恋の出した答えだけはここに出しておく。
 そして、高町軍にまた一人、仲間が加わったことも。






あとがき

 ……ギリギリにもほどがある(汗
 未熟SS書きの仁野純弥です。
 八月中になんとか二本目を出すことが出来た……かなぁ? 更新がいつなのかが暫定的なので、なんとも言えませんが。結局けっこう間が空いてしまったのは事実で……こんな作品でも我慢強く待ってくださった読者の方々には申し訳ないことをしました。ごめんなさい。
 さて、掲示板などでも話題に上がったことですが、「真・恋姫†無双」とこのSSでの設定の差異についてですが、ぶっちゃけると「真・恋姫†無双」の設定を無視して行くつもりです。あくまでもこのSSは「恋姫†無双」の二次創作なので……ということで。なので、例えば公孫賛の真名があちらではちゃんと公式なモノとして発表されてますが、うちのはうちオリジナルの真名で貫きます。なので、後で彼女の真名が出て「おいおい、公式と違うぜ」という指摘はご勘弁を。
 というわけで、あらためて本編の話を。ようやくこれで袁紹編の後始末も終了。これからは新シリーズ前の日常編となりますので、肩の力を抜いてまったりと楽しんでもらえたら、と思ってます。全開の日常編(三十章・三十一章)の時のように、前のシリーズで新しく仲間になったキャラ中心の話になるとは思いますが、そろそろ愛紗たちもメインの話を見せた方がいいかな、とも思いますので、今回はもしかすると凄く長い日常編になるかもしれません。個人的には戦闘よりも、日常の方が書きやすいし…………逃避じゃありませんからね?(ぇ
 では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
 では〜。



恭也と陣宮の対面も無事に終わったな。
美姫 「そうね。陣宮もまた恭也に興味を持ったみたいだし」
恋も恭也の元に残る事を選んだしな。
美姫 「本当に良かったわね」
ああ。そして、次回からは日常編。
新キャラも居るし、愛紗たち馴染みのキャラもいるしで、どんな話が繰り広げられるのか楽しみです。
美姫 「どんどん長くして欲しいぐらいね」
こらこら、あまり無茶を言ってはいけないよ。
と嗜めつつも、楽しみに待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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