「……スキだらけだぞ。珍しく」
「へ……?」
俺の声に、どうにも間の抜けた声を上げたのは、ポニーテールがよく似合う気の強そうな少女。
「こんなところで考え事か? 翠」
先の袁紹戦でも活躍してくれた、現在高町軍の客将でもある錦馬超──翠だった。
『恋姫†無双異聞 〜高町恭也伝〜』
第五十二章
「ん……別に。ただ、ぼーっとしてただけだよ」
「そうか……俺はてっきり、さっきのことで自分なりに思うところがあったんじゃないかと」
「高町……」
図星だったのだろう。
翠は目を丸くして俺の方を凝視した。
「翠にとっては、意外だったんじゃないか? 流夏と紫苑の裁定は」
「……それは……」
これもまた図星。
まあ、このあたりは図星でないと困る。そもそも、あの処遇の決め方は翠にこそ見て欲しかったし、そこから感じて欲しいことがあったから。
「意地の悪い言い方をするのなら……どうしてあの二人は奴らに死罪を言い渡さなかったのか、と思ったわけだ?」
「そ、そんなことは……っ」
「ないか?」
「…………ない、こともない」
翠の表情が目に見えて曇っていく。さすがに言い過ぎたか。
「悪い。自分で言っておいてなんだが、本当に意地が悪すぎた」
「いや……謝らなくていいって。高町の言う通りだし」
翠が俺たちを頼ってきたのは、自分の父を殺した曹操に復讐するため。そのための力を借りたいということでわざわざ大陸を横断してまで幽州まで落ち延びてきた。
反董卓連合で知り合い、その真っ直ぐな気性が魅力だった翠だが、涼州を追われて幽州で再会した彼女を見て、俺は驚いてしまった。その真っ直ぐな気性に翳りがあったから。
今の彼女は、父を失った悲しみを払拭するため、一番安易で……それでいて間違った方法を取ろうとしているのだ。
だからこそ──
「翠……よければ、俺の昔話に付き合ってくれないか?」
「むかし……ばなし?」
──俺はその間違いを正したかった。
まるで日の光のように暖かく、それでいて真っ直ぐだった、初めて会った連合の頃の彼女を取り戻したくて。
「俺が子供の頃の話だ……俺には多くの親類がいて、可愛がってもらっていた。だが、ある日。その親類のほとんどが爆弾テロで命を失った」
「……ばくだんてろ?」
「ああ、悪い。そうだな……敵の騙し討ちで、一族のほとんどが殺されたんだ」
「…………」
「生き残ったのは、俺と父と……父の妹さんとその娘。たった四人だけだった。その中の一人──父の妹さん……まあ、俺から見れば叔母にあたる女性は、とても優しい女性で……だからこそ、その騙し討ちで愛する夫を失った悲しみを制御出来なかったんだと思う。生き残った娘を父に預け、彼女は復讐の旅に出た。敵は常に地下社会……闇に潜み、その姿を現すことなく悪事を働き、弱者を食い物にしていく連中だったから。そんな連中を捜すのは容易なことではない。だが、それでも彼女は仇を捜し続けた。そして……十年以上、叔母は音沙汰がないままだった」
「なあ?」
「なんだ?」
「その……高町はどうだったんだよ? それに高町の父君も……その、復讐を考えたことはなかったのかよ?」
「そのヒマはなかった……と言っておく。父は俺と、預かった叔母の娘の世話で手一杯だっただろうし。俺も俺で幼いながらに従妹──義妹の世話で大変だったからな。それに、その後色々とあって家族も増えていったりもしたし、父が仕事中に命を落としたこともあったから……」
「……ごめん」
「いや、いいさ。まあ、そんなわけで俺たちは増えた家族達と共に平穏な生活を送っていた。そんな矢先……叔母は俺たちの前に突然現れた。俺たちの……敵として」
「ちょっ! ちょっと待ってくれよ! なんでだよ? 高町の叔母さんは夫の仇を追ってるんだろ!? それがどうして高町の……っ」
「叔母は……ハメられていた。ずっと仇を追い、しかしその尻尾すら掴ませない仇の組織の狡猾さに手を焼いていた叔母の元に、ある者が話を持ちかけたんだ。あんたが追っている組織の情報を持っている、と。その情報の提供との交換条件が……俺の家族の一人に刃を向けることだった。そして叔母は──」
「そ、そんな……無茶苦茶じゃないか! 家族を殺した相手を探すために、自ら家族を殺すってのかよ!?」
「……確かに無茶苦茶だ。でもな……復讐に囚われ、それだけを考えて十年以上闇の中で刃を振るってきた叔母は、もう止まれなかったんだ。優しい人だったから……だから、何度も刃を振るい、多くの人間を殺めてきて……人を殺めるたびに、死者に誓う。殺したことを無駄にしない……絶対に自分は復讐を遂げてみせると。その誓いが叔母を縛り、止められなくしてしまった」
「…………」
「そんな叔母の前に、俺は立ちはだかった……義妹と──叔母の娘と一緒に。娘の制止ならばあるいは……と思ってな。だが、それでも彼女は止まらなかった。いや、止められなかった。邪魔をするなら、甥の俺でも実の娘でも斬り捨てると……彼女は言ったよ」
「………………」
「叔母は、俺よりも強かったし、義妹よりも強かった。それでも……俺と美由希は……義妹はなんとか叔母を止めることが出来た。それは今にして思う……叔母を止めることが出来たのは、純然たる力ではなかったんだと。叔母の復讐への思いと、俺たちの思い……その強さが勝敗を分けたんだと」
「高町たちの……思い?」
「家族達を守りたい……そして、家族達の“今”と“未来”を守りたいという意思だ」
「……守りたい意思」
「復讐は何も生むことはない。仇を殺したところで死者が生き返るわけはないし、その後に残るのは怨嗟の念だけだ。そしてそれはいつか自分に返ってくるだけ……そこに未来はない」
「…………」
「自らを滅ぼすための思いと、自分と周り全ての未来を背負う思い……そのどちらが重かったか。その差で俺たちは勝つことが出来た……」
話は終わった。
翠はまるで今にも泣き出しそうな、でも涙を流す理由も分からないと言う複雑な表情をしている。この昔話を通じて、俺が言いたいことも彼女は分かっているだろう。でなければ、そんな表情にはならないはずだ。
「あの、さ……」
「ん?」
不意に、翠が口を開いた。
「叔母さんは……その人はその後どうなったんだ? まさか……?」
話の結末から、叔母──美沙斗さんのことが気になったようだ。今の翠からすれば、やはり感情移入してしまうのはしょうがないのかもしれない。
俺は苦笑しつつ、話の補足をした。
「……生きてるよ。俺も義妹も……“家族”を殺したくはないからな」
「あ……」
わかりやすく安堵の表情を見せる翠。そんな彼女の素直さは美徳だと思う。
「叔母は今、警防隊に所属している」
「けーぼーたい?」
「……そうだな。正義の特殊部隊とでも言えばいいのだろうか? 治安を維持し、悪の組織を法の下に裁くための部隊だ。叔母は敵の組織を許してはいない。だが、復讐心を持って皆殺しにするという方法ではなく、誰もが認める方法で、組織を倒すと決めたんだ」
「誰もが……認める方法……」
「治安を守るという職務をこなし、その中で合法的に組織を追い続ける。そこにはもう、復讐心の暴走はない。今では職務の合間を縫って、娘に会いに来る余裕もあるし、充実していると微笑んでいたよ」
「……そっか……」
美沙斗さんの今を知った翠は、嬉しそうだった。そして彼女がどうして、見たこともない美沙斗さんの充実した今を知って喜ぶのか……俺には分かっていた。
「俺がこの話をするのは、こっちに来てからは翠が初めてなんだ。出来れば、他のみんなには黙っていてもらえると助かるな」
「え……ああ。そりゃもちろん。こんな大事な話……おいそれと他の奴らに言えるかよ」
「すまない」
「でも……じゃあ、どうしてあたしにはこの話をしてくれたんだ?」
「……それは、翠自身が一番、わかってるんじゃないのか?」
「…………」
流夏や紫苑の下した裁定が彼女には理解出来なかった。もし、翠が流夏たちの立場であれば、恐らく迷うことなく死罪を言い渡していたはずだ。愛する父親と多くの部下を失い、国を追われた翠。そして似た立場にある流夏と紫苑。
だが、彼女たちが下した決断は翠と真逆だった。
それがわからないから、彼女は戸惑い、考え込んだ。
でも、そこで考え込む時点で、彼女は気づき始めている。自らの胸の中にある違和感に。
だから俺は、あの話をした。
今の翠なら、そこから感じ取るものがあると信じて。
「翠」
「ん?」
「俺は、反董卓連合でお前と会って、その時からお前のことを友だと思っている」
「な、なんだよ……いきなり」
正面からじっと顔を見て友と公言されたのが照れくさいのか、翠は頬を赤らめていた。そんな様子を気にとめることなく、俺は言葉を続ける。
「だから、お前が成したいと思うことに無条件で協力したいと思っている」
「……高町……」
「だからこそ、確かめたかった。父親の敵討ちをしたいから……曹操を殺したいから、力を貸して欲しいというあの言葉。あの気持ちは今でも変わらないのかどうかを」
「それはっ…………それは…………」
即答は出来ない。
そんな翠の様子を見て、俺は内心で安堵していた。そしてあらためて思う。翠という少女は間違いなく、心優しい少女なのだと。
「さっきも言ったが、俺は翠を大切な友だと思っている。それに袁紹軍との戦いで手を貸してくれた恩もある。だから……お前の望みは俺が全力を持って叶えたいと思っている。だから……お前の本当の望みが見えたら、俺に教えてくれ」
俺は最後に、翠の頭に手を乗せ、軽く撫でる。
「あ……」
「じゃあ、な」
そして俺は翠の前から立ち去った。
彼女が、出逢った頃の屈託のない表情を取り戻してくれることを祈りながら。
翠との話を終えた後、俺は自室へと戻り政務に励んでいた。
治める領土が一気に増えたため、机上の仕事は以前よりもはるかに増えている。倍ではきかない仕事量は、なかなかに堪えるモノがあった。しかし、仕事量が増えたのと同時に、戦力も増えているのが俺にとっては救いだった。
元々、これまでは俺と朱里と愛紗の三人が政務を担当し、そのフォローを糜竺がしていたのだが。今は新戦力となった紫苑と星も政務に力を貸してくれているので、なんとか増えた仕事量もこなすことが出来ていた。
とはいえ、先ほどの三人の裁定で午前中を潰してしまったため、午後は仕事のペースを上げないとまずいな。俺は午前中のうちに見ておかなければならなかった書簡を取り、仕事に没頭した。
仕事開始は午前中だったのだが、気が付けば窓から見える陽の傾きから、昼をとうに過ぎていたことを知り、俺は思わず嘆息した。
やれやれ……昼食を取り損ねたか。
遅い昼食をとるにしてもあまりに遅すぎるし、かといって夕食まで我慢するには長すぎる。そんな半端な時間帯ということもあり、何かをつまむかどうか悩んでいた時。
「御主人様、よろしいでしょうか?」
ノックの音と共に、扉の向こうから声がする。もはや聞き慣れた声に、誰何の問いをするまでもなかった。
「朱里か。どうぞ」
俺の許可の声を聞いてから扉を開けて入室してきたのは、小柄で可愛らしい──しかしその見た目とは裏腹に誰よりも頼れる軍師殿。
「失礼しますね」
諸葛亮──朱里だった。
「お仕事を邪魔してすみません」
「いや……それで、どうかしたか? もしかして顔良さん達のことで何かあったか?」
あの裁定が下った後、顔良さんと文醜の二人のこれからについては、朱里に任せていた。これからの仕事について。そして彼女らがこれから暮らす部屋の準備や給料面についての手続きを朱里に頼んでいたのである。その朱里がこうして顔を見せたのだから、任せていた彼女たちのことで問題が起きたのかと思ったのだが、
「いえ、お二人ともお給料やお住まいについてはなんの不満もないみたいでしたし、文醜さんのお仕事に関しては愛紗さんにおまかせしちゃいましたから。それに顔良さんには、御主人様の部隊の訓練をしてもらってます」
「そうか……最近、政務に追われて、軍務が疎かになっていたからな。正直助かる」
「はい」
どうやら違ったようだ。
「……では、何か他の用事が?」
「あ、はい……実は…………その、ねねちゃんから催促がありまして」
「ねねちゃん……? ああ、なるほど。陳宮さんか」
ねね、とは彼女の愛称らしいというのは紫苑から聞いていたが、ど忘れしていたようだ。
陳宮の名を聞いて、ようやく俺も朱里の用件を把握する。
呂布──恋の情報を求め、この啄県までやってきた陳宮。その陳宮だが……実はこれまでの彼女には、ある意味軟禁と言われても反論出来ない形で滞在してもらっていた。
彼女は恋を捜し求めていて、この城にはその当人がよく顔を出すのである。今のところ二人を会わせないようにしている中で、ばったり顔を合わせられるのも困るので、俺は陳宮を城の奥の離れに寝泊まりしてもらい、その離れから出ないようにと彼女に言い含め、そのうえで“警備”という名目で兵士をその離れに常駐させていた。もちろんそれは彼女が勝手に城内を歩き回らせないための“見張り”である。そして、恋にも離れには近づかないようにと約束という形で言いつけていた。
……まあ、恋はこっちの言うことは聞いてくれるよい子なので、俺との約束を守ってくれていたようだ。この素直さを愛紗相手にも見せてくれれば俺の苦労も減るんだが……。
まあ、それはともかく、そんな形で陳宮は一ヶ月、離れで暮らしているのだ。
そりゃ、催促もするだろうな……。
「陳宮さんの様子はどうだ? やはりおかんむりか?」
「あ、いえ。そんなことはありませんでしたよ? 最近になってやっと私とも話をしてくれるようになりましたし。落ち着いてましたよ」
「落ち着いたところで、そろそろ……ということか」
「それはまあ……ねねちゃんがこちらに来てから一ヶ月経ってますから。なにかしらの反応は欲しいんだと思います」
「まあ……そうだろうな」
陳宮の言い分としては、分かりすぎるほどだ。
扱いとしては客将と言っておきながら、実際は軟禁で、しかも一ヶ月も放置されたとなれば、何かしらのアクションを取ってくるのは当然だろう。
しかし……そうか。もうそんなに時間が経ったんだな。
そう考えると、確かに良い頃合いなのかもしれない──。
時はわずかに遡り。
午前中にあった裁きの後のお昼時。
午前中の政務を一段落すませた朱里は、自分の昼食が乗った盆を持って離れへと向かっていた。最近になってようやく友達だと言えるようになった少女とお昼を一緒に食べようと思ったからである。
「ねねちゃん、お昼ご一緒してもいいですか?」
「あ……朱里ちゃん。はい、もちろんです」
その友人の名は陳宮。字は公台で真名は音々音。
現在、形だけで言えば高町軍の客将扱いの少女だった。
もっとも……その有り様はむしろ──
「ヒマ……ですからね。こうして食事を一緒に取ってくれるのはありがたいです」
「…………」
──軟禁と言った方が正しいだろう。
その状況を理解している朱里としては、苦笑する陳宮にどんな表情で返せばいいのかわからなかった。そして陳宮は、そんな朱里の内心での困惑を“軍師としての眼力”であっさりと見抜いてしまう。
「気にしないでいいです。別に朱里ちゃんが悪いわけではないですから」
「あ……うん」
「私もこれから食べるところですから。一緒に食べるですよ」
そして逆に陳宮が朱里に気を遣う形で食事を促し、二人は昼食を取り始めた。
この二人が友人としての関係を結んだのはここ最近の話である。
朱里は恭也同様、袁紹戦後の政務は倍増という言葉では足りないほどに増えていた。そんな中、朱里は食事時や仕事が終わった夜の寝る前の時間に、離れにいる陳宮の元に顔を出していたのである。しかし、最初は陳宮の方が朱里に警戒心を持っていて、ろくな会話も出来ずにいた。
元々、陳宮という少女は人見知りの傾向が強い。高町軍に同行してからも、コミュニケーションが取れるのは紫苑と璃々の親子くらいだ。だからこそ、あえて朱里は陳宮に接触するようにしたのである。
陳宮が呂布を求めて一人旅をしていた経緯を朱里は恭也と紫苑から聞かされていた。それを知った朱里は、誰に頼まれたわけでもなく彼女と友達になりたいと思い、行動を始める。
自分と陳宮は似ている──朱里はそんな共感を覚えていたのだ。
朱里もまた、私塾を飛び出して一人、天の御遣いの元を目指して旅をしていた経験があったからこそ、陳宮には強い思い入れを持ったらしい。そんなわけで朱里は、なかなか自分と向き合ってくれない陳宮を相手に根気強く顔を見せ、話しかけてきたのだ。
そして、朱里の努力は実を結び、数日前から陳宮は掛けられた言葉に対して返答をするようになる。それはもちろん朱里の努力の賜物なのだが、そんな二人の様子を知った紫苑が陳宮を裏で説得していたという背景もあったりした。
そして今では、友人同士として接することが出来るようになったのである。
二人の関係が友人同士になった頃から、朱里はほぼ毎日のように陳宮の元で昼食を共にしていた。ちなみに夕食時には紫苑と璃々が離れに訪れていたりする。
「で、朱里ちゃん。午前中は比較的静かでしたが……何か特別なことでもあったのですか?」
「あ、うん。実は──」
そして、食事をしながらの会話の内容と言えば、大抵が前日の午後からその日の午前までの間の出来事について。もちろん、陳宮には語れることと語れない事があるので、全てを話すわけにはいかないが、そのあたりは軍師である朱里はしっかりと心得ているので、なんの問題もなかった。
今回、朱里は先ほどの袁紹達の処遇についてを陳宮に語る。このあたりは語っても問題はないようだった。
そして、話を聞いた陳宮は彼女なりの感想を漏らす。
「……思った以上に甘いですね。高町恭也というひとは」
「そう、ですね」
それに関しては、朱里に反論はなかった。
この戦乱の時代において、これまで恭也が見せてきた敵将に対する処遇は、誰が見ても“甘い”の一言に尽きるのだから。
「これまで、朱里ちゃんからの話で高町殿のことを聞いてきましたけど……ホントに変わってるひとですね」
「そ、そうです……よね」
一瞬、フォローを入れるべきかと思った朱里だったが、適当な言葉が思い浮かばず、結局は頷くしか出来なかった。
コレばかりはしょうがないと言える。
朱里から見ても、やはり高町恭也という君主はこの戦乱の世では間違いなく変わり者なのだ。
短期間で啄県の県令から幽州をはじめとする大陸北東部を治める大将にまでなったというのに、彼にはいまいちその自覚がない、と朱里は常々思っている。その君主らしからぬ気さくな態度はもちろん好感に値するが、自覚が足りないがゆえの無茶には、軍師として決して軽視は出来なかった。
これまでの恭也の無茶を思い出し、朱里は大きな溜息を漏らす。
「変わってるというか……御主人様って、もう少しご自分のことも考えてくれたらいいのに、とは思うんですよね……」
「これまで朱里ちゃんから聞いた話からして、確かに軽率な部分はあるみたいですね。ただの考えなしでもなさそうですけど」
「うん……周囲の意見に耳を貸さないような暴君じゃないから。御主人様は」
陳宮としては、そんな部分を含めて恭也を“変わってるひと”と評していた。
陳宮はこれまで、朱里と会話するようになってから、幾度か高町恭也という人物に関しての話を聞いている。もちろん、恭也に心酔している朱里からの情報なので、多少の身内贔屓はあることは承知の上で。そしてそれらを差し引いても、彼女の恭也に対する評価は決して低くはなかった。
(名君ではないですが、立派な君主ではある……と言ったところですか)
人材を見抜く眼力。
部下を信頼し、信頼される度量。
戦場での活躍は豪傑と言っても過言ではなく。
政務に関してもそつなくこなす精勤ぶり。
それらの面を見る限り、高町恭也という君主は有能と言えなくもない。
しかし、それだけではなかった。
恭也には大将として、どうにもならない欠点もある。
それは、恭也が自らを軽く見ていること。
戦場でも、それ以外でも単独行動が目立つというのは、一軍を率いる大将としてはいささか軽率と言えた。
だからこそ、陳宮は恭也に対して“名君”という評価までは下せない。
それでも、高町恭也という男が高い評価であることには変わりなかった。
しかし、
(彼が愚かな人間でないとわかるからこそ、わからないことがあるです……)
そんな彼だから尚更しっくりこないことがある。
彼は陳宮にこう言った。
“君が信用に足る人物かどうかを見極めたい”と。
だが、これまで朱里や紫苑たちが来ることがあっても、恭也が陳宮の元へと出向いたことは一度もなかった。
恐らく、こうして朱里から恭也の情報を得ているように、彼もまた朱里からも自分の話を聞いているのだろうと推測は出来る。だが、それだけで陳宮という人間を判断出来るモノなのだろうか?
恭也は、呂布の情報を提供するにあたり、随分と慎重な姿勢を見せていた。陳宮の人柄を見て……という手段がその表れとも言える。
だからこそ、わからなかった。
それほどまでに呂布に関わることには慎重な彼が、呂布の情報を欲しがる陳宮という人物の見極めに関しては伝聞のみで判断しようとしていることが。
高町恭也という人間が短慮出はないことは明白だからこその矛盾。
朱里から恭也のことを聞けば聞くほど、彼の真意がわからなくなる。
だから、陳宮はあえて朱里に申し出ることにした。
「朱里ちゃん」
「はい?」
「お願いがあるです──」
──再び、昼下がり。
執務室にて。
「ねねちゃんは、恋さんの情報を提供してくれるかどうかは別として、とにかく一度御主人様と面会したいと」
「……そうか」
思った通り……というべきか。
もうちょっと早く接触を求めてくるかと思ったんだが、一ヶ月かかったのか。
こっちの想像以上に思慮深い少女なのかもしれないな、陳宮というコは。
これ以上彼女を待たせても意味はないし、袁紹戦の事後処理もほぼ終わった。
頃合いと見て良いはずだろう。
「わかった。夕食後にでも時間を作ることにしよう。すまないが、陳宮さんに伝えてくれないか?」
「はい、それは構いませんが……」
「ん?」
俺の頼みに頷いてくれる朱里だが、その表情にわずかな翳りがあるのが妙に気になった。
「どうかしたか、朱里?」
「いえ、その……ちょっと気になってしまいまして。御主人様はねねちゃんを……そして恋さんをどうするおつもりなのかな、って」
「……ふむ」
……さすがは朱里だな。
今回の問題は陳宮だけじゃない。恋に関する問題でもあることを理解した上で心配してくれているのだ。もしかしたら、恋が──
「二人が共に満足するような形にしたい……そう思ってる」
「お二人……ねねちゃんと、恋さんですか?」
「ああ」
「じゃあ……御主人様の意向は?」
「……それは、二の次でいいんじゃないか」
「…………わかりました。今夜の件、ねねちゃんに伝えておきますね」
「ありがとう」
俺は笑みを作って朱里に礼を言った。
今夜、陳宮と対面することで彼女は俺という人間を見極め、判断するはずだ。
そこで彼女がどんな答えを出すとしても、俺はそれを受け入れる。
そう……どんな答えでも、だ。
あとがき
……どんだけ久々やねん(爆
未熟SS書きの仁野純弥です。
前回から一ヶ月弱……ようやく投稿することが出来ました(汗
お待ち下さった数少ない、貴重な読者の皆様にはなんとお詫びすればよいやら。この一ヶ月は身の回りで多忙だったりもしましたし、「真・恋姫†無双」の発表により、オリキャラとして登場を予定していたキャラが本家から出てしまうことにショックを受けたり(ぇ)で、なかなか筆が進まず、こんなに遅くなってしまいました。遅くなってしまってごめんなさい。
という、謝罪と言い訳はここまで。今回は翠と陳宮がメインとなりました。翠に限ってはこのあと少し間をおいて答えを出してもらうと思います。そして陳宮に関しては次回である程度の決着をつけさせてもらいまして、その後で日常編を始めたいと思いますので。
では最後に、ここまでこのお話を読んでくださってる読者の皆様と、SS公開の場をくださった氷瀬さんに最大級の感謝を。
では〜。
翠に関しては、やっぱり色々と思うところがあるだろうしすぐには結論はでないよな。
美姫 「そうよね。彼女がどんな答えを出すのか、ゆっくりと待ちましょう」
で、いよいよ登場しましたよ、陳宮。彼女がどうなるのか、非常に気になってました!
美姫 「朱里と友達になったみたいだけれど」
さてさて、どうなるのかな〜。
次回がとっても楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」